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Amazon.co.jp ・本 (434ページ) / ISBN・EAN: 9784101181028
みんなの感想まとめ
歴史的な英雄の生き様を描いた物語は、15世紀のイタリアを舞台に、チェーザレ・ボルジアの波乱に満ちた人生を追います。彼は法王の息子として生まれ、若くして枢機卿に任じられた後、イタリア統一の夢を抱き、わず...
感想・レビュー・書評
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確か10年以上前、塩野氏の「ローマ人の物語」1巻途中で挫折しており、苦手な意識が植えついてしまい、ついつい避けてきてしまった
でもイタリアは好きだし、イタリアの歴史をもう少し知りたい(しかし歴史の教科書のような本を読むのも面白くない…)
というわけで、塩野氏へいざ再チャレンジ!
15世紀末、当初のイタリアは今のように国家が出来上がっておらず、ナポリ王国、フィレンツェ共和国、ヴェネツィア共和国…というような小国家が群生している状態であった
誰も「イタリア」と言葉にしないような時代に、統一国家を目指そうと野心あふれる一人の男
それがチェーザレ・ボルジアである
父が法王であり、その父がチェーザレをバレンシア大司教に抜擢、さらにバレンシア枢機卿へ任命…こんな感じでボルジア家の継承者へという思惑があったのだが…
ある時期になると彼は枢機卿を返上し、大司教の職を捨て、俗界に降りることを決意
そこまでしてなし得たかったことは自分の力で統一国家をつくり上げることだ
父である法王の教会勢力を操り、政略結婚によって得たフランス王の援助をとりつけ、目的のためなら手段を選ばず、たとえ身内を手にかけても己の野心を全うする
誰もがチェーザレの残虐さとしたたかさと強大な野心に恐れを抱くようになる
そしてついに反逆が始まるのだが…
どれだけ孤独になろうとも彼の野心は衰えを知らない
が、勢いだけでもない
忍耐強くしぶとく、そして裏切りは決して忘れず許さない
どれだけ時間をかけ待ったとしてもやると決めたことはやり抜くのだ
そしてあらゆる決断を一人で下す
誰の助言も必要としない
どんな作戦かも、今からの行動さえも家臣に語らない…
織田信長みたいである
孤独でただ戦うことと己の野心のみで生きたチェーザレ
話をすることはなくても立ち止まることはない…
ルネサンス期を生き急ぐように駆け抜けた!
(本当に飛ぶが如く、いつもいつも奔走している)
そして31歳という若さで命をおとす
チェーザレに関わった偉大な歴史的人物として2人が登場
■レオナルドダヴィンチ
チェーザレはダヴィンチに国土計画を依頼した
この書では似たもの同士が良い相乗効果で…とあるが、以前読んだウォルターアイザックソンの「レオナルド・ダ・ヴィンチ」を思い出す
レオナルドはチェーザレに仕えるものの結局チェーザレの残虐さに嫌気を指すとあった
レオナルドは20年以上も軍事技術者になることを夢見てきたのだが、平和主義思想で不和や戦闘はごめんだと言っているのに、武術に興味がある…という葛藤があったようである
■マキャヴェリ
マキャヴェリは曰く
「チェーザレ・ボルジアは、残酷な人物とみられていた。しかし、この彼の残酷さがロマーニャの秩序を回復し、この地方を統一し、平和と忠誠を守らせる結果となったのである。」(メディチ家に献言するために執筆した「君主論」による)
本書ではチェーザレはもちろん他人に一切心の内を見せることはなかったようであるが、それなりにマキャヴェリを気に入っていたようである
チェーザレのセリフがほとんどなく、
そのためチェーザレの心境を読み取る…という小説のようにはいかない
実際記録が少なかったようで、ある意味史実に忠実な描写ともいえるのかもしれない
しかしそれでもチェーザレの強い意志と颯爽とした様子は勢いよく伝わり圧巻ではあった
地名や職業的地位、人物が混乱するほど多く出てくるため、これはまたもや挫折か…と途中で焦ったが、今回こそは1冊なんだから!と混乱しそうな部分はメモを取りつつ進めた(この時代のイタリア史の知識が豊富ではない限り、理解して読み切るのはなかなか大変である)
やはりどうも相性が宜しくないようで…
楽しめたかというと微妙である
うーん何故だろうか…
それでもチェーザレの人生とこの時代のイタリアに触れられたことはなかなかの経験だ
刃の薄く鋭いナイフが何度もビュッと耳元で鳴っているような気がした詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
塩野七生さん初期の作品で、独特な作風によるお得意の記録文学です。
この作品によって、日本に「チェーザレ・ボルジア」という人物を広く知らしめることに貢献したといえますね。
初期の作品ということで、文章表現に若干の拙さを感じる部分があることや、チェーザレ以外の人物が唐突に登場し過ぎて誰だっけと思うようなことなどはあるものの(笑)、疾風が如きチェーザレの人生に遅れまいとするかのような疾走感溢れる物語展開で目が離せず、とても面白かったです。
父に法王アレッサンドロ六世を持ち、ヴァレンシア大司教から枢機卿という聖界のトップに立ちながらその座をいともあっさりと捨て去り、俗界ではヴァレンティーノ公爵となり教会軍総司令官としてロマーニャ地方を平定、ロマーニャ公国設立ひいてはイタリア統一も射程にいれていたが父法王の死に伴い没落、31歳の若さで戦死するという波乱な人生には憧憬を禁じ得ないです。まさに人生を大いなる野心のもと凝縮して駆け抜けいったという感じでしょうか。しかも、美青年ということでもあり。(笑)
内外を恐怖させたチェーザレの、ロマーニャ地方を蹂躙するかのような過酷で果敢な攻めや、平気で二枚舌を使う悪辣さ、酷薄な戦後処置は、彼の冷徹さ、残虐さ、冷酷さを如何なく示すものであったのに対し、それが一転、それと対称となるかのように坂道を落ちるがごとく没落し、哀れを感じざるを得ないほどの落ちぶれようには目を瞠らざるを得ないですね。
例えていうなら、若さに任せてぶいぶい言わせてきたやんちゃな若者が、鼻っ柱をへし折られ往時の影もなくなってしまったという感じですかね。
何だ、それならどこにでもいそうなヤンキーな兄ちゃん・・・ではやっぱりないか・・・。(^_^;
落ちぶれた様は何だかこちらまで哀しくなってきました・・・。
目的のためには手段を選ばず、己の欲望のみに忠実で計算高い。裏切り者には冷酷な報復を行い絶対に許さない。
こうした彼の手法はニッコロ・マキアヴェッリをして統治のお手本だと言わしめるとともに、互いに過度な干渉はせず互いの才能を利用するだけ利用しようとしたレオナルド・ダ・ヴィンチとの関係といい、やっぱり才能ある人のまわりには才能ある人が集まってくるのですね。
自分も集まりたかったなあ。うそ!(笑)
イタリアの歴史や地理に疎いので地名や人物は何度となく地図や人物紹介を参照する手間があったことや(特に地名はどこに征服に向かったのか都度確かめた(笑))、記録文学という手法からチェーザレを含む登場人物の心情描写がほとんどなかったのはまあいいとして、登場人物の中でこれは重要と思われる人でさえ描写が少なかったこととか(妹ルクレツィアとか弟ガンディア公爵ホアンとか、あるいはジュリアーノ・デッラ・ローヴィレ枢機卿とか)、部下の反乱に至った背景を知るにはあまりにも唐突感があったことなど、もう少し丁寧に描いてもらえればより理解が深めれたと思うシーンが多々あったことは否めないながらも、冒頭の「読者へ」で作者自身も若書きということで欠点はあるけれどあえてそのままにしてあると書いてあって、そのような「若さ」も含めてページ数を感じさせないスピード感が魅力的な物語であったと思います。-
延長線上というより、ど真ん中ストライクですね(笑)美青年君主だけでなく美青年従者をセットで描くところがポイント(?)と思います。
塩野...延長線上というより、ど真ん中ストライクですね(笑)美青年君主だけでなく美青年従者をセットで描くところがポイント(?)と思います。
塩野さんは最近はギリシア人の物語を書いているそうですね。中でもハンニバルの戦いの巻が銀英伝ばりに面白いという噂を小耳に挟みました。いつか読んでみたいものです。
2017/06/20 -
2017/06/20
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佐藤史緒さん、こんにちわ。
コメントいただきありがとうございます!(^o^)/
ははは。やっぱりど真ん中でしたか!(^o^)
どー...佐藤史緒さん、こんにちわ。
コメントいただきありがとうございます!(^o^)/
ははは。やっぱりど真ん中でしたか!(^o^)
どーりで美青年くさい(?)と思いました!(笑)
なるほど、従者も美青年!?確かにその通りでした。ワン・ツー連続で怒涛の寄せということですね!(笑)
塩野さんの描くハンニバルの戦いは銀英伝ばりなんですか!
それは機会があれば是非読んでみたいところですね。(^_^)
ハンニバル将軍といえばアルプス山脈越えが有名ですが、そういえば銀英伝にも似たような話があったかも。(笑)
ご紹介いただきありがとうございました。m(_ _)m2017/06/21
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久々に読んだ。
学生の頃に妹に勧められて読んで、大好きになったチェーザレ•ボルジア。顔もイケメンだったらしいけど、何より生き様がイケメン過ぎる。昔の地図や現在のGoogleマップを見たり、衣装や肖像画を検索しつつ読みました。
15世紀後半にイタリア統一の野望を掲げ、自らの軍も国も持たない所から、イタリア全土の1/3を支配下にしたチェーザレの物語です。
まぁ、軍と国は持ってなかったけど、法王の息子で、18歳で枢機卿に任じられてるし、“今世紀で最も美しい武将”と言われてたようだし、カリスマ性も賢さも持ち合わせてたようなので、持ってたものも多かった。
政治的手腕に長けていたようで、フィレンツェの大使としてチェーザレと接していたマキャヴェッリは、『君主論』の中で“理想の君主”と称えてます。
また、国土計画に関心があったレオナルド•ダ•ヴィンチは自分の理想を共同で実現する友人としてチェーザレと行動を共にします。
チェーザレの簡単な経歴を
1475生まれ
1493年 18歳で枢機卿に(パパは法王)
1498年 枢機卿の地位を返上
イタリア統一の野望のため動き始める
1502年 元々法王領だった土地を取り戻したりして、イタリアの1/3に当たる中部を支配下に置く。
1503年 父である法王が病で亡くなる
チェーザレも同じ病に倒れる
(多分マラリア)
完治する前に捕らわれたり、逃亡したりしつつも、義兄の国で再び戦いに参加するが、、、
1507年 31歳で亡くなりました。。。
いつの日かイタリア•スペインに聖地巡りに行きたい。
惣領冬実さんの『チェーザレ 破壊の創造者』も面白いのでオススメです。なんせ惣領冬実さんだから絵も美しくストーリーも素晴らしい。12巻が出てから5年経つけど、、、信じて待ってます。
内容が濃ゆいのと、物語の中ででも長生きして欲しくて1週間かけて読みました。 -
どこにあるのか、わからない!とにかく良い!
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2020/08/16
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塩野七生女史の作品に、サロメの乳母の話
という、面白く、読みやすい、短編集が、ありますよ。解説は、田中康夫氏です。いまよんでも、楽しく、オシ...塩野七生女史の作品に、サロメの乳母の話
という、面白く、読みやすい、短編集が、ありますよ。解説は、田中康夫氏です。いまよんでも、楽しく、オシャレな文庫本です。♪2020/08/21 -
2020/08/21
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従来のチェーザレのイメージとは異なり、マキャベリの「君主論」に近い英雄的な姿を表した書。
読んでいて半世紀遅れて日本に現れる織田信長にとても酷似していると感じた。手向かうものには容赦なく冷酷に対峙するが、能力を認めた者(この場合、ダビンチ)は登用し、近くに侍らす(マキャベリ)。
30歳そこそこで死んだチェーザレは時代を駆け抜けた英雄であったことには間違いない。-
2019/11/16
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おはよう御座います。
コメントありがとうございましす。
今日は本当に快晴で気持ちがいいですね。
充実した1日をお迎えください。おはよう御座います。
コメントありがとうございましす。
今日は本当に快晴で気持ちがいいですね。
充実した1日をお迎えください。2019/11/16
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父が法王に選ばれた時から死に至るまで、読み終わって、この量に随分圧縮されたんだなという感想。
作者の筆致はとても濃密なのだが、要所をていねいに取り上げていて、きっと現実的な時間感覚で取り上げてしまったら何倍の量になっていただろう。
父によって枢機卿に選ばれ、緋のマントを身につけていた頃は、まだ聖職者としての面影もあったように思うけれど……。
それでは、「ここまで」しか行けないという、限界も見えていたのだろうか。
金と力を手にし、還俗するという荒技を為してしまう中盤は、フランスを盾に持ち、イタリア中をボコボコにして回り始めるチェーザレ。
他の本では、殊にその美貌を取り上げられていたりするけれど、備わっているものでは満たされないのか……。
正直、この中盤はもっと描かれても良いと思うけど、全体から見ると致し方なし。
マキアヴェッリとかダヴィンチとかのくだりも、短いけどめちゃくちゃ面白い。
君主論未読が悔やまれる。
マラリア感染以降、おのれ後一歩で、、、の展開を迎えるチェーザレ。
まさに波乱万丈。
たった一人の青年に、これだけのドラマが詰め込まれる。人間、恐るべし。 -
<チェーザレ•ボルジアあるいはイタリアの織田信長>
あるいは
<塩野七生の最も愛した男>
誰もイタリアという概念を持たない群雄割拠の時代に、父親であるボルジア•ローマ法王の後ろ盾を得て、イタリア統一を目指す青年、それがチェーザレだ。
誰も日本統一などという発想を持たず、隣国との領土争いに明け暮れていた戦国時代。それは武田信玄にしても同様だ。
そんな中、信長一人、日本統一という目標を設定して、それに向けて行動していった。
その信長に半世紀先立って、イタリア統一を目指したのがチェーザレ•ボルジアなのだ。
二人とも志半ばで死んでいる。
塩野七海が最も愛した人物、それはカエサルでも、マキャベリでもなく、この破天荒の英雄チェーザレ•ボルジアだった。
チェーザレに組みすべきか否か、悩んだフィレンツェ共和国がチェーザレの元に送ったのが、マキャベリだった。
そしてライヴァルであるチェーザレに惚れたマキャヴェッリは、その著作「君主論」のモデルを、フィレンツェの君主ロレンツォ•デ•メディチではなく、このチェーザレとした。
塩野は「わが友マキャヴェッリ」で、マキャヴェッリを描くが、本当の目的は、マキャヴェッリの目からチェーザレを見ることだったと言える。
それだけ、チェーザレを愛していたのだ。
読書の連鎖は止まらない。
次に手に取るのは同じ作者の「わが友マキャベリ」だ。 -
中盤までは、チェーザレ・ボルジアのことを
「なんて傲慢、勝手ではた迷惑な人物だろう。この人には幸福でない、志半ばで夢破れるような死が望ましい。」と本気で思っていた。
それが、終盤に近づけば近づくほど、最終的には完全に彼に惚れてしまっていた。
彼はまだやれた。もっと大きな物を作れるだけの、魅力も才覚もあった。ならば彼の作る世界が見てみたかった。という気持ちになっていた。
塩野七生のチェーザレ・ボルジアへの愛を、思い切りそのまま私も吸収しちゃったなぁ。
イタリアの実現に向けて物凄い熱量で駆け抜けた彼の原動力、根底にあるものってなんなんだろう。
名誉や支配欲?彼が思い描く素晴らしい世界実現のため?
色々考えたけれど、そこがいまいちわからない。
あそこまでの熱量を注ぐ原動力たるものってなんなの??理由なんてないの?
魅力的なチェーザレ・ボルジアが描かれた、とても面白い作品でした。
巻末の沢木耕太郎の解説もとてもよいです。 -
チェーザレ・ボルジア。
イタリアが統一される前の乱世の英雄。
日本で言えば、織田信長のような存在。
「わが友マキアヴェッリ」に何度となく名前が出てきて、マキアベッリの「君主論」にも当然登場する、チェーザレ・ボルジア。
手段を選ばず勢力を伸張しながら、時代の流れに乗り切れず31歳の若さで逝ってしまった。
時に残虐に、時に政治の力を駆使して強敵を倒していく姿にワクワクさせられた。
1500年前後といえば、日本は応仁の乱が終わった後の戦国時代に突入しつつある時期。
イタリアも複数の王国が割拠している時代で、法王の子という背景をフルに利用しながら統一の夢を見たチェーザレ。
戦国武将にワクワクするのと同じ憧れを彼に持ってしまうのだ。
解説で沢木耕太郎も書いているが、この本を傑作たらしめているのは、塩野七生のチェザーレの愛なのだろう。 -
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まず、タイトルが美しい。本書16ページの、チェーザレ・ボルジアの肖像が、「あるいは優雅なる冷酷」という言葉を裏付けるようだ。
読後感は、「燃えよ剣」を読み終えたときに似ている。目的のために手段を選ばなかった、という点でも、チェーザレ・ボルジアと土方歳三はどこか似ているような気がする。その生涯の短さも。その最期の姿さえ。
たった31年の生涯に、良くも悪くも、彼はどれだけのことを成したのか。成し得たことは彼の才によるものだが、没落は、彼の政治的基盤がすべて法王たる父にあったことが原因だろう。父の死のタイミングこそが、彼の命運を決したのだと思う。華やかに表舞台に登場し、瞬く間に上り詰め、あっという間に失墜した。
イタリア統一。
ガリバルディによるそれは、確か19世紀半ばのことだ。チェーザレが生きたのは、15世紀後半から16世紀に入った頃まで。歴史に「IF」はないけれど、父である法王があのときに死ななかったなら、そしてそのときにチェーザレ自身が病床についていなければ。イタリア半島が「イタリア」になったのはもっと違う日だったのではないかと、そんな壮大な夢を見たくなるような人物に、塩野氏はチェーザレを書き上げている。
マキァヴェッリの「君主論」は、現代の政治・国家のあり方にはなじまないものであるかもしれないが、確実に、「それ」を必要とした時代があった。少なくとも、マキァヴェッリはそう信じ、彼をそう信じさせるに足りうる人物がその時代には存在した。
チェーザレ・ボルジアというのは、たぶんそんな人だった。 -
なぜ人間の中には、どうしようもなく悪に引き寄せられる部分があるのだろうか。
欲望のままに生きる姿を心の底ではうらやましく思うから?
目的のために手段を選ばぬ強さに憧れるから?
大抵の人間は当為の声に従って生きていくが、稀にそうでない人物も現れる。
チェーザレの所業はお世辞にも褒められたものではなかったが、それでもどこか惹かれる部分がある。
悪の美学という言葉がよく似合う男だ。
そもそも悪とは何なのか、どう定義づければ良いものか、考え始めたら自分でもわけがわからなくなった。
彼の理想とした王国を見てみたかった気がする。
彼は政治のうえでは冷酷にして残虐な面もあったが、無意味に民衆を傷つけることはしなかった。 -
塩野七生さんの初期作品、最近でこそボルジア家の研究が進んでいるが、発表当時「中世のイタリア史」に興味を持つ読者は少なかったはず。
内容は「ローマ人の物語」より濃い。塩野七生さんの才気爆発の一冊。
ダ・ヴィンチとの出会いも、さもありそうな設定。
チョーザレ・ボルジアというより父親であるローマ法王アレクサンドル6世の海外ドラマシリーズを「ボルジア欲望の系譜」「ボルジア家 愛と欲望の教皇一族」2シリーズ続けて観た、観てしまった。
今日のバチカンやカトリック教徒はこのドラマの描く酒池肉林のローマ法王庁世界をどう評しているのだろうか、嫌悪と否定というよりあきれかえって言葉もないのではなかろうか。
キリスト教に縁のない日本人視聴者としてはあまり知ることのない15,6世紀のイタリア情勢をなるほどと関心しながら興味本位に観てしまった。
日本人がチョーザレ・ボルジアを知るのはマキャベリが君主論で理想の君主としてあつかわれていることの意外性、あるいは塩野七生の「チョーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷」でのチョーザレである。
15,6世紀の日本といえば応仁の乱後の室町、安土桃山の戦国時代、織田信長をチョーザレ・ボルジアに見立ててもそう違わない。
マキャベリが君主論で「君主が臣下に忠誠させるためには残酷であっていいし、君主は恐れられるべき」といえば「君主論」はまさに秀吉、家康の方法論である。
超人的な武将チョーザレもアレクサンドル6世が亡くなると力を失いスペインに亡命を余儀なくされる。
マキャベリが「イタリア統一と安定」期待の君主はわがままな坊ちゃまにすぎなかったが、はるか彼方の島国で「君主論」と同じ方法論が実践され3世紀も統一と安定が図られた、とは皮肉である。 -
チェーザレ・ボルジアの生涯を描いた塩野作品。惣領漫画「チェーザレ」とあわせて、チェーザレという人物、また中世イタリア自体に興味を持った。冷静な意思決定と大胆な実行。現代を生きる自分の中で、殊更響いた教訓。
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塩野七生初期の作品。
チェーザレ・ボルジア。
あまり名が知れていない歴史上の人物。
僕も読むまで知らなかった。
時代はルネサンス期イタリア。
法王アレッサンドロ6世の息子として生まれる。しかし枢機卿という地位を脱ぎ捨て剣をもち、父の教会勢力を背景に弟、妹、妻を政略に使いロマーニャ地方を征服する。そこに自分の王国建設を目論むんだ。イタリア統一という野望。
この野望に塩野七生の筆は寄り添う。読み進めていくうちに自己に忠実に生きようとするチェーザレの姿に爽快感を感ずるようになる。
チェーザレと同時代を生きたマキャヴェッリはこう書いていたそうで。
- 政治とはいかに目的を達成するのかという手段の裡にある。そして政治の目的は支配権の確立であり、手に入れたならばそれをいかに強固にするかというアルテ(手段・技能)である -
マキャヴェッリの理想の君主像を地でいくチェーザレの政治はまさに「政治とは可能性のアルテ」そのままだ。チェーザレの王国建設の過程を読むと支配権の拡大と確立をいかに効果的に行うかというアルテ=政治を見出すことができる。
しかし、デビュー当時から塩野さんはこういった男性が好きなんだなぁ。冷徹で合理的。価値や倫理道徳に捉われず真に自由な精神をもった、苛烈な生を送る官能的な男性。
こんな政治家、いまの日本に欲しいと。って馬鹿な妄想をしてはダメかね。。。 -
すんなり読み下せない日本語が多くて読みづらい。この修飾語はどこにかかっているのか?主語はどっちなのか?指示語はどれを指しているのか?もちろん、注意深く読めばわかるのだけど、つまり注意深く読まないと何行か戻って読み直すはめに。文の組み立てを工夫すれば読みやすくなるのになー?
エピソードは盛りだくさん。イタリアはさほど大きな土地ではないけれど、小国がひしめき、チェーザレは謀略をめぐらせ軍隊を率いて駆け回る。しかし中盤あたりは似たような繰り返しのように思えて、何度も読むのを挫折しそうになった。
歴史書のような体をなし、小説ではないので内面描写はでてこない。それゆえ登場人物の行動にいまいち合点がいかぬまま、「よくわからないけど、でも史実ではそうなっているのね?」といったところも多数。
織田信長を連想してしまうのはわたしだけか。親に大事にされ、親の威光の下で躍進していた点では違っているが。そばにいて欲しくはないが、遠くから見ている分には魅力的な人物だと思う。
そういえばチェーザレに関する話を読むのは3つめ。最初に川原泉の「バビロンまで何マイル?」でチェーザレのエピソードを読み、連載中の惣領冬実の「チェーザレ」も読んでいる。それぞれチェーザレのイメージが似ていたり、違っていたりするのが面白い。惣領さんの描くチェーザレは文句なくかっこよく、良心も持ち合わせているように思えるけど、この先どうなるかな…。 -
p.48まで。
もう少し物語的に楽しく読めるかと思ったが、違ったので断念。 -
これほど美しいタイトルがあるでしょうか。そのくらい惹き付けられる題名です。
イタリア史に名高いチェーザレ・ボルジアの生涯を描いた叙述詩。悲劇と策略に彩られた華麗な人生を冷徹な筆致で描くのは塩野さんのお家芸といいますか、初期の頃から見事としか言いようがありません。 -
ひと昔前にありがちな表題ですが、付けてやったぜ感満載で作家は酔ったなという気がする。
さておきこの作家のトーンにはやっぱり最初から合ってないんですな、当方は。それがはっきり分かりました。
歴史書でもなく、小説でもなく、塩野噺だということで、独自路線を築き上げたのは凄いことだけれども、個人的には惹かれない。
そんなに好きではないけれども、司馬遼の方がずっと面白いなぁ、このお方より。まぁ好みの話です。
しかしマンガの「チェーザレ」、その後どうなってんでしょ?この本を読んでしまったので、色んな意味で気になってますわ。
この本が好きな人におすすめの本
塩野七生の作品
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