風の王国 (新潮文庫)

  • 新潮社 (1987年4月28日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (528ページ) / ISBN・EAN: 9784101147215

みんなの感想まとめ

流浪の民をテーマにしたこの作品は、自然と共生しながら生きるサンカの姿を描き出しています。無国籍でありながらも独自の文化を持つ彼らの存在を通じて、従来の国家観を再考させられる深い内容が展開されます。ファ...

感想・レビュー・書評

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  • サンカと呼ばれる流浪の民をモチーフにした作品。
    無国籍で山の中を渡り定住しない自然と共生した生き方。
    国家の枠から外れた存在。
    その存在を通してまた今までと違った国家観が持てるんじゃないかな。
    かなり強い前提にあるものだから。
    モデルのあるのもあればフィクションの部分もあるしでファンタジーみたいなものだけど考えさせられる良い作品だったかな。
    独特の雰囲気を醸し出してる。
    歩くって事に関しても面白かったかな。

  • 流浪の民の組織の話。
    巨大企業や非社会的集団や日本の歴史が絡み影で動く人がいる。

    文化人類学や民俗学の参考文献が5ページくらいあり壮大なつくりでした。
    山が好きな人はいいかも?

  • 再読。
    五木寛之作品の中でいちばん好き。
    民俗学や自分のルーツに興味が湧きます。
    「歩くこと」についての描写や思想もたまらない。
    近いうちに大和路を歩こうと思います。

  • 普通

  • 自分のルーツ。知らないよなぁ。
    こういう一族は本当にあるのかなぁ。

  • 五木寛之 「風の王国」 国家の枠に属さない放浪民族の末裔が主人公のアイデンティティ小説〜自分は 何者なのか、自分は どこから来て、どこへ行くのか を問うている。著者は、現在の自分が自由になるために過去を知る必要があるとしている


    山と里のあわいを流れる放浪民族は〜社会の血液であり、社会に活力と生命を与える必要な存在としており、放浪民族の生き方(アイデンティティ)に 日本人の心や超国家思想を見出しているようにも読める



    タイトルの「風」は 放浪民族の生き方(移動性や不定住性)や 跳ぶような歩き方をする放浪民族の象徴なのだと思う


    放浪民族の生き方(アイデンティティ)
    *相互扶助と自然共生〜自分が大きな有機体の一部である生き方
    *勝つか負けるか、決断を迫られたときは〜負けて世間の陰を流れて歩く〜世間から離れ一所不住の道をゆく
    *前進をやめて後退する生き方〜取るのでなく捨てる生き方〜土地を捨て、安住を捨て、身体ひとつで流れて生きる

    市民生活に溶け込みながら、強大な経済力と暴力装置を持ち、秘密結社化して王国を再生した一派との対立構造は、放浪民族の本来の生き方(アイデンティティ)を理解する一助になる





  • やっと読み終えた
    なぜかなかなか読み進めることが出来ず。
    1週間かけての熟読

    本当の自由とはなんだろうと思ってしまった。
    山窩に興味があり、読みはじめた

    私はサンカに憧憬の念を抱いていたので、それを恥じた
    彼ら彼女らの苦悩を知らなかったのにただ、国家に縛られていないということへたいしての憧れでみていたから

    結局、色々なしがらみはあるものの何かに縛られていた方が楽だから私は仮初ではあるけれどとても自由だった
    本当の自由は苦難が多いのだろうなと思った

    途中で出てきたジプシーは自分達のことをジプシーとは呼ばないロムと呼ぶのところが心に残っている
    人間。本当にその通りだと思った生き方や姿形が多少違っていても同じ人間だよなぁと

    図書館で借りたが購入しようと思う
    参考文献もとても面白そう

  • 日本の少数民族のサンカ、存在は知っていたけど「山窩」であまり良くない言葉だって初めて知った...今ではもう自分がサンカだと認識できている人は少ないって何かで読んだけれど、こんな感じで彼らの心情を未だに暖めて育んでいてくれたらいいのにな、と思った。

  • 兄やその恋人、上司や同僚、中華料理の店員に至るまで、自分以外の登場人物の尽くが宗教団体のキーパーソン。自分は教祖の血を引く唯一の人間であるが自らはその事実を知らない。ご都合主義をテーマとしないご都合主義には嫌悪感がある。
    後半にかけてのドタバタと事態を収束させる無理やりな幕切れにも満足しきれない。

    また、山の民も海に憧れるという点には同調するが、山と里の合間に生きるものが浪民という考え方には相入れない。山地と平野の境目、ちょうどノといわれるあたりこそが人の好む地である。

  • 人の集団を形成すると、特定の人たちを自分たちより不幸な立場に置き安定を得るのだろう。今の学校の苛めもその小さな共同体での事象かもしれない。
    ハードボイルドな味つけもある伝奇小説。2021.1.2

  • 山の民の話。興味を持った時に買っていて、忘れていた。コロナ期間、本棚の整理をして見つけて、読了。フィクションではあるが、このような歴史を持っている民がいるのではないか、と思わせる。

  • うーん
    壮大だけど、ちょっと面白さに浸かりきれなかった。
    もうちょっとで面白くなるかなと思って読み続けたけど、思ったような面白みは得られなかった。

  • 2014.01.26 朝活読書サロンで紹介される。

  • サンカに関する二次(三次?)的テキストとして読むのにはおもしろかったが、単体の小説としてはどうだろう? 「いよいよここから」というところで終わってしまったし…。

  • 闇にねむる仁徳陵へ密やかに寄りつどう異形の遍路たち。そして、霧にけむる二上山をはやてのように駆けぬける謎の女…。脈々と世を忍びつづけた風の一族は、何ゆえに姿を現したのか?メルセデス300GDを駆って、出生にまつわる謎を追う速見卓の前に、暴かれていく現代国家の暗部。彼が行く手に視るものは異族の幻影か、禁断の神話か…。現代の語り部が放つ戦慄のロマン。
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    ランナーなら読むべき、とオジサマたちに勧められた本。昭和62年にラン関連のギア情報がこんなにあったんだ、トレイル情報も・・・と、ラン目線では少し新鮮だったけど、物語としては神話?ロマン?という感じだった。私には少し難しかったのかも。

  • 夜の闇の中、仁徳稜へ密かに集う謎の遍路たち。二上山を疾風のように駆ける謎の女…風の一族とは?漂泊の民に魅せられた主人公=速見卓はやがて自身の出生にまつわる秘密を知ることになる。
    「自由」とは何かを問う作品です。

  • 学生時代に読んだ。

  • かつて日本にも存在していたという、山の民でも海の民でもない、定住して耕作することをしない流浪の民、その系譜を継ぐ者たちが現代社会とどう向き合って生きるのかというテーマは良かった。
    ただ、予想に反して意外とエンタメ系な内容で、そういう意味ではサクサク読めて面白かったが、じっとりと心に残るようなものを勝手に期待していた為か、満足度は低いかな。

  • 日本のジプシー「サンカ」が気になっていたので、手始めに読んでみた。五木寛之作品もはじめて。定着民ではない彼らは差別の対象となったが、それゆえに裏社会ネットワークが強固で、一種の秘密結社と化している設定が、事実とは異なるのかもしれないけれど興味深かった。天皇陵との関係がいまいちよくわからなかったけど、、作中に登場する土地を歩いてみたいと思った。

  • 国家を超えて生きる一族通じ鋭くナショナリズムを問う

     青春の一時期、私は五木寛之の本ばかり読んでいた。「海を見ていたジョニー」「艶歌」そして「戒厳令の汝」…。 まるで青春のバイブルのように、彼が描き出す主人公の生きざまに、こんな生き方もあったのかと胸を踊らせたりした。
     やがて、五木の休筆宣言もあって、ここ何年か彼の本から速ざかる曰が続いた。
    久しぶりに手にしたのが、彼の最新作「風の王国」である。
     休筆中、五木は京都に住み竜谷大学で仏教を学びつつ、奈良へ百回以上も通ったという。 そして飛鳥の地を歩いてこの「風の王国」の構想を抱いたという。 帯のコピーがまたすごい(霧の二上山に、深夜の仁徳陵に、メルセデス300GDを駆って、速見卓が視たものは?異族の幻像か――。禁断の神話か――。現代の語り部が、満を持して放つ戦慄の長編)
     
    「美(うま)し二上(ふたかみ)」は「妖(あや)し二山(ふたかみ)」

     フリーライター速水卓は、出版社より、二上山の取材を依頼される、そして、二上山へ向かう車中で、速水は旅の若い僧から
     ナムアミダ ホトケノミナヲ ヨブ コトリ アヤシヤタレカ フタカミノヤマ
     の歌を教えられ、「古代の人々が『美(うま)し二上』と呼んだ二上山は『妖(あや)し二上』でもあるのです」という言葉に惹きつけられた。
     のちの持続帝が、息子を高位につけようと、ライバルであった大津皇子を葬った二上山は、不思議な貌をもつ山であった。ここで彼は、はやてのように駆ける女と出逢い、彼女らが深夜の仁徳陵へ集うことを盗み聞きする。
     興抹を持った速見は、愛車のメルセデス300GDを駆って仁徳陵へ先回りする。世界最大の前方後円墳の前に立った時、なぜか彼は不思議な感清でいっぱいになった。
     深夜の仁徳陵に、やがて集まって来たのは、遍路姿の五十人を超える集団で、闇の中で陵に向かって参拝するのだった。

    流民の群れ「風の一族」とは?

     彼らこそ、明治時代、近代国家建設の陰で、仁徳陵の盗掘を手伝わされ、生き埋めの穴を自ら掘らされた籍を持たない流民の群れの生き残り「風の一族」であることが読み進むうちに分ってくるのだが、いわれなき屈辱を脈々と忍び続けた一族が、なぜあえて姿を見せ始めるのか、そして速見とこの一族との関係は?さまざまな謎と、古代から明治、そして現代へと流れるロマンに引きずられて、一気に読み進んでしまう。
     これは 「戒厳令の夜」のテーマを引き継いだ作品である。明治初期に堺県令(知事)になった税所篤(さいしょあつし)が、仁徳陵を盗掘した古美術をワイロにに権力をふるったという歴史的事実を下敷に、風の一族――国家という枠外で生活した人々――を主人公とし、ナショナリズムを鋭く問うた作品になっていると私は思う。
     わが子を愛する心が、他の子を排除することと結びつきやすいように、国を愛する心(ナショナリズム)はファシズムの危険を常に孕んでいる。“国”の意識を抑えなければ真の平和は得られないという五木の主張は、ヒューマンであり、重厚な読後感で久々に満足させられる一冊であった

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著者プロフィール

1932年、福岡県生まれ。作家。生後まもなく朝鮮半島に渡り幼少期を送る。戦後、北朝鮮平壌より引き揚げる。52年に上京し、早稲田大学文学部ロシア文学科入学。57年中退後、編集者、作詞家、ルポライターなどを経て、66年『さらばモスクワ愚連隊』で小説現代新人賞、67年『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞、76年『青春の門筑豊篇』ほかで吉川英治文学賞、2010年『親鸞』で毎日出版文化賞特別賞受賞。ほかの代表作に『風の王国』『大河の一滴』『蓮如』『百寺巡礼』『生きるヒント』『折れない言葉』などがある。2022年より日本藝術院会員。

「2023年 『新・地図のない旅 Ⅱ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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