毎日が日曜日 (新潮文庫)

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本棚登録 : 679
感想 : 71
  • Amazon.co.jp ・本 (656ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101133102

感想・レビュー・書評

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  • ●海外駐在を経験した二人(沖と笹上)、閑職で時間をもて余す沖、仕事一途の人間で趣味のない笹上。二人が左遷と定年という形で戦線離脱する。ビジネスマンにとって、組織とは、家族とは、何かを考えさせる。
    ●文中にある会話、「ぼくは、商社マンとは、ワンルーム向きの人間だと考えているんです。家には夜遅く帰ってきて、寝るだけ。朝早く起き、飯を食うと、飛び出して行く、リビングや書斎を必要としない生活・・」日本の経済発展に貢献してきた人々に何が残っただろうか?

  • 題名だけを見てどんなに楽しい小説だろうと予想したらそれは見当違い。社名に奮闘する大商社社員のそれぞれを書く。
    毎日が日曜日の意味は主人公が閑職とも見られそうな日本のある都市の支店長を拝命することからきている。が、実際には組織の板挟みの中でそんなことを感じる余裕は全くなし。海外生活が長く日本に馴染めない家族も悩みの種となる。
    主人公の転勤を嘲る同期社員、会社生活にピリオドを打つ先輩社員も、主人公の対比となりそうなのに順風満帆とは行かない。
    時代設定が今より古いという反論はありそうだが、会社勤めのジレンマを描いた小説。

  • 2018年3月11日読み始め。
    2018年3月23日読了。


    ブクログに登録している著者(1927~2007年)の作品は、

    ・総会屋錦城 1959年
    ・硫黄島に死す 1968年
    ・毎日が日曜日 1976年
    ・部長の大晩年 1998年 
    ・勇者は語らず 1982年

    「毎日が日曜日」は、著者が40代後半の年齢時に書かれた作品で、読売新聞の朝刊に連載されたとのこと。
    昭和の香りが満載の作品である。
    定年退職した笹山の年齢は57歳だったと記憶する。

    この作品、読みたいなと思いつつ、うん十年になろうか。
    タイトルが流行語にもなったという経緯から、何となく内容までがわかるような気がしていた。
    実際に作品を読んでみると、どんな人生でも、平板であるはずはなく、深いものである。

  • 昭和54年の著作であるが、今読んでも全く古さを感じさせないビジネス小説。帯同家族の生活、会社に振り回される人生など、生々しいエピソードと共にグイグイ読み込ませてくれる。

  • 昭和の話。時代背景は古いけど、家族の思いは変わらないなと思った。

  • 会社人生に於いて、誰でも「ないものねだり」をしながら日々を送り、日々悩んでくよくよしていることですらある意味幸せだと考えさせられた一冊。働き方に正解は無いし、会社での評価=その人の評価でも無い。会社で理不尽な事があった時に読み返したい一冊。

  • 昭和51年に刊行された経済小説。
    もう35年くらい前に書かれたものなのに色あせない面白さ。

    日本の総合商社を舞台に、海外赴任、家族、教育、定年、出世競争といった様々な問題が盛り込まれている。
    人間がしっかりと描写されているから今読んでも面白い。

    ウーさんがとてもよかった。
    「輸出」の続編的な作品らしいのでこちらも読んでみたい。

  • いわゆる(終わった人)の昭和版です。

  • 標題看似輕鬆,意外地內容還頗為可怕。我很少讀經濟小說,但是商場如戰場的描寫,穰我想起之前讀的恐怖的不毛地帶的血淚。主角共兩位,一個是屆齡無法升級而退休,已經和妻子分手孤身一人,在公司只會嗯嗯嗯的笹上,另一個是被編到閒職(但可以直接隨侍在大老闆側,努力看個人)京都支店長的沖。兩位主角都是曾經被扶桑商事派到國外擁有駐外血淚史的人。笹上這個角色作者塑造地相當成功,就是職場唯唯諾諾,下定決心只為自己打算無法全力投入公司,然後決定退休萬歲但是又感到無聊,說自己擁有四家店舖其實是車站前微不足道的小攤,喜歡對沖說教但可悲的是沖又是他唯一可以講話的對象。笹上因為感到無聊,只好徹底當野次馬,觀察別人,沖家的災難也讓他稍微滿足自己也可讓他人感謝,災難又對他又不痛不癢的,略帶殘酷的一種旁觀者。他的房間充滿動物,又擺了一個將來要自殺的大型冷凍庫,宣稱自己將來也不麻煩別人(十文字去他家那段對話殘酷到讀起來真的很痛苦)。坦白說這個角色寫得太真實,因此讓人覺得極其可怖,平凡、卑屈、帶點殘酷、但是又很悲哀,太符合當代社會中所生產出來的某種退休上班族,那種可怕的孤獨感,讓人在閱讀過程居然會感到很不安,這種平凡的可怖,作者可是力透紙背。

    另一方面沖則是被調到人人認為閒職的京都,他的小孩因為回國接不上日文也遇到上學的困難,另外這裡還有十文字家的小孩也因為母親突然一直講英文導致小孩的精神疾病,點到這種被迫輾轉駐外的商社員的悲哀;而沖的兒子因為受不了日本電車的擁擠騎機車上課,後來也因為車禍截肢,幸好兒子天生正向還是他們夫妻倆的救贖。而沖雖然去了京都,但是由於天性不適合討好上司,最終京都支店被閉鎖了他依然沒有獲得青眼相看,最終回到本社還是遊軍,故事最後處理垃圾這樣的小事也相當辛苦,深感不管是什麼樣的小環節,每個崗位都必須一戰。最後還被公司裡的大頭們說他是認真的兵隊(看來晉升也無望了)。

    小說以淡淡的口吻在描寫平凡的日常,但是根本就沒有每天星期日這檔事,也沒有人受得了每天星期日。每個人以不同的心情面對變閒或退休這件事,有的人很厭惡很抵抗,有的人本來就不打算花心力,有的人感到心境複雜。作者塑造的這兩個角色也是一種典型人物,笹上是我感到苦手的類型,略為自私而幫忙也是沾醬油的野次馬個性,他生活中的孤獨的主調又令人感到可怖,他很慶幸他人的災難成為他看好戲的對象又可以被人感謝,這點也是一種平凡的惡意(實際上他確實幫了人家不少,這種人因為實在不少所以更讓人覺得可怖)。沖這個角色的塑造就較沒有那麼打動人,要說幸或不幸真的很難說,但是可怖的是這樣的人生應該也不少。距離撰寫時代背景昭和三四十年雖然已經很久了,但是兩位主角這樣的人一定還是很多吧。綜合商社這大個戰場,如同荒漠般肅殺,這本書我讀到的是戰場,沒有太多的綠洲。雖然阿京登場了,但是並沒有給作品帶來任何的滋潤,作者就描寫這個城市,著力也很淺,或許在主人公沖的眼裡就是一個無趣的地方,讓我有些惋惜。

  • 秀作。
    40歳台から60歳台の男性にお勧めの作品。
    今ではあり得ないモーレツ社員時代のお話。人生のすべてを仕事に捧げる。
    色々考えさせられる、今でも通用する作品。
    淡々と話は進む。最近の小説にありがちな、あざとく感動的な設定のないことに品の良さを感じる。
    うーさんが自分に似ているところがあり、共感が持てる。というか、今どきはうーさんタイプが多いのではないだろうか。
    日本の商社は世界一だったのか。その時代の認識が無い。
    今ではインターネット時代なので、強味も薄れたのか。

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著者プロフィール

1927年、名古屋市生まれ。海軍特別幹部練習生として終戦を迎える。57年『輸出』で文學界新人賞、59年『総会屋錦城』で直木賞を受賞。日本における経済小説の先駆者といわれる。『落日燃ゆ』『官僚たちの夏』『小説日本銀行』など著書多数。2007年永眠。

「2021年 『辛酸 田中正造と足尾鉱毒事件 新装版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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