楢山節考 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
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本棚登録 : 1334
レビュー : 179
  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101136011

作品紹介・あらすじ

お姥捨てるか裏山へ、裏じゃ蟹でも這って来る。雪の楢山へ欣然と死に赴く老母おりんを、孝行息子辰平は胸のはりさける思いで背板に乗せて捨てにゆく。残酷であってもそれは貧しい部落の掟なのだ-因習に閉ざされた棄老伝説を、近代的な小説にまで昇華させた『楢山節考』。ほかに『月のアペニン山』『東京のプリンスたち』『白鳥の死』の3編を収める。

感想・レビュー・書評

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  • 雪の楢山へ死に赴く老母おりんを、孝行息子辰平は胸のはりさける思いで背板に乗せて捨てにゆく。残酷であってもそれは貧しい部落の掟。子供の頃に読んだ昔話か民話か、このような姥捨山的な話は覚えがあります。なぜかどんな結末だったか思い出せないのですが、やはり老母は棄てられる運命だったのでしょうか。老母は悲しんだのでしょうか。記憶には残っていないけれど、姥捨山には重苦しい残酷なイメージがありました。
    この『楢山節考』はそのような伝説を近代的な小説にまで昇華させたものでした。
    70才になれば楢山まいりにいく。つまり山に置き去りにされる運命の村の年寄りたち。
    この村のおりんもそのうちのひとりですが、このおりんは、残酷とも思えるこの日をとても心待ちにしているのです。
    ずっと前から行くときの振舞酒も準備し、山で座る筵も作っていました。ただ一つの心残りだった孝行息子にも後家を見つけることができ、おりんは肩の荷をおろします。更におりんは、健康な歯を恥ずかしいこととして自ら火打ち石で歯を叩きつけ欠けさせ老婆としての身なりをも整えます。山へ行く気のない年老いた村人を馬鹿な奴だとも思っています。山へ行ったあとに、自分が密かに用意しておいた、たらふくのどぶろくや食べ物を村人や家族の皆が驚き喜んでいる姿を誇らしげに想像してます。そのときの自分は山できれいな根性で座っているんだぞと。
    おりんにとって確かなことは、楢山まいりは何ひとつ怖れるものではないということです。自分が愛する息子たちのために最期に役に立てるのですから。そのことに喜びを感じているようにさえ思いました。息子に背負われ山中を進むおりんの心中はどのようなものだったのでしょう。悲しみにくれる息子の背中の温かさを感じながら、穏やかなものだったように思います。楢山まいりは神の御心のままに自分を委ねる、おりんにとって生から死へ向かう崇高な儀式だったのでしょう。

  • 表題作は姥捨山の伝説を題材にした短編。映画化されたこともありもっと長編のようなイメージだった。しかし短い中にいろんな人間の感情がものすごく濃縮されて詰まっている。

    主人公おりんは、年老いてなお歯が丈夫なことを恥ずかしく思い、毎日、石で叩いて折ろうとしている。食い扶持を少しでも減らしたい貧しい村で、丈夫な歯を持つ=たくさん食べる年寄りなど害悪でしかないと考えるからだ。同様に、曾孫は「ねずみっ子」と呼ばれ、若くして次々子供を作ることは無駄に食い扶持を増やすゆえ悪徳とされ、結婚は遅いほうがよく、子供は少ないほうがいい、つまりそれくらい貧しいのだ。

    おりんは、ゆえに、できるだけ早く「楢山まいり」=姥捨山に捨てられることで家族に迷惑をかけず旅立ちたいと考えているが、孝行息子の辰平は複雑だ。妻に先立たれた辰平のために迎えた後妻・玉やんも気立てがよく、おりんを慕ってくれている。

    しかし孫で十六になるけさ吉は恩知らずのバカ息子で、松やんという大食いの娘を孕ませて結婚、継母もいらない、婆はとっとと山へ行けみたいな態度。このくそバカ息子ほんと腹が立つ。しかしおりんはこの「ねずみっ子(曾孫)」が産まれる前に(あるいはこの子を間引きさせないために)山へ入ろうと覚悟を固める。

    あちこちに白骨がちらばり、まだ新しい死体にカラスが巣食うような山奥に親を捨てて去らねばならない辰平の苦しさ、切なさ、自己犠牲を厭わないおりんの潔さ、反面、けさ吉のような情のない人間、死ぬのを嫌がる老親を崖から突き落とす別の家族の無情さ、いろんな感情につまされて胸がぎゅうっとなる。村人たちがさまざまな場面で歌う素朴な歌もとても切ない。

    「月のアペニン山」は“精神病”という言葉が何か抽象的な怖れや偏見と共に口にされた時代の残酷さを感じる。まあ確かにこの奥さんの言動は怖いけど。「東京のプリンスたち」は昭和30年代の少年たちの群像劇、これはさすがにちょっと時代が違い過ぎてピンと来なかった。でもそういえば篠原勝之の本を読んだときに「深沢七郎親分」はプレスリーが大好きだと書いてあったっけ。

    「白鳥の死」は鳥の話かと思いきや、正宗白鳥の話だった。一見、情がないような言動が記されているのだけれど、実はもう「生きている白鳥」に会えない作者の悲しみがじわじわ沁みてくる。

    ※収録
    月のアペニン山/楢山節考/東京のプリンスたち/白鳥の死

  • 1956(昭和31)年に刊行されたというから、ずいぶん昔の小説を読んだ。刊行当時、著者は42歳で本作が処女作である。もともとミュージシャンだったらしい。本作に唄が多用されているのは、その影響であろうか。
    三島由紀夫に「それは不快な傑作であつた。何かわれわれにとつて、美と秩序への根本的な欲求をあざ笑はれ、われわれが「人間性」と呼んでゐるところの一種の合意と約束を踏みにじられ、ふだんは外気にさらされぬ臓器の感覚が急に空気にさらされたやうな感じにされ、崇高と卑小とが故意にごちやまぜにされ、「悲劇」が軽蔑され、理性も情念も二つながら無意味にされ、読後この世にたよるべきものが何一つなくなつたやうな気持にさせられるものを秘めてゐる不快な傑作であつた。」と言わしめた楢山節考は、「姥捨の伝説」が題材となっているので、三島の評にも首肯せざるを得ない。
    解説で日沼倫太郎が述べているように、著者は本作を描くにあたり、登場人物の心理描写などには踏み込まず、淡々と神の視点から見たままを描いている。日沼はさらに「あらゆる事象は『私とは何の関係もない景色』なのである」と言う。たしかに本作を読んでいると、事実の叙述の中、いわば行間から、登場人物の行動をとおして否応なく情念がにじみ出てくるような印象を受ける。同時に、貧しい山村で、人々が生きていくために「そうするしかなかった」慣習が、極限の状況を如実に伝えるのである。
    三島の言葉どおり、そこには「人間性」をも否定――否定というより「無効化」かもしれないが――するほどの力を持っている。それほどの極限の状況をただ淡々と描き、極限の状況下において「人間性などという概念は意味を持たなくなる」ということを伝えるのである。喜んで「楢山まいり」(姥捨)に向かうべく着々と準備を進めるおりんと、村の慣習にいやいや従い、手助けする息子・辰平の両者の姿に、私の気持ちもざわついた。所どころに挿入されているわらべ唄も。さりげなくその壮絶さを伝えるのに一役買っている。
    三島が言う「『悲劇』が軽蔑され」た後には、絶望しか残らないのかもしれない。それでもなお。おりんが目指した「完全なる死」と、あえて言葉を多用せずともお互いに心の中まで理解しあう親子、そしてその根底にある「愛情」さえも慣習には抗えないという事実を描いたこの物語は、短い話ではあるが、一度は読んでみるべき小説であると思う。

  • 楢山節考に衝撃を受けた。他はそんなでもない。柳田國男を想像してたんだけど、違った。
    食べ物の少ない村。70歳になると姥捨山に置いていかれる風習。待ち望むおりん。心に深々としみる唄と、家族の愛情。常識を疑わず掟に従って暮らす村人。
    人智を超えた「人間らしさ」にあふれている。
    関東地方の(著者からすると山梨?)方言の魅力もあり、どことなく身近で、昔話を小説に起こしただけとは言えない、生き生きとした状況、残酷さと清々しさにあふれている。

  • いまでは忘れ去られてしまった世界の話。

    • だいさん
      https://www.evernote.com/shard/s37/nl/4075866/8e37e783-a4c7-4f48-8d80-...
      https://www.evernote.com/shard/s37/nl/4075866/8e37e783-a4c7-4f48-8d80-0434d03056eb
      2014/08/15
  • 表題の「樽山節考」の他、「月のアペニン山」「東京のプリンスたち」「白鳥の死」の3編を含む短編集。

    「樽山節考」は棄老伝説、つまり姥捨て山にまつわる伝承を近代的な小説に仕立て直した話。舞台は長野の山村。

    棄老伝説は、実際に日本列島内で法令として実施されていたような記録はないものの、各地に民間伝承や地名として残っているものがある。
    また、日本以外にも広くユーラシア大陸に関連する物語が存在し、物語としては古いものだといえる。

    物語の類型は「難題型(国からの法令による姥捨て)」「枝折り型(姥捨て途中に子の帰り道を思い枝を折る)」やそれらの複合型などいくつも存在し、扱われるテーマも老人の知恵、親子の情愛、自国や他国との軋轢などさまざま。

    本作「樽山節考」においては親子の情愛がベースとなっているものの、ムラの文化や暮らしの様子・雰囲気が丁寧に描かれていることや、老母おりんの「いかに最期を迎えるか」を能動的に捉え準備していく姿勢に、恥の文化など日本的な因習が織り込まれていて読み応えがある。

    有終の美という言葉もあるように最期の迎え方をいかにするかというテーマ自体はよくあるものだが、多くは武士道の中で描かれるもののように感じる。武士的な世界においては最期を飾ることにより「自分がどう思われるか」という自己の発想や視点が中心となっているのに対して、老母おりんの場合は自己の目線も含むものの「世間様にどう思われるか」や「家族がどう思われるか」などの他者目線が発想の起点になっているように感じる。

    ムラやイエの論理がどのような形で自己を規定していたのかは個人主義が当たり前の発想となっている現在の感覚ではうまく読み解けない部分もあるとは思うが、多かれ少なかれ現在の日本社会にも残っているものだとは思うので、こういう(現在地点から見れば)極端な話に触れて考えてみるのもときには良いと思う。

  • 苦しい。自分の母親の顔が思い浮かんで泣きそうになる…

  • 切ない話だった…。
    「山に行く」日が近づく=命終わるとき。
    残される家族のために、息子に後妻をもらったり
    山に行った後の宴会も滞りなく準備しておいて、
    自分はひっそりと出る準備をする老いた母。

    食べ物がないということは、こんなに切実に
    暮らしをそのまま圧迫するのだなぁ。
    盗みを働くものが出たり、
    それを戒める村の者たちもそれはそれで命がけ。
    今のように飽食で、村全体が貧しいなんてことない世の中だと
    想像もつかないけれど。

    食べること、暮らすことを真剣にやっていかなければいけない。
    その上さらに、追い詰められた状況では究極的に「口を減らす」というのが慣習になっている。
    子減らしは、結局していなかった。慣習にのっとり、家族のことや自分の尊厳を守って
    息子に負われて、「山に行く」。
    美談ともいえるかわからんのだけど、ひとまずその覚悟や尊厳の守り方は強く、美しいと思った。

    じゃあ…食べ物は捨てるほどある今の日本人は、この強さ、美しさをどう引き継げばいいの…?

  • まずは「人とこの世界」で作者を知るところから始まった。著作一つ(と切り捨ててはいけないけれど)で殺傷事件まで起きてしまう時代にいたとはいえ、いったいこの言動の作者が書いた作品が自分に読みきれるだろうかと不安を抱いて読み始めた。「楢山節考」昔の作品の中で更にその昔のことを描いていると、厳しい規律の割にゆるい道徳…といった世界に驚いてしまう。それはくだらない替え歌で村中に囃されてしまう世界であり、それによるいわれのない中傷まで真っ向から受けざるを得ない世界。でもその中で、母と息子の思いやりに切なくなる。

  • 『楢山節考』 深沢七郎

    4つの短編で構成。中でもタイトルになってる楢山節考という小説は衝撃的な話。何度か映画化、ドラマ化されているが、民話?である姨捨山の話が、うまく小説に落とし込まれてる。
    その村の老人は70歳になったら裏の山に生きたまま捨てられる。食糧もなく、豊かな土地もなく、厳しい冬を越すためのしかたなしの手段だった、、、
    人は極限状態に置かれたときどんな行動をするのか、どんな心理状態になるのか、、、
    人の醜い部分も、成熟した部分も描かれている作品。

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著者プロフィール

大正三年(一九一四)、山梨県に生まれる。旧制日川中学校を卒業。中学生のころからギターに熱中、のちにリサイタルをしばしば開いた。昭和三十一年、「楢山節考」で第一回中央公論新人賞を受賞。『中央公論』三十五年十二月号に発表した「風流夢譚」により翌年二月、事件が起こり、以後、放浪生活に入った。四十年、埼玉県にラブミー農場を、四十六年、東京下町に今川焼屋を、五十一年には団子屋を開業して話題となる。五十六年『みちのくの人形たち』により谷崎潤一郎賞を受賞。他に『笛吹川』『甲州子守唄』『庶民烈伝』など著書多数。六十二年(一九八七)八月没。

「2018年 『書かなければよかったのに日記』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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