真田太平記(三)上田攻め (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (539ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101156361

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  • 豊臣秀吉が天下を取り、対抗するような従うような態度をとれるのは徳川家康のみ。
    真田家が領土としている沼田城は、北条氏が所有権を主張し、北条の後ろには徳川、真田の後ろには上杉の構図ができます。
    家康は真田家の上田城を攻めさせます。
    ここは真田一族の見せ場、知略と武力、綿密な情報収集と豪胆な決断、地の利を生かし徳川の大群と互角以上の戦いを繰り広げます。
    まさかの痛手に家康は徳川軍の本体を送り込もうとしますが、すると上杉景勝が真田への援軍をちらつかせ家康を牽制します。景勝の後ろには秀吉の影も見えるので、このままでは豊臣対徳川の代理戦争になりそう、さすがに家康が兵を引きます。

    真田家を書く小説のため、親族たちも出てきます。
    薩摩守矢沢頼綱。昌幸の叔父にあたります。信幸と信繁を一時期預かり養育して武士として育てました。まさに武士らしい武士で、昌幸もこの叔父には頭が上がりません。息子の頼康と共に真田家の親族にして重臣です。
    昌幸の弟で分家している信尹(のぶただ)。武田滅亡後から徳川家に近づき配下に入りました。昌幸と家康の橋渡しを勧めています。戦国の世をどうやっても生き抜けるような目利きと交渉力を持っています。

    第三巻は前半クライマックスが上田合戦、後半クライマックスは小田原城攻めです。
    私は豊臣が北条を攻めたのは「再三の上洛命令を無視され堪忍袋の緒が切れた」くらいに思っていたのですが、直接の要因が真田にあったとは。
    秀吉は、大名同士の勝手な戦を禁止します。
    しかし北条と真田は要所にある沼田城を巡って争っていて、ある時北条は真田の名胡桃城を攻め落とします。そして怒った秀吉が北条の小田原攻めに。
    この小説では、名胡桃城を北条が攻めたのは秀吉の謀略であり、真田昌幸もそれを知りながら名胡桃城主を見殺した、としています。

    小田原攻めでは真田家はそこまで出番はありません。
    物語としては、秀吉の奉行の石田三成が真田家にいたわりを見せてくれて昌幸が感動を覚えたり、昌幸がますます上杉景勝に感銘を受けたりするところが今後の関ヶ原での伏線となってる感じです。

    後世から見ると小田原攻めにおける北条家はどうしたかったんだ、と思ってしまうわけですが、北条としてはいざ戦となれば徳川、伊達は味方に付いてくれると思っていたようですね。それにしては事前の手回しした様子でもないんですが。
    やっぱりプライドが高過ぎ、城が堅固すぎて過信してしまったというだけなのか…。

    北条攻めを書くにあたって作者はこの当時の典型的な戦国時代の武士というものを「自分の力量を認めてくれる相手でなくては命懸けの働きをしない」「認めるというのは第一に立身出世、第二にそうした報酬がなくとも自分の働きに感謝してくれること」「自分が気に入った主人のためだったら無我夢中になって働く」という、実にはっきりとした自己主張をする、としています。

    …そんなこんなで小田原攻めで北条が滅びると、秀吉は朝鮮へ出兵します。
    秀吉の長男鶴松が生まれるが幼くして死に、次第に衰えていく秀吉の様相が語られます。

    真田家では、次男源次郎信繁が上杉の人質から豊臣の人質になります。どちらでも気に入られる信繁。
    作者は源二郎信繁の事を「かれは幸村として人口に膾炙している」として、今後は彼を「幸村」と書く、とします。
    実際の真田源二郎信繁が、「幸村」と名乗ったかどうかは不明のようですね。本人は名乗っておらず後世の人が名付たとかも。

    そして嫡男の源三郎信幸は婚儀が整いました。
    家康の部下、本田忠勝の娘、稲姫です。結婚後は武将の妻として小松殿、と呼ばれます。そして信幸は真田本家から分家し沼田城主になります。
    一時期信幸を育てた矢沢頼綱の最後の薫陶が格好良かったので記載。
    (NHKドラマでも加藤嘉さんが演じていてもう格好良かった~~)

    「これより、あなたさまは分家の当主にござる。それがしは本家の家臣としてあなたさまを敬わねばなりませぬし、あなた様もまたそれがしを本家の家臣として扱わねばなりませぬ。

    また、分家とは申せ、当主であるあなたさまが、たとえば…たとえば、御本家に対し一分も譲ることができぬというような事態が起こりま威たるときは、それがしは御本家の家臣として、あなたさまと争わねばなりませぬ。分家とは申せ。あなたさまはご当主でござる。当主たるものは、どこまでも、わが一念を貫き通さねばなりませぬ。
    それがしもそのように、あなたさまをお育てしてまいったつもりでござる」

  • 登場人物同士の中が色々と変化。
    上手く行ってなかったものが上手くいくようになったり、うっすらとギスギスし始めたり、目が離せない。

    名胡桃城については駆け引きのために利用されその上あんなことになるとは、大の虫を生かすためには小の虫を。。。。非情なり。

  • 第3巻は、家康の上田攻めから、秀吉の小田原征伐を経て、朝鮮出兵前夜まで。

  • 【読了メモ】面白すぎて電車乗り過ごしそうになる。名胡桃ー

  • 上田合戦、信幸が稲姫と結婚、幸村大阪へ、名胡桃城事件、小田原攻め、伊達政宗小田原へ、鈴木右近出奔、朝鮮出兵近づく。 樋口角兵衛が気持ち悪い。あと稲姫は吉田羊になって困る

  • 第一次上田合戦から秀吉の朝鮮出兵直前まで。

    どうしても真田丸を見てしまうと、
    冷静な源三郎信幸、器の大きい豊臣秀吉、
    律儀な好青年石田三成、貞淑な妻の小松殿など
    人物描写を比較して違和感を感じてしまう。
    40年前はそうだと思われていたのだろうなあ。

  • 2017.1.31
    徳川の攻撃を妙策でかわした真田。
    その後は北条との戦の為、偽の密書で名前を使われたりと、歴史の表舞台にも現れる。
    この頃から、秀吉の幸村と徳川の信幸とに分かれつつある。
    朝鮮出兵がこれから。

  •  家康にとっても、北条氏直にとっても大勢に影響はない。路傍の小石のような上田城、あるいは沼田・名胡桃城。
     彼らの関心は実は秀吉の動向に過ぎない。

     しかし、小国真田にとっては、これらの喪失は半身を削がれるような、あるいは滅亡への道を直走るものだ。
     真田昌幸の武名を一躍挙げた第一次上田合戦の幕が開く。そして、忍びに翻弄された北条氏は落日の鐘を聞く。

     戦い済んで、幸村は秀吉の下へ。一方の信幸は家康配下の息女を正妻に迎える。徐々に道を違えていく兄弟たち…。

  • 20161126
    愈々秀吉が天下を平定する。破竹の勢いで休まずに立働く中でしかし、秀吉の心に潜む闇が頭を擡げ始めた。虎視眈々と時を待つ家康。焦燥に駆られ、秀吉の転落が始まろうとしている。

    ー「人のこころというものは、相たがいに働きかけるものでござりますよ」「まるで、鏡を見ているようなものなのだな」「まさに、そのとおりでござります。向かい合うている他人に好悪の念を看るのは、相手の顔や手ぶり口ぶりに、自分の姿を看るからでござりましょう」

    ー「小心でなくては、大胆にもなれぬものだ」(真田昌幸)

    ー食べるに困ったとき、遠州人は泥棒になるし、伊豆の人は詐欺をし、駿河の人は乞食になる(中略)他の二国はさておき、駿河の場合は、つまり、国がゆたかなので、乞食をしても、じゅうぶんに生きて行ける

    ー「行く末のことは何もわからぬが世の常じゃ」(昌幸)

    ーあなたさまは御当主でござる。当主たるものは、どこまでも、わが一念をつらぬき通さねばなりませぬ。(矢沢頼綱が信幸に対し)

    ー家は雨がもらぬほどに、食事は飢えぬほどでよい。これこそ御仏の教えであり、茶道の本義というものである(千利休)

    ー「この利休の心を、いかに天下様とても購うことはできますまい」(千利休)

  • 角兵衛が単純すぎて強すぎてどうも好きになれない。ボクはやはり源三郎信幸が好き。少し悪い回転になってきたので心配。北条はどうしようもなかったな。

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著者プロフィール

1923年東京浅草生まれ。60年「錯乱」で直木賞受賞。77年「鬼兵犯科帳」「剣客商売」「仕掛人藤枝梅安」の三シリーズで吉川英治文学賞を受賞した。90年没。

「2017年 『西郷隆盛 新装版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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