散歩のとき何か食べたくなって (新潮文庫)

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  • 新潮社
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本棚登録 : 941
レビュー : 100
  • Amazon.co.jp ・本 (264ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101156101

感想・レビュー・書評

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  • 時代を感じる食エッセイ。
    なにか食べたくなります。
    読むときは、お酒とおいしいおつまみが欲しいです。

  • 2008年06月03日 22:02

    今まで読んできた食をテーマにしたエッセイの中で、唯一苦手です。

    一話目から若干いやな感じはしてた。
    三話目ぐらいで判明。懐古主義もいいとこ。

    ・昔はよかった
    ・貧しくても、客にも店にも心があった
    ・心があったからおいしかった
    ・店主のこだわりがあった
    ・今は(頑固店主とは別の意味で)客に対して偉そうな店が増えた。食わせてやってると思ってる
    ・・などなど


    うん、わかったよ!!
    昔は心があってよかったね!
    でもおいしかったのは心のおかげじゃなくて、君が貧乏で飢えてたからだと思うよ!
    食べ物屋だけじゃなくて、読者に対して「読ませてやってる」って思ってる作家もいるよね!誰とは言わないけど!

    って感じで本棚の奥に行きました。

  • 初めて読んだ池波作品はこの本だった。当時の彼氏に会いに、一人で京都に向かう新幹線の中で読もうと思って、父の書棚から適当に借りた気がする。
    その時はまだ父と池波さんに手紙のやり取りがあったのは知らなかった。

    20代になってばかりの私にはなかなか行けないようなお店ばかりで、でも描写がとてもおいしそうで、大人って羨ましいなぁと思った。
    最近読んでいないけれど、自分も大人になった今なら、すでに足を運んだお店もあるかしら。

  • この店で出す酒の肴、鮨のありように、私は、その〔こころづかい〕を感ずる。ではその〔こころづかい〕の実態が、どのようなものかということを文字にしてあらわしてしまっては、かえって味気ないことになるだろう。

    行って、食べて、勘定をはらってみれば、だれの目にも舌にも、たちどころにわかることだ。

    美食家である池波正太郎、この人は、具体的な”味”について、ほとんど言及しない。それなのに読むと不思議と涎が口を満たしていく。まるで、素晴らしいにおいのただようお店の奥まで案内をして、「さぁ、味わうのはお前さん自身なんだから。」と言わんばかりだ。

  • 各地の名店ズラリ
    池波正太郎は、行きつけの店についてエッセイで結構書いています。これまで読んだものでは、都内の行きつけや大阪・京都などの関西方面が中心でしたが、本書ではそれにとどまらず横浜や名古屋、滋賀、信州など幅広く書かれています。

    作家さんて部屋に篭ってずーっと原稿用紙と向き合っているイメージが強かったのですが、池波正太郎は本当に色んな所に出かけていて、それで作品を書き上げるというのは凄いなぁと思いました。
    いや、色んな所に出かけるからこそ、刺激を受け作品が生まれる、のかもしれませんね。

    江戸時代の残り香
    本当に色んな所で色んな店に入っていますが、共通しているのは昔の香りが残っているお店です。
    昔から変わらぬ店構えや座敷、横浜だったら異国情緒溢れる店内、そして店員の仕事に対する真摯な姿勢。そういうものが残っているお店が池波正太郎にとっての名店なのでしょう。無論、料理が美味しいのは当然ですが。

    このエッセイは私が生まれた頃に書かれたようです。ざっくり言って40年程前になります。その時点で、東京の変貌を嘆いておられました。京都についても、その更に10年程前の段階で”古き良き京都を見られるのは今のうち”と思っていたようです。

    変貌のターニングポイントとして東京オリンピックが挙げられています。東京は、関東大震災や戦争で町並みはかなり変わったと思いますが、戦前かろうじて残っていた江戸の香りが戦争でほぼ無くなり、東京オリンピックで江戸時代からあった掘割を埋め立てたりビルを建てたりしたあたりでトドメが刺されたのでしょう。

    現在の、ショッピングモールやシネコンが乱立している都内を見たら何と評するでしょうね。
    それに近いことが書かれていますので、興味あったらぜひ。

  • 図書館へ行った際、気になるCDのタイトルだったので借りてみました。なので、これは目で読んだのではなく、耳で聴いてみての感想になります。

     この本は、その場所に関する過去、現在を食べ物にまつわる思い出とともに書き記したものです。
     時間にして13~15分くらいの話が20くらい収録されていました。
     主に東京の話が多いですが、他にも京都や横浜、名古屋やフランスなどの話が書かれています。

     全体を通して思ったことは、こんなにも食べるという行為に対して想いを巡らせる人がこの世界にはいるのだな、ということです。
     自分自身がそれほど食に関心がないせいなのか、自分は食べるという行為に対して特別何かを考えたことはなかったと思います。そういった点でもある意味で斬新でした。
     池波正太郎さんにとっては、一貫して楽しみであり、子どもの時分には大人を気取る行為であり、思い出のワンシーンなんだな、と感じられました。それは、単純に食べ物としての料理でなく、人との思い出がつまった大切な記憶なのだと。
     
     たまたま一緒に聴いた家族は、「美味しそうなんだけど、今の東京がよっぽど気に入らないんだろうか」といったような言っていました。確かに自分も何度もそういった内容を聴いた気がしたのでそういう気はしました。でも、好きだった故郷の街がその名残を残さず変貌していけば、誰でも似たような気持ちを少なからず持つのではと思い、そこまで気にはなりませんでした。
     それよりも、どのような料理をどのような状況で食べたかを詳細に書かれたシーンを連続で聴いていると、あまり食に関心のない自分でもお腹がすいてきてたまりませんでした。

     昔の情景を頭に浮かび上がらせ、今の自分には自然と食欲を呼び起こしてくれる、良いエッセイだったと思います。

  • 古き良きを感じさせる食エッセイ

  • 読んでいるだけでお腹が空いてくる…。こういう人のことを、美食家と言うのだろう。出てくるお店は、必ずしも高級店だけではないけれど、どれもとても美味しそうで、そしてそれは単に食べ物の味が良いだけではなく、お店の佇まいや、主人のこだわりや、そこにいる人々の会話や、それらが作り出す空間とそこで過ごす時間全てが、「美味しい」のだと思う。

    そして、馴染みのない店や時代なのに、描かれた情景がどこか懐かしく感じられるのは、亡くなった祖父と著者が同世代を生きた人だからだと気づいた。いつのまにか、祖父がお酒を飲むと時折語ってくれた昔話と重ね合わせて読んでいた。東京の西の郊外の貧しい家の出で、家族の誰よりも倹約家だった祖父は、きっとこんなに豊かな外食の経験はなかっただろう。けれど、美味しいものをつまみにお酒を飲む幸せは、戦争を経験しているからこそ、より一層強く感じていたのだと、今振り返ると思う。祖父にこの本を渡して、感想を聞いてみたかった。

    「オリムピック」が、「科学とマシンと錯覚」が、東京を、そして日本の都市のあちこちを破壊してしまったと著者は言う。この本が書かれた30数年前は、まだ今よりは「良い時代」だったのではないかと思ってしまうけれど、それでも、日本に活き活きと根付いていた食文化は、既に刻々と変わり続けていたのだろう。そして、きっと著者は呆れるだろうけど、二度目の「オリムピック」がやってくる。私たちはまだ、破壊を続けているのだろうか。それとも、少しは何かを取り戻そうとしているのだろうか。

    決して美食家ではなくても、お酒を飲み歩ける年齢になると、「この店は無くしちゃいけない」と思う店にたまに出会うことがある。でも、だからといって、その店が変わらずに永遠に続いてほしいと願うのも、無責任なことのかもしれない。ただできることは、通えるときに好きな店に通い、その味や時間を、しっかりと記憶しておくことだけなのだと思う。

  • 時代小説を書く著者が散歩のときに求めていたのは、江戸と少年の頃の戦前の風情を残す町並み、そして散策時に立ち寄る老舗の味だった。

    名曲も名画も、現代でも素晴らしいものとして残っているものには、時代を超えて人の心を揺さぶる何かがある。味も同じだろう。けれど、「古い」だけでは駄目だ。
    このエッセイが書かれたのは昭和56年。果たして、平成の今、ここで紹介されている名店のどれだけが残っているのか。
    この本を片手に、私も散歩をしてみたくなった。

  • 池波正太郎の「鬼平犯科帳」のドラマが好きだったが、本で一冊も読んだことがない作家だった。エッセイなので読みやすい。単なるグルメ本っていうより、時代と町の風景、お店の佇まいなどを感じつつもおいしいものを読むことで堪能できる。いわゆる一見さんでは尻込みしちゃいそうなお店もあるけれど、蕎麦屋など本当に日常的に通ってらしたところも良く出てくる。東京は縁がないからあまりよくわからないけど、行ったことない浅草方面にも興味が湧いた。たまたまだけど、仕事で「剣客商売」のあらすじを書いた直後に読んだのもあって、作品が生まれた背景が出て来た時、おお〜っという感動があった。あと松本の「まるも」は、卒業旅行で旅館に泊まったことがあるので、いい選択したなぁと嬉しかった。時々文章が途中一文字抜けてる?と思うのが何箇所かあったのが気になったが(笑)とにかく旅に出かけてみたくなった。

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著者プロフィール

1923年東京浅草生まれ。60年「錯乱」で直木賞受賞。77年「鬼兵犯科帳」「剣客商売」「仕掛人藤枝梅安」の三シリーズで吉川英治文学賞を受賞した。90年没。

「2017年 『西郷隆盛 新装版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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