真田太平記(五)秀頼誕生 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (534ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101156385

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  • 5巻秀頼誕生
    豊臣家に生まれる命と、失われる命。

    昌幸は秀吉がお気に入りです。
    秀吉の息子の鶴丸君が生まれますが、幼くして亡くなります。
    昌幸は「惚れた男の天下は短い」と嘆き、豊臣の天下を諦め、今後は徳川に着くと真田家の意思が一致します。
    秀吉の朝鮮出兵は泥沼化。
    その数年後にまたしても男児、のちの秀頼が生まれます。
    昌幸の秀吉贔屓心がまた首をもたげます。

    しかし豊臣家を支えてきた秀吉の弟秀長、秀吉の母なか、秀吉の甥秀勝、秀保が亡くなります。
    そして秀吉の跡継ぎとされていた関白秀次の自害。
    秀吉はただただ秀頼の行く末に心を痛めますが…豊臣家は内部から崩れかけています。

    そして秀吉も衰えて生涯を終えます。
     「五人の大老たちよ
     秀頼のことを、くれぐれも、たのみまいらせる。たのむ、たのむ。
     自分は間もなく死ぬるが、まことに、名残おしいことじゃ。
     秀頼が大きくなり、立派に豊臣家のあるじとなるよう、たのみまいらせる。
     このほかには、おもい残すことはない。

     八月五日

     秀吉

     いへやす(※家康)
     ちくぜん(※前田利家)
     てるもと(※毛利輝元)
     かげかつ(※上杉景勝)
     ひでいへ(※宇喜多秀家)

     まいる」

    この遺言は亡くなる直前に残したもので、
    有名な辞世の句の
     「つゆと落ちつゆと消えにしわが身かな なにはの事もゆめの又ゆめ」
    は死の数か月前の醍醐の花見のあとに詠んだものとしています。
    天下人に登りつめた秀吉が辿り着いた達観の境地としてこの辞世の句は秀吉の評価を高めていると思うのですが、
    私にはどうも秀吉の最晩年の未練と怯えの様子とこの達観さが一致せず…。
    事前に作っておいたとしてもやはり最晩年の様相と、この辞世の句がイマイチ一致しない。。
    ある作家の考察で「祐筆の代筆だろう。秀吉はこのような句を詠める心境ではなかった」と書いていたけれどそっちの方がわかる。

    さて。
    この時昌幸53歳、信幸34歳、幸村33歳、向井佐平次36歳。
    壺谷又五郎は50歳くらいでお江さんは41歳くらいかな。徳川からの嫁を迎えた信幸と、秀吉贔屓の昌幸の関係はそっけなくなっています。

    信幸の家臣として重要な人物として鈴木右近がいます。秀吉による小田原攻めの発端となった名胡桃城城主鈴木主水の息子です。名胡桃城が真田に戻ってからは城主に推挙されますが、右近は信幸の部下となることを望みます。
    鈴木右近と信幸はこの先長い長い長い主従関係を築いていきます。

    そして昌幸父子のアドバイザー的存在、昌幸の叔父の矢沢頼綱が亡くなります。
    年と共にさらに頑強に皮肉になって行く頼綱は病床で
    「これよりは重苦しゅう思案なさるまい。真田の家ひとつ、天下にあってもなくとも、どうでもよいと、いまこそ、それがしは分かり申した」と嘯きます。
    秀吉が自分の息子による天下体制をただただ憂いてこの世に無念を残した無残な心情とは対照的となります。

    しかし読者としては、たしかに「あってもなくても歴史は大きく変わらない」人物が動かした歴史というのはかなり面白いのですけれどね。

  •  秀頼誕生。豊臣政権、最大の爆弾が投下される。
     そして、巨星・秀吉堕つ。また、平和を支えるであったはずの前田利家も…。

     関ヶ原の足音が聞こえ、歴史の大河が流れていく一方、本作の真骨頂、真田忍びと甲賀忍びとの暗闘もまた並行して展開される。
     このようなフィクション部分が、本作をただの歴史叙述小説を超えたものにしていることは間違いない。つまり、小説として血の通った人物像の描写に成功しているのだろう。
     それにしても、私怨に塗れた猫田与助が不気味である。

  • サクサクと時は流れて関ヶ原までもう少し。
    草の者がどのように活躍するのか期待。

    ささ、次の巻へ

  • 秀頼が生まれ秀吉が亡くなり家康が動き始める。

    佐助が色々な意味で大人になる。
    第一巻が佐平治だったことを考えると、
    ちょうど折り返し地点ということか。

  • 【読了メモ】この巻、家康そろりと起つ、といったところでしょうか。

  • 秀頼誕生、お江回復して信濃へ、秀次切腹、慶長大地震、慶長の役、鈴木右近帰参、秀吉没、樋口角兵衛信幸の家臣に、向井佐助忍び仕事を開始、家康と前田利家会見、家康向島へ、前田利家没、石田三成失脚家康伏見城へ 角兵衛って信幸より幸村を好きになったんじゃなかったっけ?

  • 2017.2.21
    秀頼が生まれ、権力闘争が落ち着くかに見えたが、秀吉が死に、各武士の思惑が動き出す。
    家康の動きは面白い。前田利家が牽制役になるが、利家も死ぬ。
    朝鮮出兵からのしこりが、反三成派作る一方、三成は反家康の旗幟を鮮明にする。

    そんな二人だが、利家が死んだ後の、三成の前田邸からの脱出劇は面白い。肝が座っている。虎穴に入らずんば虎子を得ずか。

  • 秀頼誕生、秀吉・利家死去、三成蟄居まで。

  • 20161230
    秀吉の生き死にの物語は、人間の業と卑しさと、儚さと激しさと、そして可愛らしさに満ちている。必死に生にしがみつき死後の世を憂いた秀吉は、「次の世のことなど、なんで人間にわかろうか」と言った信長とは矢張り違う。鬼と人間ならば自然、人間に惹かれる。

    ーすべてがわかったようなつもりでいても、双方のおもいちがいは間々あることで、大形にいうならば、人の世の大半は、人びとの「勘違い」によって成り立っているといってもよいほどなのだ。人間という生きものには、なまじ、人の心を忖度する能力をそなえているがために、また、その能力を過信するあまりに、「おもわぬ結果を迎えて、意外なおもいをする、、、」ことが多いのである。

    ー「乱世であればあるほど、人を信ずることが、たいせつなのではありませぬか」(真田昌幸)

    ー「疑うて失敗をいたすより、信を置いてなお、破れるほうがよい。疑うて破れたときはなかなかに立ち直れぬものじゃが、信ずるがゆえに過ちを見るときは、かならず立ち直ることができる。」(真田幸隆・昌幸の父)

    ー つゆと落ちつゆと消えにしわが身かな
    なにはの事もゆめの又ゆめ
    (醍醐の花見を終え伏見城に帰った豊臣秀吉が詠んだ辞世の句)

  • 佐助のくだりは楽しかった。右近もいいね。秀吉はダメだったね。あまり好きではない。角がいつの間にかまた源三郎派になってたな。不気味ではある。

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著者プロフィール

1923年東京浅草生まれ。60年「錯乱」で直木賞受賞。77年「鬼兵犯科帳」「剣客商売」「仕掛人藤枝梅安」の三シリーズで吉川英治文学賞を受賞した。90年没。

「2017年 『西郷隆盛 新装版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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