柳橋物語・むかしも今も (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
4.01
  • (63)
  • (47)
  • (50)
  • (4)
  • (1)
本棚登録 : 410
レビュー : 62
  • Amazon.co.jp ・本 (368ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101134048

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 戦後の山本周五郎の江戸下町作品。
    「柳橋物語」と「むかしも今も」の2作品です。
    「柳橋物語」は主人公おせんの悲しい半生が描かれ、なぜここまで…、という感じがします。その人生の分かれ道となったのが、短い時間に庄吉と交わした約束から。その約束を守りとおしたが故の運命。登場人物のだれが悪いわけでもない。環境と巡り合わせにより逆らうべくもなく悲しい人生に落ちていくおせん。その中で、精神的な愛が描かれています。

    「むかしも今も」も愚直な直吉の人生を描いたもの。最後まで読むとなんともいえないあたたかい感情が湧いてきます。

    やっぱり山本周五郎の作品はいいです。

    書評より
    「作者は問うている。愚直さまで一途であり、一旦きめた約束を守り通そうとすることは、くだらないことであろうか。世俗的に見てたとえばかと思われようとも、そこにこそ人間の他の動物とは違う尊さがあるのではないかと。」

    本文より
    「『この頃の職人はなっちゃあいないよ、爺さん、一日に三匁とる職人が逆目に鉋(かんな)をかけて恥ずかしいとも思わない、ひどいのになると尺を当てる手間を惜しんでおっつけて鋸を使うんだ、そのうえ云いぐさが、そんなくそまじめな仕事をしていたら口が干上がってしまうぜ、こうなんだ』
    『それは今にはじまったことじゃあないのさ』と源六は穏やかに笑う、『…どんなに結構な御時世だって、良い仕事をする人間はそうたくさんいるもんじゃあない、たいていはいま幸さんの云ったような者ばかりなんだ、それで済んでゆくんだからな、けれどもどこかにほんとうに良い仕事をする人間はいるんだ、いつの世にも、どこかにそういう人間がいて、見えないところで、世の中の楔になっている、それでいいんだよ』」

    「『人間は正直にしていても善いことがあるとはきまらないもんだけれども、悪ごすく立ち回ったところで、そう善いことばかりもないものさ』」

  • 今回、再読して逆に感じたのは、おせんが決して不幸な境遇だったとは思えなかったのです。 逆にこちらは少数意見かもしれませんね、とりわけ女性読者からはお怒りを買うかもしれません。 私は却って針仲間のおもんの身を持ち崩して行く姿がおせんよりも不幸なように感じました。 というのは、庄吉はこの物語の中ではどちらかと言えば悪役めいた役割を演じてますが、物語の初めの告白から江戸に戻ってくるまで、少なくともおせんに対する愛情は尋常なものではなかったはずだと私は確信しています。

    そして男は結構疑い深いというか、本作にあるシチュエーションからして誤解が生じて当然だと思います。 まあそのあたり、作者の力量の確かさでしょうね。 いずれにしても、主人公のおせん、最後にはつつましくかつたくましく生きることを貫きます。 つつましさが“八百屋”を営むことによって描かれているところが作者の優しさなんでしょうね。 たくましさの源は死んだ幸太の愛情だけでなく、冷めきってますが過去の庄吉へのいちずな思いがそうさせたんだなと私は捉えています。 人を愛することって難しいけど素晴らしいことです。

    もう一遍の「むかしも今も」 物語に“つき当たり”という言葉が出てきて重要な役割を演じています。 これは直吉とまきとが幼いころに遊んだ場所の名前なのです。 いわば2人の長年の愛情が築き上げられた場所として描かれています。 とりわけ直吉のやさしさは女性読者から圧倒的な支持を受けると思います。 そしてその優しさの根底は誠実さと義理堅さなのですね。 まきが失明した後も献身的に支える直吉の姿が印象的です。 これはなかなかできませんよ。 ラストが少しはっきりせずに読者に委ねている部分のあるのが作者の心遣いだと受けとめています。

  • 山本周五郎さんの作品は、とても優しい。歴史に名を残す人物の話ではなく、普通に生活する人たちの恋や仕事や友情などを描いている。この人が描く、女性像?というのだろうか?それに憧れた事が、何度かある(笑)

  • 中編二編。どちらもよかった。貧困や天災やなにか抗いがたい運命によって厳しい道を歩まされる人間の物語。山本周五郎の真骨頂のような二つの物語だった。耐え忍ぶ美とそれでも朽ち果ててしまう美。スポットライトがあたる花が美しいのではなく、その周りに咲く誰にも見向きもされない花にこそ真の価値があると、やはりテーマはそういったところだった。しかし、こういうものを書くときもお涙頂戴にせず、この世の無常と厳しさをきっちりと書き上げ、時代劇ではなく現代にも耐えうるものに仕上げてるあたりが、ただものじゃないなと思う。

  • 読んでいて、情景が浮かんできて、文章に引き込まれてしまいました。

    柳橋物語は、苦しく辛くなってきたけれど、最後におせんが味わった待ってた人が他の人と結婚して苦しい思いをした時に気付いた幸太の想い。
    新たな気持ちで前に進むおせんに人の強さを感じた。

    今もむかしも 直吉の素直で真面目一辺倒だけれども、芯の強さを感じた。
    男性として、顔ではなく心が素敵な人で、まきも目に見えるものより見えない所に本当に大切なものがあるのだとわかった。

    えてして、人はおおいに、目に見えるものに惑わされる事がある。

    本当に素敵な作品でした。

  • 山本周五郎さんは、文章が上手ですね。ただ文字が並んでいるだけなのに、まるで江戸時代にタイムスリップしたような気分に浸れます。火事の描写なんか本当に経験したんじゃないかと思ってしまう程リアルです。
    物語は、おせんという女性がただただ酷い目に遭う話なんですが、前向きに生きていく。これを読むと優しい気持ちになれますね。
    それにしても、幸太は本当にいい男だ。自分もこんな人間になりたい。
    私は、『さぶ』より好きですね。

  • 山本周五郎の時代小説がなぜ魅力的なのか。それはその時代を生きる人々の美徳を、本当に美しいものとして書き上げているからだ。分不相応なものを求めない、けれど決して諦めているわけではない。与えられた世界の中で、いかに幸福を求め、五感をフルに使い、人間らしく生きるか。心が豊かであるとはどういうことか、読み返すたびに思い知らされる。

  • 江戸時代のラブストーリー。不運な境遇にあっても、素直に一途、人情味にあふれる人達。思い違いからの行き違いにもどかしく、悲しくなるけど、悲恋かと思いきや、最後は純愛に変えたおせんの強さに感動。

  • 本当に清い精神を持つことこそ、真の幸福なり。人類必読の書。

  • 高校の時の課題図書だった。当時ひねたガキやったはずやのに号泣した。宿題の感想文が書けなかった。書けない理由を原稿用紙に綴った。今の僕の国語力では書き表せません、いつか文章でこの感動を書き表わせるよう、これからいっぱい本を読もうと思います、と。
    今大人になって読み、今だに書けない自分がいるけれど、それが周五郎の大きさなんだと素直に思う。心にただ刻むべき作家なんだ。

全62件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1903年、山梨県に生まれる。本名は清水三十六(さとむ)。小学校卒業後、銀座の質屋で奉公、後に筆名としてその名を借りることになる店主・山本周五郎の庇護のもと、同人誌などに小説を書き始める。1926年、「文藝春秋」に『須磨寺附近』を発表、文壇デビュー。その後、不遇の時代が続くが、時代小説作家として認められはじめる。戦中から戦後まで連載が続けられた『日本婦道記』(1942-1946)で直木賞に推されるが辞退。主な代表作に『樅ノ木は残った』(1958)、『赤ひげ診療譚』(1958)、『青べか物語』(1960)、『おさん』(1961)などがある。1967年、逝去。

「2020年 『雨あがる 映画化作品集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

山本周五郎の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

柳橋物語・むかしも今も (新潮文庫)を本棚に登録しているひと

ツイートする
×