真田太平記(五)秀頼誕生 (新潮文庫)

  • 新潮社 (1987年11月30日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (544ページ) / ISBN・EAN: 9784101156385

みんなの感想まとめ

物語は、真田家の運命が大きく揺れ動く激動の時代を描いています。豊臣秀吉の死後、天下の行方が混沌とし、真田昌幸とその息子たちの選択が重要な局面を迎えます。特に秀頼の誕生は、昌幸に豊臣家を支持する決断を促...

感想・レビュー・書評

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  • 秀吉が亡くなり天下の行方が混沌としてきました。
    真田家の行く末は。

  • 【再々読】
    血沸き肉躍る!!
    秀頼誕生 ― 真田太平記㈤
    2011.02発行 大活字文庫の真田太平記㈤第1巻~第3巻。

    上信州にまたがる真田家の領地を守るため、真田昌幸、長男・信幸、次男・幸村の活躍の物語です。

    第1巻
    豊臣秀吉に子息・秀頼が誕生しました。真田昌幸は、長男・信幸と一緒に秀吉亡き後は徳川家康を頼みにして行く方針でしたが、秀吉の血を分けた子が生まれたからには、昌幸は、秀吉亡きのちも豊臣家を支持して行く方針に変わり、信幸とは、将来の進むべき道が違う事となりました。

    第2巻
    秀吉が亡くなりました。家康は、秀吉と取り交わした約束を無視して伊達政宗、福島正則、蜂須賀家政の3家と婚姻の約束を結びと独断で事を進めます。これに石田三成が詰問するが家康は、のらりくらりとかわしていきます。
    向井佐平次の息子・佐助15才が、真田忍びとして戦列に加わる日が近づいて来ました。

    第3巻
    家康は、自身が天下の主になるべく、大阪の豊臣秀頼を立てつつ豊臣家の家臣団を分裂させて行きます。そして、石田三成が自滅するように謀っていきます。とうとう三成は、加藤清正、福島正則などから逃げるため家康を頼り、全ての官職を失って佐和山城に帰ることとなります。
    佐助は、真田の草の者として、佐和山に近い長曾根の忍び小屋にて佐和山城の見張りにつきます。

    【読後】
    秀頼の誕生、秀吉の死亡、前田利家の死亡、そして、家康の動きが早くなってきています。
    まさに第5巻は、激動の時代の前夜といった感のある巻です。
    あとに真田十勇士として幸村と共にする猿飛佐助が、真田忍びとして動き出します。これからが楽しみです。

    【音読】
    誤嚥防止のために、大活字文庫「真田太平記」で音読を6月27日から行っています。
    舌を噛み、舌の先に出来た口内炎が大きくなり食事もままならなくなり何回か中断しましたが、何とか継続しています。

    大活字文庫「真田太平記㈤」の底本は、新潮文庫です。このため登録は「真田太平記㈤ (新潮文庫) 」で行います。
    10月3日~17日で新潮文庫の真田太平記㈤に相当する。大活字本の真田太平記㈤第1巻~第3巻を、音読で読み終りました。
    2020.10.17読了

  •  この巻を読んでいる間に別のジャンルも読み進め、併読のようになったので読み終わってみて、余り印象が薄くなってしまいました。

    P.56
    すべてがわかったようなつもりでいても、双方のおもいちがいは間々あることで、大形にいうならば、人の世の大半は、人々の[勘違い]によって成り立っているといってもよいほどなのだ。

    P.123
     人にも物事にも信を置いてならぬという言葉を基にしてしまっては、人を、物を看る自分の眼力が、いつまでたっても養われぬことになると、いいたかったのだ。

    ・猫田与助になにがあったのか気になる。

    P.192
     新しい時代は、いつも新しい理性を要求する。
    -「理性」物事の道理を考える能力。道理に従って判断したり行動したりする能力。

    ・李舜臣という朝鮮国の武将が気になる。

    P.240
     桜の花片がはらはらと落ちてきた。-「はらはら」という表現が印象に残った。

    P.336
     死ぬる覚悟をさだめたとき、与七は、
    「まず、笑うてみよ」
    と、いうのである。

    P.383
     何故、これほどまでに、昌幸は角兵衛を疎むのか・・・。-確かに気になる。

    P.391
     「こたびのことは、佐助の手柄じゃ。いまこのとき、御本家と御分家がきまずくなってしもうては困る。これが何よりにも大事ゆえな、な・・・・・」


    いよいよ、対立が形になり始め関ケ原の戦いの足音が聞こえてきたように思う。

    まだまだ先は長い?のでじっくり楽しみたい!
    -

  • 何かと二項対立的な回だったな。
    秀頼と秀次、猫田とお江、角と佐助、文治と武断。
    まあ物語ってそういうものって言えばそうなんだけど、対立が目立つ印象だった

  • 秀吉が亡くなり、利家も亡くなった。
    いよいよ家康の天下が近づく中、佐平次の息子佐助が草の者として育つ。
    36冊目読了。

  • 5巻秀頼誕生
    豊臣家に生まれる命と、失われる命。

    昌幸は秀吉がお気に入りです。
    秀吉の息子の鶴丸君が生まれますが、幼くして亡くなります。
    昌幸は「惚れた男の天下は短い」と嘆き、豊臣の天下を諦め、今後は徳川に着くと真田家の意思が一致します。
    秀吉の朝鮮出兵は泥沼化。
    その数年後にまたしても男児、のちの秀頼が生まれます。
    昌幸の秀吉贔屓心がまた首をもたげます。

    しかし豊臣家を支えてきた秀吉の弟秀長、秀吉の母なか、秀吉の甥秀勝、秀保が亡くなります。
    そして秀吉の跡継ぎとされていた関白秀次の自害。
    秀吉はただただ秀頼の行く末に心を痛めますが…豊臣家は内部から崩れかけています。

    そして秀吉も衰えて生涯を終えます。
     「五人の大老たちよ
     秀頼のことを、くれぐれも、たのみまいらせる。たのむ、たのむ。
     自分は間もなく死ぬるが、まことに、名残おしいことじゃ。
     秀頼が大きくなり、立派に豊臣家のあるじとなるよう、たのみまいらせる。
     このほかには、おもい残すことはない。

     八月五日

     秀吉

     いへやす(※家康)
     ちくぜん(※前田利家)
     てるもと(※毛利輝元)
     かげかつ(※上杉景勝)
     ひでいへ(※宇喜多秀家)

     まいる」

    この遺言は亡くなる直前に残したもので、
    有名な辞世の句の
     「つゆと落ちつゆと消えにしわが身かな なにはの事もゆめの又ゆめ」
    は死の数か月前の醍醐の花見のあとに詠んだものとしています。
    天下人に登りつめた秀吉が辿り着いた達観の境地としてこの辞世の句は秀吉の評価を高めていると思うのですが、
    私にはどうも秀吉の最晩年の未練と怯えの様子とこの達観さが一致せず…。
    事前に作っておいたとしてもやはり最晩年の様相と、この辞世の句がイマイチ一致しない。。
    ある作家の考察で「祐筆の代筆だろう。秀吉はこのような句を詠める心境ではなかった」と書いていたけれどそっちの方がわかる。

    さて。
    この時昌幸53歳、信幸34歳、幸村33歳、向井佐平次36歳。
    壺谷又五郎は50歳くらいでお江さんは41歳くらいかな。徳川からの嫁を迎えた信幸と、秀吉贔屓の昌幸の関係はそっけなくなっています。

    信幸の家臣として重要な人物として鈴木右近がいます。秀吉による小田原攻めの発端となった名胡桃城城主鈴木主水の息子です。名胡桃城が真田に戻ってからは城主に推挙されますが、右近は信幸の部下となることを望みます。
    鈴木右近と信幸はこの先長い長い長い主従関係を築いていきます。

    そして昌幸父子のアドバイザー的存在、昌幸の叔父の矢沢頼綱が亡くなります。
    年と共にさらに頑強に皮肉になって行く頼綱は病床で
    「これよりは重苦しゅう思案なさるまい。真田の家ひとつ、天下にあってもなくとも、どうでもよいと、いまこそ、それがしは分かり申した」と嘯きます。
    秀吉が自分の息子による天下体制をただただ憂いてこの世に無念を残した無残な心情とは対照的となります。

    しかし読者としては、たしかに「あってもなくても歴史は大きく変わらない」人物が動かした歴史というのはかなり面白いのですけれどね。

  • 秀頼が誕生し、秀吉が没する。
    朝鮮出兵を端に発した加藤清正等武断派と石田三成等文治派の対立が深まるり、三成は家康に助けを求めた結果佐和山で蟄居することになった。

    晩年の秀吉が哀れ。
    どのように権勢を得ていても老いるという事は哀しく酷い。

  • #3390ー60ー213

  •  秀頼誕生。豊臣政権、最大の爆弾が投下される。
     そして、巨星・秀吉堕つ。また、平和を支えるであったはずの前田利家も…。

     関ヶ原の足音が聞こえ、歴史の大河が流れていく一方、本作の真骨頂、真田忍びと甲賀忍びとの暗闘もまた並行して展開される。
     このようなフィクション部分が、本作をただの歴史叙述小説を超えたものにしていることは間違いない。つまり、小説として血の通った人物像の描写に成功しているのだろう。
     それにしても、私怨に塗れた猫田与助が不気味である。

  • 前田利家の最後が、とても勿体なくそして夫婦のやり取りに少しくすっとできたました。確かにあと5年あれば何かが違ったかもしれない。でもそれは変えられない事なので。秀頼誕生で今が変わったのかもしれないし、結果は大きく変わらなかった気もするし。でも、当時の人達の命運は相当大きく変わったであろう、と思うので一人の命の重みを感じた読後でした。続きも楽しみ。

  • 草の者ファンとしては、第5巻も大いに楽しめる内容で物語は進んでいく。

  • 秀頼が誕生してからもいろいろな駆け引きがあったんだな。これから、どのようにして関ヶ原に向かっていくのか楽しみ。

  • 秀吉が亡くなり、利家が亡くなり、いよいよ家康の世の中になろうとする頃、文治派の三成と家康の対立が深くなっていく。

  • 秀吉がついに死に、豊臣政権が大きく揺らぐ、政治的には激動の巻。
    真田一族の活躍はさほどでもない。
    家康直参、本多忠勝の娘を妻とした兄・信幸と、石田三成の無二の友、大谷吉継の娘を妻に迎えた弟・幸村。
    兄弟の絆に変わりはないが、力を増す家康とそれを危険視する三成の政治的な対立は、後の流れを暗示する。

    お江、又五郎、佐助ら草の者の活躍が歴史と並行して描かれるのが、真田太平記の見どころ。
    三成の危機に真田の草の者が密書を運ぶ!という展開にはニヤリとさせられる。

    歴史ものとしてのリアリティ、人間ドラマ、忍者も含めた戦国エンタメのバランスがいいのが、池波正太郎作品の特質か。
    真田一族や草の者たちはもちろんのこと、佐平次、右近、角兵衛といった個性的なキャラクターたちが、今後どのように歴史の荒波を生きていくのか。
    先が気になる第五巻である。

  • 関ヶ原の合戦に向けて、情勢が緊迫していく様子が楽しめる。

  • 権力を持ってる人が死ぬと色々揉めるって大変だ…

  • 天下人秀吉が死に、徳川家康がしたたかに己が野望へと踏み出す。この巻を読んでいていちばん感じたのは、時に、物語の進行を止めてでも叙述する、社会や政治、人間存在への透徹した洞察のすごさ。真の作家のなんと博識で慧眼なことか! 震える。

  • 中央政権では秀頼誕生から秀吉・利家の死まで、真田家としては右近の帰還・佐助の成長など、てんこ盛りの回。
    秀吉の死はアッサリ描かれていて少し拍子抜けだったが。
    いよいよ真田家は時代の大きなうねりに飲み込まれて行くのか、次回も気になるところ。

  • 文禄二年、1593年から1598年まで。豊臣秀頼誕生。そして秀吉の死。いわゆる武断派と文治派の対立、三成の失脚と家康の蠢動までが描かれ。強烈だったのは、死にあたっての昌幸の叔父矢沢頼綱。「死にのぞんで頼綱、はきと、わかり申した」「真田の家ひとつ、天下にあってもなくても、どうでもよいということでござる」と。さすがの昌幸も言葉を失いその含意に戸惑う一撃だった。/以下抜粋、要約。淀の方懐妊がつたわってから、昌幸・幸村と、信幸が疎遠に。/「この先、いかなる事態が起ころうとも、真田家の血脈を絶やしてはならぬ」/千利休亡き後、秀吉の茶の湯のほとんどを司った織田有楽斎/おもいがけぬ場所で、おもいかけぬときに、人びとはそれと気づかず、すれちがって行き、愛憎の峠を知らずして越えてしまうものなのである。(p.88 猫田与助と荷車のなかのお江のすれちがい)/石田・小西は日本側の結束を乱そうとしている相手方の謀略にのせられているのでは、と//「そろそろ、わしの許へもどってもよいであろう。どうじゃ?」(信幸から左近へ)/ただ秀頼のことを頼むという最期の言葉に、これが己が敬慕した男の最期の言葉かと落胆する昌幸/大仏も焼けた。狂え唯、遊べ唯…浮世は不定の身じゃまで」(前田利家。松永久秀が大仏殿を焼き払ったときの歌)/大阪に流れ込んできた行商人や乞食の類を秀吉は「捨て置け」「あの者どもが、自ずから消ゆるようにいたすのが、天下人のつとめじゃ」/武断派に追われた三成を、家康にあずけよう、という佐竹義宣。それを受けて立った家康/

  • 秀吉がお亡くなりに。
    佐助が目立ってきます。
    右近も戻ってきました。

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著者プロフィール

大正十二(一九二三)年一月二十五日、東京市浅草区聖天町生まれ。昭和十(一九三五)年、下谷区西町小学校卒業、株式仲買店勤務。昭和十四年より三年ほど証券取引所にあった剣道場へ通い、初段を得る。旋盤機械工を経て昭和十九年、横須賀海兵団入団。敗戦の翌年、東京都職員として下谷区役所の衛生課に勤務。昭和二十三年、長谷川伸門下に入る。昭和二十五年、片岡豊子と結婚。昭和二十六年、戯曲「鈍牛」を発表し上演。新国劇の脚本と演出を担当する一方、小説も執筆。昭和三十年、転勤先の目黒税務事務所で都庁職員を辞し、作家業に専念。昭和三十五年、『錯乱』で直木三十五賞受賞。『鬼平犯科帳』『剣客商売』『仕掛人・藤枝梅安』の三大シリーズや『真田太平記』等、数々の小説で人気を博す一方、食や映画、旅に関する著作物も多く上梓した。受賞歴はほか吉川英治文学賞、大谷竹次郎賞、菊池寛賞等。平成二(一九九〇)年五月三日、入院していた東京都千代田区神田和泉町の三井記念病院で死去。小社では同じく単行本未収録のエッセイ集『一升桝の度量』(二〇一一)と初期戯曲集『銀座並木通り』(二〇一三)を刊行している。

「2022年 『人生の滋味 池波正太郎かく語りき』 で使われていた紹介文から引用しています。」

池波正太郎の作品

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