智恵子抄 (新潮文庫)

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レビュー : 314
  • Amazon.co.jp ・本 (196ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101196022

作品紹介・あらすじ

附録: 悲しみは光と化す (草野心平著 147-163p)

感想・レビュー・書評

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  • わがこころはいま大風の如く君に向へり

    こんな風に誰かを想うというのは
    奇跡のようだなぁと思います

    あなたはわたしの全てとまで歌いそうな
    全編に溢れるような愛

    こういうことを思えるのが人間性であり
    愛情というのはほんとに奇跡のようなものだなと

    悲しみもすべて感じるしかないのだなと
    手ばなして委ねるだけではないのだなと
    自然のリズムと人間の叡智と


    読み終わる頃には光太郎の哀しみを想って
    おもわず涙しました。

  • 智恵子抄には思い出があります。
    ど田舎から上京した私は、まだ若かった。
    東京の暮らしに馴染めなく田舎の母に山が見えない。ただ広いだけの海を見たい…東京は何も無い…とても、とーっても
    後悔して悲しんでいたのだけれど母は
    「智恵子みたいだね。」と笑った。
    私はガリリと檸檬を囓りません。
    それに智恵子は死んでも深く愛されている
    羨ましいと思った10代、20代。
    智恵子のように純粋だった心は様々な裏切りと時間軸が働き
    諦めるか心を無にしないと生きていられないと思うのだ。
    若い頃と今では智恵子抄の
    感じ方は違うなぁとは思うものの
    久しぶりに読んだら麗としました。

  • 初めて全ての詩を読んだ。かなりきつい内容だったなあ。

    例えば現代ならば認知症とか、脳疾患とか、記憶とか失って、失語、失行もあり、コミュニケーションが取れなくなっても相手を愛せるかとか、そんな試される愛というものを感じた。しかも今よりも病気についての情報量も乏しく、周囲の理解もなく、同じ境遇の人との繋がりもない時代に。夫であり著者の高村光太郎さんも孤独だったのだろう。そんな言葉を感じました。

    自分は戸川純さんが好きで、彼女の詩で「あたしもうぢき駄目になる」という歌があるんだけど、これ智恵子抄からの引用だったんだね。なんか繋がったような気がします。

  • 2019.01.02 ツイートを見て、ふと読みたい日本文学として登録。
    https://twitter.com/mamesoma/status/1079389232244748290

  • 105円購入2002-01-22

  • 2018/8/10読了

  • 筆者である高村光太郎が妻について綴った詩集。詩はあまり読んだことがなかったが全編に渡って筆者の妻への愛が伝わってくる。後半の「智恵子の半生」では二人の出会いや闘病中のことなどが書かれ、それを読んでから詩を読むと情景が浮かんでより内容が入ってくるように感じた。

  •  高校生の頃、現国で読んだのを思い出しました。多分、樹下の二人か、あどけない話だったと思います。樹下の二人の「むしろ魔もののやうに 捉えがたい 妙に變幻するものですね。」という一文を覚えています。

     久しぶりに手にしてみて、漢字も表記も昔のもので、ちょっと読むのに苦労しました。でも、読み進めているうちに慣れてくるもので、そうなってしまえば、心に迫ってくるものがいっぱいある、読み応えのある1冊です。

     特に、智惠子さんが亡くなってからの詩が、ぐっときますね。こんなにも、素直に自分の気持ちを表現できるなんて。

     p.115「(前略)或る偶然の事から満月の夜に、智惠子はその個的存在を失ふ事によって却て私にとっては普遍的存在となったのである事を痛感し、それ以来智惠子の息吹を常に身近かに感ずる事が出来、言はば彼女は私と偕にあるう者となり、私にとっての永遠なるものであるといふ實感の方が強くなった。」

     私も父を亡くしたばかりだからかもしれません。こういう一節が心にしみます。

     智惠子さんが亡くなったのが昭和13年の10月。高村さんが亡くなったのが昭和31年の4月ですから、その間実に20年あまり。遺されてからが長いですねえ。どんなお気持ちだったか。

  • こんなにも人を愛することができるのだろうか。
    今風に言えばニヤニヤが止まらない。
    好きがダダ漏れ作品。

  • 写真の前に挿した桜の花かげに
    すずしく光るレモンを今日も置かう
    「レモン哀歌」

    元素智恵子は今でもなほ
    わたくしの肉に居てわたくしに笑ふ。
    「元素智恵子」

    高村光太郎の愛情溢れる詩の数々。智恵子の臨終の瞬間を描いた「レモン哀歌」も素敵ですが、死別してから十年以上経ってから書かれた「元素智恵子」はすごいです。光太郎の永遠に変わらぬ愛に心打たれるとともに、あまりの気持ちの強さにちょっと引きもしました。なんだかお話しみたいです…

    その壮絶さに反して、語る調子はあくまで冷静かつ美しく、精神力のある人だなと感心しながら読んで居ただけに、草野心平の回想は刺さりました。
    「ね、君、僕はどうすればいいの、智恵子が死んだらどうすればいいの?」
    とは…悲痛というよりない。

    ところで、Wikipediaによれば智恵子の命日はレモン忌と呼ばれるそう。梶井基次郎も檸檬忌なんですが、漢字かカタカナかで区別するんでしょうか。
    それに梶井基次郎もそうでしたが、やはりレモンはそっと置くもののようですね。そのまま食べることは少ないですが、不思議な魅力のある果物です。

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著者プロフィール

詩:詩人・彫刻家。高村光雲の長男。東京美術学校卒業後、欧米に留学してロダンに傾倒。帰国後、「スバル」同人。耽美的な詩風から理想主義的・人道主義的な詩風へと転じる。代表作:「道程」「智恵子抄」「典型」「ロダンの言葉」等。


「2013年 『女声合唱とピアノのための 組曲 智恵子抄』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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