天国旅行 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
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感想 : 400
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  • Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101167626

作品紹介・あらすじ

現実に絶望し、道閉ざされたとき、人はどこを目指すのだろうか。すべてを捨てて行き着く果てに、救いはあるのだろうか。富士の樹海で出会った男の導き、命懸けで結ばれた相手へしたためた遺言、前世の縁を信じる女が囚われた黒い夢、一家心中で生き残った男の決意――。出口のない日々に閉じ込められた想いが、生と死の狭間で溶け出していく。すべての心に希望が灯る傑作短編集。

感想・レビュー・書評

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  • いやあ、これは読み応えがありました!

    レビューの冒頭に個人的な感情は敢えて書かないようにしているのですが、まず書きたくなってしまった感情の揺れ具合のこの作品。私、そもそも短編集はもともと得意ではなく、☆5つなんてつけた記憶がないのですが、この作品は途中で☆5つと思っていたら、最後にさらに一段上の読後感に飛躍するという、とにかくとても良くできた短編集でした。そもそも短編集は、こちらの気持ちが入る前に終わってしまったり、なんだかモヤモヤ中途半端に終わってしまったり、さらには短く終えるために強引なストーリー展開が目についたりと、なんだか興醒めなものが多いように思いますが、この作品は違います。各話とも、ものの数行で一気に作品世界に連れて行かれ、なんだか長編を読んだかのように納得感のある結末に導かれる、そしてそれが7話も続いていく。ああ、これはとても贅沢な読書だと思いました。ただ、この短編集、『本書は、「心中」を共通のテーマにした短編集である』とあるように、まさしく「天国旅行」という名に相応しい『死』の匂いが付き纏うお話が続きます。それを分かった上で「天国旅行」という意味を考えるとあまりにシュールな雰囲気が漂い出します。それは、あちらの世界に片足を突っ込みそうになった人の話だったり、あちらとこちらを彷徨う人の話だったり、さらにはあちらからこちらにお越しになられた人?の話だったり。それぞれが綺麗にまとまり、全体としても一つの世界観の中に上手くまとめられている短編集。では、もう少し具体的に見ていきましょう。

    7つの全く独立した短編から構成されていますが、最初の〈森の奥〉という作品によって読者は抗う間もなく一気にこの作品世界にひきずりこまれます。『わたしは死ぬ覚悟をしてここに来た。悪いけれど、一人にしてほしい』と答える明男。『樹海は明男の予想以上に広大で、内部にひとが入りこむのを拒んでいる森だった』という、ここは富士の裾野に広がる青木ヶ原の樹海。『明男の体重を支えきれず、ゆるんでしまった』ロープ。正にその場面に『こんなとこじゃ迷惑だよ。やるなら、もっと奥に行かないと』と明男の目の前に現れた二十代半ばぐらいの男。男の後を追い、樹海の奥へと進む明男。『実際に死に接近してみると、再び喉の痛みと血が沸騰するような苦しさを味わい、そのうえ失禁し脱糞した死骸をさらすのは、ややためらわれた。怖い』と次第に死への恐怖が芽生えていきます。『なんで死にたいのか、聞いてもいい?』という男の問いに『同居する妻の両親の介護に追われ、会社では早期退職をそれとなく勧められ、息子がバイクで幼稚園児をはねた』と答える明男。一方で『この男はなにものなんだろうという、疑問と恐怖が再びこみあげた』という明男はどんどん死への恐怖が優っていきます。そんな時、『木の下に、青い作業着を着た男が立っている』のを見つけた明男は『すみません!』と声をかけますが、男に反応はありません。明男はどんどん作業着姿の男に近づいていきます。

    『心中』が共通のテーマというこの作品ですが、一般的な意味合いの『男女が互いの愛情が変わらないことを示すため、いっしょに自殺する』というものとこの作品でいう『心中』とは少し異なります。どちらかと言うと、この世とあの世の境を巡る人々のお話と言った方がいいような気もします。他の6話をそれぞれひと言で書くと、『やっぱりあのとき死んでおけばよかったんですよ』というタイトル通りの〈遺言〉、『うちに訪ねてきた石塚夏生は、いったいなにものだったのでしょう』という〈初盆の客〉、『もうすぐ夜が明けるから、急いで死に場所を定めなければならない』という〈君は夜〉、『彼を焼いた炎が照らしだすのはだれだ』という〈炎〉、『まさかと思うんだけど、おまえ、死んだのか』という〈星くずドライブ〉、そして『家族で死ぬと決めたのなら、半端なことはせず、ちゃんと殺してほしかった』という〈SINK〉という内容。タイトルとひと言説明でどことなくイメージが掴んでいただけると思いますが、とにかくバラエティに富んだ内容かつ構成も非常に巧みで全く飽きずにどんどん読み進めていけます。正直なところ甲乙つけがたい秀逸な作品ばかりということもあって、最後の〈SINK〉を読み終えた後はちょっとした疲労感に襲われました。恐らく、どの作品も内容的に『死』を感じざるを得ないこともあって、気持ちが張り詰めてしまっていたのだと思います。また、〈森の奥〉、〈炎〉、そして〈SINK〉については人によっては、描写される場面のリアルさが、後を引いてしまう懸念があり、注意が必要に思いました。私はこのあたりにあまり強くないこともあって、うぐぐぐぅ、ときてしまいました。

    『死』というものを、そしてあの世とこの世について7つの視点から改めて考えさせてくれるこの作品。『生者と死者の境はどこにあるのだろう。たとえば僕が、故郷にいる僕の両親を思うとき、それは死者を思う距離や心情となにがちがうんだろう』と三浦さんは疑問を投げかけます。『いずれまた会えるという保証の有無が、生者と死者とのちがいなのか。合わないまま、両親か僕がぽっくり死んでしまうかもしれないのに?』と改めて問いかける三浦さん。そして『生者と死者のちがいは、殺し殺されることができるかどうかにあるのかもしれない。殺すことも殺されることもできないのが死者だ』と結論づけます。このようなこと、普段考える機会は当然にないので、改めて『死』というものが、自分の中にとても重く響いてくるのを感じました。

    ところどころに三浦さんらしい、クスッとした笑いを挟みつつも基本的には最初から最後まで『死』と対峙し続けることを求められるこの作品。いずれの作品もあっという間に作品世界に引き込まれ、納得感のある結末、そしてまた次の作品、と息つく暇なく展開する三浦さんの描く『心中』の世界。三浦しをんさんという作家さんの凄さを再認識させられた短編集の傑作だと思いました。

  • 本当に「愛なき世界」や「舟を編む」を書いた方と同一人物なのかと思います。心がしばらく落ち着かなくなる。
    死についての7つの物語。
    そこは三浦しをんさん、美しく救いのある軽率な感動はありません。
    でも、絶望とも違う。
    私は「遺書」が好きでした。

  • 死や心中をテーマに書かれた短編集ゆえ、なんとなく重い話やパッとしない話が多い。
    そんな中、少しよいなと思えたのは、"初盆の客"くらいか。

    三浦しおんの小説は、長編の方が好きだな。

  • 天国旅行 三浦しをん著

    1.購読動機
    舟を編む、まほろば、風が強く吹いている、あの家に暮らす4人の女という具合に定期的に手にとる作家さんです。
    装丁に花があり、そしてタイトルに惹かれて購読です。

    2.新しい三浦さんの世界
    装丁そしてタイトルのような優しさとは違う展開です。
    著書にあるとおり、心中をテーマにした作品です。
    そう、どのような動機で人間は、死を選択するのか?
    7つの短編すべてが、このテーマです。
    したがって、まほろばや、風が、、、のようなテイストの作品とは趣きが異なります。
    作品の遺言は、夏目漱石をイメージしてしまうのは私だけでしょうか?

    3.死
    作家角田さんの後書きで、「死とは死でしかない。それを作品としてどう描くのか?は、作家として一つの関心であり、挑戦」の趣旨を記述しています。
    三浦しをんさんの世界を広げてみたい方はぜひに手にしてみては?いかがでしょう。

  • 久しぶりに本棚登録…
    それなりに本は読んでいましたが、なかなか登録まで行き着けず本当に久しぶりになっちゃった。

    三浦しをんさんの作品は何年か前に読んだ「きみはポラリス」ぶり。今回も短編集なんですが、なんと全ての短編が"心中"をテーマにしていて他の短編集とは一線を画している感じ。

    ところが、"心中"とはいうものの、そのテーマに気づいたのは角田さんの巻末の解説を読んだ時で、自分の読んでいる所感としては「どの短編でも人が死ぬなぁ…」ぐらい。つまり、それくらいどの短編でも死が重すぎず、淡々と描かれていました。

    特に印象に残っている短編は「炎」。主人公が好意を持っている憧れの先輩が、ある日学校の校庭で焼身自殺をしてしまう。
    主人公は先輩の彼女だった同級生と、なぜ彼が自殺という選択をしたのか、なぜあの死に方だったのかという謎を解明しようとする…
    というあらすじなんですが、ラストがかなり衝撃的。
    人が自ら死を選んだ時、その真意は誰にもわからない(もしかしたら本人すらもよくわからないかもしれない)、決めつけられない、ということをこの作品に突きつけられた気がします。

    角田さんが巻末で書いているように、この短編が死を賛美しているわけでもなく、かと言って死を否定しているでもなく、「ただそこにあるもの」として描いているのがすごく新鮮で面白かった。死ということがわからなくなった時に読んだら、助けになるかもしれない本です。

  • 2020(R2)8.11-8.13

    帯に『「心中」をテーマに当代一の名手が描く生と愛の物語』とあった。7つの短篇が収められている。
    個人的には長編の方が好きだ。話に広がりや深まりがあり、最後は全てが集約されてスッキリするからだ。
    しかし、この7つの短編集は、僕の好きな長編の要素を全て網羅している。その上、ある意味「完結していない」ので、続きが読みたくなる。

    今まで読んだ三浦しをんは、語り口が比較的“軽妙”だったが、今回はなかなかドッシリとしていて、そこはプロ!ますます三浦しをんが好きになった。

  • 旅行と名付けているのがちょっとびっくりするような内容。
    短編集で後味悪い結末だったりする話もあるけれども死をテーマにしてそれぞれの生い立ちを知りあたたかい気持ちにもなれる。 
    行き先が天国なのかも分からないけれども人の最後だけではなく当たり前だけれどもそれまでの人生や思いがある事を知る事が出来る。
    一気に読み終わりました。

  • ハピネスな表紙に三浦しをんさんなら、面白くないはずがないぞっ♪
    というテンションで、このとっても可愛い装丁にも惹かれて読み始めた。

    この本は、そんなテンションで読むものでは無かったらしい。
    生と死の狭間にいる人達の物語だった。
    天国を旅行している感じは、皆無。
    正直、全然世界観に着いていけず、感情移入も出来ぬまま、読み終わった。
    はっきりと結末が分からない七つの物語、毎回結末が分からないモヤモヤ感。

    『星くずドライブ』は好きだった。
    アップテンポなリズムで笑えるところもあった。
    でも、ちゃんとした読み方出来る時に再読しないと駄目ですね。

  • 何か読む本ないかな~と思っていたところで出会った。直感で手に取ったのだが、解説の角田光代さんの重く深い言葉の一つ一つが突き刺さり、勢いで購入。これが大当たりでした。
    「心中」がテーマの本作は、どの作品もしをんさん的なひねりが効いていて、それぞれに先が読めない。不気味で、ぞわりと怖いのに、どこか滑稽だったり、静かに哀しかったり。よく描かれる、ただただ悲観的で、過剰に美化されがちな死と違い、しをんさんの視点は冷静だけどどきっとするところを突いている。
    一体どういう気持ちで死を選んだのか?どうして殺されたのか?彼の正体は何なのか?…どこか謎に包まれている、「死」を巡る状況。それぞれの謎の解釈は読者に委ねており、どの作品もいい意味で「わかりやすくない」。前世の夢に捉われたり、あるいは夢で懐妊したり、恋人の幽霊が見えたり…時に非現実的な設定もあるけれど、その描写が不思議と説得力があるのだ。近しい人の死により人生は一変するけど、その後も残された人らの日々は続く。哀しみや苦しみが複雑に入り混じり、だけどほのかな希望がわずかに見え隠れする、独特な読後感の一冊だ。
    一番印象的だったのは、「森の奥」。富士の樹海を舞台に、生死のはざまでみっともなく惑い揺れる中年男性の滑稽なほどのカッコ悪さ。謎の男性との束の間の交流でカッコ悪さはさらに際立つものの、共感できるところもあり。最後はちょっと泣きそうになる、しをんさんらしい作品だなと思いました。

  • 心中ものを集めた短編集。
    テーマが心中だけに、ひとつひとつの内容には重いのだけど、ただ暗いだけではないのが作者らしさなのかなと思った。
    「天国旅行」というだけに、そこに愛や救いがあるところがよかった。

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著者プロフィール

1976年東京生まれ。2000年『格闘する者に○』で、デビュー。06年『まほろ駅前多田便利軒』で「直木賞」、12年『舟を編む』で「本屋大賞」、15年『あの家に暮らす四人の女』で「織田作之助賞」、18年『ののはな通信』で「島清恋愛文学賞」19年に「河合隼雄物語賞」、同年『愛なき世界』で「日本植物学会賞特別賞」を受賞する。その他小説に、『風が強く吹いている』『光』『神去なあなあ日常』『きみはポラリス』、エッセイ集に『乙女なげやり』『のっけから失礼します』『好きになってしまいました。』等がある。

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