真田太平記(七)関ケ原 (新潮文庫)

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  • 新潮社
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レビュー : 53
  • Amazon.co.jp ・本 (512ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101156408

作品紹介・あらすじ

会津出陣中の徳川軍団から離れ、上田に帰った真田昌幸・幸村は、ただちに城の守りを固める。家康は息子秀忠に中山道をゆく第二軍を率いさせ、真田信幸に先陣を命ずる。秀忠軍四万を上田城に迎えうった真田父子は、様々な謀略を使ってこれを釘づけとし、ついに関ケ原の決戦に間に合わせなかった。真田父子が徳川軍の約半分を削いだにもかかわらず、結束のはかれぬ西軍は家康に敗れる。

感想・レビュー・書評

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  • 第7巻「関ヶ原」

    三成側についた昌幸、幸村親子は上田城に篭ります。
    もし三成が勝ったら真田家は豊臣政権の中心に抜擢されるかもしれません。
    真田親子は、距離的に三成と家康がぶつかり合う合戦場に行くことはできません。
    だから家康の嫡男、徳川秀忠の率いる徳川本体を家康の元に行かせないための時間稼ぎをします。
    信幸は徳川側についたので、父のもとに城明渡しの使者として訪れます。

    昌幸は安房守、信幸は伊豆守です。
    NHKドラマで丹波哲郎さんが渡哲也さんを「ずしゅう(豆州)」「ずしゅうどの(豆州殿)」と呼ぶその呼び方が何とも印象的でその声と口調で頭に浮かびます。

    昌幸と幸村親子は知略と武力を尽くして徳川本体を足止めしたので、あとは石田三成率いる西軍に任せるしかありません。
    真田家の草の者、壺屋又五郎やお江さんたちもそれぞれが主家と離れ自分の意思と知略で家康暗殺を謀ります。ここが真田家の忍びが一般と違うところ。普通は忍びが主家から離れて独自の頭脳で動くことはあり得ないという立場。

    しかし徳川軍と石田軍は前哨戦を経て思いがけず関ヶ原にて野戦となり、石田方は7時間の決戦で大敗します。
    ここでも真田家草の者は家康本陣に詰め寄り家康の首級にあと一歩と迫りますが…、
    講談?か時代劇のお約束?で「家康の本陣に七人の刺客が切り込んできた!」というものを聞きますが、それを元にした池波エピソードですね。

    関ヶ原大戦後の勢力図の変更の様子が描かれます。
    後世から見るとどう考えても家康が天下を狙ってるだろうとしか思えないのですが、この当時の武将たちはあくまでも家康は秀頼のために三成を排除し、今後は皆で秀頼を盛り立てると本当に思っていたようで。
    しかし関ヶ原後明らかに天下人のようにふるまう家康。
    そこでやっと何かが違う…と思いだす豊臣家家臣たち。
    しかしこうなっては家康に従うしかありません。

    さて。
    この巻は著者の個人的見解と言うか好感嫌悪がよく表れています。

    まず著者が優れているとしている人物の描き方。
     昌幸と幸村親子のこと
     「この時代のすぐれた男たちの感能はくだくだしい会話は理屈や説明を必要とせぬほどに冴えて磨き抜かれていた」
     「人間と、人間が住む世界の不条理を極めて明確に把握していたのだろう。人の世は、どこまで行っても合理を見つけ出すことが不可能なのだ。合理は存在していても人間と言う生き物が”不合理にできている…”のだからどうしようもないのだ。人間の肉体は誠に合理を得ているのだが、そこへ感情と言うものが加わるため、矛盾が絶えぬのである」(P127)

     関ヶ原の激戦の最中、家康は「小早川の裏切りはまだか~~~」とうろうろしして「小早川はどっちに付きそうだ?」と問う使者を出しまくるのですが、それを一喝したのは黒田長政。
     「おれはいま敵勢と戦っておるのだ。ならば何としても駅の本陣を突き崩さねばならぬ。小早川がことはその後の事じゃ。しかと申し伝えるがよい。よいか、うろたえるなよ!」「内府もどうかしているのではないか、戦っているわしに松尾山の様子が分かろうはずはない。内府ともあろうものがなんたることだ、かくなれば運を天に任せ、戦って戦って戦い抜くよりほかに為すべきことはない」(P301)

     さらにさんざん迷った小早川秀秋が、結局家康に味方し三成を裏切り西軍を攻めることにした…ことに対しての小早川家老。
     「裏切りがいかぬと申すのではない。裏切るからには裏切る頃合いがある。今この時、東西両軍の乱戦を目の前にして、味方を裏切るとは何事か。これによって小早川の家名に深い傷がついてしまうことが分からぬのか。裏切りはならぬ。かくなればどこまでもこの松尾山から動かず戦の終わるのを待てと申せ!」(P135)

    そのほか、勝敗が決まった時に敵中突破で退却した島津隊、居城に戻り立派に立て籠もった後開場に応じた立花宗茂などは、敗戦側とはいえ清廉な一念を通したということで敬意を持たれています。

    反対に著者がいらだちを感じているのは、優柔不断で自分で決断できないような武将たち。
    石田三成は、まさに清廉な一念を通してはいるのですが、決断が遅い!事前調整ができない!人に任せない!完璧な計画でないと実行できない!リーダーなのに細かいこと気にし過ぎ!リーダーなのにうろちょろしすぎ!…などと著者のいらだちを感じます(笑)。
    著者としては、関ヶ原で石田三成が大敗したのは味方の裏切りとは別儀で、「七時間も戦ったのだからその間に家康本陣に攻め入ることができなかったとはよほど采配が悪かったのか?」と、幸村に言わせております。

    さらに関ヶ原合戦真っ最中に西軍でありながら日和見を続けた武将たち、裏切った武将たちに対しても著者は「裏切るのは良いけれどタイミング悪すぎなんだよ!大決戦しているその場で、どっちかが完璧に勝つとわかるまでは裏切りさえできないってどういう奴らだ!」「○○軍が動かないから自分も動けない…って子供の使いか!」などイラついている(笑)

    そして大阪城に入った西軍リーダー毛利輝元が、関ヶ原後に一戦挙げるどころか余りに容易く家康への大阪城明渡したことへ「大阪城を明け渡すにしても事前交渉も碌にせずに甘い口約束に乗っかってただで出て行っちゃって、そのおかげで難癖付けられ所領削られ、輝元を丸め込むのは赤子の手を捻るより容易い」と言う様子。

    また著者は官僚タイプで机上の戦論には厳しい目線を向けているようで、
    東北で戦を繰り広げている上杉景勝へは敬意を払いつつ、その重臣直江兼続に対しては「著者は世上にもてはやされているほどに直江山城兼続を買っていない」んだとまで言っている。三成も兼続も「一か八かの激烈な闘志に揺り動かされて大局を見ることができない」のが低評価みたい。

    そして真田家への処遇。
    本家の昌幸と次男幸村は石田方について徳川秀忠の軍を足止めし、家康と秀忠を激怒させていたのですから、死罪が妥当と思われていたようです。
    そして分家した長男信幸もいくら徳川方に附いたからと言って非常に覚えが悪いです。
    そこへ信幸の舅であり家康の重臣本多忠勝の説得。
    「かくなるうえは、それがし伊豆守殿とともに沼田城に立て籠もり、殿を相手に戦つかまつる」
    脅しでも駆け引きでもなく、一貫して家康への忠義を貫いた真田信幸に命懸けで応えようと腹を括った説得に、家康も折れるしかなく、真田昌幸・幸村親子は流罪となったところで七巻終わり。

  • 20170102
    天下分け目の疾風怒濤クライマックス、混乱と狂騒の関ヶ原、裏切りと不信に満ちた7時間の死戦。そして凄烈極まる戦忍びの暗闘。戦況の浮沈は戦力の多少に依らず、士気の充実にある。そして個々の士気においては大将の決然たる態度と明確な行動によってのみ、高められる。成否優劣よりも寧ろ、一貫し透徹した精神と時機を逃さぬ瞬息の行動こそが、一戦を決するものと物語る。迫力の筆致、池波正太郎の真骨頂。

    ー人の世は、何処まで行っても合理を見つけ出すことが不可能なのだ。合理は存在していても、人間という生物が、「不合理に出来ている、、、」のだから、どうしようもないのだ。人間の肉体は、まことに合理を得ているのだが、そこへ感情というものが加わるため、矛盾が絶えぬのである。

    ー「天の与うるを取らざれば、かえって、その咎めを受けると申します。徳川の天下と為すためには、傍目もふらずに突き進み、こなたより敵を攻めつけねばなりませぬ」(関ヶ原にて、井伊直政)

    ー「治部殿は何から何まで、ぬかりなく運ぼうとする。それは結構であるが、戦はちがう。戦には魔性がある。この魔性に立ち向かい、戦機をのがさぬためには、書状をいじり、政令を案ずるようにはまいらぬ」(小西行長)

    ー「生きてあれば、いずれ近き日に、おもしろきこともありましょう」(助命・九度山蟄居の申し渡しを受け、幸村が父・昌幸に対して)

  • 意外とあっさり終わった徳川の上田城攻め。
    そんな中での幸村突撃シーンに燃え。

    ささ次巻へ

  • いよいよ天下分け目の関ケ原。単独で家康の首を狙うお江。弥五兵衛率いる草の者達刺客、タイミングが少し違えば・・・。又五郎と山中長俊が相討ち、生き延びたお江。続いて(八)「紀州九度山」へ進みます。

  • 関ヶ原なのでこの巻では真田はあまり出てこず、草の者と関ヶ原本戦の話がメイン。

    すごく面白かった。
    戦の手に汗握る臨場感があって先が気になってどんどん読めた。
    草の者たちの活躍もすごかったが、戦死者も多く悲しい。

    島津の退却戦も逃げてるだけなのにあんなかっこいいとは…。

    大谷吉継があの位置に展開したのはやはり小早川を抑えるためだったのかなぁとか、負けるだろう裏切られるだろうと思いながら参戦してのあの最後を思うとどうしても胸が痛くなる。

    石田三成は真面目で筋の通った人で根が悪い人なわけではないと思うが、どうしても人情にかけるというか人との駆け引きや決断力がないと思う。
    もしそこが家康ほどでないにしろもっとあれば関ヶ原は勝てていたと思う。
    なんだか損をする性格なんだなと思うとやりきれない。
    戦に向く性格ではなかったんだろうなあ…。

    こっちにつけば有利だろうとわかっていて行動するのは賢いと思うし、それが結局我が身や領地を守ることにつながるからそれが間違ってるとは言わないし私ならそうするだろうとも思うんだけど、だからこそ自分の信じたものや義のために不利だとわかってても突き進もうとする人に感動しちゃうんだと思う。

  • 関ヶ原の戦い。東軍・徳川家康の勝利、西軍・石田三成、小西行長、安国寺恵瓊の処刑。東軍に真田信幸、西軍に真田昌幸・幸村。本田忠勝の計らいで真田昌幸・幸村は切腹を免れ、高野山へ流刑。

  • 2017.3.15
    関ヶ原。島津の敵中突破。井伊直政の執念。桜田門外の変。面白い。

  • 7巻は一冊丸々関ケ原の戦い。
    勝利した東軍の武将たちへの論功行賞、西軍の武将の処罰までを丁寧に描く。
    真田昌幸・幸村父子、信幸の出番が少なく寂しい。

    【名文引用】
    人の世は、何処まで行っても合理を見つけ出すことが不可能なのだ。合理は存在していても、人間という生物が、
    「不合理に出来ている……」
    のだから、どうしようもないのだ。(新潮文庫、p127)

  • 今までの巻で一番面白かった。若い頃読んだのとは感じ方が違ってて若い頃はひたすら徳川家康が嫌いだったけど今読むとそうでもない。我が地元の小早川や毛利のダメさが目立って島津のカッコよさが際立った。何にしろ石田が西の負けを決めた感じがしたね。

  •  戦闘に勝って、戦争に負けた真田昌幸。

     本来、真田氏を主人公側に据えつつ関ヶ原合戦の描写をすることは、ただの史実からは難しいはずだ。
     にも関わらず、草の者を活用することでかえってビビッドに感じるのは著者の手腕か。壺谷又五郎の存在感の大きいこと…。
     一方、三成描写はややステレオタイプ的だが、まぁこの解釈が普通なんでしょうなぁ(堅物・清廉を加味すれば司馬「関ヶ原」での三成像かも)。

     しかしまぁ、「生きていればおもしろきことがあるやもしれん」…。信幸と本多忠勝の実直さに比して、どこまでも不敵な兵どもよ…。

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