笹まくら (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (432ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101169019

感想・レビュー・書評

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  • 徴兵忌避に成功した男を主人公に据えた物語。戦後二十年が過ぎ、大学職員として出世の派閥のという競争に汲々としている現在と、戦時中に憲兵の目に怯えながら全国を放浪した逃亡生活の記憶を、交互に織り交ぜてひとりの男の人生を辿る。戦死した若者の葬列に行き会うたびに、この人物は自分の代わりに死んだのだという罪悪感に襲われていた戦時中の苦しさ。戦争の終結とともにそこから解放されたわけではなかった。戦後すぐの反戦的な空気が徐々に変化し、反動で右傾的な社会の空気が醸成されつつある時代になって、いまさら二十年越しの時限爆弾として出世に影を落とした「徴兵忌避」の過去。勤め先の誰と話しているときにも、相手が自分の過去を知っていて腹のうちでは自分を馬鹿にして、あるいは憎み、軽蔑しているのではないかという想像に翻弄されて、しだいにノイローゼぎみになっていく。自分がしたことは正しかったと思っている自分と、ただ軍隊がいやで逃げていただけではないかと自責し、自分がとんでもない人非人ではないかと思う自分。戦争に行って苦しんだ友人たちや同僚に対する引け目はいつも生活につきまとってくる。逃亡中の一瞬を切り取っただけの短編では描き出せなかっただろう、何十年も続く「その後」の人生。
    読んだきっかけは米原万里さんのエッセイで絶賛されていたことで、現在と過去を絶え間なく往復する構成、重層的なストーリーという書評から興味を持ったのだけど、これだけめまぐるしく過去と現在を行き来して生々しく読ませる筆致は尋常じゃない。冒頭、「内容的になんとなく重くて暗そうだしこれは読むの時間かかるかな」とか思ってたらうっかり一気読みしてしまった。

  • もしも丸谷才一氏が存命ならば、今年で90歳になるところです。あの三島由紀夫氏と同年なのですが、丸谷氏はずつとこちら側の人といふ感じがしますな。
    『笹まくら』は、丸谷氏の長篇小説としては、『エホバの顔を避けて』に続く2作目といふことになります。発表時すでに41歳になつてゐましたが、まあ、その後の丸谷氏のキャリアを改めて俯瞰しますと、一応初期作品と呼んでも良いのではないかと。

    主人公は、浜田庄吉なる某私大に勤める事務員であります。当年取つて45歳。取り立てて起伏の無い生活を送つてゐましたが、ある訃報を受け取つてから、変化が生じます。その訃報とは、戦争中に偶然知り合ひ、付き合つてゐた女性のものでした。
    香奠を幾らにすれば良いか思案するとともに、それをきつかけに当時の事を思ひ出す浜田。彼は兵役を拒否し、徴兵忌避者として逃亡生活をしてゐたのでした。時計やラヂオの修理、その後砂絵描きとして生計を立てながら、憲兵に見つかりやすい都会を避けて全国を転々としてゐました。その途中で出会つたのがその女性、阿喜子だつたのです。

    結局浜田は終戦までの5年間を逃げ切ることが出来た訳ですが、戦後も20年経過した今になり、あることから「徴兵忌避者」としての経歴が職場内に知れ渡ることとなり、大学内の人事にも影響するやうになります。
    ゐづらくなつた彼は転職を考へ、会社社長になつてゐた友人に就職の世話を頼むのですが......

    現在の大学職員としての浜田の心理状態と、20年前の徴兵忌避者としての浜田(杉浦といふ変名を名乗つてゐた)の回想が、代はる代はる現れます。この交錯は、章で区切られる訳でもなく、それどころか段落分けすらされませんので、突然場面が変る印象なのです。登場人物が変つてゐたり、「浜田」と「杉浦」の使ひ分けで読者は「あ、ここで変つたな」と判断するしかないでのす。まあ、読み進むうちに慣れますが。
    そして第4章に当るパートは、第3章の文章が終らないうちに突然挿入され、吃驚します。そして第5章で第3章の続きが、ちやうどVTRの「一時停止」を解除するかのやうに再開するのでした。これらは、ジェイムズ・ジョイスの手法を取り入れてゐるとか。さう言へば丸谷氏の卒論タイトルは「ジェイムズ・ジョイス」であります。

    笹まくら、とは「草枕」と同様の意味らしく、旅寝のことらしい。かりそめの、不安な旅寝。浜田は5年間の笹まくらを重ねましたが、ラストを読むと、実はこれから新たな現代の笹まくらが始まるのかも知れません。見事な最後であります。
    丸谷作品の主人公は、どこかの部分で体制、即ち国家に背を向ける人物ばかりですな。それが無意識の行動だとしても。
    そして国家とは何かを繰り返し問ふのも特色の一つと思ひました。本書でも友人(堺)と「国家の目的とは何か」を論ずる場面がさりげなく挿入されてをります。

    長篇小説作家としては寡作を貫いた丸谷氏ですが、それだけに各作品の水準は真に高いと存じます。個人的好みは『裏声で歌へ君が代』ですが、『笹まくら』も実にスリリングな展開で、知的娯楽としての小説、面白さは抜群であります。
    日本語に五月蝿いおやぢとしては有名かも知れませんが、戦後日本を代表する長篇小説家としても、もつと知られても良い存在であると存じます。

    では眠くなりましたので、今夜はこれにてご無礼いたします。晩安大家。

    http://genjigawa.blog.fc2.com/blog-entry-597.html

  • 懲役忌避をして戦争中日本国内を逃げ回っていた男性の話。現在の設定は戦後20年後である。懲役忌避をしていたという後ろめたい事実が、その後の彼の人生の節々で影響していく。
    懲役忌避をした人がいたことを知らず(本書は小説だが)、まずそこに驚いた。本書の特徴は、逃げ回っていた期間に恋人だった女性の訃報をきっかけに、当時の生活を頻繁に思い出すようになり、それが現在との境目がなくなっていき、交互に描かれてく。読者は偽名と本名、そしてそばにいる女性の名前で、現在か思い出の話か判断する。行空けもなく、突然時代がガラッと変わるので、混乱した。著者の「女ざかり」も読んだことが無いのだが、本書は登場人物の誰にもイマイチ感情移入もできず、読んでいて楽しい小説ではない。
    本レビューとは全く関係がないが、最後に載せられている、米原万理氏の「打ちのめされるようなすごい本」にある本書の書評がすごい。曖昧で単調な物語を、プロはこういう風に読んで纏めるのか、と彼女の頭の良さに改めて感心させられた。すごい。

  • 文章がうまいってこういう事なんだなと思う
    テーマは重いけど
    辛すぎて読めないと言う程ではない。
    時代的に入営しても忌避でも
    結局苦しみが多く世の中が平和になっても
    癒える事が決してないのだなと。

  • 夜中の冷えたみそ汁と意識の流れがたまらない。

  • 徴兵忌避者が5年の逃亡を終戦によって打切り、さらに20年経ち私大の庶務の仕事をしている。しかし落ち着いた生活のようでも徴兵忌避の影は彼をつきまとい、フラッシュバックのように行きつ戻りつしながら、話が進んでいく。徴兵されて亡くなった友人、苦労をかけた家族に負い目を感じ、これ以上苦しいことはないと思っていたはずの逃亡生活での淡い恋に想いを馳せる。心情の移ろいを細やかに表現し、国家の大罪に嘆息する。2018.12.1

  • 2017/05/31

  • 名作

  • その本を読んだのはいつだったのだろうと履歴を掘ると、2012年の春のことだったらしい。

    米原万里という人が書いた書評集に蹴つまづき、読み進めるうちにその人柄にみるみる引き込まれいつのまにか彼女の勧めるままに数冊を手にとってみている自分がそこにいた。その書評集のタイトルはどうやら彼女本人がつけたものではないらしく、その類推は本書が彼女が短い生を全うした後にそれまでの連載記事を集めて発行されたものだということを知ったことからきたものだ。

    「X月X日」と日記形式で語られるその文中、彼女の友人がある作家の作品を読んで衝撃を受け著述業を続ける自信がなくなったという発言をした際、彼女自身はその作家の選択が気に入らなかったらしく、私にとっては誰なのだろうと記憶をさかのぼった結果、こう言ったのだそうな。

    「そんな作家で書く気を無くす前に『笹まくら』で打ちのめされなさい!」

    この発言が本書評集のタイトルとして採用されたらしい。自分が本書を手に取った理由がこのタイトルなら、そのタイトルになった作品に目を通さないわけにはいかない。その気持ちがしばらく持続した後中古本の入手を待ちきれなくなり、とうとう「輸入価格」で手にすることにまでなってしまったその結果は…

    まんまと打ちのめされてしまった… orz...

    遅読派ゆえに週末だけでは読みきれなかったものの、日曜夕には読み疲れてウトウトし、3AMぐらいに目を覚ますとそのまま朝までつききり、月曜の夕には地下鉄を降りた後ベンチに座ってそのままクライマックスを…てな調子で走りきってしまった。

    映画「Memento」を小説にしたような…いや、本作は1966年の発刊ということなのでこちらの方が30年以上も先輩ということになる。ただアイデアは逆方向、前者は「消えてしまう記憶」が鍵となっているのに対し、後者つまり本作は「消えない記憶」がその役割を果たしている。「Memento」で味わった時系列の混乱が、ページを左から右へと縦に目を走らせながら読む形態で再現される。そのトリックに気づくには何度かその一瞬で起こる遷移に慣れるしかなく、慣れてくると逆にその反応速度の高まりが快感に変わってくる。

    「その若い女は杉浦をじっとみつめ、それから慌ててお辞儀をした。誰だろう?」

    の部分は特別にそうだった(笑) 

    映画「Memento」が気に入って、何度も何度も鑑賞したのち、DVDの便利さを活かして全てを単純時系列に並べ直して鑑賞しなおしてみたという経歴の持ち主の自分は、同じ事を本作品でもやってみたくてしょうがないのである。面白さが半減以下になるのは承知だが、そのためにはまずこの書かれたままの順で何度も何度も楽しむべきだと考えている。電子版「笹まくら」が自分の目の前に現れ、数時間に及ぶであろう事前切り貼り作業を経た後に、「さあ。読むぞ!」といってニヤつきながら挑戦できるその日がくるまでに。

    主要な場面として現れた宇和島が、先日「街道をゆく」で味わったばかりであったために数倍にも増幅され、いきたい願望がむくむくと入道雲のように育ちだしたのもいとをかし。

    そして文庫版で読んだことによるもう一つのおおきな喜びは…そう、またもやあとがきに含まれていた米原万里氏によるお言葉!しかも前述「打ちのめされるようなすごい本」からの再録。まるで「ね、よかったでしょ?」と天の上から呼びかけられているような気持ちになれること、これまた至上の喜びである。


    安らかに、そしてまたもやこうしてありがとうございます。

  • 読んでいると、追いつめられながら 逃げ続けている 自分がいるので、読後感が悪い

    人間の尊厳を どう守るか という点で 大岡昇平「野火」とリンクした。人肉をたべなかったことも、徴兵忌避も 人間の尊厳を守るための行為だったと思う

    なぜ、無意味な戦争を 続けているのか 著者自身の問いかけを感じる

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著者プロフィール

1925-2012。作家・英文学者。山形県生まれ。東京大学英文科卒。「年の残り」で芥川賞、『たった一人の反乱』で谷崎潤一郎賞など受賞多数。他『後鳥羽院』『輝く日の宮』、ジョイス『ユリシーズ』共訳など。

「2016年 『松尾芭蕉 おくのほそ道/与謝蕪村/小林一茶/とくとく歌仙』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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