- 本 ・本 (303ページ)
- / ISBN・EAN: 9784101132051
感想・レビュー・書評
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1959年(昭和34年)朝日新聞夕刊に連載された作品を1冊にまとめ1969年新潮社から改版された作品。
鹿児島県の離島である黒島が舞台。戦後の急成長期、都会の人々は大衆消費文化にいそしみ、華やかな芸能や文明の利器の登場により、豊かさを享受していた。
一方で同じ国でありながら僻地では電気はおろか、情報や衣食住の物資も滞ることが日常であった。
都会育ちの女優の卵である主人公万里子はたまたま訪れたこの離島で、人々の暮らし方、有り様、そして何よりも過酷な自然環境に驚きつつも逞しさを目の当たりにし、自身の道も切り拓いていく。その過程はまるで文化人類学のフィールドワークのよう。
主人公万里子が遭遇した人々、出来事の連なりがとても興味深い。
女性が男性の従属物であった時代に女性が自分自身であることについて多くの作品を手掛けている有吉さんだが、本作も万里子の変容と腹の括り方が気持ちよい。
また都会と地方や離島との格差についても大きな疑問を投げかけている。まさに今の問題。男女の性差も含め、60年前に着眼していた有吉さんの先見の明に惚れ惚れ。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
快作です。明るい筆致でテンポよくストーリーが展開し読後感も悪くありません。高度成長期、変貌を遂げつつある都会に比べて、取り残される地方。郷愁と昔日から学ぶべきこと。分かりやすいセッティングですが若く前向きで清涼感があります。
長い停滞期を経て価値感も多様化した今日、この本を読むと、この時代の若々しい息吹が妬ましく感じます。 -
鹿児島から四日に一度しか船便の無い離島に自棄旅行で来た女優の卵の成長物語。
60年代の離島の現実がエンターテイメント性の高い小説の文章の端々を通じて描き出された、社会派としての有吉佐和子の実力の高さを垣間見せる逸品。 -
日本のめざましい経済成長の陰に、電信電話もなく台風の被害も報道されない僻地。
スターの座を夢みながらチャンスを逃した万里子は、衝動的に訪れた離島、黒島で厳しい自然の中でたくましく運命を切り開く人々の純朴な姿に心を打たれる。
昭和34年、著者が20代の頃に書かれた本書は、現在絶版になっています。
幼少期の主人公をはじめ、戦争を体験している人たちが生活している時代です。著者が実際に離島に足を踏み入れ取材をしてできた本書は、そんな時代に確かに存在していた離島の様子をありありと写し出しています。
自然豊かで、まるで南の楽園のような一面も持ちつつ、死者を出すほどの台風の被害や、医師がおらず急病になっても助けを呼ぶ通信手段がないこと、4日一度しか本土から船がこないことなど、同じ日本でありながらまるで違う。日本語だけど、言葉も少しだけ違う。
「さようなら」を、「あしたよオ」「あしたよなア」と言うのが好き。
スピードが速くて、喧騒に巻き込まれやすい都会において、こんな暮らしがあるということを、忘れちゃいけない。それは、ベルトコンベアーに乗せられてするすると時間を空費してしまいがちな自分へブレーキをかけてくれる。今はもうこんな離島はないかもしれない。
それでも自分の心に、何かしらブレーキになるものを持っておくことは、都会でただ消費されて生きることを防ぐ大事な鍵になるように思いました。 -
なぜこの本を読みたいと思ったのか思い出せないが、絶版のようで、ようやくよその図書館で発見。相互貸借して借りられた。
有吉さんらしい、迷っているのに凛としている女性が描かれていた。
私が生まれるよりも前に、書かれている都会と田舎の対比、都会で見失っているものは今と変わらない印象。
「ブレーキ。
私たちの世代に、一番欠けているのは、これだった、と私は気がつきました」
(万里子の手紙より)
今の時代でも、当てはまる言葉だと感じた。
足るを知る。
立ち止まって、本当に大切なものについて考え、思いだし、
一歩一歩、一秒一秒を懸命に生きていくことが人間としての本質なんだと、
心に刻まれる思いで最後の手紙を読んだ。 -
現在の地方の人口流出や、逆に身近なものも含めての自然への憧れなどと重ねられた。家族や一家について、民俗的な変化を調べているところなので、そことも重なった。つまり親子世帯で二拠点のような世界があったし、自然の脅威などが第三の現実というか非現実(バーチャル)だった。今はその「第三の気持ち(第三の顔)」がネットの中やキャラ設定などになっている。そうなる前の、自然な私たちの三点世界がどのようなものだったのか、まだその時代にはあったのだろうと感じられた。
60年代に、戦後の発展がまだ行き届いていない昔の暮らしが日本の辺地にあったこと。そこから都市に住み何かを忘れただけでなく、人造構造の中から何かを作り出し続ける、身体が失われた状態の経済社会があぶり出されたように思えた。
余談だが船のシーンは伊豆の踊り子を思い出した。しかし船で帰るからだろう。今の僕は旅に行きなれてしまって、帰るのが名残惜しく思う心を忘れている。そんなところも懐かしかった。 -
女性と地域というこの作家の特徴(と思われます)ははっきりとありますが、女性が異邦人であるためか、他の作品と比べると濃密さに欠けていて、出来が落ちている気がする。
主人公である女性の土俗的な強靭さとでも言うんでしょうか、この作品にはそれが不足しているのかなぁ。 -
ピンクのニューロンのワンピースがキーアイテムとなって進んでいく。
最後の万里子から黒島への手紙がじーんとくる。
時代は違えど都会に住む自分にとって、ブレーキの効かない欲望にまみれた社会や人の流れに流されそうになる。
"(都会のわたしたちは)、どうしていいかわからないから、華やかすぎる夢を追うか、でなければ無茶なことでもしでかしてやろうと、血気にはやるんです。"
"忘れない、ということは、ただ覚えているということではなく、これでいいのか、と問い続けることであろう。" -
島ではないけれど故郷を思い出しながら読んでいた。久々に一気読み
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小説としては上出来とは言えないと思うが,50年前,昭和の半ばの離島のルポとしての価値はある.離島だけではなくて大都市圏以外では多かれ少なかれこういう問題はその当時あったのだろうと推察する.
著者プロフィール
有吉佐和子の作品





