魚雷艇学生 (新潮文庫)

  • 新潮社 (2005年7月8日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (205ページ) / ISBN・EAN: 9784101164045

みんなの感想まとめ

特攻隊としての運命を背負った青年の日々を描いたこの作品は、戦争の真実を静かに、しかし深く掘り下げています。特異な経験を持つ著者が、当時の感情を交えつつ、訓練の日々や仲間との関わりを観察者の視点から描写...

感想・レビュー・書評

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  • 生前出版された最後の小説。
    奥野健男が解説にて、「あとさき」の「さき」であると書いていた。なるほど。1943年9月から44年11月までの体験記。
    「あと」は、「出孤島記」、「出発は遂に訪れず」、「その夏の今は」など。

    本を手にした瞬間は、なんて改行が少ないんだろうと抵抗が大きかったが、文章は断然読みやすかった。
    大学出だから、「即席」で下士官になってしまったゆえの、苦と楽。
    最近島尾敏雄を集中的に読んでいるからこそ、ではあるが、この語り手の「煮え切らない」感じは、好きにならざるを得ない。
    まず学徒出陣の訓練生(海軍兵科予備学生に志願)としては周囲(24歳くらい)より数歳年上(28歳)ということもあり、馴染めない。
    キャラメルを頬張るのがどうとか、どーでもいいあれこれを、簡単にやり過ごせない、何かしらの自負がある。文学かぶれゆえのややこしい感じ!
    といっても、大西巨人「神聖喜劇」の東堂太郎のように、ある意味ヒロイックな言動をする気概も、特になく、ある程度流され、ある程度抵抗を覚え。
    なるほどそういう視点、と思ったのは、下手でも無能でも特攻なら自分が直接操作するから比較的単純に違いない、とか、前例のない特攻組の「伝統のなさ」こそに惹かれた、とか、うーん確かに。
    力まないというか、クールな感じ。
    文芸ってやっぱり、敗者とか、疎外されたがわのものだよな、と。
    (宮崎駿が何度か描いた、軍部の力みの、真逆)
    そんな語り手も、制服組としての優越感や特権を、つい行使してしまうあたり、地位って人を形成するよな、とか、立場が作る誇りが人を成り立たせるんだな、とか。(特攻体験というより、特攻"隊"体験だったと、「新編 特攻体験と戦後」での吉田満との対談にて、こだわっていたが)
    部下を持ったあとも、部下の野卑な強靭さに比べて自分の地位は虚構でしかないという意識……虚勢を張るというほどのファナティックはないが、ここに「ポーズをとる」、「役割を演じる」という、のちの「死の棘」に至る、渦中でも熱中しきれず醒めている感じが、あるし、これってある種の人間の宿命でもあるのかな、と。
    どこぞの料亭で暴力になじみかけた、という印象的な挿話があるが、本作ののち、奄美・加計呂麻島に渡って、島民にある意味受け入れられたり、どころか島の娘と逢瀬を重ねたり、特攻兵の長だからこその特権を恣にした事実もあるので、「あとさき」の「さき」のプリセットがかくして整った、という幕引き。
    ちなみに、奥野健男が、島尾敏雄の経験(特攻命令と保留)ってドストエフスキー(死刑宣告と直前の減刑というかヤラセ)と似ているなと自分がずっと思っていたことを、書いてくれていたので、嬉しかった。

    目次
    第1章 誘導振
    第2章 擦過傷
    第3章 踵の腫れ
    第4章 湾内の入江で
    第5章 奔湍の中の淀み
    第6章 変様
    第7章 基地へ
    ◇解説 奥野健男

  •  初めて読み切った島尾の小説。面白かった。
     小説としては特攻隊として死を覚悟した人間の感情を描くというところがポイントであろう。当時の日本の戦況から、実に貧弱な装備=魚雷艇しか与えられず、またそうした極限状況にあってもなお世間的な人間関係に悩み翻弄され知らずに世間に染まっていく人間の愚鈍さを描いている。
     島尾はそんな自分がおかしかったのでもあろうし、戦争の愚かさ--しかし、人間は戦争を行い滅びるという愚かさを犯し続けるであろうという確信--に対するあきらめをも描いている。 そこに、人間の未来に対する希望などはあまり感じられない。人間という絶望的な存在に希望をもたらす何かがあるとすれば、それは最終第七章「基地へ」の後半に描かれる(母への)祈りでしかない。
     鹿児島から無事に奄美の加計呂麻島に到着する。同じく出向を待っていた8個師団のうち3個部隊は途上敵襲に遭いほぼ全滅している。人間とはまことにちっぽけで無力で、戦争や社会(あるいは自然の脅威)に放り込まれたならひとたまりもなく押しつぶされてしまうという無力感が漂う。


  • 野間文芸賞と川端康成賞のダブル受賞という地味に凄い作品。
    特攻隊から生還したという特異な経験が、当時の感情を交えて静かな筆致で描かれる。
    幾度もキャリアで使われた本テーマが、晩年での想起という点も感慨深い。

  • 東京ドームで阪神巨人戦を観戦した帰りに、勝利の余韻に浸りながらフラフラと神保町あたりまで歩いた。
    ふと入った澤口書店で200円で購めた。

    『千曲川のスケッチ』と迷ったが、8月17日という購入日のせいか、この作品を手に取った。

    ここには、内部から見た等身大の戦争があり、それは特攻隊という世界でも稀に見る特殊な集団が、虚飾なく、眼前に現れてくるかのような精密さで書かれている。

    記述が率直で記憶が曖昧なところや、願望からくる無意識の修正の可能性がある場合は、正直に告白されている。

    戦後80年のいま、読んで良かったと思う。

  • えぐっやば笑 面白すぎる。
    飴舐め事件。周囲の高校出たての学生たちより年上で孤立気味の主人公だけが上官に正直に飴舐めを自白し、殴られるがその最中自分の行動を恥ずかしく思い、
     「私は食卓に向かって腰をおろし、ぼんやり前方に目をやっていた。上気した頭で、どうしてこうなったかを、そもそもの自分の分隊内での態度からその筋道を辿ろうとしてみたが、刺戟が強く、堂々巡りばかりして解きほぐせるはずもなかった。これは滑稽なことだ、と思いこもうとしたが、かえって羞恥がふとるばかりであった。同じ班の例の学生の、冷ややかに私に注ぐ目なざしを、私は自分の背中にきつく感じてもいた。」

    まさにドストエフスキー。自分で勝手に孤独になって、みんな誰しもが破ってるルール、飴舐めを自白するか誰にも相談せず悩んだ挙句、上官の元を訪れると他に誰一人おらず、上官の方が驚きながら折檻され、後にみんなの前で叱られるが正直なことも評価され、一連の流れを急に後から恥ずかしく思い自己嫌悪に陥る。

    ヴィクトール・フランクル「夜と霧」
    ジョゼフ・コンラッド「闇の奥」と、
    極限での心理状態を描いた名作が世界には存在する。原爆や東日本大震災についても同じことが言えるだろう。

    島尾敏雄「魚雷艇学生」もこの奇妙なジャンル「極限」に含まれうる作品に違いない。

    私は、戦後80年の節目にあの戦争について改めて考えたいなどという表向きの裏に、安穏とした日常のひとときの暇つぶしになればなどという感情を押し隠して、喜び勇んで本書を手に取った訳であるが、結果として私如きが彼らの本質の0.0000001%も理解できるはずのないことを理解できたという点で、「滑稽」のために死ぬ一歩直前で踏みとどまることができたように思っている。全くもって、この本を手に取った瞬間、少しでも彼らを解ることができようなどと思ったのが如何に愚かであったのかということに尽きる。

    その上で最後にこれだけは言えよう。
    私の人生がこの先どんなに暇で安穏で、つまらない日常を送ることになるとしても、自殺の選択を眼前に突きつけられて丸一日野外に放り出され、吐き気を催しながら絶望するなどという極限を体験することは、全身全霊を持って御免である。

  •       ―20081023

    1986年に島尾敏雄が亡くなった時、文芸各誌はこぞって島尾敏雄追悼の特集をしている。そのなかで生前の島尾を知る作家や批評家が追悼文を書き、もっとも評価する島尾作品を挙げていたのがあったが、「死の棘」-6票、「魚雷艇学生」-7票、「夢の中での日常」-2票、といったものであった。概ね批評家たちは「死の棘」を挙げ、作家たちは「魚雷艇学生」を選んでいた。
    巻末で解説の奧野健男は、「晩年の、もっとも充実した60代後半に書かれたこの作品は、戦争の非人間性の象徴ともいえる日本の特攻隊が内面から実に深く文学作品としてとらえられ、後世に遺されたのである。それはひとつの奇蹟と言ってもよい」と。

  • 創設されたばかりの魚雷艇を志願し、特攻隊として戦争にくわわることを予定された青年の日々の訓練をつづった作品です。

    ほかの学生たちにくらべてやや年上の青年は、予備学生となった当初から、周囲から浮いた存在として、彼らのようすを観察していることがえがかれています。むろん彼も、戦争へと向かう状況から離れた立場に立っているわけではありません。しかし彼は、特攻隊に身を置くことになりながらも、そんなみずからの運命をどこか遠い所からながめるようにしるしています。

    こうした著者の独特のスタンス、たとえば次の文章によく示されているように感じます。「私は勢い荒々しく声を張りあげて叱咤する結果にならざるを得なかったが、考えてみればつい一、二箇月前までは、魚雷艇の操縦もままならず、魚雷の発射操作に至ってはまるきり飲み込めずに、教官から罵声をあびせられ、指揮棒代わりの棍棒でこづき廻されていた私ではなかったか。それはおかしな具合に意識の中で現在と二重写しになりながら、震洋隊一個艇隊の艇隊長としての配置を与えられただけで、滑稽なくらい自信に満ちた態度で彼らに訓練を施す姿勢が執れている自分を見つめているもう一人の私もいたのだった。」不思議な感懐であるようにも感じますが、戦争において死がせまりつつある状況というのは、あんがいこのようなものなのかもしれません。

  • 底本昭和60年刊行。特攻用舟艇震洋隊の指揮官たる著者の自叙伝的小説。著者の部隊は、終戦の前々日に出撃決定されたが、その発令がないまま終戦へ。人間関係の心理的・叙情的な描写が少なく、「同期の桜」で唄われる軍隊世界とは対極。人との繋がりに不器用な著者の様子が目に浮かぶ。また、訓練や修正、古参下士官との関係、さらには軍人らの特攻隊員への腫れ物に触るような振舞い等、淡々と怜悧な目で軍隊内を活写。とはいえ、満足な装備を与えられないまま、命令による死に向き合う(一応自主的な選択機会があったようだが)特攻隊員の諦念も。
    そして、ほぼ1年もの間、死ぬためだけの訓練を部下たちとともに淡々とこなしていく。こんな力のこもらない、パッションを声高に唱えない叙述にも関わらず、なんとも重苦しい読後感が残るのは、著者の力か、それとも読み手の受け取り方なのだろうか。なんとも悩ましい。

  • 160426読了。
    やっと読み終わった!やっと。
    実家を出ても本棚にずっと置いてある文庫本です。代表作『死の棘』よりも本作を読もうと思っていたのは、高校の現国の教科書にあった“笛の音”という短編を読んだから。
    本作も学生時代から成り上がりの少尉になってからまで、“笛の音”に通じるものがあります。
    不条理な暴力、仲間との不和、疎外感、怠惰、些細な記憶…。
    戦争という大きな時代の中で、さほど現代と変わらない、少し無気力で投げやりな若者の姿が描かれていて、その若者がうまく生きられない姿がしっとりとページに染み込んでいて、もはや昔の話だけどつい3、4年前の回想くらいにみえる、妙に近い感じがしました。
    味気のない、淡々として窮屈な従軍生活で、酒保の羊羮をまるまる一本食べた瞬間が、なんと輝かしいことか。
    戦争という強大なテーマに押し潰されない、個人の私小説というぜんたいの雰囲気が素晴らしかったです。

  • 毎年8月は戦争ものが書店にならぶ。今年はこの一冊を購入。
    主人公(著者)は海軍予備学生として特攻隊を志願。
    少尉に任官、終戦間際の島に赴く。
    出撃する多くの戦友、部下を見送った心境、葛藤などとともに
    海軍特攻員の生活が詳細に描かれている。
    数々の戦争ものを読んだが、これほど特攻隊員をつぶさに描いたものは初めて読んだ。
    戦争文学の傑作と言っているが、同世代の私は切なさだけが残った。

    • arrows7banさん
      10月1日に知覧特攻記念館にカミサンと行ってきました。5時間じっくり見ましたが時間が足りませんでした。 隊員の写真、手紙、遺書を涙ながら見ま...
      10月1日に知覧特攻記念館にカミサンと行ってきました。5時間じっくり見ましたが時間が足りませんでした。 隊員の写真、手紙、遺書を涙ながら見ました。 本当になんとバカな戦争をしたんでしょうか、人間を人間と思わない戦争。
      平和ボケした現代の日本人にはぜひ知覧には行って欲しいですね。
      島尾さんはたしか沖縄の人だったと思いますが人間魚雷の将校だった人ですよね?
      早速探してみます。
      2011/10/07
    • guniang79さん
      arrows7banさん,知覧は私の今もっとも行ってみたいところですが、高齢になり難しくなりました。
      先年「無言館」へ行きました。涙が止ま...
      arrows7banさん,知覧は私の今もっとも行ってみたいところですが、高齢になり難しくなりました。
      先年「無言館」へ行きました。涙が止まりませんでした。
      おっしゃるように今の若者に読ませたいですね。
      島尾作品はこれが初めてです。
      島尾さんは鹿児島出身?かも・・・
      学徒出身で短期間の訓練で部下を率いる特攻隊長でした。
      2011/10/08
  •  不思議な世界観。
     Sさんが強いンだか弱いンだか読んでいてわからなくなる。
     特攻を言われた人の開き直り方の一種かもしれない。
     そういう意味で興味深い。

     文中で小さな戦艦という単語が出てきた。
     駆逐艦程度だと思われるが、何か気になった。
     もう少し、士官とか階級をしっかり覚えなくては。

  • 海軍士官学校から入隊し、特別攻撃隊に配置され、出撃までの、作者の体験を基にしたフィクション(記録?)。
    独白で話が進むが、作者の言いまわしのせいか、酷く読みづらかった。

  • ベニア板製モートーボートの特攻隊隊長、という極限状況でありながら、淡々とした記述に終始するのは、戦地赴任前かつ後年の作だからか。島尾さんの本は初めて読んだが、有名な「死の棘」も読んで見たい。

  • 2017.02.26

  • 1943年に大学生で、1944年に予備学生で、少尉で、特攻隊で、隊長で、という間に終戦を迎えた著者。普通の大学生が1年も経ずして九死に一生を得ない特攻隊に志願し、しかも指揮官へとなっていく異常な環境の中、なにを思い、なにを考えるのか。。といった内容。戦後何年も経って書かれているせいか、とても読み易い。

  • 特攻隊に志願しながらも、出撃することなく終戦を迎えた筆者の自伝的小説。
    テーマが戦争でしかも特攻隊となると、どうしてもお涙頂戴なエンターテインメントに成り下がってしまいがちである。そんな小説が流行る中、徹底的にドライな語り口で時に考察を交えながら、「死」=出撃までの日々を綴る。

    あくまで冷静さを保ち、特攻隊の内情を客観的に語るその姿勢は文学の域を超えた一つの”記録”として読み継がれていくべきものではないだろうか。

    残念なことに、この物語は前線基地への出発で幕を閉じる。「死」まで極限に近づいた出撃命令と終戦を描いた後編は別作品というところが惜しまれる。

  • 2012 05/14読了

  • 奥底にあるのは「死」である。
    それもそれ以外を選ぶようにもうできていた道を歩む死だ。

    しかし、今まで読んだ戦争の体験記と違うところは、何かに抵抗するわけでもなく、流れの中に身を終始委ねたままの主人公だ。
    現代の立場からこの時代を見ているのではなく、この時代の中での大学生だった「私」の息遣いがじかに伝わってくる。


    それとは別に、未知の世界で苦労する姿は、仕事上の私のようで(笑)
    特攻という前に、不慣れな海軍の中に放り込まれた「私」の苦労に思わずうなずいてしまった。

  • (2011.08.25読了)(2009.11.21購入)

  • 学徒出陣で、リーダーシップが欠如した著者(実際の所は、抑えるべきところは抑えていたのであろうが)が、不本意ながら将校となってしまった著者の特攻という目の前に迫った死と現実の生のリアルな葛藤を描いている。
    強烈な愛国心や責任感を背負った人々を描いた作品・ノンフィクションは多々としてある。しかし、不謹慎なのかもしれないが、この著者の様な、死・痛みの瞬間までは、「ぼんやりと何気に」特攻すべき部隊に所属していた将兵もいたことを記している貴重な文学作品と思われる。
     

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著者プロフィール

1917-1986。作家。長篇『死の棘』で読売文学賞、日本文学大賞、『日の移ろい』で谷崎潤一郎賞、『魚雷艇学生』で野間文芸賞、他に日本芸術院賞などを受賞。

「2017年 『死の棘 短篇連作集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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