ローマ人の物語 10 ユリウス・カエサル 下 ルビコン以前 下 (新潮文庫)
- 新潮社 (2004年8月28日発売)
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感想 : 150件
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Amazon.co.jp ・本 (240ページ) / ISBN・EAN: 9784101181608
みんなの感想まとめ
歴史の渦中での英雄的なドラマが展開され、カエサルの物語は緊迫感に満ちています。ガリア戦役の終息を迎え、彼の前にはヴェルチンジェトリックスが立ちはだかり、ルビコン川を越える決断が迫られます。この瞬間が、...
感想・レビュー・書評
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「ローマ人の物語 (10) ―ユリウス・カエサル ルビコン以前〔下〕― 」(塩野七生)を読んだ。
カエサルの前に立ちふさがるヴェルチンジェトリックスという長い名前のガリア人。惜しかったねー。
そしてとうとうルビコン川なのである。
『進もう、神々の待つところへ、われわれを侮辱した敵の待つところへ、賽は投げられた!』(本文より)
すごく印象深い文章を引用する。
『なぜなら、感情とはしばしば、理性で必要とされる限界を越えてまで、暴走する性質をもっているからである。』(本文より)詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
読む手が止まらないとはこのことか。ガリア戦役が終わって、三大巨頭のクラッススやポンペイウスの動きも活発になっており目が離せない。
ローマ一の富豪であったクラッススは唯一手にしてなかった軍事的な成功を得るための遠征へ。そして、ポンペイウスは反カエサル派の暗躍によって共闘体制から対立する立場へ。
様々な立場の者の思惑が複雑に入り乱れて、政局での駆け引きがとにかく激しい。いよいよカエサル vs ポンペイウスのローマ人同志の頂上決戦が繰り広げられる。とにかく胸熱の展開。 -
カエサルが英雄って呼ばれるのも頷けるよ…。元老院の力を抑えつつ、自分のやりたいようにするなんて…凄技すぎる。カエサル、カイザーっていう皇帝っていう言葉の由来にまでなってるんだからね、皇帝にまでなれなかったとしても、甥っ子のオクタウィヌスが成し遂げてくれとるからね…!!
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クラッススパルティア遠征そしてカッレの敗戦
青年クラッスス自死
パルティアの貴公子スレナスは、彼の名声が自分をしのぐのを恐れた王オロデスにより、30歳にして事故と見せかけ殺されます。
ガリア戦役7年目ではオーヴェルニュのヴェルチンジェトリックス(フランス最初の英雄←WIKIより)が立ち上がりガリア総決起。
ヴェルチンジェトリックス善戦するもアレシア攻防戦でカエサルに完敗。
>「ヴェルチンジェトリックスは自ら進んで捕らわれの身になった」
キケロによればカエサルは若い頃の自分自身に似た性格の若者を愛した。オーヴェルニュの若者はおそらくカエサルが軍団長にでも欲しいと思った人材であろう。しかし歴史は、そのような逸材は敵側にしかもてなかったという例で満ちている。
以降ガリアはおとなしくなります。
そしてこれだけの活躍をしたカエサルを、元老院は国家の敵、国賊として潰そうとします。
ポンペイウスを取り込み。
13年間カエサルと苦楽をともにして戦ってきたラビエヌスを取り込み。
「賽は投げられた。」
ひとつひとつの事柄を受け止めるのに大変なんですけど、ガリアとゲルマンの比較やアステリックスのところでちょっとリラックスできます。 -
『ローマ人の物語10 ユリウス・カエサル ルビコン以前(下)』塩野七生
読了。カエサル、ルビコン川を渡る。
「賽は投げられた!」
もうめちゃめちゃ面白い。
カエサルには通底した信念があった。巨大化したローマにおいて共和制は対応できていない、おそらくは帝国的なる形を取るしかないのではと考えていた。
これに近しいことを、現代日本の哲学者、東浩紀さんが言っていた。要約すると「スケールが大きくなると民主主義が機能しなくなる」東さんはロシアや中国を念頭に置いていた。
しかし、ここで念頭に置いておくべきなのはカエサルはロシアのプーチンとも、中国の習近平とも異なり「母国のシステムを母国のために破壊しよう」としていた。
ポンペイウスも、ラビリエヌスも、キケロも、小カトーも、皆が魅力的。
しかし、もう圧倒的にカエサルが一貫してる。一貫性のある人間を人は信頼する。
一貫するということは、それだけ初心が強く、つまり当初からよくよく考えて迫るものを抱えていたからブレないのだろう。
次を読むのがとても楽しみです。カエサル編大変に面白い!!! -
ガリア戦役6年目から8年目にかけてのガリア民族との戦いがこの章の内容です。
紀元前53年にパルティアに総司令官として遠征したクラッススが敗北し、殺されます。三頭政治の一翼を占めていた彼の死に元老院派は、大きくなるカエサルの存在を恐れます。庶民派として人気のあったクロディウスが元老院派のミロの一派に殺される事件もあり、表舞台にポンペイウスを引っ張り出し、「一人執政官」として選びます。こうしたローマの政情不穏もある中、カエサルは、7年目にガリア民族の大団結の一大蜂起に遭います。ガリア民族にはまれな強力な指導力を発揮した若き総司令官がいたのでした。そのためカエサルは動きを読まれてしまい、撤退を余儀なくされる絶対絶命の危機に襲われます。しかし、会戦を選んだ敵により結果的に救われます。アレシアというガリア人の信仰を集める聖地に立てこもる作戦を見て、ローマ軍お得意の包囲網建設という土木工事を施します。この辺りは詳細な図説付きで筆者も、…理工系でない私はやれやれと思ってしまう。…と苦笑。全く、カエサルの現場監督ぶりには驚嘆するところです。
こうしてアレシアでもカエサルは完勝し、戦後処理を終えますが、息つく間もなく次に、元老院派との法律と言論を武器にした闘いが待っていたのでした。カエサルは逡巡しながらも、新秩序の樹立を目指し、ローマ人同士の内線を招くことを意味するルビコン川を越えます。賽は投げられた!と叫びながら。 -
ガリア戦記6年目〜8年目(戦後処理)+ルビコン川渡河直前までの話。しかし、本当に不思議。ローマで活躍したのは実質的に執行官になった1年くらいなのに、ガリア戦記が終わるや否や、元老院の引きずり下ろしに対して、ガリアに居ながら手を打てるってどういうことなんだ。もちろんガリアでの活躍は華々しいのだけれど、民衆だけでなく、政治の中枢まで関与できるイメージがまったく湧かない。それほど突出した人間、文字通り時代の寵児だったんだと思う。
P177
虚栄心とは他人から良く思われたいという心情であり、野心とは、何かをやり遂げたい意思であると思っている。他者から良く思われたい人には権力は不可欠ではないが、何かをやり遂げたいと思う人には、権力は、ないしはそれをやるに必要な力は不可欠である。ところが、虚栄心はあっても野心のない人を、人々は、無欲の人、と見る。またそれゆえに、危険でない人物、と見る。かつがれるのは常にこの種の「危険でない人」である。
P196
しかし、人間誰でも金で買えるとは、自分自身も金で買われる可能性を内包する人のみが考えることである。非難とは、非難される側より非難する側を映し出すことが多い。 -
賽は投げられた
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ガリア戦記最終局面
かの有名な「賽は投げられた」で締められる本作は戦争屋のみならぬカエサルの才能をまざまざと見せつけられる。
何事も強い意志と行動力がなければ改革は成し遂げられないと言われるが、ここまでやれるからこそ英雄なのだろう。名経営者と呼ばれる人達もこのような強いリーダーシップを持っているのかなと感じた。 -
■評価
★★★☆☆
■感想
◯いよいよガリア戦記も大詰め、相手もガリアを束ねてカエサルと伍して戦ったヴェルチンジェドリックスが登場。ガリア戦記の最終決戦を迎える。
◯一方ローマでは、ポンペイウスを取り込んだ元老院の反カエサル派が、元老院最終勧告を出すに至る。
◯かの有名な「賽は投げられた」のシーンが最後に出てくるムネアツなシーンが載っており、ルビコン以後も期待してしまう内容である。
●「ここを超えれば人間世界の悲惨。超えなければ我が破滅。 ―進もう、神々の待つところへ、我々を侮辱した敵の待つところへ。賽は投げられた!」 -
ガリア戦記最終章です。
ガリアの平定から内乱記に続くところまでのお話しになります。
とても刺激的で楽しい場面の連続でした。 -
ガリア戦記からの賽は投げられた、までの道のり。
最後の賽は投げられた、に胸が熱くなる。
ラビエヌス!君もルビコンを越えたんだね。
早く次が読みたくなる! -
「ローマ人の物語」の中で、カエサルを描く、8、9、10は面白かった。それまでは、中だるみがあったが、この三冊は一気に読んだ。ガリア戦記をもう一度読みたいと思った。
〇情報の重要性を知らない人間が相手を見くびるようになれば、普通でも入ってくる情報を集めることさえ怠るようになる。
〇カエサルは全軍を集め、兵士たちを叱った。ただし、叱ったのであって怒ったのではない、カエサルは怒るということを極度にしない男だった。
〇私はお前達に、勇気と誇り高い精神を望むと同じくらいに、謙虚さと規律正しい振る舞いを望む。
〇我々シビリアンは、軍人たちが隊列を組む訓練や規則正しい行進に執着するのを笑いの種にすることが多いが、これは物笑いにする方が間違っているのである。隊列が乱れていては、行軍でも布陣でも指令が行き届かない怖れがある。可能な限り少ない犠牲で可能な限り大きな成果を得ることを考えて、軍隊は構成され機能されねばならない。
〇叙述は客観的であらねばならないとやかましく言われることさえも、新聞週間のモットーのようなものではなく、自尊心によってしか達成されない。
〇安全は、防衛の努力なしには得られない。防衛努力には、金がかかる。故に税金は、必要である。
〇他者からどう思われようと意に介さず、かつ公的にはやり遂げたい何ものかを持たない人は、実質的な隠居人生に徹する方が、人間社会に害をもたらさないで済むのではないか。古代ではそのようなライフ・スタイルをエピキュリアンと呼んだ。これとは反対に、何かをやることで人間社会に積極的に関わるライフ・スタイルを選んだ人を、ストア派と呼んだのである。
〇人間誰でも金で買えるとは、自分自身も金で買われる可能性を内包する人のみが考えることである。非難とは、非難される側より避難する側を映し出すことが多い。
〇この内戦が終われば、カエサルは名誉を回復し、我々は自由を回復する。 -
ポンペイウスの活躍のおかげで、それまでの最大版図を支配するようになったローマ。軍の司令官としては優秀で民衆からも高い支持を得ていたポンペイウスだが政治には関心がなく、再び元老院支配が強まる。弁論の祖とも言われるキケロが活躍した時代。のちの英雄である若きカエサルはしばらく雌伏の時を過ごすわけだが、内乱によって命を狙われたり、借金して人妻をたぶらかしたり、海賊に囚われたかと思うと身代金の値段を自ら跳ね上げたりと、荒唐無稽・破天荒な青年期を過ごす。敵方の衰退によりやっとローマに戻ってからは、それまでとは別人のように、ただし慎重に頭角を表す。ここまでが8巻。元老院を抑えて実権を握ってからは、歴史でも有名な三頭政治を実現し、自らはガリアの平定に赴く。このガリア戦記が9巻と10巻。ガリア戦記はそれだけで書籍になっているし、それを題材にした様々なファンタジー小説や映画にもなっている。カエサルの将としての才覚が遺憾無く発揮され、現在の西ヨーロッパの原型ともいうべき町や街道が作られる。その時の街の名前が、2000年を経た今でも残っているというのは、先見の明というだけでは足りない神がかりな大事業。この後、元老院との対立が深まり、いよいよルビコン川を渡ることになる。ローマの長い歴史の中でも、一つのクライマックスを迎えることになる。
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長年のガリア戦役の末、ユリウス・カエサルはヴェルチンジェトリックスの軍勢を降してガリア全域の平定に成功する。しかし首都ローマでは反カエサルの元老院派がポンペイウスを抱き込み、カエサルを排除する動きがますます強くなる。追い詰められたカエサルがルビコン川を渡る決断をする、その直前までを扱った一冊。
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本編はガリア戦役後半部およびルビコン川渡河までの物語です。本編ではまたもカエサルの軍事家、政治家としての手腕の高さが如実に示されていることに加えて、物書き(ガリア戦記)としての才能の高さも示されています。正確には口述筆記ですが、カエサルの文章は飾らず、自分に酔わず、物事を客観的に述べながらも読者を惹きつけるやり方が著者によって説明されています。私の周りにも会議などの発言録をそのまま文章にして、校正なしに本が出せる人がいますが、カエサルも頭の中がものすごく整理されていた人物であったことと思います。
ガリア戦役最大の正念場、アレシアの戦いについては包囲模式図や陣地断面図などが掲載されているので大変親切でした。ほかの巻同様是非購入し、休日にでも一気に読んでください。 -
カエサルの人としての魅力が強烈に伝わってきて、非常に惹き込まれた。
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ガリア戦役に突入してからのカエサルの目覚ましい活躍。ここに至るまでの構想が明確にカエサルの頭の中にあったのだろう。そうでないと揺るぎない意志で戦うことが出来なかったように思う。
カエサルがガリアをローマ傘下に治めたことが、今のヨーロッパという政体の根源なのだろう。
境界のない違う民族同士が争いあっている時代に法律の基づいて国を治めようとしているローマ人を不思議に思う。
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