私が語りはじめた彼は (新潮文庫)

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  • 新潮社
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本棚登録 : 3010
レビュー : 358
  • Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101167558

作品紹介・あらすじ

私は、彼の何を知っているというのか?彼は私に何を求めていたのだろう?大学教授・村川融をめぐる、女、男、妻、息子、娘-それぞれに闇をかかえた「私」は、何かを強く求め続けていた。だが、それは愛というようなものだったのか…。「私」は、彼の中に何を見ていたのか。迷える男女の人恋しい孤独をみつめて、恋愛関係、家族関係の危うさをあぶりだす、著者会心の連作長編。

感想・レビュー・書評

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  • とてもおもしろかった。濃密な世界に引き込まれて息苦しさすら覚えました。どれを読んでもおもしろい三浦しをんだけれど、この作品はかなり初期のころに書かれたものなのに、若い人が書いたとは思えない重さというか乾きというか、独特な雰囲気があって、あらためて凄いなぁと感じました。章ごとに語り手が変わる構成で、語り手が誰なのか見えてくると「ほぉ」、読み進めながらすでに次は誰だろう?と。しばらくはこの余韻に浸っていたいと思うほどです。

  • 大学教授・村川融について、妻、娘、息子、弟子etcがそれぞれ語る連作。
    興味深いのは、何人もの人が語る村川融という人間の人物像が、最後まで読んでもぼんやりとしていてよく分からないということ。
    大学教授で、けして容姿端麗ではないけれどなぜか妙に女にもてて、研究熱心で、薄情なところがある男。という特徴は浮かび上がってくるものの、本人はほぼ登場しないから、実のところどんな人なのか分からない。
    ただ、登場人物全員がそれぞれの形で村川融に翻弄され、それぞれの形で強く惹かれていたということだけは分かった。

    読んでいて、実際の人間というのもそういうものなのかもしれない、と思ったりした。
    一人の人間について、Aから見たら優しくて善い人でも、Bから見ると冷酷な人物に映る可能性があって、そこに実体なんていうものは存在しないのかもしれない。
    それぞれの主観を通した評価が、一人の人間の人物像を浮かび上がらせていく。だけどそれは明確な答えではないから、どこかぼんやりとしている。

    最も印象的だったのは、村川融の息子の中学時代からその後について描かれた「予言」でした。
    胸が苦しくなり、先が気になってどんどん読み進め、胸が熱くなり、そして温かいところに着地する。
    すっきり爽やかとは言えない後味の短編が続く中、唯一笑顔になれるような。
    でも後味が悪いお話も変な余韻があってそれはそれで良かった。

    人間の内面にある打算とか醜さが、何かのきっかけで露呈する瞬間。そして一波過ぎた後、かき乱されたそこは一体どうなるのか。
    逃げる人、修復しようと努力する人、見て見ぬふりをする人、そもそも気づかない人、きっと様々だ。
    こんなに恐ろしくてある意味壮絶な小説を20代の時に書いていたなんて、一体どんな人生を歩んできたらそうなれるのだろう、としばし考えてしまうような小説でした。

  • 私は、彼の何を知っているというのか? 彼は私に何を求めていたのだろう? 大学教授・村川融をめぐる、女、男、妻、息子、娘――それぞれに闇をかかえた「私」は、何かを強く求め続けていた。だが、それは愛というようなものだったのか……。「私」は、彼の中に何を見ていたのか。迷える男女の人恋しい孤独をみつめて、恋愛関係、家族関係の危うさをあぶりだす、著者会心の連作長編。
    Amazon より

    不思議な距離感の話.最後まで読んで「彼」について少しでも何かが分かったかと言えば、そうとも言えるし、そうとも言えないように思う.ゆるゆると真綿で首をしめられるような息苦しさが残る.事実は一つでも、真実は人の数だけあるのだ.

  • 最後に田村隆一の『腐刻画』が来て、鳥肌ばばばときた。
    もー、なんつーすごいもの書いてんだ、しをんさん!

    腐刻画とはエッチングと言って、浮き出したいところを防食処理し、そぎ落としたいところを腐食処理するといった手法だったように思うが、最後にそれ提示させられて、もうど真ん中撃ちぬかれた。

    ひとつひとつの話がとても素晴らしいし、何より構成がいい。
    しをんさんの文章が上手いのはもう分かりすぎるほど分かっているのに、やっぱり上手い。もうそうとしかいえない。
    それをさらさら書くように描くから、揺さぶられる。たまらん。

    さて、語られている「彼」には防食処理が施され、「彼」を浮き出そうと語り部たちは6章をふんだんに使って語るのに、「彼」はいつまで経ってもなかなか見えてこない。
    どういう人物なのか、どうしてそんなに女に求められるのか、あるいは求めるのか、どこかどう魅力的なのか、もうそういうことが全然分からない。
    それなのにどんどん惹きこまれていく。
    しをんさんはそうした距離感を描くのが本当に上手い。
    何だろう、この感じは。
    昔、あるところで生きていた人の話を、本当に聞かされているみたいになる。

    登場人物たちが、皆それぞれ少なからず「彼」に奪われたり、影響を受けたり、齎されたりして、前に進もうともがき苦しみ、自分だけの道を見つけていく姿にとにかくやられた。

    それぞれのエピソードは別物に見えるが、切り離されたものでなく、最後まで読むと、一つの物語として完成させるにあたり、なくてはならないものになっている。

    しかし最後まで読んだってやっぱり見えたようで見えていない。
    だけどこれ以上はどうしたって無理なのだということは、読了後、明白になる。
    彼らは確かに「彼」を語る。
    だが彼らは本当の意味で「彼」を語ることが出来ない。
    なぞかけみたいだな。

    彼らは人生の旅の中で「彼」と間接的、あるいは直接的に関わるが、結局彼らは彼らの目を通してしか「彼」を語れないのだ。
    当然なんだけど。
    だが彼らがそうして「彼」と重なったからこそ見ることが出来たひとつの光はどれも美しい。
    それを読者である私も味わったとき、私も少しだけ「彼」という人を見る。
    もっと知りたい語って欲しいと思うけれど、やはりそれは駄目なのだ。
    それ以上語らせてしまうことは、登場人物を離れ、作者の介入になってしまうからだ。
    その辺の駆け引きが、すごいんだよしをんさん!

    ああもう上手くいえない。(あんたこんだけ長々書いといて)
    とりあえず読んでもらうしかない。
    読めば分かる、さあ、みんな読むがいいよ。(偉そう)


    全てのアプローチが好きで、どれも印象に残った。
    少し大袈裟に感じるかも知れないが、1ページごとに心に残る言葉がある。
    ……と書いてから解説を読んだら、解説の金原さんも同じようなことを言ってらした。
    わかってるなあ、金原さん!(偉そう)

    三崎の生き方には特に揺さぶられて、最後の「家路」を読んだ後に、もう一度始まりの「結晶」を読んでしまった。


    ……いかんよいかん、深みに嵌ってしまった。
    これは抜けるまで相当の時間が掛かりそうだ。
    少し引用文を載せすぎたか……?
    でも一番好きな言葉は、最後の4行なのだ。
    これは書かないでおく。

  • 三浦しをんは「舟を編む」「風が強く吹いている」という作品が有名で、森絵都のようなさわやかな文章を書かれる方だというイメージがあったので、そのイメージが大きく覆った。


    老いた大学教授、村川融を巡る、それぞれの独白からなる作品である。

    しかし、独白によって構成されている多くの作品(※といっても湊かなえ著の作品以外出会ったことがないので、湊かなえ作品だと言い換えても問題ありません。)と違う点は、全く騒動の全貌が見えてこないことだ。
    それもそのはず、各章で語り手となる人物は、中心となる大学教授とどこかで繋がりがあるということが共通しているだけで、繋がりの強さは家族から全くの赤の他人まで幅広い。そして語り手の語っている時代までもが幅広く設定されている。
    したがって、先程『騒動を巡る作品』と記述したが、どちらかというと騒動の基となる大学教授のことをどのように見ていたか、そしてどのように感じていたか語り手の視点を通して知るという作品に近いのではないかと思う。

    全編を通して、良い意味で全く何も分からなかった。
    ただ、中心となる村川融がここまで人を魅了し振り回すことができるのがすごい。作中に何度か村川の魅力が語られるシーンが出てくるが、自分は全くその魅力が分からなかった。
    一方で、確かにこういう人を好きになる人がいるのはわかる。趣も何もあった表現ではないが、村川は俗に言うだめんずなのだと思う。
    このような人の魅力に振り回されるのも、人生のスパイスとしてある意味楽しいのかもしれない。

    そしてこの作品の一番の魅力は、三浦しをんの描写力が光っていることだ。
    ここまで人のもやもやとした形にならない心境を、感情を、温度を、空気を、描写できるだろうか。
    語り手の視点を余すことなく伝えることができる描写力は、変態的で官能的であるとさえ感じた。
    ある章でうさぎが登場するが、この物言わぬ無力なうさぎがとても可愛らしく、記憶の中のうさぎとは別の生き物なのではないかと思わせるほどに官能的だと感じさせられた。

    彼女の他の作品は私の思っていたようなさわやかな作品が多いようなので、今度はその中で彼女の光る描写力を楽しみたいと思う。
    しかし欲を言えば、彼女のうさぎを官能的と思えてくるような作品も再び読んでみたいという気持ちもある。

  • 何故か女性を惹きつける村川教授。彼をめぐる女性たちは彼の存在によって人生を狂わされた。そしてその女性たちとなんらかの形で関わる男性たち。全体を通して暗い小説なのですが、ページがどんどん進みました。

  • 連作短編集。
    いくつかの短編に共通するテーマは「思い出を胸の奥にしまって生きていく」ということなのかなと感じた。言葉にするとなんだかありきたりだけど。大切なものを喪っても、喪ったというその事実までもを自分の一部として飲みこんで生きていく。

    そのテーマ(?)が如実に描かれている「結晶」「予言」の2編が大変良かった。
    特に「予言」は、この短編だけなら評価5!と思えるほど心に響いた。主人公が傷ついた時の、誰にもわからない悔しい気持ち、むなしさ、疎外感、無力感みたいなものがリアルに伝わって、主人公と一緒に泣いてしまった。
    全編通してドロドロした人間関係が目立つなか、この一編のさわやかな友情が救いだと思った。

  • 読み終わった後にどっと疲れを感じそうなじっとりとした内容だけど、言葉遣いが巧みで文章自体は軽やかだからそうはならなかった。面白かった。

  • 大変面白かった。interestingの意味でもamusingの意味でも。関係者の視点で次々と語られていく連作形式の小説はよくあるが、こういう展開になるとは予想だにしなかった。私のような一読者が言うのもおこがましいが、実に上手い作家さんだと思う。『舟を編む』でもそう感じたけど、これを書いた時点で既にベテランの貫禄だったとは。個人的に『まほろ駅前…』より人間の闇に焦点を当てたこちらが好みなので、この小説で直木賞を取って欲しかった。

    p42
     そんな私の惑乱を感じ取ったかのように、彼女は、
    「村上はいい加減ですが不真面目ではないのです」
     とつぶやいた。「責任を負うことはしないけれど、義務は己れに課します。エゴイストですがロマンティストでもあります」
     それは先生を評すると同時に、おぞましい愛の本質について語った言葉に思えた。

  • 一人の大学教授の妻、娘、息子、教え子、再婚相手の娘、などの話。

    略奪愛の末に再婚したけど、その家庭のぎこちなさに耐えられずに自殺する娘の話、など重く暗い話が満載。
    略奪される事に怯えるお母さんと一緒に暮らしてたら、そりゃ楽しい家庭にはならないよねぇ。
    奪っておいて幸せに暮らしてないって、何がしたいんだろうなぁと思ってしまう。

    内容はひどく暗いけれど、語り口が上手くて最後まで読み切ることができました。
    恋愛の不確かさ、家庭・家族の闇について掘り下げた感じです。
    風が強く吹いている、や神去なあなあ日常のような熱い話や家族の話も書いている人なので、恋愛全否定では無いのだろうけど、こんな風にも書けるんだなぁ〜と幅の広さに感心してしまいます。。

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著者プロフィール

三浦 しをん(みうら しをん)。
1976年、東京生まれの小説家。出版社の就職活動中、早川書房入社試験の作文を読んだ担当面接者の編集者・村上達朗が執筆の才を見出し、それが執筆活動のきっかけになった。小説家の専業になるまで、外資系出版社の事務、町田駅前の古書店高原書店でアルバイトを経験。
2006年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞受賞。2012年『舟を編む』が本屋大賞に選ばれ、翌年映画化された。2015年『あの家に暮らす四人の女』が織田作之助賞受賞。また、『風が強く吹いている』が第一回ブクログ大賞の文庫部門大賞を、2018年『ののはな通信』が第8回新井賞を受賞している。
Cobalt短編小説賞、太宰治賞、手塚治虫文化賞、R-18文学賞の選考委員を務める。最新刊に、『愛なき世界』。

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