おごそかな渇き (新潮文庫 や-2-15)

  • 新潮社 (1990年1月1日発売)
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本 ・本 (417ページ) / ISBN・EAN: 9784101134154

感想・レビュー・書評

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  • ズシン。

  • 好きすぎて、なんと書いていいものか。
    好きを羅列…「蕭々十三年」「紅梅月毛」「野分」「鶴は帰りぬ」

  •  山本周五郎氏の「おごそかな渇き」(1971.1)、なぜかタイトルに親しみが。解説を読むと昭和42年1月~2月(日曜版)の8周目で絶筆となった作品とか。中学時代に目に触れていたんですね。内容は、りつ子と隆二がまさにこれから東京に出ようとしているところ、これからの物語ですね。

  • しみじみ人情を感じる短編集だけど、実はそれぞれ違いがあり、バラエティーに富む。武家もの、心意気、相手を気遣う気持ち、ほんとうの人間らしさが感じられる。
    「将監さまの細みち」なんて、背景を変えたら現代の小説になりそう。”あのひとは知っていた”と気づくあたりはドラマのようで「蕭々十三年」「紅梅月毛」と全く違う世界を描けるってすごい。

  • みたいように、みないように。
    みえてるものが全てではないんだなぁ。

  • 著者の絶筆になったという小説。昭和35年頃の福井が舞台のようだが、江戸時代と言っても不思議ではないような雰囲気。竹中啓吉と娘・14歳の少女のりつ子、そして行倒れを助けられた松山隆二。竹中の宗教談義が興味深く、松山とりつ子が東京を目指す山歩きの場面の描写が美しい。この後どのような展開をするはずだったのか!未完に終わったのは残念である。りつ子が、うっすらと女らしさを感じさせるいくつかの描写が新鮮。

  • 山本周五郎先生の作品。
    私は多分、この先生の作品を読むのは初めて……にして、絶筆となった話が載っている短編集に当たるようなものを読むことになってしまうとは……。

    物語の舞台はほとんどが、江戸時代前後。
    様々な人情味溢れる物語がいっぱい綴られています。
    この人は、義理人情を大切にしてるんだなあ……と思う感じの話。
    なんとなく、勝手なイメージなんですが、骨太のしっかりした男の人が書く話を書いている話だなあ……と思いました。

    だいたいそのイメージで読んで間違いないと思います。

    最後の表題作でもある「おごそかな渇き」はそれなりにキリのいいところで終わっているので、あまり違和感はありませんでしたけど、言われてみれば途中な気がします……。
    確かに、ちょっと不思議な話なので、最後まで読んでみたかったとも思いますけど、最後がどこに行き着くつもりだったのかは、ちょっと謎な話でしたよね。

  • 表題作の「おごそかな渇き」は山本周五郎の絶筆で,朝日新聞に連載中に亡くなってしまった.宗教を取り扱っているのだが,途中で終わってしまっていて続きが読めないのがとても残念だ.
    他の作品は,生きる気力を無くした武士の前に住み込みの田舎娘が現れる「あだこ」,家康主催の馬くらべにあばら馬で出場する「紅馬月毛」がよかったかな.

  • 嗚呼、山本周五郎。あなたの様々な魅力が散りばめられた短編集、また時折、棚から取り出して読みなおそうと思う。珠玉の作品たちだ。

  • (2014-09-06)

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著者プロフィール

(やまもと・しゅうごろう)
1903~1967。山梨県生まれ。小学校を卒業後、質店の山本周五郎商店の徒弟となる。文芸に理解のある店主のもとで創作を始め、1926年の「文藝春秋」に掲載された『須磨寺附近』が出世作となる。デビュー直後は、倶楽部雑誌や少年少女雑誌などに探偵小説や伝奇小説を書いていたが、戦後は政治の非情を題材にした『樅ノ木は残った』、庶民の生活を活写した『赤ひげ診療譚』、『青べか物語』など人間の本質に迫る名作を発表している。1943年に『日本婦道記』が直木賞に選ばれるが受賞を辞退。その後も亡くなるまで、あらゆる文学賞の受賞を拒否し続けた。

「2025年 『山本周五郎[未収録]時代小説集成』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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