- 本 ・本 (272ページ)
- / ISBN・EAN: 9784101144412
感想・レビュー・書評
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今年(令和4年)は世阿弥に関する本を色々読んでいきたい。
これで3冊目。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
瀬戸内寂聴、面白いよ!?
世阿弥の生涯について書かれた一冊。読み応えは文句なし、ただ源氏物語は言わずもがな、古今集など古典の教養力が問われる…。古典に通じていればもっと読みやすいであろうと思われる。でもこの教養力を試される感がまた良い。 -
彼岸を感じさせながら、現身の人間の臨場感をもよびこむ世界。
苦しんで、苦しんで、解脱の境地に達したかのようにみえて、ふたたび苦しみ、それでも能役者および作者としての矜持を保ち続けようとする。
矜持を持ち続けるために必要な生のエネルギー。死に向かう心ではなく、あくまで生ききろうとするエネルギー。 -解説 川上弘美
わざわざ語らなくとも、内にあるもので十分に魅力は滲み出てくるということ。
むしろ語ることによってその魅力が些末なものになってしまうこと。
「秘」であるからこそ奥ゆかしく、思わず手が伸びてしまうようなものなのだと思う。
めまぐるしい人生のなかでも一際輝く世阿弥の生き様はまさにそれで、こういった生き様を知れて一歩大人になった気がする。
瀬戸内寂聴と世阿弥が一心同体になったこの作品だからこそものすごいパワーを感じたのだと思う。 -
世阿弥の一生。おもしろかった
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世阿弥が佐渡へ島流しになる場面から始まる。
観世座の栄枯盛衰、佐渡に渡ってからは弟子のような女性の語りになる。能の世界。この年老いての達観した描写は80歳もすぎた寂聴さんだから書けたのかな。 -
この年になると思うことあり。
孤独ではなく孤高な老い方 -
瀬戸内寂聴さんが世阿弥の生涯を描いたお話です。
言い回しなどが私にはとても難しく、馴染みにくかったです。
能の世界と男色。
いろんな恋はあるけれど、それは永遠に続くとは限らない。
あの世に行くと先だった人に再会できる、そう思うと死が近づいてきても怖くないのかもしれません。
世阿弥さんはものすごく素敵なお方だったようで、私もいつの日かそのようなお方に巡り会いたいです。もう少し大人にならないと無理なのかな。
「秘すれば花」という言葉を探求するために読みましたが、私にはまだ意味がよくわかりません。
たまにはこういう本もいいかも。 -
『風姿花伝』からの引用も含みつつ書かれた、能の創始:世阿弥の生涯。 体感から醸し出されたであろう、快楽・ぬくもりの艶かしい描写は特に印象的。 一方で、晩年 諦観の域に入り、人生の終い方を諭されるような件は、ドロドロした都での所業からなる前半とのギャップも相まり、頁以上に時間軸の深さを感ず。 流刑先として過ごした佐渡もまた、たおやかな土地として描かれており、久しぶりに、かの地へ旅したくなった。
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松岡正剛さんいわく、世阿弥は中世のスーパースターだとのことで、いつか読んでみたかった世阿弥関係の本。100分De名著の「風姿花伝」に続き、瀬戸内寂聴さんの本書を読んでみました。
晩年、いわれない理由で島流しになる世阿弥が佐渡に向かうところからストーリーが始まります。道中、12歳にして足利義光に寵愛されたあとの栄光の日々と、人生後半での人々との別れや、どちらかというと不遇な日々が回想されます。ストーリーの中では、「離見の見」「秘すれば花」「幽玄」「男時女時」など、世阿弥の哲学がさりげなく紹介されます。
瀬戸内寂聴は本書を書き終えた後、抜け殻のようになったそうです(あとがきによる)。世阿弥の生涯が淡々と綴られつつも、あちこちに華やかさや哀しみがちりばめられている。きっと世阿弥の能も、この文書のような雰囲気を纏っていたのではないかという気がしました。 -
『風姿花伝』で有名な能の大成者、世阿弥の生涯。美しき天才として生まれ、時の将軍や公家に愛され(肉体的にも)、子を持ってからの苦悩の日々の後、いわれない罪で佐渡へと流されるまで、そして佐渡での最後の恋。女性の描くエロスの世界とは、このようなものだったのかと、少し不安な気持ちになった。恐ろしくもある。そしてその感覚に触れることを今まで避けてきたのだとも気づく。途中だれはするが、結末が美しい。世阿弥の本当の愛が見える。
著者プロフィール
瀬戸内寂聴の作品





