- 新潮社 (1966年9月19日発売)
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感想 : 36件
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Amazon.co.jp ・本 (432ページ) / ISBN・EAN: 9784101134116
みんなの感想まとめ
主人公の中藤沖也は、浄瑠璃の新たな表現を追求する才能ある芸人であり、彼の情熱と苦悩が物語の中心にあります。安定した家庭環境から離れ、理想を求めて大阪へ向かう沖也は、周囲の期待や現実の厳しさに直面し、次...
感想・レビュー・書評
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2021.10.02予約。10.16受領。読み始めても頭に入ってこない。面白くない。もう読みたくない・・・最初の10Pで断念。山本周五郎でもこんなのがあったんだ。
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著者:山本周五郎(1903-1967、大月市、小説家)
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周五郎はくどい。ひとりよがり小説の大家。「さぶ」が職人なら、本作は芸人。タイトルも結末も好みではない。
しらふのときの冲也のセリフも、酔っ払い調で読んだ。なぜか、顔は堺雅人。 -
浄瑠璃に人生をかけた人のお話。下巻を、読んでから感想は書きます。
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重くて娯楽性皆無
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この歳になって初めて、良さを理解する。
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これもデミアン、海辺のカフカのようだ。
主人公の沖也、運命で結びつけられ、男女の仲というよりも
一体の片割れという存在であるおけい。
その共鳴を通じて、自分を探す旅を歩く。 -
山本周五郎の三大長編(樅の木は残った、ながい坂、本作)の中ではもっとも地味ではあるが主人公への共感度ではもっとも高い作品だと言える。武士の身分を捨てて浄瑠璃の世界へと身を投じる沖也。いろんな逆境を撥ね退けて成長していくのですが、なんといっても彼に想いを寄せるおけいの存在が圧巻。彼女の独白シーンは読者もとびきり胸を高まらせて読むことを余儀なくさせられます。本妻のお京が気の毒に思いながらも少しずつ体の具合が悪くなっていく主人公を自分自身に置き換えつつめくるページが止まらない読書となりました。
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20110710
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最後の最後まで苦しみぬきながらも自分の夢、理想を目指して生き抜く主人公。
山本周五郎さんの「人は何をしたかでなく、何のためにしていたかが大事なんだ」をまさに表現した作品だと思う。
自分は動機はどうであれ「何かを成し遂げる」ことは評価しても良いと今は思っているが、やっぱり純粋な動機で、純粋にその目的にだけ向かってがむしゃらに生きることは理想の生き方だとも思う。
今現在の自分は日々を何のために生きているのか?自分自身の目的を持って生きているのだろうか?そんなことを考えさせて、励ましてくれる本。
上・下巻あり -
28夜
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上下巻読みました。
「人間の真価はなにを成したかではなく、なにを為そうとしたかである」という著者の考えが小説になったものです。
彼が死ぬシーンがあまりあっけなくて逆に圧巻でした。目に見える結果はたいした問題じゃないのです。自分が選んだことに持てるものすべてを賭けて向き合うこと自体が大事なんです。 -
お客様におすすめされて読んでます。面白いです。
たんなる大衆受けではない上質な浄瑠璃を追究するものの、潔癖な性格が災いしてどんどん居場所をなくしていく冲也に、おけいさんでなくてもひやひやもんだぜ。
これから下巻読みます。ここまで堕ちたからにはカタルシスを期待せずにはおれない -
観客に純粋によいものとして認められるような作品を目指し、
浄瑠璃の曲の節つけに力を注ぐ沖也。
その純粋さゆえに悩みながら坂を転がっていく感じが
なんとも切ない。
作者のまっすぐで「きれいごとを並べた」ような部分が
主人公に投影されていればなんとなくうれしい。
周りにいる人たちは(皆とは言わないけれど)
沖也のことを思って様々な助言や助けをよこしている。
そのやさしさや献身さが案外ぐっとくる。 -
07.2.21
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「忘れていた品格のある表現」の例として <a href="http://nihonkenkyu.wordpress.com/">http://nihonkenkyu.wordpress.com</a> を運営されている方からの紹介。
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09/02 ★★☆
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未読
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山周に3つ星はつけたくないが,主人公の独りよがりぶりや周りを巻き込む無神経さにイライラした。
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著者プロフィール
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