私にふさわしいホテル (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101202419

作品紹介・あらすじ

文学新人賞を受賞した加代子は、憧れの〈小説家〉になれる……はずだったが、同時受賞者は元・人気アイドル。すべての注目をかっさらわれて二年半、依頼もないのに「山の上ホテル」に自腹でカンヅメになった加代子を、大学時代の先輩・遠藤が訪ねてくる。大手出版社に勤める遠藤から、上の階で大御所作家・東十条宗典が執筆中と聞き――。文学史上最も不遇な新人作家の激闘開始!

感想・レビュー・書評

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  • 『批判でいちいち傷ついてたら、作家は身が持たないよ。あんた、読書メーターのコメント見て、一喜一憂するタイプでしょ。この打たれ弱子が』

    『作家』という職業がこの世には存在します。恋愛、ミステリー、そしてファンタジーと、私たちの胸をある時は締め付け、ある時はときめかせ、そしてある時は健やかな気持ちにもさせてくれる小説たち。そんな小説を読んでいると、ふと、こんな台詞や設定はどうやって生み出されて私たちの手元に届くのだろう、という興味が浮かび上がります。しかし、小説がどのようにして誕生するのか、その舞台裏は関係者でない限り知ることはできません。ただよく考えるとこれは当たり前のことです。あなたが現在携わられている仕事、その仕事の舞台裏だって誰もが知ることができるわけではありません。そういう意味では、小説を作り上げていくということだけが決して特別とも言えないのかもしれません。『作家』が職業であるならばそれはなおさらのことです。一方で、あなたは自分が成した仕事が他の人から、または広く社会でどのように評価されているかを知りたいと思うことはないでしょうか。アンケートで満足度調査などをされる仕事に就かれている方ならまさしくそれが日常なのだと思います。そして、それは、常に賞の選考や売り上げに目が向く『作家』さんのアウトプット、つまり小説なら、そんな評価は常につきまといます。ネット社会の現代にあって、刊行されたその日からその作品の良し悪しは評価のまな板の上から逃れることはできません。このブクログのレビューなど、まさしくそのための場でもあります。では、作家さんたちは、そんな自らの仕事の結果を、その評価を見て一喜一憂しているのでしょうか?また、年二回発表される直木賞・芥川賞、そして本屋大賞などの文学賞の存在をどのように見ているのでしょうか?
    この作品は、そんな『作家』さんに光を当てる物語。『作家』さんが小説を生み出す舞台裏を、人生のどん底から這い上がっていく一人の『作家』の大逆転劇を通してコミカルに描いていく物語です。

    『ただいまー。私のためのホテル』と心の中で呼びかけた『私』を『ようこそいらっしゃいませ。お荷物をお持ち致します』とページボーイさんが出迎え、『お待ちしておりました。昨年と同じく401号室をご用意しております』とフロントが笑顔で対応してくれる『山の上ホテル』。そんな場で『差し出されたペンでさらさらとペンネームをサイン』する『私』は、『彼女はうちのホテルがお気に入りでした』とそう遠くない日に熱狂的なファンに語ってもらえる『将来有望な作家だと印象づけたい』と思います。そして『南東向きの401号室に行き着』き、ページボーイさんに『何かございましたら、フロントまでお電話ください。ごゆっくりお過ごしくださいませ』と言われ一人になった『私』。『池波正太郎がこのホテルを訪れると、ぼんやり「無為の時間」を過ごしていたというのがよくわかる』と思うも『若い私はのんびりしてなどいられない。このホテルの力を借りて、初の長編小説を書き始めなくては』と気合を入れます。『本腰を入れて、自分の力量と向き合うべき季節が来たのだ』と考える『私』。そんな時、『ドアをノックする音に気付』いてドアノブを引いた『私』。『よお!今年も自腹で小説家ごっこかよ!』と『抜け目なく輝く黒縁眼鏡』をかけた男性が『ぴかぴかの黒い革靴をドアの隙間に挟み込んで』ドアを閉められなくしたという急展開。『なんでここがわかったんですか。帰ってくださいよ!』と言うも『居場所を知られたくなかったら、ツィッターなんてやめることだな』と言うその冷徹な男は大学のサークル仲間の遠藤先輩。『大手出版社「文鋭社」に新卒で就職、役員の娘と結婚、娘二人を私立のお嬢様校に入れた』という出世頭。そして『老舗文芸誌「小説ばるす」の編集者である彼に、恥も外聞もなく泣きついて』しまった『私』は、『作家接待用に美女を調達する代わりに、短編を掲載してもらう取り引きを』したという関係にありました。『私』の調達は駄目なのに原稿の方は『校閲も済み、挿絵まで付いている。あとは誌面に空きさえ出れば』という状態。そのことを思い出し『あの…。ところで、私の原稿、一体いつ載せてくれるんですかね?』と訊く『私』に、『何度言えばわかるんだよ。うちは半年先まで台割がキツキツなんだから。誰かの原稿が落ちたら代打で載せることはできるけど』と言う遠藤は、『お前のような話題性も特徴も力もない新人なんて』と突き放します。そんな『私』は『三年前の冬、私はさる文学新人賞に応募し大賞を受賞した』ものの『同時受賞したのが、よりによって数年前まで人気絶頂だったアイドル女優だった』というあの時のことを思い出します。『アイドル目当てで押し寄せてきたマスコミ』に『虫けら以下』に扱われた苦い記憶。『あの地獄のような授賞パーティーの記憶を消せるなら、私はどんなことでもするだろう』と思う『私』。そんな遠藤は差し入れを先生に届けに来たと言います。真上にある『501号室のスイートルーム。うちは東十条宗典先生を缶詰にする時は、ここって決めてるんだ』という遠藤。『直林賞受賞者であるベテラン作家』の名前に興奮する『私』に『デッドラインは明日の朝九時』と説明する遠藤。『つまり今晩中に、東十条先生の原稿が上がらなければ、代わりに私の作品が来月号に掲載されるっていうことですか?』と思わず訊き返す『私』。『変なこと考えてないだろうな』と忠告しつつ出ていった遠藤。そして残された『私』は、天井を見上げながら『またとない、一発逆転のチャンスが到来した』、『どんなことをしてでもチャンスを摑まねば。手段を選んでいる場合ではない』と考えます。そして、そんな『私』が、まさかの大胆な行動によって人生の大逆転劇へと突き進んでいくエンタメ・ドタバタ劇が始まりました。

    『日本の文芸史上、もっともついていない新人』である『私』こと、中島加代子が人生の大逆転劇へ向かって突き進む様が超絶コミカルに描かれるこの作品。その始まりは上記した通りインパクト最強です。『さる文学新人賞に応募し大賞を受賞した』ことで『夢にまで見た念願のデビュー』を果たせたと思った主人公・加代子。しかし、まさかの同時受賞者が『数年前まで人気絶頂だったアイドル女優』の島田かれんであったことから、加代子のデビューが暗転してしまったという何とも同情したくなるような状況。『アイドル目当てで押し寄せてきたマスコミにとって、横にいる私は虫けら以下の存在』だったというその時の加代子。そんな加代子にまたとないチャンスが訪れます。それが、上記したとおり『直林賞受賞者であるベテラン作家』である東十条宗典の原稿が落ちれば、『代わりに私の作品が来月号に掲載される』というものでした。”原稿が落ちる”という言葉は聞いたことがありますが、それをまさかの起死回生の出発点にするというこの作品。そんな言葉といつも背中合わせに仕事をされている作家さんならではの着眼点だと思いました。

    そんな作家さんや出版界の裏側を舞台にしたこの作品では、主人公・加代子と編集者である遠藤の会話などを中心に、リアルな表現からわざと一部言葉を変えたもの、そしてリアルな表現がそのまま登場するものの両面で、本が好きな人には思わずニンマリするような表現が多々登場します。まず前者としては、最高峰のエンタメ文学賞とされる『直林賞』、由緒ある文芸誌『小説ばるす』、そして全国の書店員が選ぶ業界注目の文学賞『書店員大賞』といった何とも微妙な言い換えの言葉が登場します。いや、そこまで書いたらちょっと名前変えても意味ないやん!同じやん!と思わず突っ込みたくなるその微妙さ、もしくは絶妙さ。その一方で、後者は、実在の小説家がリアルに登場するのに驚かされます。帝国ホテルで開かれた『大手出版社「文鋭社」が主催する「小説ばるす新人賞」の授賞式』。そんな場に遠藤先輩の誘いでやってきた加代子は、『会場を見回すと、編集者に取り囲まれた受賞者、さらに有名作家達』の姿を目にします。そこで登場するのがこの表現。『可憐なワンピース姿のまぶしい島本理生、マーク・ジェイコブスをさらりと着こなした山本文緒らの姿が次々に視界に飛び込んできた』という、えええっ!とまさかの二人の直木賞作家さんが実名でいきなり登場する驚きの表現!しかも『通りかかった山本文緒までが彼女にグラスを預けたほどだ』と、リアル世界の山本文緒さんが小説の主人公・加代子とニアミスする場面まで登場します。これには、おおおおっ!と興奮しました。そして、さらにリアルが小説に踏み込んでいくのが『当代きっての売れっ子大学生作家、朝井リョウが腰掛けているではないか』という展開。『もちろん批評を甘受し精進することは必要ですが、いちいち立ち止まっていたら、前に進めないですよ』とあの朝井リョウさんが小説の主人公・加代子にアドバイスするそのシーン。『売れっ子は手を振りながら春風のように去っていった』とその後立ち去るまでの加代子との会話は、単なる飾りなどではなく『彼と言葉を交わすうちに少しずつ心が浮上していくのを感じていた』とそれまですっかり落ち込んでいた加代子が立ち直るための起点として重要な役割を果たしていきます。リアル世界の朝井リョウさんが、小説世界の加代子を励まして立ち直らせるこのシーン。リアルなのかフェイクなのかが、次第によく分からなくなっていくなんとも不思議なこの柚木さんの仕掛けに、読者はもう作品世界にどっぷり浸かるしかない、もう、たまらない演出だと思いました。

    そんなこの作品では、人生のどん底から這い上がっていく加代子のはちゃめちゃぶりがとても印象的に描かれていきます。そんな彼女が描かれる中で職業としての『作家』の様々な側面が、合わせて描かれてもいきます。『小説家を導くのはいつの時代も編集者であらねばならない』というのは、加代子を導いていく遠藤との関わりの中で登場する言葉です。私たちは小説を読んでいて作家さんの姿をその背後に感じはしますが、一方でそこに編集者の姿は感じられません。しかし一方で、編集者なくしては作家業は成り立たないとも言われます。この作品では、そんな作家と編集者との関係が実に濃厚に語られていきます。『編集者一人に打ち明けた秘密は、翌日には出版界に知れ渡ってるのは常識でしょ?あの人達、自分は会社の歯車なんかじゃない、なんでも知ってるんだぞ、って作家に知らしめたいあまり、聞けば大抵のことはしゃべる』という感じで鋭く書き表される編集者という存在。でもこの作品もそんな編集者の手を経て出版されています。柚木さん、よくここまで書いたなあ!、担当の編集者さんとの関係が悪化しないのだろうか?と心配になるくらいです。しかし、そこはバランスなのかもしれません。柚木さんは作家自身にも極めて鋭く切り込んでいきます。作家を『やってみてわかったが、執筆なんて孤独で地味で退屈な作業』と『作家』業の実際を島田かれんの言葉に託して語る柚木さん。『ちやほやされるかもしれないが、芸能人や政治家ほどではない』と有名人としての括りで作家の立ち位置を語ります。そして『一部を除いてそう裕福でもないのに、妙に人を小莫迦にし、えばりくさった態度』と言い切る柚木さんは、『小説を書く力がなければ、ほとんどが負け犬と呼ばれる偏屈な貧乏人ばかりではないか』と徹底的に『作家』という存在を断罪します。さらに駄目押しで『見るものすべてを自分の小説の材料にしようとする傲慢さにも心底ぞっとする』とまで言い切る柚木さん。『作家』というものを第三者的に俯瞰して書かれているのだと思いますが、果たしてあなたなら自分の職業をここまで断罪することができるでしょうか?上記した通り、この作品は『直林賞』などの遠隔表現と朝井リョウさんの登場などのリアル表現が全編にわたって混在して、何がリアルで何がフェイクなのかよくわからない構成が魅力の作品です。そこに突如登場する編集者や作家自身を痛烈に皮肉る表現の数々を果たしてどう捉えたらいいのか、読者としてはなんとも判断に躊躇してしまいます。そう、色んな意味で、これはとても”攻めた”作品なんだと思いました。

    『平成の作家に圧倒的に欠けているものはきっと執念とハッタリ』という言葉を嘲笑うかのようにパワフルに、それでいてコミカルに突き進む主人公・加代子の人生大逆転劇が描かれるこの作品。『帝国ホテル』、『ホテルオークラ』、そして文化人のホテルとして知られる『山の上ホテル』など実在のホテルを舞台に繰り広げられる痛快ドタバタ劇は、『成功する作家はみーんな頭がおかしいのよ』という主人公・加代子のどこか冷めた、それでいて『これくらいの逆境、絶対に撥ね返してみせる』という誰にも負けないその強い思いがあってこそ痛快さをもって繰り広げることができたのだと思います。

    普段覗くことの叶わない『作家』という職業の舞台裏をコミカルに描き出したこの作品。主人公・加代子が突き進んだ結末に痛快娯楽劇を見るこの作品。『作家』さんも一人の人間なんだなあ、としみじみ感じた絶品の一冊でした。

    柚木さん、この作品面白すぎます!

    • さてさてさん
      ゆうママさん、ブクログがあって私も読書を続けられていると思います。そうでないと、読んだ本もわからなくなるし、その時の気持ちも忘れてしまいそう...
      ゆうママさん、ブクログがあって私も読書を続けられていると思います。そうでないと、読んだ本もわからなくなるし、その時の気持ちも忘れてしまいそうです。
      今後ともよろしくお願いします!
      2021/04/09
    • アールグレイさん
      さてさてさん!大変です!私の本棚から本が1冊消えています!
      の「天使と悪魔のシネマ」最近、読んでレビューを書いたばっかりです。あ~どうしたら...
      さてさてさん!大変です!私の本棚から本が1冊消えています!
      の「天使と悪魔のシネマ」最近、読んでレビューを書いたばっかりです。あ~どうしたらいいでしょう?
      2021/04/10
    • アールグレイさん
      こんばんは、先ほどはお騒がせしました。直りました!ほっと一安心です!(^_^)/
      こんばんは、先ほどはお騒がせしました。直りました!ほっと一安心です!(^_^)/
      2021/04/10
  •  さてさてさんのリストからです。ありがとうございます。本当に楽しく読みました。
     新人作家さんの本名・中島加代子さんが、出版界で「執念とハッタリ」でのし上がっていくコメディタッチのサクセスストーリーです。

     作家さんや出版界に興味あったり、知識があればさらに楽しめます。この本を読んで、出版にまつわる裏事情を知れば読書をもっと楽しめること間違いなしです。

     6話の連作短編集です。はじめ無名の新人作家として登場する、加代子さん、一話目の『わたしにふさわしいホテル』では初々しかったのに、他の作家さん、編集者さん、出版社、書店、そして読者への毒を吐きまくって、だんだんとふてぶてしくなっていきます。その変化の表現が巧みで、アハ体験みたい、さすがですね。
     この毒、著者の柚木麻子先生が有毒作家という訳ではなく、公知の事実を言語化されたんでしょう、と思います。常日頃のご苦労に頭が下がります。

     私が好きなのは、オヤジ野郎!かもしれませんが、東十条宗典さんですね。大御所作家さんです。
     全話登場するんですが、途中からは東十条さんが登場すると「待ってました!」という気持ちになりました。毎回楽しみにしていました。「加代子さんに負けるなよ〜!」と応援してしまいます。
     加代子さんにはパワーをもらえますが、正直、私はどちらかと言うと苦手なタイプです。

    • けよしさん
      アールグレイさん こんばんは

      コメントありがとうございます
      レビューを書いたので、読んでいただけると嬉しいです。

      私もさてさてさてのリス...
      アールグレイさん こんばんは

      コメントありがとうございます
      レビューを書いたので、読んでいただけると嬉しいです。

      私もさてさてさてのリストを読んで、すぐに図書館に予約しました。
      皆さんのおかげで楽しい毎日です。
      ありがとうございます。
      2024/04/14
    • アールグレイさん
      遅くに失礼m(. .)m
      返信ありがとう!
      レビュー、読ませて頂きました。
      加代子と東十条、土壇場での加代子の立振舞は、すっきりします...
      遅くに失礼m(. .)m
      返信ありがとう!
      レビュー、読ませて頂きました。
      加代子と東十条、土壇場での加代子の立振舞は、すっきりします。
      けよしさん♪何か、お薦め本はありますか?
      2024/04/15
    • けよしさん
      えぇ~!お薦めの本てすか•••
      これまで読むのはビジネス書が多くて、小説を読むようになったのは最近です。
      そのなかでお薦めするなら、アンディ...
      えぇ~!お薦めの本てすか•••
      これまで読むのはビジネス書が多くて、小説を読むようになったのは最近です。
      そのなかでお薦めするなら、アンディ•ウィアーの『火星の人』です。
      昔から好きなのは色川武大『うらおもて人生録』ですね。
      お薦めできるような本、地道に探していこうと思います。

      2024/04/15
  •  作家になることを夢見て各出版社の新人賞に応募しまくった加代子。その甲斐あって、さる出版社の創設間もない新人賞を晴れて受賞したが、そこからが苦難の始まりだった。

     数々の不運や窮地をものともせず、不屈の闘志と持ち前の演技力で人気作家目指して這い上がるアラサー女性の闘いを描くドタバタお仕事コメディ。
               ◇
     8月の木漏れ日が射すゆるやかな坂道の向こうにアールデコ様式の建物が見えてくる。エントランスを進み正面玄関に立った私は心の中で呼びかけた。
     「ただいま――。私のためのホテル。」
     多くの著名な作家たちが愛したここ山の上ホテルを今年も私は訪れたのだった。

     ドアマンに迎えられ先導されるままフロントへと足を運ぶ。
     「お待ちしておりました。昨年と同じく 401号室をご用意いたしております」
     カウンター越しに笑顔で応対してくれるのは、去年と同じ初老の男性だ。差し出された用紙に書き心地のよいペンでサラサラとペンネームを記入する。

     チェックイン手続きを済ませ、ページボーイを従えエレベーターに乗り込む。4階に着いて優雅に向かうのは南東向きのいつもの部屋だ。
     ページボーイが重そうな鍵を差し込みドアを開けると、目の前の窓いっぱいに明治大学の瑞々しい緑が広がっていた。

     改めて室内を見回してみる。
     和室に置かれたベッド。枕元の水差し。古風な鏡台。窓辺のバラの一輪挿し。籐椅子に挟まれたテーブル。
     執筆意欲が湧いてきた私がトランクから取り出したMacをデスクに置いたとき、ドアをノックする音が聞こえた。

     ルームサービスがお茶とおやつを運んできたようだとドアを開けると、そこにいたのはこちらの目の高さで黒縁眼鏡を光らせた、小柄で抜け目なさそうな男だった。
     慌ててドアを閉めようとしたが、男はすばやく黒い革靴をドアの隙間に差し込んできて……。 ( 第1話「私にふさわしいホテル」) 全6話。

           * * * * *
     
     一流作家を夢見る女性、中島加代子の成り上がりサクセスストーリー。エンタメ色の強い賑やかなコメディでしたが、なかなか楽しめました。

     もっとも魅力的だったのは、主人公の加代子の精神的なタフさです。
     数々の窮地を切り抜けていく加代子の才能は、枯れることを知らない「執念とハッタリ」という武器に支えられています。
     加代子の大学時代の先輩で大手出版社の編集者である遠藤も高く評価する加代子の武器は、表題作の第1話から発揮されていました。
     
    第1話「私にふさわしいホテル」
     ある中堅出版社の文学新人賞を受賞した加代子ですが、同時受賞した元アイドルに話題をさらわれ出版社からも世間からも忘れ去られてしまいます。
     遠藤先輩に泣きつき文鋭社からデビューするべく作品執筆に励むものの、多くの著明作家を抱える文鋭社では雑誌発表の機会にすら恵まれません。

     さあどうする状態の加代子に訪れた千載一遇のチャンス。それが文豪御用達の山の上ホテルです。その名門ホテルで加代子が打った奇策とは?


     第2話から第5話も全て、自身の繰り出すこのような起死回生の一手が功を奏し、加代子は窮地を脱しながら1段ずつステップを上っていきます。
     地位も権力も持たない小娘が成り上がるためには知恵で勝負するしかない。姑息ではあっても仕掛けられた側も「してやられた」感で苦笑するような加代子の知略は、むしろ清々しく感じるほどでした。

     ただ、最終話「私にふさわしいダンス」で見せた加代子の執念深さは少しばかり毒が効いていて怖かった。
     それでも好敵手でもある大御所作家の東十条宗典とタンゴを踊るラストシーン。その舞台はなんとカンヌ。
     エンタメ作品としてはこれ以上ない華やかなエンディングでした。

     宮木あや子さん、南綾子さん、朝井リョウさんの登場シーンも見逃せませんよ。

  • とにかく、面白かったです!
    ワクワク、ドキドキしっぱなし。
    最初から最後まで、全部楽しい。

    主人公は、とある文学新人賞を受賞し、小説家デビューをした、中島加代子。
    物語は、東京神田の“山の上ホテル”から始まる。
    出版界の裏側や作家の生活を垣間見る事の出来るストーリー。
    この主人公、かなりエネルギッシュで、たくましい。
    なりふり構わず上を目指す行動に、思わず目を覆いたくなるほど。
    ムチャと思われる、とんでもない行動に出るので、ハラハラしてページをめくるのが怖いような、早く読みたいような…

    この山の上ホテル他、実在するホテルや、実在の作家さんが登場したり、読者を存分に楽しませてくれる作品となっている。

    私は著者の作品は「ナイルパーチの女子会」しか読んだことがなかった。
    大変人気のある作家さんで、この作品は山本周五郎賞も受賞し、高評価。
    実際とても面白かったが、読んでいて気持ちがザラザラするのが自分の性に合わない気がして、以後著者の作品は読んでいなかった。
    しかし、ブク友・アールグレイさんにこの本を紹介して頂き、読んでみると!!
    苦手意識を持っていたのがバカらしい。
    メチャクチャ自分好みで、どストライク。
    本当に感謝しかありません。
    アールグレイさん、ありがとー♡♡

    • shukawabestさん
      shukawabestです。
      この作品、とても面白そうです。途中でレビュー読むのストップしました。(ごめんなさい)でも、自分でも読んでみよう...
      shukawabestです。
      この作品、とても面白そうです。途中でレビュー読むのストップしました。(ごめんなさい)でも、自分でも読んでみようと思います。夜分に失礼しました。
      2022/06/20
    • aoi-soraさん
      shukawabestさん、おはようございます。
      是非是非読んでみて下さい♡
      テンポの良いコメディで(おっと、あまり書かない方が良いです...
      shukawabestさん、おはようございます。
      是非是非読んでみて下さい♡
      テンポの良いコメディで(おっと、あまり書かない方が良いですね)元気が出ますよ^_^
      2022/06/21
    • shukawabestさん
      了解致しました。ありがとうございます。
      了解致しました。ありがとうございます。
      2022/06/21
  • フォロワーである『さてさてさん』が『アールグレイさん』に、そして『アールグレイさん』が『私』へ薦めて頂いた本作。ようやく読み終えることが出来ました。(アールグレイさん、感想遅くなりました)

    本作は、とある新人作家の女性の小説家としての生き様を描いた作品ですが、小説家、編集者、出版社、読者の『本』に対する表と裏を描いたノンフィクションのドキュメンタリー番組を観たような読後感に浸れる内容でした。

    本に携わる人間模様を描いた作品ですが、私達の日常においても、天才と秀才と凡才、理想と現実、情熱と冷酷など、比較されることも比較することにも溢れており、その中でどう自分らしさを貫き、生き抜き、自分しか見られない景色を見ようと頑張るか。そんな勇気を貰えたような気もします。

    一方で石田衣良さんによる解説の『余計なひと言』から、商売敵であり、同志であり、先輩である石田さんのある二人に対するメッセージにクスッと笑ってしまいました。

    さてさてさん、アールグレイさん、本作を繋いで頂いて、ありがとうございました。私も誰かに繋げたら良いなと思います。

    • さてさてさん
      マメムさん、バトンをつないでいただきありがとうございます!
      “ノンフィクションのドキュメンタリー番組を観たような読後感”、絶妙な表現をされ...
      マメムさん、バトンをつないでいただきありがとうございます!
      “ノンフィクションのドキュメンタリー番組を観たような読後感”、絶妙な表現をされますね!まさしくその通りのイメージです。柚木さんの大傑作!2023年に、このマメムさんのバトンをつないでくださる方が出ますように!
      来年もよろしくお願いします!
      良いお年をお迎えください!!
      2022/12/31
    • マメムさん
      さてさてさん、早速のコメントありがとうございます。嬉しいです。

      今年最後に良い作品を読み終えられて良かったです♪

      はい、またバトンを繋い...
      さてさてさん、早速のコメントありがとうございます。嬉しいです。

      今年最後に良い作品を読み終えられて良かったです♪

      はい、またバトンを繋いでいけるように来年も多くの作品を読もうと思ってます。

      さてさてさんも良いお年をお迎え下さい。
      2022/12/31
  • 新人作家の加代子が、あらゆる手を使って
    のしあがって行くサクセスストーリー
    最初から
    ジェットコースターに乗っているかのような
    思いもつかないストーリーに
    ドキドキ感がすごくてについて行くのが精一杯

    加代子の
    本当に何者にも動じず、作家業界の重鎮にも
    食ってかかる姿
    やられたら何年かかってもやり返す、執念深さ。
    本当すごすぎて、しかもコメディ感もあり
    やめられませんでした。

    ところどころに、有名作家さんが登場するのも
    わくわく感が増して楽しかったです。

  • ふだん本を読むのは一周のみですが、今回は二周してもなお「まだいける」くらいに内容の重さがちょうど良かったです。色んな方の評価にあるよう奇作なのですが、いままで読んだ他のコメディ小説と違い主人公がしっかりと成長していて「いつまでも変わらず愛される無垢な人格」ではなくなる展開がとても面白いのです。
    一般的なハッピーエンドって全員の全てが解決するサッパリした終わり方ですが、本作はそうあらず。誰もが傷ついて自己を防衛して、イノセンスを失ったり取り戻したり、そのまま性格がねじ曲がったり…。でも現実のハッピーエンドは連続性があって、どこで区切るかによって印象が変わること・大事なものを失うこと・後味が悪いことも多いんだよなと考えると、その現実寄りな描き方が(コメディにも関わらず)作品のちょうど良い重さを作り上げているのだと思います。

    • はるさん
      「あなたが感想を送ったコメントに〜」みたいなやつですよね。ブクログは嬉しい機能が多いですが、細かいところも頑張ってほしいですよね〜。
      「あなたが感想を送ったコメントに〜」みたいなやつですよね。ブクログは嬉しい機能が多いですが、細かいところも頑張ってほしいですよね〜。
      2021/06/16
    • アールグレイさん
      こんばんは!
      フォローを頂きありがとうございます!
      嬉しく思っています♪
      私は読むのが遅いので、元彼の遺言、あと少し。今日はゆっくり読めなか...
      こんばんは!
      フォローを頂きありがとうございます!
      嬉しく思っています♪
      私は読むのが遅いので、元彼の遺言、あと少し。今日はゆっくり読めなかったので。
      まずはフォローのご挨拶を、どうぞよろしくお願い致します!
      o(^-^)o
      2021/06/21
    • はるさん
      こちらこそフォローありがとうございます、改めてよろしくお願いしますね。元彼の遺言、気になっているので感想楽しみにしております!
      こちらこそフォローありがとうございます、改めてよろしくお願いしますね。元彼の遺言、気になっているので感想楽しみにしております!
      2021/06/22
  • 本好きさんにはたまらない、ドタバタコメディ。

    新人作家や大御所作家、編集者に本屋の店員。
    所々に実在の作家さんの名前も出て、有名な文学賞の裏側(?)がテンポよく、嫉妬や野心など渦巻いて楽しく読めた。

    なんと言っても新人作家の加代子と、大御所の東十条先生。
    案外似た者同士で気が合うように見えるし、同族嫌悪で苦々しく思いあっているようにも見える。
    作家や文学の世界では、年代を超えた同士であり戦友なのかもね!

    作品を産み出して、誰かの目に留まり、媒体に取り上げられ、出版までこぎ着ける。
    さらに重版を必至の目標にしたり、話題の賞を狙ったり、2冊目の出版に向けて書く、書く、書く。
    出版にはそれぞれの出版社とのしがらみもあるようで、作家の仕事ってマゾじゃないかと。

    一読者としては、ワクワクする本に出会えるのは喜び。
    作家さんありがとう!これからもたくさんの作品待ってます!

    ちなみに舞台となる山の上ホテル。
    ここの天ぷら屋さんは日本一おいしいと思っているところ。
    感動して、両家顔合わせの時に利用させてもらいました!

  • 作家が出版業界をえがくと、毒舌になりがちで、本作もまさにそう。
    ブラックユーモアたっぷりのドタバタコメディ。

    加代子の、いかなる手段を使ってでも欲しいものを手に入れる、たくましさ、しぶとさ、執念は、いっそすがすがしいほど。
    嘘八百、あくどいこともしていながら、ふしぎとドロドロせず、カラッと明るいのは、キャラがたのしいから。
    いつも反発しあう大御所・東十条も、編集者・遠藤先輩も、おもしろい。
    強烈な言動に、パワーをもらえる。

    実在する作家の名前も多数登場。
    中でも、朝井リョウの登場にわらう。
    仲のいい間柄ならではの使い方。

  • 本好きにはたまらない、最高のエンタメ小説でした。
    主人公は小説家を目指す31歳の女性。ところどころ現実とリンクしていて、途中、思わずにやり・・・どころか心の中で思いっきり笑いました。

    まず、これは6つの章からなる物語で、どれもこれもまるで違った味なんです。思い返してみても、ドロップ缶からドロップを出すような楽しみに溢れていて、本当におもしろかった。章ごとにきちんとひと段落つくのですが、通勤中に読んでいてあまりのおもしろさに、職場に着いてもその章を読み切るまでは自席で読み続けてしまったほど。

    朝井リョウさんの「武道館」を読んだ時も、アイドルがこの本を読んだらどれほど励まされることか、と思いましたが、作家がこの本を読んだら・・・きっと笑って頷いて勇気づけられるんだろうな、なんていう風に思いました。
    そして朝井リョウさんと著者の仲の良さが垣間見れて、そんなところもにやにや。朝井さんだけでなく、戦友へのエールにもなっているのが素敵ですよね。

    華やかに見える作家も、よく地道で孤独な作業だ、なんていいますよね。普段は見れない舞台裏をちらりと見せてもらった気もして、そんな部分も楽しめました。
    編集者たちの記述も見所です。

    どうしても手に入れたいものを手に入れるために、形振り構わず貪欲に突き進む姿は、もしかしたら無様かもしれないけど、格好いいし、胸を打つ。
    章を追うごとにおもしろくなって、次はどんなとっぴょうしもないことをしてくれるのかと、わくわくしっぱなしでした。

    「あーおもしろかった」で終わらせない最後の章の存在が、苦味となって裏切ってくれるのがまたクセになりそうです。小説という形を取って、思い切り好きなことを詰め込んだかのような1冊は、読んでいて本当に快気でした。どの登場人物もキャラが立っていて最高。本好きな方にほど、ぜひぜひ手にとってもらいたい1冊でした。

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著者プロフィール

1981年生まれ。大学を卒業したあと、お菓子をつくる会社で働きながら、小説を書きはじめる。2008年に「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞してデビュー。以後、女性同士の友情や関係性をテーマにした作品を書きつづける。2015年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞と、高校生が選ぶ高校生直木賞を受賞。ほかの小説に、「ランチのアッコちゃん」シリーズ(双葉文庫)、『本屋さんのダイアナ』『BUTTER』(どちらも新潮文庫)、『らんたん』(小学館)など。エッセイに『とりあえずお湯わかせ』(NHK出版)など。本書がはじめての児童小説。

「2023年 『マリはすてきじゃない魔女』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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