道ありき―青春編 (新潮文庫)

著者 : 三浦綾子
  • 新潮社 (1980年3月27日発売)
3.78
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  • 99レビュー
  • Amazon.co.jp ・本 (381ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101162027

道ありき―青春編 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

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  • ある意味スタンダードかもしれません。中学の時に教会を離れてしまった私に、教会へ戻るよう約10年後に背中を押してくれた1冊。三浦綾子さんの自伝です。友人が薦めてくれました。つづきを新宿から京王線の急行で読み始めて、桜上水停車中に「涙腺が決壊した」(あの頃は「ボロ泣き」といいました)のを今でも覚えています。O職員のオススメより

  • あなたがいないと生きていけない愛の形じゃなくて、
    その人の幸せを想ったら身を引くことができる。
    それが愛することなんだ、と。
    自己犠牲の愛の儚さに、後半は涙しながら読みました。

    手紙でしかやりとりしなかったのは
    過去に縛られないため、
    そんな優しさに胸が締め付けられました。

    なんだかドラマの「愛をください」の雰囲気に似てた。

  •  三浦綾子氏の自伝である。

     作品は、3部作の1部目となり、著者が結婚するまでの紆余曲折、キリスト教の受洗し、信徒となるまでの体験などを記している。

     著者は体が悪く、寝たきりの生活を送っていた。そこに、キリスト教信徒であり、彼女の人生を変えることになる前川正が現れる。

     キリスト教とは、御人好しで、きれいごとを言っているように思っていたが、そうではないことを知って、どんどんキリスト教への考えが変わっていく。キリスト教とは、互いに相愛せよ、とか、人もし汝の右の頬を打たば、左をも向けよ、とか、そういったものを言っているものとばかり思っていたが、違った。12章に及ぶ伝道の書には、何もかも空なり空なりと書いてある。「われわれが心に言いけらく、汝楽しみを極めよと、ああこれもまた空なりき。われは大いなる事業をなせり。わがために家を建て、園をつくり、もろもろの木をそこに植え、また池をつくりて水を注がしめたり。われはしもべ・しもめを買い得たり。われは金銀を積み、妻妾を多く得たり。かくわれは全ての人よりも大いになりぬ。。。されど、みな空にして風をとらうるがごとくなりき。日の下には益となるものあらざるなり。」。つづいて、自分は知恵があると思っているけれど、愚かな人間の遭うことに自分もまた遭うのなら、知恵などあるとはいえない。利口者も、馬鹿者も、共に世に覚えられることは無い。次の世にはみな忘れられている。みんな同じ様に死んでしまうのだ。知恵などあっても、結局は空の空ではないか、と書いてある。この虚無的なものの見方は、釈迦の話にもある。釈迦はインドの王子に生まれた。健康で高い地位と富に恵まれ、美しいヤシュダラ妃と、かわいい赤子を与えられていた。言ってみれば、この世で望める限りの幸福を一身に集めていたわけだ。しかし、彼は老人を見て、人間の衰えゆく姿を思い、葬式を見て人の命の有限なることを思った。そしてある夜ひそかに、王宮も王子の地位も、美しい妻も子も捨てて、一人山の中に入っていってしまった。つまり釈迦は、今まで自分が幸福だと思っていたものに虚しさだけを感じ取ってしまったのであろう。伝道の書といい、釈迦といい、そのそもそもの初めには虚無があったということに宗教というものの共通する一つのものが見える。ただ、虚無は、この世の全てのものを否定するむなしい考え方であり、ついには自分自身をも否定することになるわけだが、そこまで追いつめられた時に、何かが開けるということを伝道の書に感じたものがあった。

     彼女は自分の将来を悲観し、死のうとした時があった。また、それを乗り越えて、生きよう、生きたいという時に死にそうな目にあった。その時こう思うのである。死は何の相談もなく突如襲ってくる。死にたいと願ったときには死ぬことは出来ず、しかし、生きようと思い始めたときに死はいつ自分のもとを訪れるかわからないのだ。この世には、自分の意志よりも更に強固な大きな意志があることを感ぜずにはいれなかった。その大いなる意志に気づいてみると、平凡な日常生活の一日にも確かに自分の意志以外の何かが加わっていることを認めないわけにはいかないのである。例えば、今日は洗濯をし、本を読み、街に買い物に出て行こうと大雑把な計画を立てる。ところが洗濯の途中で雨が降り出し、読書の最中に腹痛が起こり、さて街へ出かけようと思うと客が来る。決して自分の意志どおりに事が運んでいかない。人間の考えが余りにあさはかだから、何者かが私たち人間の立てた計画を修正してくれるのであろうか。そんなことを考えるようになった。むろん、この何者かとは、絶対者神のことを指しているのである。

     罪の意識が無いということほど人間にとって恐ろしいことがあるだろうか。殺人をしても平気でいる。泥棒をしてもなんら良心の呵責が無い。それと同様に、人の心を傷つける行為をしても気づいていなければ、胸が痛まない。罪の意識が無いのが最大の罪なのだ。罪の無い人間などはこの世にはおらず、それを感じていない人たちの積みも含め、全ての罪を背負ってキリストは十字架にかかったのであったろうか。

     彼女は、療養中、色々な人に励ましの手紙を書いた。その方から、返信が届くようになった。そんな中、彼女は、自分のようなものでも人を喜ばせ、慰め、何かの役に立つことができるのだと。人を慰めることは、自分を慰めることであり、人を励ますことは、自分を励ますことであるという平凡なことにきづくのである。

     そんな中でも、悪いことは起こる。彼女の愛する前川正も病気であったが、遂に帰らぬ人になってしまう。このため、彼女は、神に恨みつらみを述べてしまう。しかし、彼女の前に、前川正とうり二つの、しかも考え方までも似ている三浦が現れる。初めのうちは、その人に心が傾いていく自分を呪い、戒めていたが、前川が遺書で、何者にも縛られず、不自然な綾ちゃんでいてはダメだ、とあったことから、前川の深い愛情を認識し、三浦と結婚することになる。必要なものは必ず神が与えてくれる。与えられないのは不必要だという証拠であると。

  •  本書は著者である三浦綾子さんの自叙伝です。戦時中、教師として情熱をもって子供たちに接してきましたが、日本は敗戦をむかえます。教師として自分はまちがったことを子供たちに教えたのかと自責の念に駆られ教師を退職します。さらに肺結核を患い約10年の闘病生活を送るなど、絶望と生きることの虚無感に襲われる日々の中、幼なじみの前川さんとの再会でもう一度、前に進んでいこうという気持ちに変わり始めます。迷いや激しい葛藤の中で「真の愛とはなにか」を追求する作者の姿は、青春期まっただ中のみなさんにも青春期を過ぎたみなさんにも感慨深い一冊です。
    (「図書室information80号」より抜粋)

  • 久々の三浦綾子。塩狩峠、氷点・続氷点とかなり間隔が開いてしまった。何気なく図書館で手に取ったが、これは凄く良い本だった。今年のベスト3に入るだろう。
    "わたしの心の歴史"として書かれたもので、自分と誠実に向き合った証拠だと思う。初めの何とも言いようのない厭世的な不安定さ、長い闘病生活の始まり。その中で絶望の淵に立っていた綾子さんだが、前川正さんの愛情、キリスト教との出会いから、自分を支えてくれるものの存在に気付いていく。
    生きるに大切なことを恵みの雨のように無償に、何度も伝えてくれた正さん。綾子さんの過去と現在と未来を、命ある限り思いやった正さん。その愛を綾子さんがしっかりと受け止められるようになったのも正さんの力だと思う。
    前川正さんの愛の深さが言葉にできない…。それが文章になって読めることがただただ奇跡とさえ思う。
    本当に人を愛するということは、その人が一人でいても、生きていけるようにしてあげることだ、という考えがとても新鮮だった。
    クリスチャンではないわたしが、とても感動した本。いま生きることに希望を見出せない人にこそ読んでほしい。読んだら人生変わる気がする。オススメ。
    171114読了。

  • 私はキリスト教信者でもないし
    これまで宗教的な本はほとんど読んでこず抵抗があったのですが、
    途中からどんどん引き込まれ、一気に読めました。
    人の心はうつろいやすく、ずっとこの人を愛していると一度は思っても他の人に惹かれてしまうことがあったり、そんな自分が不実に思えたり。
    この本からは、そんな人間の心に対する答えのようなものを与えてもらったと感じました。
    人生において最も大切なことは人に何かを与えることではないか、そして、どんな出来事も神によって与えられたものと思い前向きに自然に乗り越えていくことについて考えさせられました。

  • (09.29.2016)

    毎日少しずつ読んでいたのだが、100頁から最後まで一気に読み終えてしまった。自分もクリスチャンだからかもしれないが、完全に感情移入してしまった。三浦綾子氏にとっての前川正氏や三浦光世氏がそうだったように、神様は必ず誰かを通して働かれる。ある人との交わりを通して自分の弱さや罪に気づき、神様に出会うのである。

    三浦綾子氏の人間味溢れる文章が好きだ。神様を信じますと言いながらも、情けないことに時に心配や不安から完全に信じ切れない時がある。三浦綾子氏の本を読むと、それが人間の姿だと毎回励まされる。自分の弱さと闘いながら、自分なりの信仰生活を送っていこうとこの本を読みながら強く思った。

    クリスチャンじゃない人の心にも響く本ではないかと思う。人生に絶望している人、本当の愛を知りたい人に特にオススメの一冊。

  • これがキリストの自己犠牲的な愛なのか!
    病院内での出来事はクリスチャンが地の塩、世の光として周囲の人々に爽やかな影響を及ぼした結果なのだろう。
    作中の西村先生について書かれた「愛の鬼才」
    巻末の解説者が紹介しているドストエフスキーの「死の家の記録」も読んでみたくなった。

  • 黒木亮氏レコメンド作品

  • 三浦綾子さんの自伝。13年にわたる闘病生活を中心に、苦難と共に生きる半生を綴ります。この辛く苦しいはずの物語がなぜか明るく感ぜられるのは、主人公が次から次へ素敵な男性に愛されるからだけではないでしょう(笑)。「作品は不条理で暗い罪の現実をえがきながら、いつも明るく、表現は平明で明るい」と解説で言われている如く、どこか、辛くとも希望を失わない、哀しくとも途方に暮れない、一条の光を持つ文体。これが三浦綾子さんの大きな魅力だと思います。それは、クリスチャンの精神に繋がっているのかも知れません。

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