江戸開城 (新潮文庫)

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感想 : 12
  • Amazon.co.jp ・本 (400ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101157092

感想・レビュー・書評

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  • 殺戮に明け暮れた明治維新の中で江戸無血開城は奇跡のような出来事です。大村益次郎を主人公にした「花神」は、江戸開城について少ししか触れていません。江戸開城は勝海舟と西郷隆盛の大芝居みたいな出来事なので、それは仕方ないですね。

    本書は西郷隆盛が大久保利通に送った1通の手紙から始まります。手紙の中で西郷は、最後の将軍、徳川慶喜に関して「ぜひ切腹にまで参らなければ相済まない」と力説。徳川幕府から王政への復古が革命であるならば、「革命にはある程度の血の祭典が必要」だったと筆者の海音寺潮五郎は、西郷の力説の背景を考察します。
    一方、幕府側の勝海舟は「札付きの平和主義者」。アジアに対する列強の脅威を説きながら、内戦回避に向け、懸命に官軍側との交渉を行います。

    幕末の動乱の中で西郷と勝が江戸無血開城に向けて、ギリギリのやりとりが、豊富な資料をもとに描かれます。戦闘なのか恭順なのか優順不断な慶喜の態度、それにやきもきする勝の苦悩、勝と西郷の信頼関係、江戸城引き渡し直前の緊張感が読みどころでしょうか。

    ただ、書状や日記が頻繁に登場されますが、読みづらいです。また、人名が同一人物であってもときどき変わるので、混乱します。書状の中で義邦という人物が登場しますが、これが勝海舟と判るまで時間が掛かりました。

    本書は彰義隊の壊滅まで描かれます。しかし、この場面は大村益次郎を主人公にした「花神」の方が遥かに面白かったです。それでも、江戸開城のギリギリの舞台裏は緊張感があります。明治維新ファンの方は必読でしょう。

  •  歴史小説かと思ったらそうじゃなくて史料を基に事実を再構成した歴史考証だった。西郷吉之助と勝安房の談合で決まった江戸無血開城を中心とした幕末から維新への歴史転回のありさまを精密にたどる。平和主義者の西郷がなぜ強硬に江戸城攻撃に走り、そして直前にそれを翻したのか。著者が西郷びいきだというのを割り引いても、すべては仕組まれた腹芸だったというのがよくわかる。ちょうどいま大河ドラマでこのあたりをやっていて、ドラマなりの目に余る粉飾がまるわかりだ。というわけで著者の洒脱な書きぶりとあいまって史論として興味深いのだが、やはり小説の体で読みたかったなという気もする。

  • 世界でも類を見ない無血開城。
    それを大都市、江戸を舞台に勝海舟と西郷吉之助の二人の千両役者がやってのけた。
    この二人だからこそ出来た奇跡。
    稀代の策士であり、千両役者、勝海舟。
    己の信じた道を己を信じて成し遂げた西郷吉之助。
    天晴れ。

  • 司馬遼太郎の「幕末」に紹介された、海音寺潮五郎の史伝「江戸開城」。
    解説書のような難解さがあって、一話一話読むのに時間がかかりました。
    しかし、平易に書き換えてはありますが、当時の手紙や日記などが引用されていて、なかなか綺麗な日本語を堪能することだできました。
    「黙視することが出来ず、忌諱を憚らず、罪を恐れず、高明を冒瀆しました。死罪々々。」
    かっこいいですよね。
    勝海舟が、慶喜の処遇について総督府に泣きつく手紙は、圧巻です。
    これが侍かー!と感嘆しました。
    残された伝説や逸話とは違う真相を、著者が細かく解き明かしていくところも面白かったです。
    武蔵の忍、川越や高輪、洗足、また小田原、三島の関所が出てきたりと地名も親近感があって楽しく読めました。
    佐賀藩邸(今の東大)とか、びっくりしますよね。彰義隊のところで出てきました。
    また、文中に「時代のバスに乗り遅れた」や「トルストイの戦争と平和」云々が出てくるところに、現代からのアプローチも感じられました。
    しかし解説書でありました。学術書に近い。お勉強になりました。

  • 「江戸開城」海音寺潮五郎著、新潮文庫、1987.11.25
    318p ¥360 C0193 (2018.10.06読了)(2009.04.25購入)(1990.04.20/4刷)
    9月30日のNHK大河ドラマ『西郷どん』は、「第37回江戸無血開城」の予定だったのですが、台風報道のため放映延期となりました。
    9月30日に放映されていれば、見てから読む、だったのですが、10月7日に延期になりましたので、読んでから見る、になりました。
    この本は、徳川方が鳥羽・伏見の戦いに敗れ、徳川慶喜が大阪から江戸に船で逃げ帰ってしまい、官軍が陸路で江戸に迫ってきているあたりから始まります。終わりは、彰義隊が上野の山に立てこもって、官軍に攻められ、立てこもっていた建物に火をかけて江戸から逃げ出したところで終わっています。
    当時の手紙や当事者の回顧談などをもとにつづっていますので、歴史と小説の中間的な書き方ということになります。
    歴史の教科書や、通史では、数行や数ページでしか書かれない歴史の一場面が、300頁ほどにわたって書かれているので、色んな事があったことがわかります。
    日本語力が不足しているので、手紙や回顧談が十分意味をくみ取れないのが残念です。

    【目次】
    革命の地の祭壇
    札つきの和平主義者勝安房
    官軍先鋒三島に達す
    山岡鉄太郎登場
    パークスの横槍
    西郷・勝の会見
    西郷と勝に対する諸藩兵の不平
    勝とパークス
    開城はあったが
    徳川家の処遇問題
    勝の慶喜よび返し運動
    さまざまな反薩的批判
    彰義隊
    彰義隊討伐その前夜
    彰義隊潰滅
    解説  尾崎秀樹

    ●西郷の手口(10頁)
    声を大にすることによって敵をおそれさせ見方を奮い立たせ、局を結ぶにあたってはうんと寛大慈悲の処置をして懐かせるというのは、西郷の戦さを処置する場合の手口といってよいのである
    ●明治維新(11頁)
    明治維新は王政復古という名で行われたが、実は復古ではなかった。公家に政治能力のないことは明らかである。大化改新から平安朝初期までの王政時代にかえせないことは言うまでもない。だから、名は王政復古でも、実は天皇の下に公家・大名・諸藩臣の優秀分子で合議政治を行おうというのであった。
    ●徳川氏処分について(18頁)
    徳川氏処分についての意見書
    一 よく恭順しているなら、慶喜の処分は、寛大仁恕の思召しをもって、死一等を減ぜられること。
    一 軍門へ伏罪の上、備前へお預けのこと。
    一 城明渡のこと。但し軍艦・鉄砲等を引渡すことは言うまでもない。
    この意見書は、西郷と大久保とが相談して、岩倉の諒解を得たものの写しであった。
    ●勝の信念(38頁)
    勤王や佐幕の争いなどは末の末のもので、国を愛し民を愛することが根本であるというのは、勝の終生かわらない信念であった。
    ●陸軍総裁の目的(50頁)
    彼(勝・陸軍総裁)には三つの目的がある。一つは同胞相争うようなことをして日本を危険に陥れてはならないということ。一つは慶喜の生命の安泰と徳川家の名誉を守ること。もう一つはできるだけ多く徳川家の利益になるように局を結ぶこと。以上の三つである。
    ●蟄居謹慎(56頁)
    二月十二日、慶喜は城を出て、上野寛永寺の塔頭大慈院に入り、蟄居謹慎の生活に入った。
    ●世界並み(135頁)
    幕末・維新頃の一流の志士らは何事においても日本が世界なみでないことを恥じて、肩身せまく思っていた。一流の志士らが幕府の存在を恥じたのも、一国に両主あるのは世間なみでない特殊なことだったからである。慶喜の処分においても、文明国なみの処分法をパークスに教えられたと人々は受け取ったと思ってよい。

    ☆関連図書(既読)
    「西郷どん(上)」林真理子著、角川書店、2017.11.01
    「西郷どん(中)」林真理子著、角川書店、2017.11.01
    「西郷どん(下)」林真理子著、角川書店、2017.11.01
    「話し言葉で読める「西郷南洲遺訓」」長尾剛著、PHP文庫、2005.12.19
    「西郷隆盛『南洲翁遺訓』」先崎彰容著、NHK出版、2018.01.01
    「西郷家の女たち」阿井景子著、文春文庫、1989.08.10
    「西郷と大久保」海音寺潮五郎著、新潮文庫、1973.06.30
    「寺田屋騒動」海音寺潮五郎著、文春文庫、2007.12.10
    「岩倉具視 維新前夜の群像7」大久保利謙著、中公新書、1973.09.25
    「明治天皇を語る」ドナルド・キーン著、新潮新書、2003.04.10
    「花神(上)」司馬遼太郎著、新潮文庫、1976.08.30
    「花神(中)」司馬遼太郎著、新潮文庫、1976.08.30
    「花神(下)」司馬遼太郎著、新潮文庫、1976.08.30
    (2018年10月9日・記)
    (表紙カバーより)
    革命の祭壇に血の犠牲を要求しながら、実際には寛大な処分を考えていた西郷隆盛。徳川慶喜の動揺と優柔不断、幕閣の向背に抗して和平の道をさぐる勝海舟。味方の中に敵をかかえ、敵の中に信ずべきものを信じ、信義と力ともに誤つことなかった両千両役者の息づまる対峙を中心に、幕末動乱の頂点で実現した史上最高の名場面、奇跡の江戸無血開城とその舞台裏を描く巨匠晩年の精華。
    (「BOOK」データベースより)amazon
    革命の名の下に、血の犠牲を要求するため、官軍を率いて江戸に入った西郷隆盛。動揺する徳川慶喜と幕閣の向背に抗し和平の道を模索する勝海舟。両巨頭が対峙した歴史的二日間は、その後の日本を決定づける。幕末動乱の頂点で実現した史上最高の名場面の、千両役者どうしの息詰まるやりとりを巨匠が浮かび上がらせる。奇跡の江戸無血開城とその舞台裏を描く、傑作長編。

  • 借來才發現內容似乎和西鄉隆盛第九卷幾乎相同,不過還是再讀完了一次。慶喜移到水戶謹慎時遇到黨爭,勝一直爭取要他回江戶,作者非常仔細一一列出勝非常執拗的嘆願,讓我想起幕臣方後代的小說對勝都沒啥好感(例如武揚傳),但是對這件事可以執著成這樣,相信他應該不至於是幕臣們懷疑的吃裡扒外吧。此外,江戶城移交,德川家的處置等等理這些大事,都可以在互信和談笑中解決,真的覺得大事業關鍵的時刻還是只有英雄能夠辦到,拘於小節可能會因小失大。處理一件事情的作法可以很多,但是能風馳電掣地、乾淨俐落地圓滿解決,則跟人的氣度與格局有關了,高下立判。此外,海音寺在這卷提出一個很重要的小插曲,就是西鄉去要求英國公使提供醫師,帕克斯拒絕說,文明國家對於降伏者不會再下毒手。這件事或許對幕末維新人士的說服力比想像中大,正如海音寺等人所說,他們深感自己落後於所謂文明國家,因此拼命地想要符合歐美的樣子與規格,這件事情促成了無血開城的結果。要不是最後因為其他藩懷疑並且想反抗薩摩的專權,還有變質的彰義隊(義觀..)腦充血引起戰爭,說不定之後的戰爭不會那麼慘烈,德川家也不會被減封到只有七十萬石了。

  • 2017.6.11
    実は徳川家に対し、最も過激だった西郷。ただ、勝海舟、山岡鉄舟との下交渉により、江戸市民の命が一番大事である、内戦による混乱に乗じた外国からの侵略を避けるべき、と戦争回避派に回る。実は、最初からそういう考えだったのかもしれない。
    また、パークスの、敗れた将、降伏した将を殺す勝将はいないという指摘にも感化され、
    最後は、彼自身の敬天愛人の精神で、江戸無血開城を導いた。
    それに対する反対派もおり、権力闘争は続くが、彰義隊を壊滅させ、江戸の治安を安定させた。

    この時代にありながら、海外情勢への洞察、何が一番大事か、そして、人間的な優しさ、
    学ぶべきものが沢山ありました。

  • 少し歴史が読みたくなって今度はこの本にした。有名な、西郷隆盛と勝海舟による無血開城の二日間を描いた作品。

    歴史小説というよりも、海音寺潮五郎氏の研究レポートのような趣もある。様々な関係者の手紙のやり取りなどを引用し、その時間関係から、関係人物の心理的な動きを推測するなどして、歴史の真実はこうであったと証明するかのような、著者の歴史に対する強い思いのある本と感じた。

    特に著者は、西郷と同じ出身のようで、西郷の「敬天愛人」の思想に共鳴しているだけでなく、西郷という人間味ある人物にめちゃめちゃ惚れ込んでいることが伝わってくる。本書は、この後に著者が西郷を書いた本の、下準備であったとさえ言われているようだ。

    しかし、後世にとやかく評論される(例えば、官軍側の立場からすれば、人のよい西郷が、狡猾な勝に騙された・・などの論)この無血開城について、著者はやはりこの二人の英傑あって、この偉業がなされたと見ているようだ。

    自分自身も、勝の並外れた大局観と緻密な構想、実行力、そして西郷の並外れたリーダーシップと寛大さで、この偉業がなされた(市民をいっさい巻き添えにすることなく、大政奉還という革命がなされた)ように改めて感じた。

    研究熱心な著者は、二日間の開城のドラマだけでなく、実質的な決着である彰義隊(徳川側の暴徒(笑))と、官軍側の天才的軍師大村益次郎の上野での戦いまでを書いて「了」としている。

    一言ぼやくとすれば、これは歴史小説というより、はやり海音寺さんの研究レポート。小説としては読みづらかったなぁ。

  • 勝海舟と西郷、山岡鉄太郎に男惚れする。なかでも勝海舟は傑物。逆に慶喜が小物に思える書き方。
    同時代を生きた新撰組、龍馬、松陰、晋作とは違った、幕末明治を大局で追いかけられる名作。
    知見が拡がってとても面白い。

  • 歴史上屈指の名場面と言える江戸開城。江戸百万の市民を戦争の惨禍から救った2人の英雄、勝海舟と西郷隆盛。この2人の先見の明や人間としての懐の深さに感動した。

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著者プロフィール

(かいおんじ・ちょうごろう)1901~1977。鹿児島県生まれ。國學院大學卒業後に中学校教諭となるが、1929年に「サンデー毎日」の懸賞小説に応募した「うたかた草紙」が入選、1932年にも「風雲」が入選したことで専業作家となる。1936年「天正女合戦」と「武道伝来記」で直木賞を受賞。戦後は『海と風と虹と』、『天と地と』といった歴史小説と並行して、丹念な史料調査で歴史の真実に迫る史伝の復権にも力を入れ、連作集『武将列伝』、『列藩騒動録』などを発表している。晩年は郷土の英雄の生涯をまとめる大長編史伝『西郷隆盛』に取り組むが、その死で未完となった。

「2021年 『小説集 北条義時』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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