- 本 ・本 (448ページ)
- / ISBN・EAN: 9784101132181
感想・レビュー・書評
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有吉佐和子文学忌、佐和子忌
1972年 第7回新風賞
50年前の作品なのです
作中にある当時の平均寿命が
女性74歳 男性69歳
そんな時代の老人介護小説
同じ敷地内の離れに暮らす老義父母
元気だった姑が突然亡くなると
何かと嫁をいじめてきた舅の行動があやしくなってきた
食事に対する言動、突然の彷徨
仕事を続けてきた嫁は、自分の仕事にやりがいと収入を得ていた
当然辞めたくない
介護は嫁に任せきりの夫
手伝わない遠方の義姉
50年経っても 日本の介護現場の現状は変わっていない
もちろん制度的には介護保険法が制定され 老人クラブ以外にも デイサービスやショートステイ等使えるシステムは増えてきたけど
同居していると 介護者ありとなり
家庭内の状況は、変わらない
有吉さんが表現する女性は、自立して頑張る人
この嫁さんもすごい働き者で
頑張って情報を集めて 仕事を減らして 介護を続けた
介護者が崩壊する前に 舅は亡くなりなんとなくラストは迎えられる
当時ベストセラーとなっていたということは
既に当時の日本で共感を呼んでいたのかな
とてもよく手伝ってくれていた息子さんが
こんなに長生きしないでねと言っていたのは
本心なんだよね -
今年の6月5日にオープンした有吉佐和子記念館(和歌山県和歌山市)に先日訪れた。建物は氏の東京都杉並区にあった邸宅を故郷和歌山市に移したもので書斎も見学できる。しかし…あろうことか著書を一冊も読まずに来てしまい、帰宅後多くの方からオススメの作品を教えていただいた。「大変失礼致しました…」と氏に謝意を表しながら、その内の一冊から読むことにしたのである。
ある雪の日、仕事帰りの昭子は離れで暮らす舅 茂造が、コートも着ずにあてもなく雪道を歩く現場に出くわす。この茂造の様子がどうもおかしく、タイトルの通り恍惚としていた…
これは言わずと知れた認知症だが、1970年代を生きる登場人物らを見ていると、老化によって発生する自然現象とでも認識しているように思えた。実際「認知症」という名前は2004年に銘打たれたものらしい。
単なる「耄碌(もうろく)」と見られていた認知症をただならぬ病だと捉えた著者の見識たるや……作品が長く受け入れられているのも非常に納得した。
発症前から昭子をいびり倒していた茂造を彼女が主体となって世話しなきゃいけないのがまず不憫でならなかった。息子 敏を除く家族・ご近所・老人向けレクリエーション施設や福祉事務所の職員とヘルプを求める範囲が広がっても、結局は「家族が見てあげるのが一番」と振り出しに戻(され)る。
自分の近親者に該当する者はおらず、何がお互いのためになるのか今でも分からずにいるが、ワンオペがアウトなのは想像に難くない。
本書に出てくるような、健康体で頭脳明晰な高齢の方をどこでも見かける一方で『認知症世界の歩き方』といった関連本が今でもよく売れている。手に入れたのが不老長寿の長寿だけだったとしたら…?
昭子や夫の信利が、茂造の衰えを通して自分達の将来像に不安を抱くのも無理はない。人生100年時代の現在、50年も前の作品を前にしていると言うのに、やっぱり著者の見識たるや…(以下略)
昭子があの境地に至ったのは驚いたが、気難しかった茂造をあそこまで生まれ変わらせたのだと思えば、彼女の苦労も偲ばれる。
「ママ、エキスパートになったね」
たった一人でエキスパートになっても、全てが終われば今まで通りの、自分らしい人生がちゃんと返ってくるのだろうか?
涙ぐむ昭子に視線を注がずにはいられなかった。
度重なる感染拡大によって、またもや気軽に会えないご時世が続くなか、ブクログ以外でオススメ本を教えてもらえたのが今回何よりも幸せでした。勿論ブクログでもこうした交流を継続させていきたいです。今後とも宜しくお願いします! -
著者、有吉佐和子さん、どのような方かというと、ウィキペディアには、次のように書かれています。
---引用開始
有吉 佐和子(ありよし さわこ、1931年(昭和6年)1月20日 - 1984年(昭和59年)8月30日)は、日本の小説家、劇作家、演出家。和歌山県和歌山市出身。日本の歴史や古典芸能から現代の社会問題まで広いテーマをカバーし、読者を惹きこむ多くのベストセラー小説を発表した。カトリック教徒で、洗礼名はマリア=マグダレーナ。代表作は『紀ノ川』、『華岡青洲の妻』、『恍惚の人』など。
---引用終了
で、本作の内容は、次のとおり。
---引用開始
文明の発達と医学の進歩がもたらした人口の高齢化は、やがて恐るべき老人国が出現することを予告している。老いて永生きすることは果して幸福か? 日本の老人福祉政策はこれでよいのか?
――老齢化するにつれて幼児退行現象をおこす人間の生命の不可思議を凝視し、誰もがいずれは直面しなければならない《老い》の問題に光を投げかける。空前の大ベストセラーとなった書下ろし長編。
---引用終了
本作は、1973年に映画化、1990年と1999年と2006年にドラマ化されています。
当時のキャストを見ておきましょう。
1973年
立花茂造 - 森繁久彌(1913~2009)
立花昭子 - 高峰秀子(1924~2010)
1990年
立花茂造 - 大滝秀治(1925~2012)
立花昭子 - 竹下景子(1953~)
1999年
立花茂造 - 小林亜星(1932~2021)
立花昭子 - 田中裕子(1955~)
2006年
立花茂造 - 三國連太郎(1923~2013)
立花昭子 - 竹下景子(1953~) -
1972年のベストセラーだそうだが、なるほど時代は古いものの、介護の教科書のような本だった。
日本の老人福祉に対する話は昔も今もさほど変わらず、自分の生まれる前のベストセラーなのに、この本の昭子のように自分の介護や老後のことを心配しながら読んだ。
ピンピンコロリできたらいいけど、こんな老人になったらどうしよう、迷惑かけたらとうしようと思うが、人それぞれに先はどうなるかわからない。
生き方の知恵とヒントをもらった気がする。 -
◯名作。大変面白かった。
◯現代人であれば必ず読むべき一冊。将来の自分をあらゆる意味で見通す。
◯現代における個人の孤独を鋭く描写している。鋭角過ぎて突き刺さるほどである。
◯文章表現・演出も巧みである。言葉の選び方が場面を活かしている。
◯昔から認知症はあったはずである。しかし、核家族化が進む中で、認知症の存在は忘れられ、血縁である家族ですら、認知症を忌避することとなった。
◯また、個人を尊重する世界の中では、他者のことはまさしく他人事なのである。それは家族であっても。現代の孤独の構造を先鋭化して我々に突きつけるのが認知症であり、その故に文明病なのである。
◯この小説が描かれたのは高度経済成長の最中であり、今以上に福祉制度が発達しておらず、それを補完する形で家族制度が維持されているという悲しい幻想の中で、極めて個人・個が浮き彫りとなってしまった実態との乖離が人々を悩ませている。
◯現代においては、介護保険制度が成立、運用され、老人への福祉制度は充実したかに見えても、今度は子育て世帯が孤立を深め、虐待へと繋がってしまう。あわせて少子化がどんどん進んでいく。現代人の孤独の構造は全く変わっていない。むしろ、制度が充実するほどに、矛盾してより深い傷となっているのではないか。現代の孤独が、現代の社会問題すべての原因とも考えられる。
◯この小説に出てくる人間たちは、実に現実的で、それ故に我々の共感を呼ぶが、全員自分の事しか考えていない。結末で孫が言ったことは悲しい。それに涙した母は、最後に義父と家族になったのかもしれない。
◯登場人物たちのそれぞれに共感する。しかし、その共感には違和感を覚えていいのかもしれない。我々の孤独に対してどのように対応していくのか、今もって結論は出ていないのだから。-
突然の投稿、スミマセン。確かに社会にインパクトを与えたという意味では貴重な作品なのですが、この領域でお仕事させていただいている身としては違和...突然の投稿、スミマセン。確かに社会にインパクトを与えたという意味では貴重な作品なのですが、この領域でお仕事させていただいている身としては違和感しかありません。
心理行動症状にフォーカスしてしまい、当事者の生き辛さがないがしろにされている。
このラベリングによる弊害は今も払拭できていないのです。
正しい当事者理解に繋がればと思います。2020/06/10
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最近どうしても読みたくなって、30数年ぶりに再読した。このベストセラー本が私の実家の本棚に入ったのは、確か昭和48年。私は中学生だった。読んだのは、高校に入って数年後、埃をかぶった箱カバーを開けた。夏休みの無聊を慰めるためだったと思う。この物語の一人息子敏くんとは同年代になっていた。
当時の私の家には「老人問題」が勃発していた。80歳後半になろうとしていたおばあちゃんは、もう一人で外出は出来ず、家族の顔も時々間違えるようになっていた。廊下に失禁の後が延々続くのは、もう少しあとだったか?
昔読んだ時は、茂造老人の人格の豹変、家族の名前をいびり抜いた嫁と孫しか覚えてない、突然の徘徊、キリのない食欲、夜中の幻覚、そして糞の畳への塗り付け等々にショックを覚え、それぐらいしか覚えていなかったことを読みながら思い出した。
今回再読して、ものすごく新鮮だった。いま敏世代は介護する側に回っている。私も数年前には父親の最期を看取り、一昨年から叔母夫婦の介護計画を立て悩んでいる。嫁の昭子の右往左往、仕事を辞めないで介護しようとする彼女の工夫と努力と間違いには、大いに共感した。今回は完全に昭子の立場で、あるいは茂造老人の立場で読むことができ、景色は大きく広がった。
昭和47年刊行のこの時代、介護保険はおろかヘルパーさえいない。高度経済成長の最中の老人介護問題という面であらゆる矛盾が噴き出てくる直前に、この本が出てきたのだろう、と今ならわかる。
私のおばあちゃんは結局看護婦長をしていた叔母が毎日介護にきてくれて、刊行から約10年後92歳で家の中で往生した。その叔母ももういない。
恍惚の人は認知症の人と名前を変えて、私の現在と未来を未知のモノにしている。
2014年2月8日読了 -
人ごとではない話。でも、あまり自分ごととして考えたくない話でもあった。老人介護、これからの高齢社会をみんなでどうしたらいいのか考えていろんな人が生きやすい世の中になったらいいけれど…。
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100分de名著で取り上げると知り、初めて読んでみた。
設定は出版と同じ1972年とか執筆時と思われる前年あたりか、と思う。主人公家族は共稼ぎの夫婦と高校2年の息子。敷地内同居していた姑が脳溢血で突然死して、遺された舅がボケているのに気づく。そこから始まる”嫁”昭子のボケた舅の介護奮戦記だ。まさに昭子の体を張っての、対舅との戦争みたいだ、と感じた。だが、カラッとした読み心地と読後感。昭子は体力・気力・思考力がある人に感じ、そういういわば少し理想形なところと、なにより”戦争”には終わりがある、というところがそう感じるのか。
雪の降る日に姑が突然亡くなり、それから舅のボケは大食、徘徊、失禁とどんどん加速していく。そして自分の息子と娘の名前は分からなくなっているのに、孫は分かっており、特に嫁の昭子だけはしっかり認識している。それを息子は「飼い主だと思っているんじゃないの」、となかなかに鋭い指摘をする。
夫はすまないとは思っているものの、夜中の排尿の世話や入浴をさせるのは昭子。息子はやがて通い始めた老人クラブへの迎えをしてくれる、などけっこう協力的。夫の妹も父の陰険さを分かっており昭子に文句をいったりはしない。しかも、早くケリがつけばいい、という意味のセリフを昭子以外の人にけっこう吐かせていて、まあ、有吉さんは心の内を表に出してみました、というところだ。しかし舅は、医者に「戻りましたね」と言われ、そのボケた状態の描写がコミカルでもあり、有吉氏はあくまで尊厳を持たせている。
小説の展開の中で、近所や夫の同僚の中にも寝たきりやぼけた親を介護している人達をたくさん登場させ、介護して初めて入ってくる老人たちの実態に気づかせる。そして舞台の東京杉並にある老人集会所の様子なども書き、当時の国の老人政策の実態と、その情けなさを書く。なんといっても施設にはボケ老人は入れないのだ。こうして読んでみると、今はボケても入れる施設もあるし介護保険が始まって本当に助かったと感じる。
出版は1972年、昭和47年なので、物理的な昭和感が興味深かった。離れの舅姑は石油ストーブは使わず、炭で暖をとっている。「十能」などという言葉が出て来てきてはるか彼方の記憶を呼び起こした。方や息子夫婦宅は共働きでもあり、昭子は家事の省力化のため乾燥機や冷凍庫を奮発して買い、土曜日にまとめ買い、まとめ調理で冷凍、洗濯も土曜日にして即乾燥機を使っている、こちらは当時としてはなかなかに進歩的。
また姑の葬式では、田舎では昭和の終わりくらいまでは葬式は近所の人たちが取り仕切ったのだが、ここ杉並ではそれは無く、喪主が寺に頼み、会葬者も老人たちの兄弟は亡くなっていて、甥姪には知らせていない。舅は東北の出で分家の身で息子の就職とともに東京にやってきた、という設定。なので会葬者は同居の息子一家、娘、嫁昭子の兄夫婦と、姑が仲良くしていた近所の3、4軒位なのだ。
家族設定は舅84才、姑75才、夫はおそらく50才くらい、主人公昭子は40代前半、そして息子は高校2年の設定。出版時の1972年から逆算すると、舅は明治21年生まれ、姑は明治30年生まれ、夫50才とすると大正12年生まれ、妻昭子が41才とすると昭和6年生まれ、息子は昭和30年生まれ。姑は75才で死んで「あら、平均寿命より1年余計に生きられたのね」と言われ、・・52年前は女性は74才が平均寿命だったのかと驚く。そして夫はシベリア抑留の経験者で、妻昭子は女学校で軍事訓練で蘇生法を習い、それが舅が浴室で溺れた時一命をとりとめることになる。有吉氏は昭和6年生まれで、嫁昭子には自身の時代感覚を投影させているのではないか、とも思った。
じいちゃんには少しやさしい高校生の息子が出てくるあたり、羽田圭介の「スクラップアンドビルド」に似ていると思ったが、こちらは男親と実娘と高校生男子、という設定。こちらを読むときは介護する娘の立場で読んでいたが、この「恍惚の人」だとその72年当時になり、高校生の息子の立場で読んでいるのだった。
1972.6.10発行 1972.8.26第20刷 の当時の単行本で読む。実は実母の遺品の蔵書にあったもの。47年9月に買ったと書き込みあり。 -
乾いた筆致で有吉さんが「老い」や「死」、「家族」を淡々と描く。特段の美化も遠慮もなく、今の時代であればおおよそ差別的意味合いを以てして使ってはならないとされている単語が跳ねる。
夫の両親と敷地内同居しながら、法律事務所で職業婦人として働く女性昭子。
専業主婦が当たり前であった時代、仕事と家事、受験生である息子のサポート、加えて義理父母の老いや死に全速力でぶつかり切り拓く昭子の姿は当時新鮮だったことだろう。
老いの現実、死に伴う儀式の空虚さ等々、飾ることなく淡々と粛々と。疲れ果てながら舅の老いに向き合う自分の不寛容さや、不甲斐なさが細やかに綴られ、また自らの親でありながら介護に逃げ腰の夫に不満を感じながら時間が経過する。
よく言われることだが、同じ苦労でも成長していく育児と異なり、ゴールや前進が定まらない介護。目標も充足も見いだせず時が経過するのは辛い。
世間体に右往左往し、医療と福祉のはざまのどうにもしようのない事態に困難を極める様に読み手の心も塞ぐ。
年を取ってこうはなりたくないと、老いて生産性がなくなるどころか、周囲を困らせる舅の行動の連続に介護する昭子と夫が自分の将来の老いに絶望する。
私も子どもたちを食べさせること、育むことに無我夢中だった今までの時間。
子どもたちが巣立った今、気づくとコントロールできない老いが足元にあった。
自分が年を取るなどと想像だにできなかった若い頃から一足飛びに時間が経過する。
高齢化と少子化に待ったなしの現代。有吉さんの1974年の作品は今を予言していたかのようだ。
嗚呼、ピンピンコロリが私の夢。子どもたちには迷惑をかけたくないなあ。
著者プロフィール
有吉佐和子の作品






介護を仕事にしてる方は、ちゃんとオフ時間に休めます。
肉親の介護を自らやってしまうと、仕事と介護で休みがなくなり...
介護を仕事にしてる方は、ちゃんとオフ時間に休めます。
肉親の介護を自らやってしまうと、仕事と介護で休みがなくなり精神と肉体を病み、介護される側も含めて良いことないです!
使えるシステムはしっかり使う
認知症って それはそれは 介護が大変だと思うのですが、認知症って審査されると
介護3になって 特...
使えるシステムはしっかり使う
認知症って それはそれは 介護が大変だと思うのですが、認知症って審査されると
介護3になって 特別養護に申し込みができるんですよね
順番回ってこないとはいえど
私は兄弟がいないから、途中で自分が先に死んだら 娘とかに負担がいくのか心配になって
長い間死んだら多少高くても 施設に入れられるように 自分に死亡保険かけてたのよね
でもだんだん保険料が高くなってきて
ケアマネに聞いたのよ
私が先に死んだ場合どうなるか?
そしたら その場合は 誰かにすぐケアマネに連絡を入れたら 介護者不在でどっかに入れてくれるらしい
もう保険もやめて 死んだ場合の連絡先を書いて
婆さんが暴れてもぐずっても 入れてもらいなさいって 書きおいておいた
どうにかあちらが先に死んでくれたけど
自ら施設に行けるように貯めるか
適当なところで終わりたいよね