紀ノ川 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (368ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101132013

感想・レビュー・書評

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  • 有吉さんが20代後半の作品とは驚くばかり。
    明治・大正・昭和に祖母・母・娘女性3代がそれぞれ時代を生き抜いた様子を20代の女性とは思えない成熟した視点で描かれた作品だった。

    女性はかくあるべき。
    長男はこういうもの。
    次男は家を継がずに分家する。
    長男の嫁は跡継ぎの息子を生むのが至上の役目。

    今の時代ではすでに埃を被ったような性別の役割や在りよう、或いは伝統的な家族観こそが、「人の幸せ」と信じられ疑われることがなかった過去。

    そうではない見方やあり方もあるのかもしれないと発想されることもなく、各々が生まれついた家の格式や、性別、家族の役割によって、不文律ながらも規定され、人々はその通りに役割を果すことこそが、手にできる「幸せ」だと信じていた。

    祖母、母、その娘と時代が変遷していくにつれ、その「当たり前」と信じられていた伝統的な家族観や役割が少しずつ変わっていく様子が面白い。

    決してことの善悪ではなく、自分にとって不都合であったり、不満であることを克服するよう自ら新しい道を切り拓いていく女性たち。
    ここが有吉さんの作品に登場する女性像に惹きつけられる所以かもしれない。

    種々の解説によるとこの作品は有吉さんご自身が娘「華子」のモデルであり、幼少期にインドネシアに駐在したのも実体験とのこと。

    自分に近い人々や自分自身を描く際に過剰に感傷的にならず、没入することなく、登場人物たちと比較的距離を取りながら、スパッと描かれる筆致が気持ちよい。

    最近では死語になってしまったような表現や事実も時代背景を感じられ、辞書を引きながら考えを巡らせることができる。

    ・「婦徳に悖る」:女性としての義務に背くの意
    女性がこうあらねばならないという目に見えない役割やあり方が強固であったことが理解できる。

    ・家督を継ぐのは長男の役割で、次男以下は分家や婿入り。明治時代長男は兵役を免れたとのこと。
    従って長男の嫁が妊娠出産しないことは「石女うまづめ」と呼ばれた。ひゃ~!
    「家を守る」ことがいかに重要視されていたかが伺える。

    日頃息苦しさを感じるような社会的因習は江戸や明治時代に遡ることができそうだ。
    文中にあったT.S.エリオットの言葉
    「我々は伝統という言葉を否定的な意味でしか使うことができない」
    否定することで、また「伝統」というものが出来上がっていく。否定の重なりこそ「伝統」。

    和歌山に実在する紀の川のように、人生も時代も蛇行し、小さな流れを含有し、纏まった一つの流れとして最後海にそそぐ。
    宮本輝さんの『流転シリーズ』のように、俯瞰した人生観、世間のようなものを感じられる1冊でした。
    いや~、有吉さん生き急いだんだなあ。

  • おそらく、本で読んだだけならここまで強烈に印象に残ることはなかったことだろう。
    毎朝のNHKの朗読で一回、それを録音で収録したものでもう一回。初夏のウォーキングのなかで聴いた。
     柔らかな紀州訛りと、もう失われた少し遠い時代の生活や言葉を背景に、“真谷のごっさん”花の見つめた世界に同化しながら浸った。

     そして、もう一回この手にしている本で三度目の『紀の川』を渡った。
     三度ともなれば、すべてがもう知り抜いた既知の世界。展開も、台詞も文字を目が追う前に既に知れている。
    ただ味わった。もう一度この心地よさを。

     何が心地よいかって?
    それは花の“美しさ”だ。小説のなかでも、その美貌を表現する箇所はあるが、それだけでは私の心は動く筈はない。
     豊乃に英才教育されて身につけた教養と躾、身のこなし。それだけでもない。
     それらと彼女の生きた運命が化学反応して発光する輝きが、孫娘華子(有吉佐和子)によって見事に描かれているのだ。
     絵画に描かれた女性に恋する青年の気持ちと同じだ。
    もう、現実には存在し得ない、失われた“美しさ”だ。

  • 冒頭は昼ドラのようなチープな物語にも思えたが、主人公の花が紀ノ川のように静謐でありながら何もかもを流れに引き込むと言ったようにして読者も太い本流に含まれる。 家霊的とは否定的に響くが、実は伝統を知り、本物を知り、確固とした信念を持つことだった。

    本物を知る者だからわかる衰退の前に、苦悩する姿が描かれている。
    最近の流行の小説ならば義理の弟との不倫も描かれそうなものだが、それがない。それはこの時代の女の信念や尊厳かと思う。自分を抑えに抑えてる人生を全うした女性の姿。欲望に身を任せるのは案外、容易いことかも。

    読み始めは方言による記述がとても読みづらかったが、だんだんとそれが美しく感じられてよかった。

  • 明治半ば、和歌山の旧家へ嫁ぎ、家をもり立てることに心血を注ぐ花。
    美しく万事そつのない彼女も、娘の文緒には手を焼いていた。
    家やしきたりに反発し、男女平等を掲げて自由を謳歌する文緒もやがて結婚。
    そして生まれた華子は、隔世遺伝のように情緒を大切にする花の美意識を受け継いでいた。

    死の床の、もはや見栄や建前もない花の述懐が、なんとも人間臭く味わいがある。
    家の没落に気を病んでいるいると思いきや、戦後の農地解放のおかげで
    先祖に気兼ねがなくなり嬉しくてたまらないと笑い、
    反抗され続けたが、文緒に傍に居て欲しかったと本音を漏らす。
    衝突ばかりの母娘だったが、頼りない二人の息子より、
    生意気だけど気概のある文緒に、一番深い親子の縁を感じたのだろう。

    その母の死期を悟ったように突然現れた文緒。
    彼女の体を流れる母の血が、それを教えたに違いない。
    親から子、そして孫…と継承されていく命が、力強く滔々と流れる紀ノ川と重なった。

  • 読み応えのある作品。紀州弁が更にこの物語に彩りを与える。それぞれの世代における女性の価値観が見事に描写されている。今の時代に生きていてよかったと思うのと同時に、御っさんと呼ばれた花の生き方にも憧れを抱く。

  • 「存在そのものに説得力があり、場の空気を支配してしまう人種」というのがいる。主人公の花はそういう性質の人間だと思う。 美しく、教養があり、出しゃばらず、凛としている。周りの人間は知らず知らずの内に、花の思い通りに動いてしまう。花を、小さな川を飲み込んでおきながら表向きは優雅にたゆたう紀の川の様子に例えた部分が素晴らしかった。そんな花も、最後は大きな時代の流れに飲み込まれ、次第にうまく立ち行かなくなっていく。 読了後しばらく、とてつもなく大きなものに取り込まれてしまったような気分になり、茫然としてしまった。

  • どう見ても新潮の自作自演ではあるのだが、今年は没後30周年ということで、世間は有吉佐和子ブームらしい。猫町でも「好きな作家は有吉佐和子」と言っている人がいるので、読んでみた。

    有吉佐和子は、大昔に「恍惚の人」を読んだ記憶が微かにあるくらいで、ずっといわゆる社会派作家なのかと思い込んでいたが、この「紀ノ川」は明治、大正・昭和初期、戦後と日本の激変期を和歌山の片田舎から見つめた女性 花の生涯を描いた大河小説(いや、紀の川小説か)。明治大正期の女性開放運動、戦争直前の騒々しい雰囲気、農地解放の混乱などを背景に、女性と家の関係、母と娘の対立、世代間の相違などが生々しく描かれていて、なかなかに凄い。個人的には戦後の混乱期にもっと紙数を割いてくれると、より嬉しかった。

    一般的には花、文緒、華子の三代記と言われることが多いようだが、一貫して描かれているのは時代に翻弄されつつも、揺らがない「強さ」を持った女性 花の物語であり、またそれが象徴するのは、女性の「強さ」は時代とともに変遷する社会の価値観に必ずしも依存しないという事実である。というわけで、桂芳久の解説はまったく酷い。

  • 明治・大正・昭和を生きた三代の女性の物語。
    感想は言葉にできないけど、読み応えがあった。
    若いときに読んだら、誰に共感したんだろう?
    今の私は3人それぞれの立場で読める年齢になったんだなと思う。
    老年になったらまた読み直してみたい。

  • 明治・大正・昭和と流れゆく時代を生きる母子三代のものがたり
    時代のなかで、生きてきた環境のなかで 価値観を育て
    自分の生き方をまっすぐに信じる女性の姿が描かれてる

    伝統は、反抗することでしか受け継がれない
    ってくだりがとても印象的で
    古いものが少しずつ形をかえてゆくさまを目撃したみたいだった
    花が持つ美意識、"家"という概念、妻という生き方
    いまはもう失われつつあるものたちのなかに
    こんなにも美しさを見出せるあたしは
    やはり根っから日本人なのだとおもう
    真似はしないし、できないけれど
    こういう美しいものたちが失われてしまうことは、とてもかなしい

    だけど、模索することはできる
    いくつもの矛盾を内包して、それでも受け継ぐべき伝統を
    知ること、愛することはできる

    美しい紀州のことばにのせて語られる美しいものがたりは
    なんだかとっても豊かな時間をわたしにくれました。

    名作、のふたもじがとっても似合う
    たくさんのひと、とくに女性に
    読んでほしい、知ってほしい小説 。

  • 女三代期。戦後財閥解体を経て没落した一家を描く。紀の川上流の紀本家から嫁いだ花。花を旧世代だと批判する娘文緒。幼少期を外国で過ごした病弱な孫華子。それぞれの女の力強さを感じる。

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著者プロフィール

昭和6年、和歌山市生まれ。東京女子短期大学英文科卒。昭和31年『地唄』で芥川賞候補となり、文壇デビュー。以降、『紀ノ川』『華岡青洲の妻』『恍惚の人』『複合汚染』など話題作を発表し続けた。昭和59年没。

「2022年 『閉店時間』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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