- Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
- / ISBN・EAN: 9784101157504
感想・レビュー・書評
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池波正太郎さんの剣客商売に出てくる料理を、実際の写真とともに振り返る一冊。ツボです。おもしろかった。
最近は、お寿司屋さんや料亭にも、金持ちの若い人が来て、ぽんぽん高いものを注文していくらしい。そこには粋とか、作法とか、常連の味のようなものが少しずつ失われてきているとか。敷居が高いからこそ、若者は先輩を目標にしたし、いつか自分もきれいなお姉さんと一緒に高級料理を食べてやるんだとがんばったんだと思う。でも、実際に中年になってみると、エッチな目的じゃなくて、会話を楽しんだり、料理とともにお互いに物語を語り合ったり。きらきらしてるけれど、そこには大人の幸せみたいなものがちゃんとあるもんだなと思う。
鯛を食べながら、剣客商売の蘊蓄を語ったり、茄子やかぼちゃを粋に食べる大人ってかっこいいじゃないか。そこに合うお酒なんかもちょいとやって、かっこよくご婦人を家まで送り届けて、自分は、ワインバーのカウンターでひとり、夜を締める。ホテルで休憩なんて下衆なこと、意外と思わないもんだし、そういうのは嫌だな。
昔は、お店にも、いい意味で敷居の高さや品格があったんだなあと憧れる。
包丁ごよみ、ぼく好みです。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
原作を読みたくなるし、お料理を食べたくなるし、作りたくなる。
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池波正太郎の創作物に登場する多くの料理を再現したもの。小説のお供に。
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東京某区出身の主人は東京には食べ物の名物はないと言います。この本を読むとそんなことないと気づきます。
下町庶民の食卓がそのまま名物なのでしょう。アサリ料理等作ってみたいものが多数あります。職人近藤文夫さんのコラムも興味深いです。 -
食材を活かす工夫って色々あるんだなあ、江戸の昔から
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著者の愛した山の上ホテルの料理人が再現する料理の数々。書名のとおり剣客商売に出てくる料理の数々は、巻末の料理帖を見ると改めて驚かされる。手間を惜しまず、食材も小説に忠実に作られた料理は、なかなかに真似のできるものではないと感じた。『みをつくし献立帖』以上にハードルが高い。2013年に山の上ホテルの火災の報を聞いた時にはびっくりしたが、現在でも本館で営業しており安心した。
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炒り卵と鴨御飯がお気に入り!
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池波の考察する江戸町民の食卓風景など。流石に当時の町民がここまで手間をかけた料理は出来なかったであろうが季節の食材を上手く使う知恵は真似したいところ。
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子どもの頃から食べることが好きで、幼少の頃は「ぐりとぐら」に登場するフライパンいっぱいのカステラに憧れた。そして、文字で食欲が刺激されたのは、小学生の高学年で読んだ、池波正太郎の剣客商売が原点になる。
これで虜になった食べ物はいかに多かったか。どぜうの柳川鍋、鴨鍋に芹、茄子や豆腐、葱のおいしさ。どの料理も鮮度の良い素材を用い、日本料理の基本を押さえていれば、さほど手数かからないものばかりであるが、それ故に素材の味がふっと頭の中に浮かんでくるのである。池波正太郎の食表現には、味わいや香り、色、料理をしている最中から食べる場の空気の質感まで想像できて、身震いしたものだ。それを、作り方まで載せた本が出ているのだから、もうたまらない。空豆を使った、豆茶飯くらいは、すぐにも出来そうだ。
大人になった今、いまだ食べることが出来ずにいるのは、軍鶏鍋の一節で、忘れることの出来ない場面である。これは読み返してみても、食欲が大いにそそられる。
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つぎは軍鶏である。
これは、おはるが自慢の出汁を鍋に張り、ふつふつと煮えたぎったところへ、軍鶏と葱を入れては食べ、食べては入れる。
醤油も味噌も使わぬのだが、
「ああ・・・・・・」
三冬が、何ともいえぬ声を発して、
「私、このように、めずらしきものを、はじめて口にいたしました」
(中略)
すっかり食べ終えると、鍋に残った出汁を濾し、湯を加えてうすめたものを、細切りの大根を炊きこんだ飯にかけまわして食べるのである。
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池波正太郎と、日本料理人さんの愛情の交歓。
近藤さんの後書きにほろりと胸を打たれる。
食べてみたいのはしかし、鮒飯のおいしそうなこと。
あっという間にできそうなあじの干物もおいしそう~。
敷居が高そうなのに鮮やかな手つきに、「やってみたい」と思わされる。
でもきっと難しいんだよ~ あんなにきれいに開けない。努力あるのみ。