愁月記 (新潮文庫)

  • 新潮社 (1993年9月1日発売)
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  • 本 ・本
  • / ISBN・EAN: 9784101135106

感想・レビュー・書評

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  • 大学の友人が、大分前に是非読んで見て欲しいと持って来てくれていたのを漸く読了。

    するすると読むことが出来た。作中、著者の経歴が何回も繰り返されるお陰で、情報に安心して読めたのではないかしら。

    特に気に入ったのは、「夜話」と「病舎」まで。
    著者とその妻の交流、妻の思いやりの描写に胸があたためられた。

    読んでいて、静かな涙が二回頬を伝った。身体が眠いよと音をあげているだけかもしれない。

    読んでいると感覚が少し鋭敏になる気もする。

    解説の一部に直前に読んだ「ノルウェイの森」味があって、偶然性を感じた。

  • 三浦哲郎を研究するのでもいいかもしれないと思った。それくらい心打たれたということなのかもしれない。忍ぶ川を錯覚させるような良さで、彼の書く家族の話はどれもすごく良いに違いないとこの一冊を読んで確信した。
    表題作の『愁月記』は母の死の前後を描いた話。食卓を囲んでいる中で母が突然泣く場面からはじまる。まだどんな話か分からないのにその場面がすごくいい。その後読み終わるまで母があのときなんで泣いていたのかをずっと考えていた。この話は葬式で母の骨を壺に入れる場面でおわる。
    自分の母のことが頭に思い浮かんだ。母について書かれた小説は他の作家でも読んできたが、こんなに鮮明になったのははじめてだ。親がもし亡くなったら、死に対する感覚が変わるのではないだろうか。そう思った。死ぬことはとても怖いことだけれど、親がいる場所だとどこかで感じるようになる気がする。今はまだ僕にとって死は、ほんとうに終わりの場所だから。
    いい本が買えた。

  •  初めの短編「愁月記」を読み了える。
     故郷に長病む母の最期を看取りに、故郷へむかう列車で、以前によく上京していた母の、食事時に急に泣き出したり、作家の仕事部屋を眺めまわして満足していた時を、回想する。不遇な宿命を背負った子供たちのうち、末弟の作家が成功して穏やかに過ごしている事に満足だったのだろうと、文中にはないが察せられる。
     目が弱くて琴の師匠をしている姉、母を長く世話している世話上手の付添婦さんなど、他の小説にも現われる人物が、心優しい。親しんでくれた若い看護婦の話もある。
     作家がいったん実家に戻って休んでいる間に、母の容体が急変し亡くなる。死に目には会えなかったが、作家は喪主としてあれこれ手配し、斎場から骨壺を抱いて車で戻る所で終わる。
     好い日和に亡くなり、数日間好天だった事も、故人の徳として語られる。
     現代風のチャキチャキした文体でなく、渋い文体で淡々と語られ、優れた母への挽歌である。

     2番目の短編「ヒカダの記憶」を読み了える。
     12ページの短編小説だが、4章(無題)に別れる。
     第1章では、亡母が夢見を気にする性質で、気になるような夢を見たあとは、ひそひそながら作家に打ち明けた。手紙となり、電話となるが、それは続いた。自身の両親、夫、自殺した二人の娘、行方不明の二人の息子の夢である。早々と離散した子供たちのせいで、引け目を感じたのだろうと作家は推察する。

     第2章では、ほとんど夢を見なかった作家が、母の没してより1年後くらいから、亡母の夢を見るようになる。風変わりな姿だが、脛のヒカダを見て確かめる。ヒカダとは、冬に炬燵に入り浸って、女性の脛にできる火傷模様で、各人に違う。

     第3章では、子供たち全員を取り上げた産婆さんが、老いての対話である。色素のない娘二人を産んだ母は、作家を妊娠した時、堕胎しようとしたが、クリスチャンの産婆さんの説得によって、産む決意をする。産婆さんは、母のヒカダが美しかったと回想する。産むために力んだ母の足に、灯がともったようで、ヒカダがきれいだったとの回想である。

     第4章では、亡くなった母を納棺の際に、脛のヒカダを見て、悲しみに打たれる、という1ページ程の短章である。
     夢の話から、ヒカダの話に移って、母を亡くした作家の心情を語る、名編である。

     3番目の「からかさ譚」を読み了える。
     作家が探しあぐねたあと、浅草の仲見世で、和傘屋で音のよいからかさを、刃物屋で鉈を買う所から始まる。
     2つ共、八ヶ岳山麓にある小屋(別荘とは、決して書かない)に持って行くためである。鉈は山荘で薪を作るため、からかさは郷里で一人住む姉(色素が欠けていて、目がわるく、琴の師匠をしながら、独身を通している)を、誘うためである。
     母の3周忌で姉が、位牌もお仏壇も、持って行って貰ってよい、と投げ遣りな言葉を吐いたのを、気にしている。姉を慰めようと、晩秋の山小屋へ誘うが、いったん約束しながら、話は不首尾におわる。
     父母を亡くし、4人の兄姉は不遇な宿命を辿っており、2人生き残った姉弟である。姉弟、兄妹の関係は、兄弟(父の死で縁が薄まる)、姉妹(結婚で縁が薄まる)よりも、縁が深いとある思想家は書いた。
     郷里で母の世話をした姉への、労わりでもあっただろう。
     ただし姉は作家の優しい思い遣りよりも現実的で、琴の弾き始め会の準備に忙しがっている。作家の繰り返し描いた、家族譚の後期の1編である。

     「夜話」を読む。
     詩人・鮎川信夫は「(戦死者の)遺言執行人」を名乗ったが、三浦哲郎もまた1族の成り行きを小説に遺したといえるだろう。もっともその他のフィクション、伝記的な作品もある。僕が読み進められなかったからかも知れないが、「夜の哀しみ」(新潮文庫、上・下巻)など、なぜ不倫のストーリーを描いたのか分からない。
     エピソードの1つに、フィラリア予防は気慰めくらいにしか効かない、というのがある。僕は2代の犬を飼ったが、2匹目はフィラリアで死んだ。知識がなく、外飼いの犬は9割くらいフィラリアに罹ると知らなくて、予防をしなかった。エピソードにわずか、慰められる。しかし医学の発展があるから、20年くらい前の事ながら、あるいは救えた命かも知れない。それ以来、ペットを飼わせてもらえない。
     山荘の犬の墓や写真の異変譚に、霊魂の存在を信じているような所がある。神仏は信じていなかったようだが、神なき信仰というものはあったかも知れない。
     家族に可愛がられて生き死にした、ペットの物語である。

     第6編、「海峡」を読む。
     2年続けての佐井(青森県)訪問の話である。
     1度目は、遭難船の船員の資料を手に入れに行った墓地で、偶然、無縁仏の供養碑を見つける。今は小屋ようになっている。
     作家と公民館長の会話に、「海峡から流れてきた無縁仏たちが引き取り手を待っているわけですか」。「そうです。はっきり言えば、全員が連絡船から身投げした人たちでしょうな」とある。
     作家の次姉が、1937年、青函連絡船より投身自殺をしているのである。海峡の漂流物が、佐井の浜に流れ着きやすい事、他の浜にも供養碑がある事を確かめる。
     翌年、次姉の50回忌を修した作家は、佐井の浜と、他に供養碑のある事がわかった、尻屋岬を回り、恐山を訪ねる。尻屋岬の供養碑は、土台だけが残り、他へ移されたが、その先はわからない。
     大祭の恐山に回り、簡略にイタコの口寄せをしてもらう。イタコの言葉はわからないが、口調から少なくとも次姉が不機嫌ではないらしいと、作家は喜ぶようだ。
     海のものばかりの肴で、宿に精進落としをする所で、1編は終わる。

     不遇だった1家の語り部として、語り続けねばいられなかったのだろう。
     神なき信仰、という心はあっただろう。神仏の存在を信じたなら、むしろ1家の運命を詰問したかも知れない。

     しまいの第7編「病舎まで」を読み了える。
     足掛け4年めに入る、月刊誌連載の小説(「白夜を旅する人々」らしい)の途中で、身体異常を感じ、掛かりつけの医師に診てもらうと、血圧の上が218、下が130で、すぐ他のK病院へ入院する事になる。そのK病院の野崎医師の測定では、血圧計の上限、260を振り切れてしまい、原因調べの検査を続ける事になる。初めての入院である。
     結果は、とくべつ悪い所はなく、本態性高血圧症と診断される。
     作家が1番気にする事は、心情というか心の調子というか、自分が変わって、途中のままの小説を続けられない、あるいは小説を書けなくなる事である。
     救いは、付き添う夫人が気遣いつつ明るく、前向きな考えであり、また見舞う娘さんたちも純情な事である。感謝の言葉と、慈しむ眼がある。
     この小説の中でも、不遇だった兄姉のことは、書き込まれている。

  • あいかわらず読みやすい文章。暗いようで希望のある作品が多いところが好き。

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著者プロフィール

三浦哲郎

一九三一(昭和六)年、青森県八戸市生まれ。早稲田大学文学部仏文科を卒業。在学中より井伏鱒二に師事した。五五年「十五歳の周囲」で新潮同人雑誌賞、六一年「忍ぶ川」で芥川賞、七六年『拳銃と十五の短篇』で野間文芸賞、八三年『少年讃歌』で日本文学大賞、八五年『白夜を旅する人々』で大佛次郎賞、九一年『みちづれ』で伊藤整文学賞を受賞。短篇小説の名手として知られ、優れた短篇作品に贈られる川端康成文学賞を、九〇年に「じねんじょ」、九五年に「みのむし」で二度にわたり受賞。他の著作に『ユタとふしぎな仲間たち』『おろおろ草紙』『三浦哲郎自選全集』(全十三巻)などがある。二〇一〇(平成二十二)年死去。

「2020年 『盆土産と十七の短篇』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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