明治のサーカス芸人はなぜロシアに消えたのか (新潮文庫 お 90-1)

著者 :
  • 新潮社
3.30
  • (2)
  • (5)
  • (10)
  • (3)
  • (0)
本棚登録 : 69
感想 : 8
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (281ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101200613

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 開国間もない明治初期から戦前にかけて、日本のサーカス芸人(軽業師)が海外で活躍する例がけっこうあった。たとえば、日本に興行しにきたサーカス団に入って海外を巡業し、当初の興行師のもとを離れても海外を回り続けた例といった具合。日本からわりとアクセスしやすい外国としてロシアに渡った芸人たちもけっこういたようで、そうした人たちの足跡・消息を追ったのがこの本。
    読み始めてほどなく思ったのが、内向きとされる最近の日本人と明治から戦前にかけての日本人とでは海外に対する感覚がだいぶ違ったようだということ。いとも簡単に海外へ渡ってしまうんだもの。日本で巡業するより待遇がよかったのかもしれないけど、それにしたって見ず知らずの外国に行き、もう二度と日本の土を踏めないかもしれないのに。むしろ、日本に大した未練もなく外国に渡っていったふしさえある。もともとサーカス芸人って渡り歩くわけだから、国がどこかはあまり関係ないのかもしれないけど、軽業師だけにかフットワークの軽さに驚いた。
    ずっと読んでいくうちに思ったのが、世のなかにはこういうことを研究したり調べている人がいるんだということ。こういうことっていうのは、サーカスのようなただの一娯楽として見られがちなものを著者は……ロシアに縁が深くサーカスの招聘やマネジメントにかかわってきたからだろうけど、一方でただ仕事としてでなく、興味とある種の縁や使命感のような思いで、サーカスに生きた人たちのことを数十年にわたり追い続けたんじゃないかな。そして、さまざまな偶然や行きつ戻りつの末に、こんな面白い本が書かれたというわけ。年数をかけてさまざまな記録や人にあたりながら、点が線になっていく過程は読んでいて興奮を誘う面白さ。
    終盤でいったん著者は、こうしたサーカス芸人の消息を探すのは「終わった」とする。「えっ、そんな終わりがあるものなの?」って思ったけど、著者も思いが変わったようで、あとがきでは「まだ終わっていないぞという思いにとらわれている」とあり、よかったと思った。
    粛清ムードの漂っていた第二次世界大戦の頃のロシアでは、日本人サーカス芸人たちも苦渋をなめ、なかにはスパイ容疑で処刑された人もいる。歴史のなかに、広大なロシアのなかに消えていったサーカス芸人はまだまだいるはずで、そうした人たちの存在が掘り起こされる少しはうかばれるような気がする。

著者プロフィール

大島幹雄:1953年宮城県生まれ。早稲田大学第一文学部露文科卒業。ノンフィクション作家、サーカス学会会長。石巻若宮丸漂流民の会事務局長、早稲田大学非常勤講師も務める。著書に『海を渡ったサーカス芸人──コスモポリタン沢田豊の生涯』(平凡社)、『虚業成れり── 「呼び屋」神彰の生涯』(岩波書店)、『満洲浪漫──長谷川濬が見た夢』(藤原書店)、『〈サーカス学〉誕生──曲芸・クラウン・動物芸の文化誌』(せりか書房)、『明治のサーカス芸人はなぜロシアに消えたのか』(祥伝社)などがある。


「2021年 『日本の道化師 ピエロとクラウンの文化史』 で使われていた紹介文から引用しています。」

大島幹雄の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
エラ・フランシス...
谷崎潤一郎
遠藤 周作
三島由紀夫
アントニオ・G・...
有効な右矢印 無効な右矢印
  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×