関ケ原(上) (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (544ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101152127

感想・レビュー・書評

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  • 【感想】
    いつの世も、いくら頭が切れていようが周りを巻き込むことの出来ない人間が日の目を見る事はない。
    また、豪放磊落なだけでは天下を取る事は決して出来ないという事も、同時に学ぶことができました。
    綿密に計画を練って、冷静に時世を見つめて運気が来るまでは決して不用意に動かず、また立てた計画をしっかりと実行するだけの資本(もとで)を準備した上で、試合が始まる前にはもう既に勝敗を決する。
    まだ1/3が終わった段階ですが、なぜ石田三成が敗北し、徳川家康が勝利したのかがわかる内容でした。

    ただ、家康のキャラの陰湿すぎる描き方に、筆者・司馬遼太郎はおそらく家康の事がキライなんだろうなという感じが垣間見えましたね(笑)
    中巻・下巻が楽しみです。


    【あらすじ】
    東西両軍の兵力じつに十数万、日本国内における古今最大の戦闘となったこの天下分け目の決戦の起因から終結までを克明に描きながら、己れとその一族の生き方を求めて苦闘した著名な戦国諸雄の人間像を浮彫りにする壮大な歴史絵巻。
    秀吉の死によって傾きはじめた豊臣政権を簒奪するために家康はいかなる謀略をめぐらし、豊家安泰を守ろうとする石田三成はいかに戦ったのか。


    【引用】
    1.斬るには、斬るだけの舞台がいる。
    また、斬るにしてもそれがご当家の為になるようにして斬らねばならぬ。その日がいつかは来る。
    いま斬ったところで、一時の快をむさぼるだけのことだ。

    2.諸大名はもちろん庶民ですら「もう豊臣政権はたくさんだ。太閤は死んでくれてよかった、あのまま外征が続けばどの諸侯の財産もからっぽになった」と思っていた。
    加藤清正だけは違っていた。外征の最大の被害者だったが、その憤りのやり場が石田三成ただ一人にしぼられていた。

    3.時勢が動くのだ、いろんな役回りの人間が要る。馬鹿は馬鹿なりに使い、狂人は狂人なりに役を与える。それが名将というものだ。


    【メモ】
    p21
    三成は秀吉に仕えて以来、何度かの戦場を踏み、特に秀吉の天下継承戦ともいうべき賤ヶ岳(しずがたけ)の合戦では、加藤・福島など「七本槍」に次ぐ武功をたてている。
    しかし、戦場の血しぶきのなかでいきいきと働く駆け引き上手というわけにはいかない。
    彼は自分の欠点を、島左近にて補おうとした。自分の秀才と左近の軍事的才能をあわせれば天下無敵と思ったのだろう。


    p36
    ・竹杖事件
    三成を斬るという家臣たちに、家慶の幹部が。
    「斬るには、斬るだけの舞台がいる。また、斬るにしてもそれがご当家の為になるようにして斬らねばならぬ。その日がいつかは来る。いま斬ったところで、一時の快をむさぼるだけのことだ。」


    p42
    おねねは陽気で利発で心が広く、秀吉が卑賤の頃からの妻だから、公私ともに秀吉のよき相談相手であった。
    天下をとってからも誰それを大名に、あるいはどの国を与えるなどという時には、おねねは遠慮なく意見を言い、秀吉もその意見をよく用いた。
    自然、おねねは単に奥方というだけでなく豊臣家における最大の政治勢力として諸侯から恐れられるようになった。

    関ヶ原前夜に、もし彼女が「家康を討て」と諸侯に内命したとすれば、日本史は大きく変わっていたであろう。
    が、事態はその逆であった。なぜそうなったかは、この物語の後の進展を待ちたい。


    p47
    秀吉の側室筆頭である淀殿は、三成らと同じく近江人である。
    父は浅井長政、母は織田信長の妹・お市である。
    父の長政は信長に滅ぼされ、その頭蓋骨に漆を塗られ、金粉をまぶして、酒宴の座興に供せられた。
    その後、母とともに織田家に戻り、ついで母の再縁先である柴田勝家の元に行ったが、勝家も秀吉に滅ぼされて母・お市は福井の北ノ庄城で自殺した。
    やがて秀吉の元に引き取られ、27歳で秀頼を生んだ。


    p72
    左近は三成とは違い、冷徹に時世をみている。
    秀吉は晩年に至って外征を起こし、このため物価は高くなり、庶民は暮らしにくくなっている。
    さらにその外征中、建築好きの秀吉は伏見城をはじめ、無用の城や豪邸を盛んに建て、民力を使いすぎた。


    p127
    ・秀吉と家康の関係
    信長の死後、明智光秀を討ったという「資格」によって秀吉は織田家の遺産を継承し、それに反対する北陸柴田勝家を討滅し、残る勢力は家康だけになった。
    信長の遺児の信雄(のぶかつ)が家康の元に走り、これと同盟して秀吉と対抗したのが、世にいう小牧長久手ノ合戦である。

    このふたりの関係は、秀吉もつとめたが、家康も哀れなほどにつとめた。
    互いに怖れ、機嫌をとりあい、
    (いつあの男が死ぬか)
    と密かに思い合ってきたに違いない。


    p231
    諸大名はもちろん庶民ですら「もう豊臣政権はたくさんだ。太閤は死んでくれてよかった、あのまま外征が続けばどの諸侯の財産もからっぽになった」と思っていた。
    加藤清正だけは違っていた。
    外征の最大の被害者だったが、その憤りのやり場が石田三成ただ一人にしぼられていた。


    p289
    (時勢が動くのだ、いろんな役回りの人間が要る。馬鹿は馬鹿なりに使い、狂人は狂人なりに役を与える。それが名将というものだ。)
    家康と正信は、同時にそんなことを考えている。


    p327
    本多正信は、奥の一室にあって、密かに伺っている。
    (利家は、おそらく殺されるものと思ってきたであろう。自分が殺されることによって、旗上げの機会を掴もうと思ってやってきたに違いない。なんの、そうはいかぬわ)
    徳川家はじまって以来の贅沢な接待も、家康・正信の練り抜いた作戦であった。


    p509
    (力じゃな。。。)
    本田正信老人は、行列の中にまじり、しみじみと思った。なぜこうもうまくゆくのか、と我ながら感嘆する思いである。
    (策謀というが、それには資本(もとで)が要るわさ。それが力であるよ)
    力無き者の策謀は小細工という。いかに智謀をめぐらせても所詮はうまくゆかない。
    それとは逆に大勢力をもつ側がその力を背景に策謀を施す場合、むしろ向こうからころりと転んでくれる。

  • なるほど、こういう流れがあったのか、と何やら勉強した気にさせてもらえた。
    秀吉亡きあと、家康が天下人を目指し謀略、智略を巡らせる。正義、利害、どちらが人を動かすか。

    司馬遼太郎が描く、教科書には無い日本史を読むことが出来る。日本史に詳しくない私。更に馴染みのない言葉が多く、読むのに時間がかかった。でも楽しい。
    中巻へ進む。

    読了。

  • 登場する人物の容姿や性格の描写が巧みな事に加え、過去のエピソードもたくさん紹介してくれるので、読み終えて、新たに調べたくなった人物がたくさんいた。家康の凄さ、恐ろしさも改めて実感した。

  • 大阪で五年暮らしたおかげで、司馬遼太郎さんという小説家さんは、

    「大阪人なんだよなあ。いちども東京に住んだことないんだよねえ」

    という、当たり前の視点を持てるようになりました。

    司馬遼太郎さん、というある意味、巨大な思想家とまで言える娯楽小説家を愉しむ上では、美味しい経験。大阪人なんですよねえ。
    秀吉、豊臣、好きなんですよね。太閤さん。

    そして、その反対に、大嫌いなんですねえ…家康。微笑ましいほどに…。


    1964年~1966年に週刊誌連載された司馬遼太郎さんの歴史小説です。

    大昔、うーん、多分30年くらい前に読みました。今回ご縁があって再読。まずは上巻。

    「豊臣秀吉が死ぬ直前から、関ヶ原の戦いまで」

    という時間帯を、石田三成と徳川家康、対立するふたりを中心にかなり群像劇的に描いた小説です。
    いつも通り、時折作者司馬さんがエッセイ風に顔を出しながらも、1590年代の大坂伏見を歩くジャーナリストの報告を聞くかのような臨場感…。と、騙されて楽しんでいると、ぐぐぐっと大俯瞰に、歴史の、日本の姿までさらっと考察しちゃう。

    そんなぶん回され方に酔いしれる、読書の快楽。

    上巻は、秀吉の死の直前から始まる。
    徳川家康が、秀吉の衰弱と死を見越して、虎視眈々と天下の実権を狙っている。
    それを感じていても、衰弱した秀吉は、自分の一子、まだ幼児の秀頼を立てるよう、もはや祈るように頼むしかない。
    秀吉の優秀な官僚であり、秀吉に拾われ、無から大名になった石田三成は、家康が憎くてたまらない。
    しかし、家康は圧倒的に実績も家柄も武将としての能力も名声も、そして策謀でも世論操作でも上手。

    そして秀吉が死ぬ。

    家康はどんどん権力を増し、横暴を尽くす。
    それは挑発である。石田三成をして怒らせ、家康に対して兵を起こさせる。
    そこで合戦に持ち込んで、戦場で勝利して、そのままその勢いで幼児・秀頼から権力を奪ってしまう。
    そういう青写真を描く。

    それは罠。罠なんだけど、三成もまた、合戦に持ち込んで家康を倒す以外に、秀頼=豊臣家=自分自身の正義感の、立つ瀬が無い。

    家康が世論を操作する。
    陰謀を重ね、無いところに謀反があるように噂を起こす。
    そして、自衛、復習、正当防衛という美名のもとに、武装して強権を作っていく…

    もともと、人当りにカドがある三成は、家康の策謀にはまり、首都大阪の行政官を追われ、挙兵の意を秘めて自領・佐和山へ落ちていく…。

    という流れ。

    実はこれ、司馬さんの嫌悪する昭和陸軍、関東軍が日本全体を戦争に引きずり込んだ陰謀に似ているんですよね。
    (そしてまた…何やら2015年の日本の政治にも…?)


    閑話休題それはさておき。

    この小説が、強烈に悪役・家康の強大さを描きます。
    蟷螂の斧のような三成。
    滑稽なまでの負け犬。
    その負け犬の意気地を描きます。

    なんというか…
    「スター・ウォーズ エピソードⅠ~Ⅲ」のような。

    あれも、実は結局、悪役パルパティーンが正義の騎士たちに、陰謀を重ねて勝利して天下を取るまでのオハナシなんですね。

    壮大な、悪漢小説。ピカレスク・ロマン。

    ただ…司馬さんには、とことん、家康への愛は無いですねえ。
    家康が、あるいは徳川の子孫の人たちに気の毒なくらい(笑)。

    確かに、陰湿だとは思います。
    だって、天下取ったあと、秀吉の墓、「豊国神社」まで破壊しちゃうっていうのはねえ。すごいですねえ。

    やっぱり、天下を

    家康=江戸=現東京=役人(武士)の町、

    に奪われた、

    関西=大阪=秀吉の足元=商家の町、

    としては、生理的に本能的に、ダメなんでしょうねえ。家康。

    で、この小説が実はきわめてエンターテイメント。
    言ってみれば、高倉健さんヤクザ映画パターンなんですね。
    悪役の狡さ、強さ。
    かなわぬまでも刃向う者たちの美学。
    強烈に散るカタルシス。

    なんだかんだ、散文的に、客観的に語っているようで、「関ヶ原」「城塞」という、

    「作者が大嫌いな家康の勝利を描く作品」

    は、どちらも家康を憎みストレスをためながら、最後に、その家康にあと一歩とせまりながら散っていく男たちの姿に酔いしれる興奮なんですね。

    前回読んだ時、そんな印象を子供ながら持ちました。

    今回、再読では、作者のそこに向かって行くエンターテイメントの手管に感心しながら、先が愉しみ。

    上巻は、コトの発端から、高倉健映画的に言うと。
    とにかく悪玉が強くて悪くて、善玉(とその仲間)が、徹底的にヤられ、嬲られ、耐えて苦しむ時間帯でした。

    さあて、中巻はどう愉しませてもらえるか。

    司馬さんのいつものパターン、

    「序盤にお決まりのように架空の美女キャラが出てきて、主人公と恋仲及びエッチな場面を演じる」

    という王道もご愛嬌。

    (恐らく、週刊誌連載という形式上、ともあれツカミのための一つ覚えなんでしょうかね…(笑))

    たいてい、こういった場合は中盤から終盤にかけて、燃えるごみを捨てちゃうみたいにそのキャラが忘れられてしまうんですけどね。
    そんな破綻をものともせずに、力技で押しちゃうんですよね。司馬さん。

  • 「関ヶ原 上」 司馬遼太郎(著)

    1966年 (株)新潮社 発行

    1974年 6/20 新潮文庫 発行
    2003年 9/25 80刷改版
    2017年 4/25 104刷

    2020年 9/18 読了

    先般読了した「覇王の家 上下」の発行された
    7年前に発行されたのがこの「関ヶ原」

    戦国の世がまさに終わろとしている時代を
    器で吞み込もうとしている徳川家康。

    家康の嫌な面が思いっきりデフォルメして描かれています^^;

    もちろん真実はひとつなんだろうけど
    見る角度によってこうも違うか?

    こうして見てみると270年続いた太平の世はなんだったんだろう…と思えてきます^^;

    あ。
    まだ中巻下巻が残ってるけど。

  • 長編故になかなか手を付けられなかったが、
    いよいよ思い切って読み始める事にした。
    実際読み始めると面白い面白い。
    あっという間に上巻読了。

    石田三成目線、島左近目線、徳川方目線と
    様々な視点から描かれているので
    関ヶ原へと向かっていく様子が分かりやすい。
    私は勿論三成公贔屓な為、
    家康憎し!家康悪い!家康いやらしい!
    家康酷い!家康意地汚い!…エンドレス(笑)

    三成公の人間味溢れる姿や、
    良くも悪くも実直な姿が私には魅力的に見える。
    美化している部分も多々あるだろうが、
    今まで通り人望がなくへいくわい者でもあり…
    でも、それを魅力的に描くのは司馬遼太郎の力かな。

  • 上中下巻をたっぷり使い、秀吉亡き後の豊臣家(西軍)と、知略を巡らせていよいよ天下を取ろうという家康とこれに群がる諸大名(東軍)との駆け引きや戦闘をつぶさに記した名著。石田三成、三成の懐刀の島左近、徳川家康、その謀臣本多正信を中心に、戦国の世の最後の戦いに至るまでの道筋とその結果を丁寧に紐解いて見事な筆致で描き出してくれているので、膨大な情報量にも拘らず、するすると吸収しながら頷きながらぐいぐい読みました。大河ドラマ「真田丸」を書いた三谷さんは、司馬さんのこの本をきっと読んでいるでしょう、と思いました。一人一人の性分、生まれたタイミング、地理的条件、残された史料をどれだけ読まれたのだろうと途方にくれながら、緻密な調査によって再構築されてゆく人間模様と濃い霧のようで見えるけれど掴むことのできない勢力地図が鮮やかに目の前に甦ってくるようで、時間はかかりましたが大変満足しながら興奮しながら読みました。歴史の教科書よりずっと面白いし、人間というものの強さ弱さ、裏切りと忠義、を楽しみながら学べます。何かひとつの出来事か、誰か一人の行動が違っていたら、歴史は変わっていたのではないかと思うような薄氷を踏みながら進むような展開に、史実なので結果は動かないのが分かっていても、ハラハラドキドキしながら最後まで興味を失うことなく、大変満足して読了しました。

  • 戦国時代を舞台とした小説。わたしの読書歴に初めて加わりました。

    大河ドラマで「官兵衛」や「真田丸」を見ていたため、なんとなく事の起こりと結末は予備知識として持っていました。が、本当に多くの大名が登場して、それぞれの父祖の話も所々で加わり、戦国時代初心者には情報量が多すぎました。

    それでも、慣れてしまえば勢いにのって読み進められます。レビューは「上」に書いていますが、「下」の関ヶ原当日の各武将の動向や心情を描いた部分がもっとも読みごたえがありました。

    読む前は、関ヶ原に対して抱いていたのは、教科書で学んだ天下分け目の大戦、程度の印象ですが、そこに至るまでの経緯がとにかく面白い。善し悪しで語るべき戦ではないと思いました。

    武将の中では、島左近に一番魅力を感じました。

  • 島左近が素敵すぎる♡

  • 戦国武将の心理戦が面白く表現されていて夢中になれた。

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著者プロフィール

司馬遼太郎(1923-1996)小説家。作家。評論家。大阪市生れ。大阪外語学校蒙古語科卒。産経新聞文化部に勤めていた1960(昭和35)年、『梟の城』で直木賞受賞。以後、歴史小説を次々に発表。1966年に『竜馬がゆく』『国盗り物語』で菊池寛賞受賞。ほかの受賞作も多数。1993(平成5)年に文化勲章受章。“司馬史観”とよばれ独自の歴史の見方が大きな影響を及ぼした。『街道をゆく』の連載半ばで急逝。享年72。『司馬遼太郎全集』(全68巻)がある。

「2020年 『シベリア記 遙かなる旅の原点』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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