孤独な夜のココア (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101175119

作品紹介・あらすじ

あなたとめぐり合うことができて、よかった。同じ時間を過ごすことができて、よかった。今ではすべてがもう夢のように思われるけれど…。心の奥にそっとしまわれた、甘苦い恋の記憶を、柔らかに描いた12篇。恋の温もりと儚さ、男の可愛げと女の優しさを、こまやかな言葉の網で掬いあげ、世代を超えて心に沁みわたる、田辺聖子の恋愛小説。そのエッセンスが詰まった、珠玉の作品集。

感想・レビュー・書評

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  • 「帰りみち、私は自分のために、赤に白い斑入りのチューリップを十本ばかり買った。やっぱり気持ちがふつうでなくて、浮き立っていたからかもしれない。華やぎ、というふうなのかもしれない。」
    12編の短編を集めたこの本の中で、「エイプリルフール」という短編のこの部分が一番好き。
    会社で、陽気で皆から愛されるがおっとりしていて抜けたところのある四歳年下のキヨちゃんと付き合っている和田さん。
    男と女の付き合いで、男が払うのが当たり前なんて思っていない。お金を大切にするしっかりもので、結婚するかどうか分からなかったら、当たり前のように男に甘えるということの出来ない28歳の和田さん(女性)。だけどそんな和田さんといると「一番落ち着く」というキヨちゃん。キヨちゃんは旧家の後継で、和田さんはそんな旧家の甘ったれのボンボンと結婚しようとは思ってなかった。がある日、キヨちゃんの出張中に病院へいくと「おめでた」であることが分かった。冒頭の抜粋部分はそのときの和田さんの描写。
    この短編集に収められた女性達は20代後半で、その時代(昭和50年代前半)としては結婚適齢期を超え、会社で残っている女性としては年が上のほうになり「甘えて可愛い」と思われる年代をとうに超え、自立し、仕事を面白いと思いながらこなしている女性達が多い。
    だけど、女性から見たら一見可愛くないが、頼れる、人の気持ちが分かる年上の女性を「落ち着く」「可愛らしい」と思ってくれる男性がいるようで。しかもその男性たちは大抵、わりとイケメンで楽しくて、モテモテで。
    ちょっと、女性側の願望も入っているかもしれない。でも、全くウソでもないと信じたい。頑張っている女性には、自立している女性には、人生の中で一瞬でも「華やぎ」があると信じたい。それが、冒頭に抜粋した部分に現れている。
    頑張って、自立して、そして他者にも思いやりのある女性は、きっと報われる。…けれど、永遠ではない。「エイプリルフール」はハッピーエンドで終わったが、バッドエンドで終わった話も多かった。
    姉御肌で、有能で、結婚しても仕事を辞めなくていいと言われて結婚し、家事と仕事を頑張って両立していたのに、結局いつも帰りの遅い女性に愛想をつかして旦那が出て行ったという話もある。

    別の年代の恋愛の話もある。
    「叔母さんの家の庭には、初夏から夏にかけていっぱい、赤いひなげしが咲いた。わたしはひなげしが大好きで、その季節、遊びに行くと、いつもどっさり、もらって帰るのだった。」
    「目に見えぬ神サマの手がシワシワの花弁を開いてゆく。とても薄いのに破れもせず、みーんな静かに開ききると、風に身をゆだねるようにしてそよぐのだった。そういう花がいくつもいくつも重なり、そして白い金網の向こうには、青い海があった。」

    これは「ひなげしの家」という短編の語り手の梨絵子の叔母さんの家の描写。叔母さんはバーを経営している38歳の独身女性で、神戸の海の見える家で42歳の画家である既婚男性と住んでいる(不倫)。叔母さんは小さくても自分の店を持っていて、どちらかというと同棲しているおじさんのほうがお金にだらしなく、ヒモっぽい。そんなだらしなさと「38歳と42歳の恋なんかいやらしい」ということが親戚からは嫌われている。
    けれど二人は遅く知り合ったからこそ、二人の時間を大切にしていた。ひなげしの花のように鮮やかに柔らかく。そして、本当に二人の時間はひなげしの花の花びらのように薄くて、風に吹かれて散ってしまうものだと分かる。

    平凡に頑張っている人達の中にふと訪れる華やいだ温かな恋愛。永遠でもないし、両思いでも男女間で思いが異なる。でもそんな一瞬を優しく飾ってくれる田辺聖子さんの文章好きです。

  •  読んだことないので、おじさんが20代女性視点の恋愛小説ってどうかなと思いましたが、読んだらすごく面白く、とてもよかったです。おじさんにも、おすすめします。
     解説の綿矢りささんも書かれていますが、主人公の女性たち、優しいし、どことなくサバサバした感じがして、どんな状況でも前向きです。その姿に癒されたり、励まされたりしました。
     田辺聖子さんの女性の心情表現については、よく分かりませんでしたが、読み始めると少し粘っこい文章だなと思いました。それもすぐに慣れ、スイスイ読めます。

     時代は昭和です。TVドラマの『不適切・・・』の昭和時代よりももうちょっと昔です。そのため、本の最後に編集部から「・・・今日の観点からみると差別的ととられかねない表現が散見・・・原文どおりとしました。」みたいな説明がつけられたりして。
     昭和を知らない世代には、女性を取り巻く社会情勢に違和感を感じるかもしれません。
     それでも私は、昭和感は薄いと思いました。それは、田辺聖子さんの表現が、「遠くから見て楽しんだ」とか「匂いをかいだ」みたいな主人公の行動や、その時の気持ちなんかが中心だからかな、と思いました。まあ、自分も昭和ですしね。

     この本は、原田ひ香さんの『図書館のお夜食』で田辺聖子さんのレシピが紹介されたり、覆面作家さんのお宅に全集があったりしたことから選びました。
     覆面作家さんの洗面所で『田辺聖子全集』が見つかったことに、とても違和感を感じていましたが、もしかしたら覆面作家さんは、お風呂なんかで田辺聖子さんの作品を読みながら孤独を癒し、生きる勇気をもらっていたのかもしれませんね。

  • 小さな宝石箱に、ひとつずつ大事にしまっておきたいような恋の記憶。
    柔らかい関西弁で綴られた、甘くてほろ苦い12編の短編集。
    全部読んでしまうのがもったいないくらいだった。
    ここに出てくる男性に、私も同じように恋をしたような気持ちになって、こまやかな描写に心が震えてしまった。
    出てくる女性も、とても可愛らしくて、優しい。
    70年代の20代後半くらいの女性を主人公にしたものだけれど、どのお話も、今読んでも共感できるものばかりだった。
    振り返る余裕ができた今だからこそ、そう感じるのかなとも思う。

  • 若かりし頃の恋愛を、ふっと思い出すことがある。
    若さ故の向こう見ずな言動が蘇り、赤面したり苦笑いしたり。
    一人でまどろむ真夜中にホットココアを飲みながら物思いにふける、そんな夜がたまにはあってもいいものだ。

    そんなちょっぴりおセンチな気分にさせてくれる12編の恋愛話。
    叶った恋、叶わずに終わってしまった恋。
    恋の相手も妻子持ち、優柔不断男、お調子者、甘えん坊で頼りない男等など十人十色、いや十二人十二色、恋は人の数だけ存在する。

    一人の呟き「恋というものは、生まれる前がいちばんすばらしいのかもしれない」に共感。
    叶うかどうかはまだ分からないけれど、ただ見ているだけでドキドキする、あの恋するわくわく感は振り返るととても眩しい瞬間だったと、今にしてしみじみ…。
    それにしても、お聖さんの大阪弁は何度読んでも柔らかくて可愛らしい。
    しんみりする切ない恋の話も、じわじわと優しく沁みる。
    『エイプリルフール』『おそすぎますか?』『ひなげしの家』『怒りんぼ』が特に好き。

  • 女性が主人公の短編集
    恋をする女性の心模様が丁寧に描かれている

    人の心を丁寧に言語化したものを読む。ということが読書の一つの目的であると思っているので、本書はまさしく人の心を丁寧に言語化している

  • 女たちの様々な恋のかたちを描いた12編の短編集。
    歳の差恋愛、オフィス・ラブ、不倫、略奪、騙された恋、幼馴染etc
    その時は想い合う、純粋な恋であっても、やはり一筋縄ではいかず、過ぎ去って思い返してみた時にちくっと胸が痛むような。
    昭和53年刊行なので、感覚は今現在とは違うと思う。20代も半ばを過ぎたら会社に居づらくなり、辞めて結婚しなければ肩身が狭くなる、というような風潮はおそらく当時のものだけど、そういうのを抜きにすると、現代の若い女性たちと何ら変わらない。
    ドキドキしたり、失敗したり、また立ち直ったり。
    自立しつつも惚れた弱みを見せる可愛らしい女たちがたくさん出てくる。

    最後に急展開があって、その残酷さや悲しい余韻に切なくなる場面もあったけれど、どこかひんやりと冷たいところはとても“現実”だと思ったりした。
    自分の身に起こった事実を俯瞰で見ているような、ちょっと冷めた目線とか。
    過去の失敗は失敗だと認めつつも「後悔はしていない」と言い切る潔さは、けして強がりではないと感じたりもした。

    「春つげ鳥」「ひなげしの家」「愛の罐詰」がとくに好きだけど、12編全部が愛おしい気もして、甲乙付けがたい。

    女の目から見た、男の優しさ、弱さ、狡さ、逞しさ。器が大きい男と、小さい男。
    分かってるのに好きになってしまう不思議。
    全部ひっくるめて、独りきりの夜に飲む温かいココアみたいな、切なくて甘くて沁みる、そんな作品集。

  • 田辺聖子の恋愛小説短編集。やっぱり執筆当時時代背景もあってすごくリッチ。
    なんだろうな、大金持ちがばんばん出てくるわけじゃないんだけど、独身の女性の生活ぶりや文化とかに対する感覚が、こう、豊か~!って感じ。
    たったの1行で展開が急転直下で「え、え、え…?」ってなるところがあって、明るい雰囲気のまま気がついたら真っ暗になってた、みたいな話もあり、たった1行で数文字で状況を一変させるなんて小説という装置をわかりすぎている。
    でもめちゃくちゃ自我が強くて傲慢で無邪気で愛さずにいられない女性がめっちゃ出てきてよかった。さすが田辺聖子…

  • どの作品の女性も、さっぱり颯爽としていてかっこいい。年齢も近いので、自分を取り巻く環境や自分を見る周りの目の変化に共感する。それでも、自分という芯が一本しっかり入っていることは大事だと思う。周りに流されて、合わせて、自分を変えてまで生きていくのは幸せと言えるのか。結婚や恋愛がうまくいくことは安心材料だけれど、それが全てではない、自分をしっかり持って冷静に考える主人公たちは素敵だ。芯が入ってきっぱりとした女性を、いいと言う男性も、素敵だと思う。

  • 映画『パンとバスと2度目のハツコイ』において「孤独」と名のついた本だらけの本棚が出てくるシーンがある。
    その本棚の中にあった一冊がこれ。

    あまりちゃんと内容を覚えていないけど、タイトルは正しく「孤独な夜のココア」だったのは覚えてる。

  • いろんな愛のかたちが詰まってて、私はすごく好きだった。どの話も全部女性目線で進むのだけど、健気で真っ直ぐで、でも素直になれない感じとか、夢中になりすぎちゃう感じとか、りちぎな感じとか、そういう人、いるよなあとか分かるなあとか思いながら読んだ。昭和の本だから、言葉遣いとか生活様式さえ違うけど、女の内面としては一緒。女の子ってかわいい。
    それに、この本は無理な展開がなくて、全部リアルな感じが良かった。でも女の子たちの気持ちの動きに共感できすぎて、決して退屈ではなかった。短編集だからサクッと読めて、「その先はご想像におまかせ」みたいなスタンスが私はとても好き。読んでて疲れないし、喫茶店で読むのにちょうどよかった。

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著者プロフィール

1928年3月27日生まれ、大阪府大阪市出身。樟蔭女子専門学校(現・大阪樟蔭女子大)卒業。1957年、雑誌の懸賞に佳作入選した『花狩』で、デビュー。64年『感傷旅行』で「芥川賞」を受賞。以後、『花衣ぬぐやまつわる……わが愛の杉田久女』『ひねくれ一茶』『道頓堀の雨に別れて以来なり 川柳作家・岸本水府とその時代』『新源氏物語』等が受賞作となる。95年「紫綬褒章」、2000年「文化功労者」、08年「文化勲章」を受章する。19年、総胆管結石による胆管炎のため死去。91歳没。

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