むこうだんばら亭 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (347ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101192239

感想・レビュー・書評

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  • 書き込みすぎの感も。

  • 目次より
    ・行き暮れて
    ・散り花
    ・希望
    ・男波女波
    ・旅の陽射し
    ・古い風
    ・磯笛
    ・果ての海

    この連作短編集に「むこうだんばら亭」などという店は出てこない。
    主人公が営む店は「いなさ屋」だ。いなさとは南東の風のこと。
    では、『だんばら』とは?

    “利根川の水が海とぶつかって生まれる大波をダンバラ波ということは、孝助も客から聞いて知っている”

    向こうにあるダンバラ波を見て、足が止まってしまった人たちが引き寄せられる店っていうところだろうか。

    屈託を抱えた者がダンバラ亭を訪れて、主人の孝助に相談して、なんとか人生をやり直すことができる。
    そんな話ではない。
    店の主孝助すら出てこない作品があるのだから、この場合の主役は店そのものなのかもしれない。
    店主の孝助、女将のたか。この二人は夫婦ではない。
    そして通いで店を手伝う少女、ぬい。
    この3人がほんの少し関わったことで、人生が変わったり変わらなかったり。そんな程度。

    銚子という街の特殊性。
    イワシ漁に沸き立つ祭りのような明るさと、醤油づくりという地道さと、突き当りの閉塞感。
    ダンバラ波を越えていければ何かが変わるのかもしれないけれど…。

    生活に困って駆け込む女や、日々の憂さを晴らしに飲みに来る男。
    全体にあまり幸せではない人たちの話なのだけど、「果ての海」では、孝助の止っていた時間が動きはじめるような終わり方で、希望が持てる。

    時を止めていたのは自分の心なのかもしれない。
    でも動けないのなら、その場にとどまってじっと時を待つことも、ひとつの生きる道なのだろうと思える。

    年のせいか、心に刺さったのは「磯笛」
    漁の最中に息子を大波にさらわれ喪った島蔵。自分の判断ミスだと、悔い続けている。
    そして妻を病で喪ったとき、初めて妻は大事な人であったと思い知る。
    何十年と漁師を続けても海は怖いと震えながら、村の若者を一人前の漁師に仕立て上げ、道を誤った男女に立ち直るための金を渡し、身辺を少しずつ整理してきた島蔵が最後にしようとしたことは…。

    生き様とか、死に様とか、考えてしまいますなあ。

  • 元女衒の男とその男に身請けされた女は銚子で「いなさ屋」という酒屋を開く。
    酒屋の裏で桂庵を営むその店にやって来る寄る辺なき人達の話。

    この店にやって来る誰もが生活に追われ、自分ではどうしようもない事情を抱えている。
    それがせつない。

    私はたった一人で機を織る女性に共感を覚えた。
    一人は淋しいけど一人は自由だ。
    幸福を自ら恐れて一人の生活を選ぶ彼女の気持ちがよく分かった。

  • 同僚に薦められた初乙川作品。
    短編に切れがあるとの評価が高かったので選んでみたのだが、この作家はあたりだった。最初の数編は海のそばの生活のどんよりとした空気が何とも胸にぐっと入り込み、暗さばかりが目立って入れ込めなかったのだが、そんな場の空気が短編ごとに登場してくる人物たちの境遇、心境と相まみえて徐々に取り込まれていく。
    情景描写も的確で、すっきりしない風景がまぶたのうらに焼き付いたころの最後の数編はじんと胸をうつ。
    特に終わりから2つ目の話、覚悟を決めた漁師の最後に至るシーケンスには引き込まれた。
    そして最終話は、しっかりと読者の心配を収束させていい読後感を与えてくれる。
    どの話にも共通するのは、余韻の残し方の良さである。
    読み終わった後に何か残るような書き方は、この作者の持ち味なのだろう。
    いま二冊目を読んでいるのだが、益々引き込まれつつある。
    いい作家は、まだまだ居るものである。

  • 2011.2.28(月)。

  • この作者の書く武家ものが好きなのですが、
    市井ものは初めて読みました。
    銚子を舞台にしたこの連作小説では、
    色々な思いを抱えた人々の様子が描かれています。
    登場人物に合わせて、海も表情を変えるのが面白い。

  • 乙川さんが尊敬する作家が山本周五郎。その周五郎の名作「深川安楽亭」を思わせる作品です。
    過去を背負った主人が営む小さな飲み屋が舞台であるいうシチュエーションもですが、常に頭上に重い暗雲が覆いかぶさっている様な雰囲気も良く似ています。
    見事な情景描写です。やはり名手だった藤沢周平さんが一見さらりと描いていたのに対し、やや力が入りすぎている様にも思えますが、言葉を選びぬいた雰囲気が伝わってきます。
    常に暗雲が立ち込めるような物語の中で、時々は薄い陽射しが差し込みます。というより、その薄日を描きたくて、この小説が書かれたのだと思います。それはとても爽やかで暖かくて。そして、それは物語の最後に見事に昇華されて行きます。
    久しぶりに手にとることの出来た見事な時代小説でした。

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著者プロフィール

1953年 東京都生れ。96年「藪燕」でオール讀物新人賞を受賞。97年「霧の橋」で時代小説大賞、2001年「五年の梅」で山本周五郎賞、02年「生きる」で直木三十五賞、04年「武家用心集」で中山義秀文学賞、13年「脊梁山脈」で大佛次郎賞、16年「太陽は気を失う」で芸術選奨文部科学大臣賞、17年「ロゴスの市」で島清恋愛文学賞を受賞。

「2022年 『地先』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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