- Amazon.co.jp ・本 (582ページ)
- / ISBN・EAN: 9784101190310
感想・レビュー・書評
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世界最古の木造建築、法隆寺。1300年にわたり守られてきた宮大工の技術と叡知の数々が綴られている。法隆寺には釘が一本も使用されていない。釘を使うと錆びてしまい100年くらいしか保たなくなる。木材は、年輪を見て切る前と同じ方角に建てた方が長くもつ。どうして千年以上も前にそんなことが分かったのだろう。さらに、一流の宮大工になるためには、幼少時から修行せねばならず、高校を卒業してからでは遅すぎるというのも驚愕であった。
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宮大工の西岡常一さんと小川三夫さんによって引き継がれた技術と知恵が分かる。
法隆寺は建立されてから1300年も保っている。その材木には檜が使われている。飛鳥人の知恵が詰まった法隆寺だからこそ、1300年も保った。鉄も使わず、檜だけでこれだけの年月も保つことは凄いことだ。昔の人の知恵には驚かされる。
西岡さんと小川さんは、速成を求めるものづくりに危惧している。現代人の考え方についてもだ。人は全て同じではない。だから、全て同じものを求めることに価値はないのだ。
法隆寺の工人の口伝に、「百工あれば、百念あり、これをひとつに統ぶる。これ匠長の器量なり。百論ひとつに止まる、これ正なり」という口伝がある。工人は、いろいろな考えをもった人の集まり。その集まりをひとつにまとめることが棟梁の器量。
下の考え方や意見を無視しては、よい仕事ができないことが分かる。 -
『これで終わりやないんでっせ。造られたり、引き継いだ伽藍はこれからも残りますやろし、私らがやらせてもろうた塔や堂も、これから時間の試練を受けますのや。
百年、二百年たって、私らがやった塔や堂がどうなっていますか。そのことを考えてやったつもりやけど、どうなっていますか、見たい気がしますな。
三百年後に自分の造った西塔が東塔と並んで建っていたら、「よくやった」というて初めて安心できますがな。
私らの仕事は時代に教えられ、時代に育てられ、時代に機会を与えられ、その試験を受けてきたんですわ。私で終わりやないんでっせ。この後もこれから以上に続くんですから。』
時間に追われ、成績に追われ、利益に追われ、楽しくないことに時間をかけ、楽しいことに時間をかけず、楽しくないことで疲れ、自由な時間を休むことだけに使ってしまい、その先に何が残るのかと言えば、大したものは残らない。じゃぁ、何のために働くの?その生き方に意味はあるの?
そんな生き方を見直すのに良い作品。 -
職人世界を覗く。道具の手入れ、どの職業でも大切。でも、ここまで手入れするんだと驚く。
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頭ではなく体に伝える伝統の技術の粋。
話が本として残っているだけでも貴重。
薬師寺、法隆寺の見方も変わってくる。 -
『最期の宮大工』の異名をとった西岡常一氏と、その技術と志を受け継ぎ鵤工舎を設立した小川三夫親方とそこに集う若者たちのインタビューを収録したものです3巻が1冊になっていてとてもお得になっております。
僕は若いころの一時期、建築関係の職人の世界にいたことがあるのですが、ある人に
「有坂君。君には教養がありすぎる。悪いけれど君は決して職人にはなれないよ」
といわれたことがありました。その人のいうとおり、僕は職人の世界には後に決別してしまいました。しかし、現在の僕自身の物の見方や考え方のはその時の経験が色濃く残っております。
ここで言って置かなければならないことですが、僕自身は彼らのことを軽視するつもりは毛頭ありませんし、尊敬もしています。ただ、自分には合わなかったということでしょうね。残念ながら。
ま、それはさておいて、この本は『最後の棟梁』と呼ばれた西岡常一氏と、彼の唯一の内弟子である小川三夫氏、そして、鵤工舎に集った若い職人たちのインタビュー記事で構成されています。
僕はこれを読んでいて、
『ああ、自分にもこういうことがあったなぁ』
という感慨と
『自分にはこういうところやこういうノリにはついていけなかったなぁ』
ということが思い出されてきました。とても複雑な読後感でありました。
でも、現在残っている西岡棟梁の小川三夫棟梁にあてた手紙を見てみると、毛筆で書かれてあり、非常に達筆で『鬼』と呼ばれた男をしのばせるものがありました。
著者プロフィール
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