ながい坂 (下) (新潮文庫)

  • 新潮社 (2018年11月28日発売)
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  • 本 ・本 (592ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101134833

作品紹介・あらすじ

身分の違いがなんだ。俺もお前も、同じ人間だ。突然の堰堤工事の中止。城代家老の交代。三浦主水正の命を狙う刺客。その背後には藩主継承をめぐる陰謀が蠢いていた。だが主水正は艱難に耐え藩政改革を進める。身分で人が差別される不条理を二度と起こさぬために──。重い荷を背負い長い坂を上り続ける、それが人生。一人の男の孤独で厳しい半生を描く周五郎文学の到達点。

感想・レビュー・書評

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  • 下級武士の家に生まれた青年が万難を排して身を立てた物語であるならば私は読まない。

    頑張れば報われるとか、身分格差や階級などあってはならぬという社会が信じて疑わない公正世界仮説一辺倒で世の中は回らない。もちろん頑張ることは大切。失敗挫折も含めて手に入れられるものは財産。

    だが合理性と効率や快適性ばかり強調される風潮に危うさを感じる。同時に単純な白黒二元論についても。
    弱者に寄り添い…的な。
    もちろん社会からの支援が必要な時、必要な人には私たち社会全体で手を差し伸べる仕組みは必要と承知しながら。

    皆が誰かの所為、何かの所為と、被害者の轍に嵌まっては不平不満の非を費やすばかりでは自分の人生が摩耗してしまう。

    庶民や貧困層を「善き者」「か弱き存在」と単純化せずに描く山本周五郎の作品の奥行に感服。『季節のない街』や『青べか物語』でも描かれているが。

    本作に登場する不遇の姉妹に関する描写が特に心に残った。
    以下抜粋。
    P.164より
    「そうだ、かれらは政治の善悪や、経済的変動の外にいるのだ」と主水正はまた呟いた、「あのおとしとお秋のきょうだいをみろ、不具のおとしは自分が不具者だということをすなおに認め、それを恥ずかしいとも口惜しいとも思ってはいない、お秋が35歳の今日まで、あれだけのきりょうで嫁にゆかないのは、おそらく不具の姉のためだろうが、そんなことは塵ほども考えたことはないようだ、そしてそのおれに嫁の世話をしようとさえしている。あのきょうだいにとって、政治の善し悪しや経済的な遇不遇は問題ではない、常に、こんにち生きている、という事実だけで充分なのだ」

    P.161より
    このきょうだいは、どんな不幸なめぐりあわせにも、泣いたり絶望したりするようなことはないだろう。ここになにかがあるな、と主水正は思った。外側の条件によって左右されない、仕合せも不仕合せも自分の内部で処理をし、自分の望ましいように変えてしまう。幸不幸は減少であって、不動のものではない。そうだ、このきょうだいの生きかた、またはそういう生きかたのできる性格には、学ぶなにかがある。

    以上抜粋。

    不遇や不幸を我慢しろ、誰にでも多かれ少なかれこんなことぐらいはあるものだという根性論ではない。
    ただ自分の人生は自分で歩かなければならない。助けが必要であれば求め、自分がどうしたいかを自分で問い見出す。
    誰かの所為にしたままで世の中を眺めては一生被害者だ。

    そしてこの一節は晩年の山本さんの想いが込められている気がする。
    P.148:
    人も世間も簡単ではない、善意と悪意、潔癖と汚濁、勇気と臆病、貞節と不貞、その他もろもろの相反するものの総合が人間の実体なんだ、世の中はそういう人間の離合相剋によって動いてゆくのだし、眼の前にある状態だけで善悪の判断はできない。

    山本周五郎さんが今の私と同年代で発表した長編の本作『ながい坂』。若い頃読んでもピンとこなかっただろうなと感じる。
    確かに懸命にみっともなくも必死に上ってきた私のながい坂。結構疲れてるなあ。主人公の主水正同様、抗いようのない無力感に苛まれることもある。

    だが年齢を重ねることは決して失うことばかりでもなく…と自分自身の老いに漠然と感じる不安も受け入れられる気持ちになり、ページを閉じた。

  • 最初は立身出世伝として面白く読んでいたが、ハテ?こんな男が身近にいたら応援できるだろうか?と考えてしまった。

  • ながい坂(上)のレビューご参照。

  • 人間の一生を死ぬまで坂をのぼり続けることをながい坂に例えていると解釈した。主水正の一生はずっと耐え続けているのだが、前向きに自分の力で道を開き道を転換させているところに見習うべきものがある。人間の弱さを理解し、周りの協力を得て障害を乗り越えている。だから我々も応援したくなるのだ。経験の中から前例を選び出しそれを検討する。苦しい時には彼の境遇を思い出し見習っていきたい。

  • 人はそれぞれの立場、状況の中で葛藤し、許し、受け入れて人生を全うしていく長い坂。主水正は様々な境遇になったとしても、その立場や人のありのままを理解し、自分を作り上げていくところ、それぞれのところでそれぞれの葛藤があること、その中でも焦らず自分の思う方法を時間をかけて形にすること、その結果を受け入れる姿勢が印象的。

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著者プロフィール

(やまもと・しゅうごろう)
1903~1967。山梨県生まれ。小学校を卒業後、質店の山本周五郎商店の徒弟となる。文芸に理解のある店主のもとで創作を始め、1926年の「文藝春秋」に掲載された『須磨寺附近』が出世作となる。デビュー直後は、倶楽部雑誌や少年少女雑誌などに探偵小説や伝奇小説を書いていたが、戦後は政治の非情を題材にした『樅ノ木は残った』、庶民の生活を活写した『赤ひげ診療譚』、『青べか物語』など人間の本質に迫る名作を発表している。1943年に『日本婦道記』が直木賞に選ばれるが受賞を辞退。その後も亡くなるまで、あらゆる文学賞の受賞を拒否し続けた。

「2025年 『山本周五郎[未収録]時代小説集成』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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