残光 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
4.13
  • (6)
  • (6)
  • (4)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 143
感想 : 10
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (301ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101145020

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み

  • 最晩年の一作。
    ここまで文章がこんがらがると、読み進めるのに使うエネルギー負担が面白さに勝ってしまった。
    表題の通り、まさに作者の頭の中の刹那的な思考・記憶がそのままパッケージされていて、文学的に重要な一冊だとは感じる。

  •  ボケたおじいちゃんの言葉がそのまま文体として写し出されているとしたら、これはすごいことだけど、小島信夫という人のことだからひょっとしてすっとぼけてる可能性もなくはないし、しかしそれにしたってこの忘れていく感じが追体験できてしまう文体には驚く。
     小さなところをぐるぐる回りつつ、物語らしきものはまるで展開しない。なんか、書けといわれてから書いている、そういえばあの公演で――みたいな話が何度も何度も繰り返し出てくる。ふと、自分の賞の話を思いだして書く。ところが記憶が曖昧だから、本当にそう言ってたかわからない。公演の準備で、自分の小説を読み返したことを書く。長々と引用する。書き写すと自分で面白いなと思うが、どこが面白いのかわからない、と投げる。あるいは昔どこかで読んだ文章を、思い出せる範囲で書いてみたりして、だけど最後には「忘れた」で締めてしまう。そんな中に、手が痛くなったり眼が辛かったりして書けない、読めない、という告白が紛れ込んだりもするし、本当にボケてしまった妻の話が挿入されてきたりする。取りとめもない、そしてまとめようもない、そういう小説なのだ。
     だけどそういう小説だからこそ、今読んでいる時間の重み、現在進行形の時制の厚みに、却って圧倒されてしまう。回想ですら徹底した現在進行形なのは、記憶が不確かなために、回想するという行為のレベルで書かなければならないし、そう読まれるほかないからなのだ。そしてまた、だからこそ読んでいる今、読むという行為そのものが密度を増し、不意に挿入される妻の話に、どうしようもなく心が動かされたりするのだ。
     これが遺作となった、というのもある意味では納得で、この先はもう想像不可能な領域、というか、ここでもう想像不可能な領域に一歩足を踏み入れた、という感じがする。この先に行こうとしたら書き手も読み手も死ぬしかないんじゃないか、ということをふと、思ったりしました。

  • 解説:山崎勉

  • 出だしに施設に入った小島さんの奥さんのことについて触れられる箇所がある。その後、小説は自由自在な小島さんの語りによって展開されていくのだけれど、何となくまた奥さんのことで終わるのではないか、という予感めいたものがあった。事実、そうなって「ああ」と思ったのだけど、こういう終わり方をしなくても「ああ」と思ったのかもしれないなと考えた。いろんな終り方を事前に想像していたと思う。たまたまその一つと合致しただけなのだけれど、どこか感慨深いものがあった。「残光」という題通り、自分の中のどこかにささやかな光がぽっと灯るような。

    小島信夫さんの最後の作品。

    語りながら話の主体も、話の内容も少しずつ、もしくは大きくずれていく。意図的に書いている部分と思うにまかせて筆を走らせた部分と両方あるのかな、などと思いながら読んでいた。どんな読み方もできそうだけれど、どこか奥さんのことが念頭にありながら書いているのではないかと、個人的にずっと思っていた。施設にいる小島さんの奥さんは、もうすでに小島さんのことを認識できていない。言葉が通じないのだ。しかし言葉が通じなくても、小島さんの奥さんには見えている世界がある。その世界の言葉で、小島さんと話をしようとする。そのことはこの小説全体と似ている気がするのだ。日常の文法を逸脱する方法でコミュニケーションを試みる。それは衰えゆく身体とリンクしている。並の人なら、この状態で言葉を紡ごうとしないのではないか。これは大変な力業ではないかと思う。老いたりとも、身体の底に残っている強靭な意志のような力を感じる。この作品で小島さんは奥さんとコミュニケーションできたのだろうか。

    小島信夫さんの若い頃の小説も読みたくなる。

  • 2012/5/28購入

  • うーん、あんまりついて行けなかったかも……。何しろいわゆる物語になっている小説とは違うから。

    読んでいる時、これはいま、何について言っているんだろうと思うこともしばしばだった。

    でも、『菅野満子の手紙』は読んでみたいなー。

  • 札幌などを舞台とした作品です。

  • どんな小説かと聞かれると困る。
    小島信夫という人間のある場面の思考を文章に写しとったものだ。だから、文章が破錠していてもそれはそれでおかしくはない。浮遊する断片。しかし、バラバラではない。
    ぐっ、ぐっと引っかかりながら読む。その都度立ち止まり文章と一緒に思考する。書いている文章、読んでいる文章しか存在しない。そんなことを思い起こさせる小説だ。

  • 90歳にもなればボケボケにもなるよねってことで、小島信夫が老いの果てにとうとう怪物になってしまったと思った。文章が破壊的。さいきんだったら「うわさのベーコン」にもあるようなめちゃくちゃな文法構造(猫田のそれとはもちろんちがうんだけど)、人称のめまぐるしい変化といったキチガイじみたたぶんベタにやっているんだろうと思うとなんともいえない気持ちになる文体、ふいにあらわれては何事もなく立ち消えていき、あるいは「どうだったかよくわからない」「忘れた」で強引にぶん投げてしまう筋。それは読んでいるとおじいちゃんだいじょうぶかよってどこか笑えるし、そうした文体で物語をつむいでいくこと、いけることの事実に恐怖を感じるし、そしてなによりも老いぼれて何もかもをぼんやりと忘れていく妻と彼のやりとりにはどう読んだって泣かされてしまう。

全10件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

小島信夫
一九一五年、岐阜県生まれ。東京大学文学部英文学科卒業。五五年、『アメリカン・スクール』で芥川賞、六五年、『抱擁家族』で谷崎潤一郎賞、七二年、『私の作家評伝』で芸術選奨文部大臣賞、八一年、『私の作家遍歴』で日本文学大賞、八二年、『別れる理由』で野間文芸賞、九八年、『うるわしき日々』で読売文学賞を受賞。他に『菅野満子の手紙』『原石鼎』『こよなく愛した』『寓話』『残光』など多数。二〇〇六年十月没。

「2023年 『小説作法』 で使われていた紹介文から引用しています。」

小島信夫の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
保坂 和志
フランツ・カフカ
高橋 源一郎
有効な右矢印 無効な右矢印
  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×