私の恋人 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
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本棚登録 : 211
レビュー : 11
  • Amazon.co.jp ・本 (147ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101212616

作品紹介・あらすじ

一人目は恐るべき正確さで世界の未来図を洞窟の壁に刻んだクロマニョン人。二人目は大戦中、収容所で絶命したユダヤ人。いずれも理想の女性を胸に描きつつ34年で終えた生を引き継いで、平成日本を生きる三人目の私、井上由祐は35歳を過ぎた今、美貌のキャロライン・ホプキンスに出会う。この女が愛おしい私の恋人なのだろうか。10万年の時空を超えて動き出す空前の恋物語。三島賞受賞作。

感想・レビュー・書評

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  • 以下、ネタバレ含む。注意。

    語り手、井上由祐は三人目の私である。

    一人目はクロマニョン人の私。
    二人目はユダヤ人、ハインリヒ・ケプラーとしての私。
    二人の記憶を積み重ねながら、三人目である井上由祐は、クロマニョン人の私が予想した通りの世界になっていることを眺めつつ、「私の恋人」になり得る存在を探し始める。

    一方で、その恋人候補にピッタリなのが、メルボルンの旧家に生まれたキャロライン・ホプキンス。
    彼女は高橋陽介がしてきた「行き止まりの旅」を引き継ぐ者として、日本に来ている。

    この「行き止まりの旅」は三周を想定されている。
    一周目は、ヒトのアウト・オブ・アフリカの行程。
    二周目は、西洋諸国の領土拡大と世界大戦の行程。
    そして人類は三周目の終盤にいて、ヴァーチャルを含んだ旅は、AIを生み出したことで序列の逆転を起こすだろう。
    今まで「行き止まり」に至った人々が、その度、淘汰され、アップデートされていったのと同じように。

    キャロライン・ホプキンスは、高橋陽介の旅を引き継ぎながら、皆に警句を与えることを目的として動いている。
    対して、そうしたヒトの繰り返しを予見している井上由祐は、彼女は「幻惑」されているとして、自らは超越者の視座を保とうとする。
    短いけれど、捉えにくい話で、でも一つ一つの要素はとても面白い。

    ヒトは歩みを止められない。
    アフリカを出て、定住するに相応しい地を見つけても、次はその地を奪い、広げるためにまた歩む。
    そして、正しさを決めた後の悪に対しては容赦がなく、同じヒトであってもそれを認めない。

    井上由祐は、彼女の旅を理解することが出来る。
    一周目、二周目を当事者として生きた者として。
    さて、井上由祐は「行動する」のだろうか?

  • 他の作品にも通ずる、重なり合う人格や思考。
    終わり方が好きだ。

  • 2020/1/28購入
    2020/3/21読了

  • 第3回(テーマフリー)

  • 「ニムロッド」が面白かったので読んでみました。

    物語の始まりはニムロッド同様読者を置き去りにしてずんずん行く感じがあるのですが滞りみたいのはなくそれが作者の追求する姿勢なんだなと思いました。一度後半でそれのすべてとりあえずの答えが出たあとにある「凪…」みたいな状態の文章が分かりやすくてわたしは好きかもしれません。
    前半の途中はちょっと状況語りが多く会話やエピソードが欲しくなったりもしましたが後半はそういうのもあり良かったです。わたしは読書初心者の方ですがなかなか難しいですね。

    ニムロッドの方の「仮想通貨」という実際には存在しないモノというのが読後わたしはずっと気になっていて、他者、集団、相対的なもの絶対的なもの、など色々とその思想の源流にあるものも書かれていたような気がします。いのちがループするという考えは独特で、ニムロッドとも繋がっているかもしれない。いまいろんなことが変わりつつある時代なんだ、というのは皆が感じていることで、その不安や希望の象徴ともいえるような「彼ら」の存在。それから、先端を選び続けるということ…などなど、あらたな概念が頻出してくるので考えるの好き哲学好きには刺激的でした。
    しかし多分どちらも、二回以上読まないと理解出来ないと思う。

  • あるとき突如発生した「私」が洞窟で、あるいは収容所で夢想したある一人の女性像。
    役割を持ち回るように生をリレーしてやってきた10万年後。
    思考だけが存在し、主体も曖昧もこもこな俯瞰した語り口が
    のんびりしていて経過する実感もどこか希薄な悠久の時間をイメージさせるのだ。

    当の本人が存在する前から続く10万年の片思いはロマンチック通り越して笑っちゃう重さで
    空前の「運命の人」感にシュールな可笑しみが。

    「私」の超然っぷりや人類史の壮大なスケールを目の当たりにした後で改めて感じる、たった一人の一度きりの人生の無力さ。
    しかし懸命に生きることでそれは少しは報われるかも。
    そしてときに過去や未来すらも関係がなくなる一瞬があったりもする...。

  • 35歳の日本人・井上由祐は、前世の記憶がある。「一人目の私」は、10万年前にシリアの洞窟の壁に世界の未来を予言して描いたクロマニョン人。「二人目の私」は、第二次大戦中にナチスドイツに囚われ収容所で殺されたユダヤ人ハインリヒ・ケプラー。

    二人の私はどちらも34才で死んだが、三人目であるところの井上由祐は無事35才まで生き延び、「私たち」が思い描いてきた「私の恋人」像(純少女→苛烈すぎる女→堕ちた女)にピッタリ当てはまる美女キャロライン・ホプキンスに出逢う。

    波乱万丈の半生を歩んできたキャロラインの人生観を変えたのは、高橋陽平という日本人の医者。末期ガンで自分の死期を悟った高橋陽平は「行き止まりの人類の旅」を決意、一周目の途中でキャロラインと出逢い二周目の旅の途中で死去。現在のキャロラインは「堕ちた女」であることから立ち直り、井上由祐と交際しながら捕鯨反対運動に力を入れている。

    ・・・正直、読んでいて面白いかというとよくわからない。超絶に頭が良かったのはクロマニョン人だった「一人目の私」だけで、二人目のハインリヒ・ケプラーと、三人目の井上由祐は、一人目であったことの記憶を持っているだけで本人自身はいたって凡人だ。一人目から二人目の間に時間が空きすぎている理由もとくに説明されない。

    一人目が思い描いた「私の恋人」というのも妄想の産物で、転生後の約束があったわけではなく、単に井上由祐がキャロラインに一目ぼれした口実を前前前世♪にこじつけているだけかもしれない。ラブストーリーとして読むにはロマンチックさが足りないので哲学的な深い意味のある小説なのだろうけど、でも結局井上由祐自身は何を為すわけでもなくキャロラインに恋するだけだ。

    むしろ高橋陽平の生き様のほうが読者の心には残るだろう。結果、どんなに壮大な内容であっても前世の記憶など役に立たない、現世の自分の生き様がすべて、常に自分が「一人目」であるべき、というのが真の結論だったのではないかと思ってしまう。さてどう解釈したものか。

  • 又吉さんの『火花』を破って三島賞の栄冠に輝いただけのことはあって、とても面白かったです。しかしどこまでを書いていいのかが難しい作品でもあります。以下の拙文をお読みいただくよりも、まずはまっさらな状態で本書を読んでいただくのがいいかと。

    一言でいうと直木賞を獲った『月の満ち欠け』と同じく生まれ変わりの恋物語なのですが、スケールの大きさが全然違います。あちらはせいぜい10数年間のみが舞台であるのに対し、本作はのスパンは10万年。最初は石器時代のクロマニョン人、二人目は戦時中ナチスに迫害されたユダヤ人、この二人が手にすることができなかった「私の恋人」を、現代日本に生きる主人公の井上由祐が手に入れることができるのか?というのが基本フォーマットとしてありつつ、並行して井上の意識下で10万年にわたる人類の興亡の歴史が重ねられていくといった凝った構成になっています。
    コンピュータが人間を凌駕する、というネタ自体は映画『ターミネーター』を例に出すまでもなく割とありきたりで、その部分に関してはマイナスだったのですが、総じて革新的ないい作品だと思いました。いくら『火花』があったとはいえ、芥川賞にノミネートすらされなかったのには疑問が残ります。

  • 「私の恋人」というタイトルと前評判の良さでロマンティックな物語を期待しすぎていた。その結果、若干尻切れとんぼな印象を受けた。前評判がなかったら読後に受ける印象が変わっていたかもしれない。(評判云々で感受性が揺さぶれるのもどうかと思う。)

    それでも、生まれ変わってもある人格の意識が引き継がれていくこと、その人格が思い続ける恋人の幻想、引き継がれた人格とは別に現世の人格もまた存在し、人格同士で葛藤が起こること、など設定が面白かった。この設定でこれからどう進んでいくかが知りたかったから尻切れとんぼだと思ったのかもしれない。

    偶然にも、今日の新聞にスペインの洞窟にネアンデルタール人が残した壁画が見つかったという記事が載っていた。「彼ら」が本当にいて、今も同じ時代を生き、これからも生き続けているのかもしれない、と思ったら愛しいような、切ないような気持ちになった。

  •  人類の歴史を、①地球全体に広がるまで②能力主義による競争から原爆投下まで③AIが人類にとって代わるまで(?)の三つに時代区分し、俯瞰的に語る。一方、その過程をすべて知悉している主人公は、そんなこと分かってるよそれよりあなたと付き合いたいんだよと騒々しい。
     ミクロによるマクロな視点と、マクロによるミクロな視点が交差していて面白い。一周目、二周目、三周目。ルールがどんどん代わり、正しさが代わり物事はいつか反転する。それを知っている語り手の終盤の語りが良い、素敵な読後感が得られる小説。

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著者プロフィール

上田岳弘(うえだ たかひろ)
1979年、兵庫県生まれの作家。会社役員との兼業を行っている。早稲田大学法学部卒業。2013年、「太陽」で第45回新潮新人賞を受賞し、デビュー。2015年、「私の恋人」で第28回三島由紀夫賞を受賞。2016年、「GRANTA」誌のBest of Young Japanese Novelistsに選出。2018年、『塔と重力』で第68回芸術選奨文部科学大臣新人賞(平成29年度)を、そして2019年「ニムロッド」(『群像』12月号)で第160回芥川賞を受賞。

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