- Amazon.co.jp ・本 (352ページ)
- / ISBN・EAN: 9784101207636
作品紹介・あらすじ
憂鬱な不採用通知、幼い娘を抱える母子家庭、契約社員の葛藤……。うまく喋れなくても否定されても、僕は耳を澄ませていたい――地球の中心に静かに降り積もる銀色の雪に。深海に響くザトウクジラの歌に。磁場を見ているハトの目に。珪藻の精緻で完璧な美しさに。高度一万メートルに吹き続ける偏西風の永遠に。表題作の他「海へ還る日」「アルノーと檸檬」「玻璃を拾う」「十万年の西風」の五編。
感想・レビュー・書評
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その雰囲気が捨てがたかった「月まで三キロ」の作者さん。皆さんの★もまずまずだったので手にしてみた。
コミュ障で就活連敗中の大学生、天涯孤独なシングルマザー、役者への夢破れた不動産管理会社の契約社員…、そんな主人公たちが思いがけない出会いからもう一度自分の生き方を見つめ直していくお話。
それぞれのお話自体も良かったが、それ以上にそこで語られる地球内部の構造や音に包まれるような鯨の歌、磁場を“見ている”という鳩の帰巣能力の話などが興味深かった。
それらは物語ともうまくマッチしていて、とりわけ表題作では、地球の中のもう一つの銀色に輝いている星の上に鉄の結晶の小さなかけらが雪のように降り積もる情景が目に浮かぶようで素敵な気持ちになった。
最後の話は、凧の話から放射能の発見や風船爆弾の話に発展し、多少説明がくどい話ではあったが、再び原子力発電に回帰しようとしているこの国の政策やいつの間にかウクライナやガザでの戦火が日常になった世界の姿など、本が書かれた当時にはなかった憂いを感じ取れる、とても締まった話だった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
想像していたより読みやすい!
短編ということもあるけれど、難しく書かれていないからすっと入ってくる。
日常の決してハッピーでは無い部分を上手く切り取って見せてくれる。だから感情移入しやすいのかもしれない。 -
やはり、うまくいかない人たちが出てきて、閉塞感を抱いている。そんな人の心に変化をもたらしてくれたのは、科学と自然の力。
地球惑星科学を専攻された、研究者である著者が描くお話は、私の全く知らない科学の知識が、わかりやすく存分に織り込まれ、段々引き込まれていきました。
特に、海へ還る日、アルノーと檸檬、が良かったです。
帰巣本能というハトの習性。何百キロ飛んでも元の場所へ帰ってくる驚異的な能力に感銘を受けると共に、帰る場所を失った人の孤独と重ね合せ、故郷を想い自分の人生と向き合う姿に心打たれました。
科学が人の不安や困難を取り除けるわけではない。しかし些細な取っ掛かりで、光が見えてくることもあると思います。どれも、冒頭の一文にぐっとくるし、大きく事態は変わるわけではないが、それでも主人公たちの心が満たされてゆく、という終わり方が好きです。 -
すべての話が、最後はぼんやりと終わる感じながら、良い余韻を残している。
不幸を抱えている人が多く出て来るが、暗い感じにならなくて、科学のかたい話しがちりばめられるが鬱陶しさを感じることなく、心地よく読めた。 -
今回も外れなく面白かった。 中でもやっぱり表題作 "八月の銀の雪" そして "海へ還る人" が好きかな…
単行本の装丁が素敵だったことも思い出す。探してみようか… -
今月に読むに相応しいと温めていた。
科学と文学を融合する伊与原新作品は2冊目。
「地球の核」「クジラの生態」「伝書ハト」「珪藻(けいそう)の美」「原子力」をテーマにした5話短篇集。
科学に疎くてもとてもわかりやすく、そしてストーリーとキレイに調和している。
主人公たちは生き辛く、目的や意義を見失っているが、だんだんと道の先の灯を見つけていく。
生物学をテーマの話しが多くとても興味深かった。表題【八月の銀の雪】、戦争にも触れた【十万年の西風】は今月にぴったり。
読み終えた今、ちょっと賢くなった気がしてる(気のせい( ´ ▽ ` )) -
就活に関する標題作と、家族に関する4つの短編が
収録された、全5編からなる短編集。
理系の作家さん故か、科学と絡めた話が散りばめられており、5編とも分野(工学、生物、地学など?)
も様々で、それらが塩梅良く、アクセントとして話に奥行きをもたらしている印象。
一見、変わり者でも、その人の背景や生い立ちを知ると、先入観が消え、見え方がガラッと変わるということを改めて実感した気がします。 -
科学が関係するヒューマンドラマ短編集
まぁ、いつもの伊与原新さんです
以下、公式のあらすじ
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「お祈りメール」の不採用通知が届いた大学生は、焦りと不安に苛まれていた。
2歳の娘を抱えるシングルマザーは、「すみません」が口癖になった。
不動産会社の契約社員は、自分が何をしたいのか分からなくなっていた……。
辛くても、うまく喋れなくても、
否定されても邪慳にされても、
僕は、耳を澄ませていたい――地球の中心に静かに降り積もる銀色の雪に。深海に響くザトウクジラの歌に。見えない磁場に感応するハトの目に。珪藻の精緻で完璧な美しさに。高度一万メートルを吹き続ける偏西風の永遠に――。
科学の普遍的な知が、傷つき弱った心に光を射しこんでいく。表題作の他「海へ還る日」「アルノーと檸檬」「玻璃を拾う」「十万年の西風」の傑作五編。
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・八月の銀の雪
人類が宇宙に行く時代となっても、身近にあって未知の存在という地球の内部
地球の内部の話は胸熱だよなー
どうなっているのかは断片的な情報から推測するしかない
所詮人類が把握できているのは、卵の殻程度のスケール
そんな表面ですら深海の最深部にま未到達ですしね
あれだけ熱く語れる人だから研究者になれるというのは実感としてよくわかる
・海へ還る日
クジラは、水棲哺乳類という不思議な存在
肺呼吸なのに、常時呼吸ができるわけではない海に帰った経緯に興味がある
本当に不思議な存在ですよねー
知能に関しての話も興味深い
人間は自分達の基準で物事を判断しようとするが、クジラ達はそれとは違った文明を持っている可能性
町田そのこ「52ヘルツのクジラたち」を読んだときも思ったけど
異なる周波数の声は、仲間たちに本当に聞こえてないんですかね?
人間が把握できないコミュニケーション方法とかの可能性あると思う
・玻璃を拾う
自然の生み出した美
世の中には自然の中に潜む規則性があったりする
フィボナッチ数列なんて種や花弁の合理的な生え方だし、黄金律なんてそこかしこに隠されていたりする
それと同様に、人工的に不純物を含まない物質を作るのが困難でも、自然化にはそれを容易に作る生物がいたりするからねぇ
それがミクロの世界でも起こっているという事実
そしてそれを見つける事ができるのも科学という構造が胸熱だよなー
・十万年の西風
科学者倫理について
表題作ではないけど、私にとってこれが一番のテーマに感じた
科学の立ち位置って時代や使われ方によって如何様にも変わる
自分の研究している事がどう使われるのかまで科学者が考える必要があるのか?という命題
科学技術に善悪があるわけではなく、使う人間に悪人がいるという考えもあるけど
果たしてどこまで科学者本人が想定しなければいけないのか
ノーベル賞だって、ダイナマイトの発明が発端ですからね
掘削工事に利用すれば平和的だけど、使い方を変えれば戦争で人を殺す武器にもなる
今作の研究は、気象の観測によるジェット気流の発見が、遠くの大陸への爆撃に使われるなんてどう予測しろという話ではあるんだけどね
科学技術がどう使われるかは別問題と切り捨てるのは分かりやすいけど、果たしてそれでよいのだろうか?
科学に限らず、何かを研究する人には哲学がなければいけないし
それに伴う倫理観も同時に求められるべきだと思う
そこを手放してしまうのは無責任でもあり、ある意味でもったいないとも思う
基礎研究とか、自分の興味の赴くままに探求するという姿勢でもいいけど、そもそも何故それを研究するのか?それがわかるとどうなるのか?という大局的な視点は本来の研究にも役立つ思考なはずなので
私が研究者の隅っこの端くれだった分野だと然程悪用されるようなものではないけど
生命倫理とか、遺伝と種の関係を人類に当てはめると、民族間の優劣や差別に繋がる研究とも言える
人間も生物の一種であるわけで、根源的な存在理由や目的は他の生物と変わるものではない
私のボスだった人やその分野の常識として、野生動物の原理と人間の原理を混同してはいけないという主張だったけれども
個人的には上記の通り人間も生物なわけで、多種には見られない高度な社会性があろうが、結局は生物としての特性に従っていると思っている
それを前提に、私個人の行動や生き方はそんな原理を理解した上で歯向かおうとしているという面倒くさい存在なのだろうなと自覚している
いやぁ、それにしても伊与原新さんの物語は、科学に携わった経験のある人にとっては響くところがある話ばかりですねぇ -
科学と文学の融合。以前から気になっていた作家さんだったが、今回読んでみようと思ったのはまずタイトルの美しさ。そして、人生に躓いた人々が主人公の短編ということにそそられた(自分も躓きっぱなしなもので)。ド文系なもので、取り上げられる科学ネタにどこまで付いていけるか若干不安ではあったが、登場人物達の生き方に、こんな風に重ねてくるのかと驚きの連続だった!
一話目は、その科学ネタがあまりに壮大ですぐには頭が付いていかなかったけど、読み進めるほどに「次は何がテーマなのか」とワクワクしてくる。その絡め方も自然で、ゆっくりながらも自分の歩む方向を見つめ直す登場人物達の姿に、自分も勇気付けられる。中でも気になったのは珪藻アート!本作を読んだ方の多くが検索してみたのではと思うが、本当に、美しい!!世の中にはまだまだ知らないことが多いなと気付かされた次第。
その知らなかった事柄の中でも、改めて知ることで愕然としたのが風船爆弾。戦時中、そんな恐ろしいものを開発していたとは背筋が寒くなった。その最終話はなかなか重いテーマを扱ってはいたが、読みごたえあった。
本屋大賞ノミネートも納得のクオリティ。また新たにお気に入りの作家さんができました。