吉里吉里人(下) (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (624ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101168180

感想・レビュー・書評

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  • 下巻に入り、更にテンポアップ。面白さにグイグイのめり込む。吉里吉里国の独立の戦略である、医療立国、金の隠し場所に迫る。
    相変わらずの言葉遊びと、荒唐無稽のストーリーだが、段々と中毒になってきた様に面白いと感じる。
    そして、一気に物語はラストのクライマックスへ。
    ラストで、この物語を紡いできた記録者がキリキリ善兵衛であり、百姓どもに朝が訪れることを待ち望んでいたことが明らかにされ、この物語が、百姓の解放を通底とした独立物語であるというテーマが浮き上がってくる。
    ここで言う百姓が朝を迎えるというテーマは、現代消費社会、国際分業といったシステムから降りて、自給自足をしながら文化を守り医療を享受し独立して生きていくという、自然資本によって生きるローカリズム宣言や、半農半X、ダウンシフターズの生き方に通じるものだと気がつかされる。バブル期前の昭和56年時点で、2020年現在、走りとして動きはじめた自然資本、ローカリズム宣言、ダウンシフターズといった運動の主題を、吉里吉里国独立物語として描き出した作者の力量に唖然とする。そして、ラストまで、そうした消費社会システムからの解放、自然資本に則った定常社会の実現を目指すという主題を感じさせずにエログロナンセンスの装いで娯楽小説として描き出したことも驚愕。
    喜劇として描かれてきたこの物語が、吉里吉里国独立の失敗、自然資本に基づく定常社会の確立という挑戦の失敗、すなわち、百姓が朝を迎えられなかったという悲劇に終わったことを、とても残念に思う。
    喜劇が、悲劇やシリアスを描き出したというところで、岡本喜八の喜劇を見たような満足感を味わえた。
    上巻で辞めずに、読み切って良かった!

  • 再読。と言っても、あらかた話は覚えてなかったので新鮮な気持ちで読めた。改めて、一流の作家の先進性、世の中を見る慧眼に驚かされた。

    細部では今となっては、古臭く効果を減じている部分もあるが、物語が提起している話題は全く古びていない。逆に言えば世の中変わっているようで変わってないわけだが・・・

    個人的には、余りにしつこい下ネタに辟易するところもあったり、現実離れした人物設定、饒舌すぎて読むのに苦労した点はあったが、概ね楽しめた。東京で育った私には農家の苦労も怨念も分からないが、元は両親の出は農家である。遺伝的には、多くの日本人同様百姓である。仕事で、東北に行くと、荒れ果てた休耕田を見て心が痛むこともある。井上氏の想像した「ユートピア」の実現は困難だろうが、生きるために一番大事なものが農業である事も間違いない。

  • 滅茶苦茶、破茶滅茶大騒動も、遂にフィナーレ。
    ダラダラ、無駄の多い長ったらしい物語だが、それが苦にならない。
    無駄に長い文章は、苦手なのだが、スっと頭に入り込んできた。
    不思議と物語にのめり込んでいた。
    本当に不思議な物語。

  • 上中下巻と、面白くて一気に読んだ。吉里吉里人を読みながら、日本の内部で吉里吉里国が独立するという設定がイスラム国の比喩のようにも取れたし、また『横浜駅SF』を思い出しもしたし、あらゆる吉里吉里に関する要素が百科事典的に記されている様はメルヴィルの『白鯨』のようでもある。それにしても、日本で『白鯨』のような大きな物語を持った古典に『吉里吉里人』が相当すると考える人はあまり多くないかもしれない。国の内部で国としての独立を立ち上げる視点は大江健三郎の『芽むしり仔撃ち』そのものだし、日本は日本国内での独立、地方の自立をカノンとして持っているというのは、英文学やフランス文学にはあまりない特徴のように感じる。

  • 読破!内容が下巻になると、内容が気になって気になって寝るのが惜しい。それぞれの人に個性がありまくりだからなのか、主人公がだめでおもしろい。ただの田舎者の集まりではなく、未来にいきている人たち。教育、医療、仕事、風俗、、田舎なのにどうしてこうも未来に生きているのか。この人たちだからこそ独立国家を作ろうとしたんだなと考えさせられる。

  • 上中下巻に渡る大作。

    日本が抱える様々な矛盾や課題を、農業政策と医療政策を切口に皮肉りながら、ドタバタでガタガタでハチャメチャでハラハラに書き進めるコメディ。

    ハッとするような指摘を、軽妙なコメディタッチで書き上げているのが面白い。

    40年近く前の作品でありながら、今の日本への提言として遜色ないのは、内容が普遍的で不変だからなのか、日本という国が成長していないからなのか…

    そして、読んでいるうちに、脳内は“吉里吉里語”に汚染されていく。

    それにしても、主人公・古橋健二のダメ人間ぶりがものすごい。フィクションだから、あえて極端に振ってるんだろうけど、それにしてもひどい。それが面白いんだけど。

    そのダメっぷりが、最終的には吉里吉里国独立運動を失敗的終焉に導くんだけど、なんだか終わり方がグロテスクで、最後の最後でビックリしてしまった。

  • 一気に読んでしまった。いろいろな言い方があると思うけど、日本語(と吉里吉里語)でこの作品を読めることの幸せを噛みしめるべきだと思う。自分がどっぷり生きた昭和が懐かしくそれでいて現代に通じる批判や皮肉がぎゅっと詰まっている。そしてこうやって物事は終わってしまうのだということも知る。これが予定調和だとは決して思わない。

  • 中二みたいな下ネタてんこ盛りの語り口に、大人な農業論、政治論、医療論の食い合わせに頭がクラクラしました。ストーリー全部ばらしちゃう解説に気を付けましょう。

  • 井上ひさしの博識と問題の切り口、設定の仕方の巧みさにただただ脱帽だった。
    本書を著したのが1985年と自分が生まれる前年にも拘わらずテーマとしている問題意識が全く古めかしく思えない。
    期せずして安保関連法が物議を醸した正に同じタイミングで読んだことで井上ひさしの訴えようとしている課題の一端を強く共有することが出来たと思う。

    個別には特効薬、特に虫歯(および歯医者)に関する論点が素敵だった。
    虫歯の特効薬が発明される。
    すると「全世界の歯科医師や歯科技工士が失業しますよ。残るのはごく一部の、美容師まがいの歯科医師。つまり細々と派の手入れをさせてもらうしかなくなります。歯科用の医療機器商も潰れましょう。世界的な社会問題になりますよ。」(pg.55)と厚生省の役人が嘆く。
    特定分野の技術開発がもたらす社会的な影響に考えを巡らせてくれるきっかけを与えてくれる。ラングドンウィナーの「技術の政治性」を日本的視点から論じているようだ。この視点は「組織の自己保存」にも繋がるのではないか。歩留まりの改善を主業務にしている技術者が、仮に100%の歩留まりを達成する技術を開発したら自分の職を潰すことになるその技術を果たして公にするのだろうか。また、そのような技術を開発するインセンティブは発生するのだろうか。

    率直に面白かったのは以下の記述。
    「わたしはね、七十や八十の老人がマラソンなんかして体を鍛えているのを見るとぞっとするんだ。薄みっともない、恥を知りなさいってんだ。いったい、いくつまで生きてりゃ気が済むのか。自分と同じ世代の人間で、戦争や病気で早死にした人たちのこともちっとは考えてみるがいい。また自分より若い人たちの邪魔をしていないだろうか、たえずそう反省して、ひそかに余生を送ってはどうなのだ。」(pg.68)
    こんなこと、空気を読むことが絶対の今の世の中では思っていたとしても口になんてできやしない。それを小説の中で痛快に言い放ってしまうあけすけなこの小説は読んでいてとても楽しかった。
     ※ちなみに★三つ評価は少々長すぎて読みつかれてしまったから…。

  • ラストがいやにあっけなかったのだが、物事というのはそういうものなのだろう。
    最後の最後に明かされる吉里吉里人と吉里吉里国の真実を知ると、もうテーマが深すぎて……。

    終盤まではドタバタ小説だと思っていたら、何とも悲哀のこもった、そしてしたたかでギラギラした小説でありました。

    ひとことで言えば面白いです。通しで読んでよかった。

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著者プロフィール

(いのうえ・ひさし)
一九三四年山形県東置賜郡小松町(現・川西町)に生まれる。一九六四年、NHKの連続人形劇『ひょっこりひょうたん島』の台本を執筆(共作)。六九年、劇団テアトル・エコーに書き下ろした『日本人のへそ』で演劇界デビュー。翌七〇年、長編書き下ろし『ブンとフン』で小説家デビュー。以後、芝居と小説の両輪で数々の傑作を生み出した。小説に『手鎖心中』、『吉里吉里人』、主な戯曲に『藪原検校』、『化粧』、『頭痛肩こり樋口一葉』、『父と暮せば』、『ムサシ』、〈東京裁判三部作〉(『夢の裂け目』、『夢の泪』、『夢の痴』)など。二〇一〇年四月九日、七五歳で死去。

「2023年 『芝居の面白さ、教えます 日本編』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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