楡家の人びと 第三部 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (384ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101131597

感想・レビュー・書評

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  • 第三部にして最終巻。
    一気読みしてしまったがページをめくるのがもったいなかった。
    予想に反して戦後はほとんど描かれず、敗戦直後までが各人物の視点を借りて濃密に描かれる。
    楡家に生まれ、あるいはそこに暮らした人びとが、文字通り戦地へと漂流していく。ある者はあっけなく死に、ある者はしぶとく生き残る。それはもはやまったくの偶然、運にすぎない。

    同時にここには、それぞれの人間に同居している弱さ、意外な強さ、愚かさ、高貴さが緻密に描かれている。にもかかわらず、彼ら彼女らの元に死の機会は平等にはやってこない。その運命にただただ眼を見張るばかりである。
    なぜこの人は死に、この人は生き残ったのか。そんな問いは跳ね返される。

    読み終えるまで本作の背景は調べずにいたが、本作の登場人物のほとんどにモデルがいるようだ。ちなみに北杜夫の父・斉藤茂吉は徹吉である。なかには実名で出ている人もいる。

    親類たちにも話を聞いたり、当時の新聞に当たったり、そうとうの資料を準備したようだ。
    そうだろうと思う。でないと、これほど細部まで描き込まれた叙事詩は生まれないだろう。もっとも、場合によっては事実は大きく改変されているけれども。

    辻邦生が解説でうまいこと書いていた。
    「私は、長いということが、その感動を生みだす重要な要素である作品があるとしたら、まさしくこれこそその一つであると思った。それは長いということを感じさせないことであり、永遠に終わってほしくないと思う作品だということである」

    作者がなくなった今でさえ、本作の続きを読みたいと願っている。

  • 北杜夫氏が亡くなって、それを機に(っていうのも失礼かもしれないけど)読んでおかねばと思いつつ、今になってしまったのだが。

    まず、文章がなぜだかものすっごく読みやすくてびっくり。リズムがいいのか、けっこう文語調だったりするのに、あるいはそのせいなのか、するする読めて気持ちがいいくらい。
    精神科の大病院を経営する一族が、関東大震災や太平洋戦争を経てだんだん没落していく大河ドラマのようなストーリーなのだけれど、登場人物が実に個性的というか変わった人びとばかり。考えてみると、みんな変な人っていうだけで家族仲も悪いし、いい人も魅力的な人な人もいないし、だれかに共感するとか応援するとかって気持ちにまーったくならない。だけど、なぜだか引き込まれてどんどんどんどん読んでしまう。なんでだろうーとなんだかずっと不思議だった。

    第二部の戦争の話がこわかった。城木が海軍軍医として戦艦に乗って外洋での戦いを目のあたりにするところで、海上での戦争ってこういうことなんだー、とわかるような、すごく臨場感があって。それから、楡俊一が南洋の島に出征して餓死しそうになるところでは、食べものがないってこういうことなんだー、と実感するほどの感じ。これは本当にこわくて、今のこんなグルメブームの日本でもし食糧難とかなったらどうなるんだろう、だとか、食べものに執着するのは恐ろしいことかも、だとか、なんだかいろいろ考えてしまったくらい。

    大病院を引き継いだけれどうまくいかず、孤独に研究に打ち込んで、ドイツで身を削って集めて持ち帰った膨大な文献は火災で焼失し、また研究成果をこれまた身を削ってまとめた原稿が紛失し、結局、虚しい思いばかりで死んでいく徹吉に、激しく同情するというか、心打たれた。なんということだ、と。これはやっぱり共感なのかも。人は愚かで、なにもなしえず、孤独で、ただ生まれて虚しく死んでいく、っていうような。
    そして、辻邦夫の解説がすばらしかった。なぜこの小説に引き込まれてどんどん読んでしまうのかわかった。愚かで虚しい人間の姿を肯定してくれる小説なのだ。それが解説ではっきりわかって、いとおしくなったような感じ。

    最後の、発奮する龍子の姿で、ああ続きが読みたいーと思った。龍子の話が読みたい。(ので、「猛女と呼ばれた淑女」を読もうかな)。

    • meguyamaさん
      父から譲りうけた初版本を持ってます。相当古いので、開いたらハウスダストアレルギーになりそうですが、レビュー拝見して、読みたくなりました。
      ト...
      父から譲りうけた初版本を持ってます。相当古いので、開いたらハウスダストアレルギーになりそうですが、レビュー拝見して、読みたくなりました。
      トーマス・マンの「ブデンブローグ家の人々」は読まれましたか?これにインスパイアされて、北氏は楡家を書かれたとのこと。私は中学生のときに読んだのですが、ちょっぴり哀しくて、でも物語の豊かさに満ちた作品だという記憶があります。
      2012/09/21
    • niwatokoさん
      コメントありがとうございます。
      初版本、すごいですね~。
      トーマス・マンは読んでないのですが、いつか読んでみたいです。
      コメントありがとうございます。
      初版本、すごいですね~。
      トーマス・マンは読んでないのですが、いつか読んでみたいです。
      2012/09/21
  • 平和だった大正時代から震災、戦争へ。戦艦、南の島、中国で戦争した人々、東京で被災した人々、疎開先で過ごした人々。どれも実際に体験したのかと思うようなリアリティで書かれている。当時の様子を知ることができるのも貴重であるし、長い物語を通してすっかり馴染みとなった人物たちがどう考えどう行動しどうなっていったのかも興味深かった。

  • 「小説を飲食物にたとえると」『楡家の人々』は「山海の珍味が入った豪華な鍋料理に当たります。」
    評したのは倉橋由美子(『偏愛文学館』)さん。

    そう
    豪華な食事、いえ読み応えのある小説でした。
    歌人斎藤茂吉の息子北杜夫がご自分の実家「青山脳病院」をモデルにして
    祖父母、叔父叔母、父母の生き生きした姿を明治大正昭和と描き切ったのですから。

    脳病院!これだけでも尋常じゃありませんよ。
    呼称は時代的でもちろん、今や精神科病院でしょうけど。

    個人医師の経営するそういう病院・入院者もいろいろありそうですが、
    明治期「脳病院」を創設する祖父基一郎(きいちろう!)さんをはじめ
    経営する家族・人々の模様も尋常でなく、悩ましいというわけで
    なんでこんなに楽しく面白く描けるのか、ユーモアの秘訣とはこれか、です。

    こうなると人間、尋常の人とはどういう人なのか、案外つまらない人なのに違いありませんよ。

    時代経過にそったストーリーは知らず知らずのうちに戦前史を辿ります。
    例えば1941年(わたしの生まれた年ですが)真珠湾攻撃に至る生々しい経過が迫真。
    「ああ、そうだったのか!」と、とても興奮しました。

    倉橋さんは「無人島に持っていく一冊の有力候補」「何度食べても飽きない」
    だそうです。


  • 作中で経過した30年弱を、最後にずっしりと実感できる構造でしんみりした。
    第三部は戦争文学と言っても差し支えないシビアな内容だったが、時代と国のうねりに飲まれる市井の年代記として、迫力と厚みを加える内容だったと思う。時間を費やすに足る大作。

  • アパートの図書コーナーに「楡家の人びと」を見つけました。たまたま、12月24日の日経に紹介記事があり、これも出会いだと思って読み始めたところ、夢中になってしまいました。

    本書は楡脳病院を舞台に、大正7年から昭和22年までの約30年の中で、市井の人びとが何を考え、何を食べ、何に喜び、何で生計を立て、何を娯楽として、何に期待し、何に落胆したのかを、生き生きと描きます。
    この30年は、軍縮会議、昭和恐慌、関東大震災、226事件、日中戦争、太平洋戦争、そして敗戦と激動の時代です。読み終わった後、本書の扱っているのがたった30年であることを不思議に思いました。それだけ、この作品の扱う時代は変化の激しい時代であることが実感できます。
    苦難の時代を描きますが、ユーモアに溢れた描写もあります。特に楡脳病院を創設した前半の主人公である楡基一郎の俗物ぶりには、笑えます。また、当時の都市伝説もちらほらと紹介されています。「赤いマント」は東洋英和がルーツであると、初めて知りました。

    三島由紀夫は本書を「戦後に書かれたもっとも重要な小説のひとつ」と評価しています。そんなことよりも、苦難の中で日本人はどうやって生きてきたかを知るために、本書は必読と思います。★★★★★

  • すごく面白かった。あたかも自分も楡家の一員で大正から昭和の戦後を生き抜いた気分だ。大震災と大火災、戦争に翻弄された一族の崩壊物語でもあるのに、ちょっと狡賢くて逞しく凛とした登場人物たちと北氏のユーモアある筆致が相俟ってとても清々しい。なんて愛おしい楡家の人びとよ。

  • すべては戦争により、灰燼と帰してしまうのです。
    戦争の業火で。

    楡家も例にもれず、戦争へと召集されていき
    時に帰ってこない人もいます。
    一人その安否がわからない人がいますが
    恐らくな…

    私は経験上あの女性は嫌いです。
    プライドばかり高い人はね。

    まあこういう人はきっとしぶとく残るんでしょうよ。
    実際に実話では…

  • 国家も家族も共同体の体裁を優先して個人の尊厳を踏みにじる。国家は反逆という手段を選択できても血縁という事実は逆らえない。そこに懐柔するかのごとく戦争へと闊歩した政府の罪は戦犯を罰するだけで解決したのだろうか。世間の空気を読むことを有益だと判断する家族に恐怖する。コロナ5類になったから安心だという根拠なき日常に訝しむ。なぜなら虐げられるのは常に弱者だから。そこにも皆と同等の命がある。それは誰も否定できない、看過してはならない。

  • 戦争に翻弄される楡家の人々の個人史とも言うべきものだ。自分にはこの第3部が最もリアリティのある優れた文章に思える。各人戦争に呑み込まれ、いずれも悲惨な状況を迎えるが、きっと楡家は復活するのだろうと思えた。

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著者プロフィール

北杜夫
一九二七(昭和二)年、東京生まれ。父は歌人・斎藤茂吉。五二年、東北大学医学部卒業。神経科専攻。医学博士。六〇年、『どくとるマンボウ航海記』が大ベストセラーとなりシリーズ化。同年『夜と霧の隅で』で第四三回芥川賞受賞。その他の著書に『幽霊』『楡家の人びと』『輝ける碧き空の下で』『さびしい王様』『青年茂吉』など多数。『北杜夫全集』全一五巻がある。二〇一一(平成二三)年没。

「2023年 『どくとるマンボウ航海記 増補新版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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