ローマ人の物語〈26〉賢帝の世紀〈下〉 (新潮文庫)

著者 : 塩野七生
  • 新潮社 (2006年8月29日発売)
3.82
  • (66)
  • (77)
  • (99)
  • (4)
  • (1)
  • 本棚登録 :726
  • レビュー :43
  • Amazon.co.jp ・本 (196ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101181769

ローマ人の物語〈26〉賢帝の世紀〈下〉 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

並び替え:

表示形式:

表示件数:

  • 治世21年のうち約12年間帝国辺境の旅をしたハドリアヌス。
    47歳のスペイン滞在中に総督官邸の庭園を一人で散策中に刃物を持った奴隷(暗殺ではなくて狂気に冒されていた)に襲われても助けを呼ばずに取り押さえしかも罰を与えず治療をほどこすように命じたというエピソードがありました。

    でも最後の旅を終えてローマに帰還してからは、まだ60前後というのに体調をくずし、性格も悪くなっていきます。
    後継者を考えているときに姉の夫が孫(ハドリアヌスの姪の息子)を持っていこうとしていることを知り、皇帝暗殺を謀ったという罪でその祖父と孫に自殺を強要します。
    ここで元老院は冷水を浴びせかけられた思い。

    ハドリアヌス本人も辛くて死にたかったのですが、なかなか死ねません。
    やっと亡くなったところで、元老院議員喜び、ハドリアヌスの神格化拒否となりそうなところ、慈悲深い次の皇帝アントニヌス・ピウスの熱意によりそれは免れましたが。
    あれだけ頑張ってきたのに。酷い、元老院議員。でもあの時代に生きていたらそんな風になってしまうかな。


    さてアントニヌス・ピウスについては次の皇帝マルクス・アウレリウスによる自省録が味わい深いです。
    勉強になります。

    この巻ではユダヤとローマの関係がとても興味深くわかりやすく書かれています。
    普通の人間関係にもあてはまるし、またユダヤのことが少しずつわかってきて楽しいです。

  • 15代目 アントニヌス・ピウス
    在位22年8ヶ月。
    ローマ帝国最盛期の皇帝。

    歴史家がなにも書くことがないくらい帝国内外が平和に治まっていた時代の皇帝。

    トライアヌス、ハドリアヌス、アントヌス・ピウスの3皇帝はローマ最盛期の中でも別格の皇帝と考えられ、次のように名付けられていたという。

    トライアヌス 「至高の皇帝」
    ハドリアヌス 「ローマの平和と帝国の永遠」
    アントニヌス・ピウス 「秩序の支配する平穏」

    戦争においても国内統治においても、めざましい業績をなにひとつ示さなかったものの、それだけ安定した時代を実現できたアントニウス・ピウスは、ことによるとトライアヌスやハドリアヌスよりも偉かったと考えるべきなのもしれない。

  • ハドリアヌス帝の死、アントニヌス・ピウスの治世と死。

  • 平穏な時代を保った二世紀のハドリアヌス、アントニヌス・ピウスの治世を描く。
    前者は帝国の辺境を見て歩き、帝国の防衛体制の磐石にした。今で言えば現場に近いところで仕事をしたということか。一方でユダヤ人に対して厳しい姿勢で臨んだり、晩年のローマ市民に抗う発言などで世間の不評を買い、生涯を終える。
    対する後者は包容力(inclusivene ss)を重視した統治。自分の考えを持ちつつも周囲の声に耳を傾け続けた姿勢が市民からの信頼を得た。
    ただし、前者が悪くて後者がいいというわけではない。前者だからこそ思いきったリストラ、つまり再構築を成し遂げることができた。
    状況に応じて求められるリーダーシップのタイプが異なることがここには書かれている。

  • 新しいものを創造するだけでなく、維持するのも同じくらいエネルギーがいる。評価されないだけにその分エネルギーがいるかもしれない。

  • 安全保障の重要性を誰よりも知っていたハドリアヌスは、治世の大半を使って帝国の辺境を視察し続け、帝国の防衛体制を盤石なものとした。しかしその責務を無事終えローマに戻ったハドリアヌスは、ローマ市民の感覚とは乖離する言動をとり続け、疎まれながらその生涯を終える。そして時代は後継者アントニヌス・ピウスの治世に移るが、帝国全域で平穏な秩序は保たれ続けた。それはなぜ可能だったのか。

  • アントニヌスーピウスは、jfだった。乱世は弱いが平時は穏健が勝る。

  • アントニヌス書くことなさすぎ

  •  ハドリアヌス帝の治世の後半とアントニヌス・ピウス帝の物語です。
     ハドリアヌスが帝国内が治世を通じて実施した帝国の防衛体制の再構築と,前任者達の業績をもとに,平和を継続させたアントニヌス・ピウス帝の穏やかな治世は,それぞれの時代に適合したリーダーに恵まれたローマの黄金時代にふさわしい内容だと考えて読んでいました。
     この「賢帝の世紀」で扱われた3皇帝であるトライアヌス,ハドリアヌス,アントニヌス・ピウス帝は,それぞれ自分に合ったやり方で統治し,それが時代に適合していたことも「賢帝」とされている理由だと考えます。

  • この巻はハドリアヌス帝の晩年とアントニヌス ピウス帝を描いてます。

    特に記憶に残ったのは、アントニヌス ピウス帝が養子として迎えたマルクス・アウレリスが皇帝時代に書き残した「自省録」の中でのアントニヌス ピウス帝像です。(詳しくは本書を参照ください)
    前略・・・
    この皇帝は、例えば、単に騒々しい拍手喝采やこびへつらいを嫌い、そのようなことにわずらわされないほうが責務の遂行がうまく進んでいる証拠と考えていた。後略・・・

    皇帝の地位にありながら、有り余るポジションパワーを使うべきところにだけ使い、パワーに驕り、おぼれることなく、公正で透明な政治を行い、かつ、皇帝の責務の何たるかの本質を理解していたのだと思います。

    そして、誰からも愛された。。

    52歳にしてこの境地に立つことができたとのだとすれば、・・・今の政治家と思い比べて確認しました。

    およそ想像できない所業であったと。

全43件中 1 - 10件を表示

塩野七生の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
有効な右矢印 無効な右矢印

ローマ人の物語〈26〉賢帝の世紀〈下〉 (新潮文庫)に関連するまとめ

ローマ人の物語〈26〉賢帝の世紀〈下〉 (新潮文庫)を本棚に登録しているひと

ツイートする