光あるうちに―道ありき第3部 信仰入門編 (新潮文庫)

著者 : 三浦綾子
  • 新潮社 (1982年3月1日発売)
3.63
  • (34)
  • (20)
  • (78)
  • (0)
  • (2)
  • 335人登録
  • 34レビュー
  • Amazon.co.jp ・本 (221ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101162058

光あるうちに―道ありき第3部 信仰入門編 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

並び替え:

表示形式:

表示件数:

  • 三浦綾子さんによる信仰入門エッセイ。
    すごくわかりやすい。
    これが、一般の雑誌にエッセイとして載ってたなんてすごいなと思った。親しみやすく、わかりやすく、力強いあかし。
    信仰入門ということでキリスト教をよく知らない人に焦点を置いて書かれたと思うんだけど、とても励まされた。
    特に罪や祈りについて書かれた章は、本当にそうだなぁ、と。改めて教えられました。
    三浦綾子さんのすごさ、そのことばの影響力、改めて思い知らされています。

  •  三浦綾子氏の自伝の第3部である。

     自伝というよりは、題名が示すように、キリスト教のすすめ的な読み物である。牧師ではない彼女だからこそ、そして、非常に苦しい思いをし、キリスト教など誰が信じるか、といっていた彼女だからこそ書けること、説得力がある信仰入門が書けるだろうとということで、書いてみたということだ。確かに、あいまいな部分は多いように感じるが、読者が少しでもキリスト教に興味を持ってくれればよいという彼女の思いは十分に伝わっているのではないかと思う。

     泥棒と悪口を言うのと、どちらが罪深いか。という問題がある。教会の牧師は、悪口の方が罪深いと言った。大事にしていたネックレスが盗られたとしても、それは、高価なものだ、惜しいことをした。記念に彼にもらったものなのに、残念だ。という、痛み程度に留まるだろう。泥棒に入られたため自殺した、という話は聞いたことが無い。だが、人に悪口を言われて死んだ老人の話や少年少女の話は時々聞く。私たちが何気なく言う悪口は、人を死に追いやる力があるのだ。泥棒などのような単純な罪とは違う。もっとドロドロとした黒い罪だ。人を悪く言う心の中に渦巻いているものは何か。敵意、ねたみ、憎しみ、優越感、軽薄、その他もろもろの思いが、悪口、陰口となって現れるのだ。この世に、人の悪口を言った事がない人はいないに違いない。それほど私たちは一人残らず罪深い人間なのだ。私たちはその罪深さに胸を痛めることは甚だ少ない。罪を罪と感じないことが罪なのだ。

     偉大な科学者ほど、神を信じると昔から言われているが、それは科学を究めるに従って、人間の有限性を知り、人間には知りえぬ世界の多いことを知るからであろう。

     罪とは、ゆるしてもらうより仕方の無いものだと思う。一体どうしたら神は許してくださるのか。多少その罪に見合うだけの捧げ物をしたら許して下さるのだろうか。だが、人間の命が地球より重いように、人間の罪もまた地球よりも重い。私たちはいったいいかなるささげ物をして神に謝るべきなのか。私たちが死んで詫びたとしたら許されるだろうか。が、人間の命をもってしても帳消しにならないほど罪は重いことを聖書では示している。ここにきて、私たち人間は、罪の前に全くの無力であり、人間自身ではどうにもならないことを知らされる。しかし、それ故にこそ神は神の子をこの世に使わされたのだ。神はその一人子を賜ったほどに、この世を愛して下さった。と聖書は宣言する。つまり、神の子は十字架にかけられて、全人類の罪を、神の前に詫びるために、この世に来られたのだ。これがキリストへの信仰なのだ。神の子イエスは、全く潔い方であられたからこそ、私たちの罪をあがなうことが出来たのだ。これが豚や犬の命では罪は許されない。犬畜生にも劣る人間の世界では、人間の命をもってしても罪は許されない。どうしても神の子でなくてはならなかったのだ。

  • (10.09.2016)

    三浦綾子氏の強い語調、自分の過去を全てさらけ出す強さ、同じ女性としてカッコいいなと思う。クリスチャンとしても、自分の弱さを認めながらも神様を信じ抜こうと努力する生き方は尊敬に値する。この本の最終章、最終頁の言葉に彼女の読者に対する思いが込められているのではないか、と感じた。心に響く素晴らしい本だった。

    「かけがえのない、そして繰り返すことのできない一生を、キリストを信じてあなたも歩んでみませんか。今までの生活が、どんなに疲れきった、あるいは人に言えない恥ずかしい生活であっても、または言いがたいほどに苦しく悲しい毎日であったにしても、今、あなたの前に、まだあなたの足跡が一つも印されていない純白の布のような道があるのです。過去はどんな歩み方であったにせよ、自分の目の前に、足跡ひとつない道があり、そこにどんな足跡を残して行くかは、自分の自由だということ、そんなすばらしいことはないと思います。
    過去はいいのです。今からの一歩を、あなたもキリストの愛の手に導かれて歩みたいとお思いにはなりませんか。そしてあなたの人生を喜びに溢れた人生に変えたいとは、お思いになりませんか。
    そのことが、あなた自身にどんなにむずかしく見えても、神が助けてくださるのです。キリストはこう言っておられます。
    〈人にはできないことも、神にはできる〉と」
    光あるうちに光の中を歩もうではないか。

  • 聖書は理解すべき対象ではなく信ずべき対象。聖書の内容は実際にあったとしか思えない。

    聖書を読んでみたくなった。

  • キリスト教と信仰についてのエッセイ、と言っても軽いお話ではなく、「三浦綾子説教集」みたいな趣があります。

    前半は「罪」、「人間」、「自由」、「愛」といった重たいテーマのお話。後半はキリスト教が前面に押し出され、信仰への導きのような内容になっています。

    著者自身が認めている通り、語調が強く、人間というものをビシッと切り捨てるような厳しさが感じられます。スピリチュアルとか癒しとかいったものとはちょっと方向性が違う。真摯な語りかけです。

    そんな著者も、求道しはじめてから受洗するまでに3年かかったと述べています。単なる信じやすい人、というわけではなくて、じっくり考え悩み抜いた結果として、信仰へと行き着いたのだろうと思います。

    "むろん、この人間の弱さに愛想を尽かし、絶望したらそれでいいというのではない。問題は、この弱い人間にとって真に生き得る道があるか、真に信じ頼るべきものがあるかということなのだ"

  • 道ありき第三弾。信仰について具体的に書いてある。小生のような無信仰者にもためになった。

  • 三浦綾子さんの三部作、久しぶりに読み返してみた。私には神を信じる勇気が今はないけれど、三浦さんの作品を通して、キリストに大いに興味を引かれるようになった。聖書を読んでみようと思って手元においてあるけど、もう一回開いてみようかな。

  • 道ありき第三部 信仰入門編。神への祈り、教会を訪れること、イエスの復活を信じること。筆者の経験からわかりやすく解く。「本当の自由の意味」については考えさせられた。14.3.20

  • 名作

  • 3部作の最後である以上、三浦綾子さんの半生が描かれていると勝手に思いこんでいました。
    しかし第3部は前2部とは違い、副題にある通りの「信仰入門」を勧めるための書でした。
    ですので、自分が期待した内容とは違いました。
    どうしても受け入れがたい考え方がある……ので、部分的に取り入れて今後の人生に生かしたいと思います

全34件中 1 - 10件を表示

光あるうちに―道ありき第3部 信仰入門編 (新潮文庫)のその他の作品

三浦綾子の作品

光あるうちに―道ありき第3部 信仰入門編 (新潮文庫)はこんな本です

光あるうちに―道ありき第3部 信仰入門編 (新潮文庫)を本棚に登録しているひと

ツイートする