薬指の標本 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
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本棚登録 : 7841
レビュー : 1093
  • Amazon.co.jp ・本 (185ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101215211

作品紹介・あらすじ

楽譜に書かれた音、愛鳥の骨、火傷の傷跡…。人々が思い出の品々を持ち込む「標本室」で働いているわたしは、ある日標本技術士に素敵な靴をプレゼントされた。「毎日その靴をはいてほしい。とにかくずっとだ。いいね」靴はあまりにも足にぴったりで、そしてわたしは…。奇妙な、そしてあまりにもひそやかなふたりの愛。恋愛の痛みと恍惚を透明感漂う文章で描いた珠玉の二篇。

感想・レビュー・書評

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  • 官能小説とは
    安っぽいエロ小説を指すのではなく、
    本来こういった
    行間の隙間から滲み出る、
    甘美でいて静謐な
    抑制された文体で書かれた作品にこそ相応しい呼び名ではないのか?
    (小川さんがそれを望むかどうかは別として笑)

    直接的なエロ描写を描かずとも
    エロチックで官能的な表現は可能なんだということを
    自分は小川さんの小説から知りました。


    なぁ~んてことを大真面目に語りたくなるくらい
    この人の文章は読んでると
    いつまでも浸っていたくなるし、
    妙にドキドキさせてくれるんですよね~(笑)


    サイダーを桃色に染める薬指の肉片。
    背徳の香り漂う、浴場での甘い囁きと秘密の逢瀬。
    白い麻のワンピースと黒い革靴のコントラスト。
    足を侵食し始める奇妙な革靴。
    気持ちを抑えるための小さなため息。
    机の上でゆっくりと溶けていくピーナッツチョコレート。


    本作はニ編からなる短編集だけど、
    とにかく表題作『薬指の標本』
    の耽美な世界観に魅せられましたよ(。>A<。)

    どこか幻想的で淫靡な匂いを放ちながらも
    小川さんの真骨頂である
    知性や品性を損なわない美しい文体に
    わずか90ページの短編ながら
    十二分に酔いしれることができます。


    忘れたい思い出の品を標本にする仕事に就いた主人公の女性が堕ちていく
    もどかしくも官能的な日々。

    標本室に依頼人が持ち込む物は様々で、
    火事で家族を亡くした少女は
    焼け跡で見つけたというキノコを、
    ある女性は恋人が誕生日にくれた楽譜に書かれた音を、
    青年はビーカーに入った精液を。
    老人は飼っていた文鳥の骨を。


    やがて標本技士の男に淡い恋心を抱く主人公。

    縛り付け支配したい男と
    その男に縛られ絡めとられたい女。

    束縛という甘い果実に囚われ
    嫉妬心と独占欲にがんじがらめになる女性が
    あわれでもあり痛々しくもあり、
    彼女が最後に選んだ狂気の結末に背筋が凍りつきます。


    ある意味下手なホラー映画より
    コワい話だけど、
    とにかく視覚や聴覚を刺激する
    慎み深い文体が読むことを止めさせてくれないし、
    ラスト10行の美しさは圧巻の一言。
    (残酷で痛々しいハズのサイダーの中を落ちていく指の描写がまた何故だか美し過ぎて、読後しばらく頭から離れません)


    フランスでほぼ原作に忠実に
    この世界観が映画化されたとのことなので
    そちらも観てみたいなぁ~(^^)

    • 橘さん
      円さんこんにちは。

      わたし、小説で一番好きなのがこの、小川洋子さんの「薬指の標本」なのです。
      直接的な表現はなくても、とても危ういと...
      円さんこんにちは。

      わたし、小説で一番好きなのがこの、小川洋子さんの「薬指の標本」なのです。
      直接的な表現はなくても、とても危ういところが狂気的で、うっとりしてしまいます。

      映画も観ましたよ。
      DVDを買ってしまいました。
      映画ではモチーフが変えられてたり、加わった設定があったりするのですが、源作の空気は損なわれていませんでした。
      とても素敵だったので、読み友さんたちに貸しまくりましたが、皆さん良かったと言ってくださったので、円さんも機会がありましたらぜひ!
      2018/02/10
  • 喪失したからこそ永遠に忘れられないものがある。それは、繰り返し思い出し、懐かしむものではなく、心の奥底に封じ込め、分離し、完結させるもの。人はそれを「標本」にする。

    存在したものが消えてなくなること。
    それは万物の理とでもいうのかな。
    けれどこの作品で、「ある」ものと「ない」もの、その両方が不安定な均衡で一緒に存在することに気づかされた。
    消滅したはずのものが「標本」を通じて、そこにあること。とても神秘的でありながら、あまりにも当然のことのようにも思えるのだ。

    彼の手のなかで揺らめく「わたし」の一部。ひそやかに恍惚に。「わたし」はそこにある。

  • 再読。実に久しぶり。小川さんはこの頃からだんだんと体の一部を少しずつ、徐々に失くしていく話を頻繁に書いていくけれど、私はこのくらいの、匂わせる程度の話が好きだなあ。欠けた薬指の標本以外のわたしや、六角形の小部屋に吸い込まれた声は、どこかに留まることができるのだろうか。あと、読み返してみて、肉片の桃色や革靴の黒と、色彩が意外とエロティックだったことに気がついた。

  • どうしてこうも、小川洋子さんの小説はなんともいえず、エロティックなんだろうか。
    そのエロティックさはただ裸になるとか、そういうことではない。欠けた薬指。靴に侵食される足。標本室。これらが読み進めていくうちに、なんともいえぬエロティックさに変わっていく。
    とても怪しい世界なのに、抜け出したくないような気持ちにさせる。いつまでも浸っていたいと思わずにはいられない。読後も、肌にいつまでも小川洋子さんの世界がまとわりついてくる。それが心地よい。

  • 静かで澄んだ空気の中に、緊迫した空気を感じる、不思議な物語。
    危なくて、なまめかしくて、美しい。

    もうひとつの「六角形の小部屋」では、人の心のとりとめのなさを感じた。
    きっと、誰の心の中にもカタリコベヤがあって、語りつくせない言葉たちが静かに封印されているのだろう。

  • 今回も小川洋子さんの世界に引き込まれる。
    穏やかで密やかな世界。
    ありえないほど現実離れしたことを書いているわけではないのに、自分の生きている世界とは違うベールの向こう側にある世界のことを話しているような、それでいて空想ばかりで莫迦らしくはない。
    当たり前と言えば当たり前だけれど、この小川洋子さんの世界が苦手なひとは苦手だろうし、好きなひとは好きだろう。
    ちなみにわたしは好きなひと。

    「薬指の標本」
    標本室で働くことになったわたしは、ある日、技術士から靴を贈られる。
    毎日履いて欲しいと言われるままに、靴を履きつづける。
    あつらえたように靴はわたしにピッタリ馴染む。履いているうちに、靴と足の境がわからなくなってくるほどに。

    読んでいるとちょっとホラーのようにも感じるけれど、別に靴を脱ごうとしたら脱げなくて、脚を切り落としてなんてことにはならない。
    なったら驚く。どうした小川洋子。
    靴に侵食されていく足などと恐ろしいことを書いているのに、小川洋子さんの文章は神秘と愛に溢れている。

    標本室にやって来る客も、技術士も、謎めいたひとばかり。
    結局その謎も何も明らかにならないけれど、そこを読む物語ではないので問題ない。

    封じ込めること、分離すること、完結させることが、ここの標本の意義だからです。
    繰り返し思い出し、懐かしむための品物を持ってくるひとはいないんです。(P23)

    わたしなら、何を標本にしてもらうだろう。
    形にならない過去の想いを標本にすることは不可能なのだろうか。

    「六角形の小部屋」
    プールで出会ったミドリさんを軽い気持ちで追ってみたわたしは、語り小部屋という六角形の小部屋の存続を知る。
    その小部屋で独り言を呟くために様々なひとが訪れる。
    わたしは、ミドリさんと息子のユズルさんに会いたくて、語り小部屋に通うようになる。

    独り言を呟くための小部屋。
    独り言を呟きたければ、トイレにでも篭って好きなだけ呟けばいいとも思うけれど、きっとわざわざ出向いてわざわざひとりになって呟くことに意義があるのだろう。
    独り言って若いときには全く言わなかったけれど、最近気づいたらテレビに向かって話していた自分に衝撃を受けた。
    年を取ったなと。

    小川洋子さんらしい実体のない世界を堪能出来る一冊だった。

  • 小川洋子さんは、物語よりも「世界観」を描いているんだなと思った。
    標本、薬指、靴…
    目指す空気感に似合いの題材を、
    丁寧に織ったような物語。
    話に実を求めるような読み方ではなくて、それに浸ることを楽しむ読み方。

  • この作家さんの文章から滲み出る空気というか雰囲気がとても好き。
    多くの時間が積み重なった静かな洋館の書庫や倉庫のような、小さな町にある古い図書館や博物館の誰も足を踏み入れない奥の隅っこのような空気感。少しわくわくする。
    今作はその静かで落ち着いた空気感もありつつ、冷静さを失うような激しい感情も抱く主人公たちの2つの短編。
    依頼者が持ち寄った思い出の品を標本にする標本室で働くことになった“わたし”と、カタリコベヤを持って旅するミドリさんたちと出会いもがく、痛みを持った“わたし”のお話。

  • 小川洋子さん初読みです。

    ・薬指の標本
    そもそも標本ってなんなの。
    弟子丸ってどんな人なの……。
    という疑問に一切の答えが用意されていないんですが、そんな些細なことはどうでもいいほど世界観が完成されていると思った。
    弟子丸の持つ雰囲気と、時の止まったバスルームで靴だけの姿にされて行われる甘美な儀式のような行為に溜息が出る。
    多分主人公は、標本室で薬指を見初められた時から、弟子丸から逃れられない運命だったんだろうね。


    ・六角形の小部屋
    結局この部屋も何なのか解らない。けどそんなことはどうでもいいのです。
    自分の中の、理由のない嫌悪感を整理する必要があった。それを告白できた時に部屋の役割は終わったのかなと。
    途中、元カレの医者と行くはずだったコンサートのチケットが突然出てきたり、ゴム手袋が飛んできたりするシーンがなんかとても不気味で綺麗でした。

    評論家の布施英利さんが書いている解説も良かったです。
    その解説にあったように、この小説は「身体が消失していく」という描写がとても印象的。
    読んでいて「自分の身体がここにある」という当たり前のことが不思議な感覚に思えてきました。

  • 小川洋子の作品は、数字のように無機質で、整然としたところがあると思う。非日常な空間の中に散りばめられた小道具は日常的に目にするものだったりして、私たちの知らないところで、こんな不可思議なことが起こっているのかもしれないと思わせる。
    薬指の標本、六角形の小部屋、どちらも非日常的な雰囲気があるのに、もしかしたら…と思わせる不思議な感覚がありました。

    「薬指の標本」が特にお気に入り。主人公が標本技師に囚われていく感覚と、消失する女性や謎の地下室、乾いたバスルームでのデート、サイダーに落ちていく薬指の肉片のイメージなど、妖しく透明感のある描写がたまりません。
    「六角形の小部屋」は小川洋子作品の中では普通のイメージですが、ミドリさんの存在感が忘れられません。
    不可思議な感覚が心地よく美しい世界。小川洋子の世界観、素敵です。

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著者プロフィール

小川 洋子(おがわ ようこ)
1962年、岡山県生まれ。高校時代に文芸を志し、早稲田大学第一文学部文芸専修入学。在学中から文芸賞に応募。卒業後一般企業に就職したが、1986年の結婚を機に退職、小説家の道に進む。
1991年『妊娠カレンダー』で芥川賞、2004年『博士の愛した数式』読売文学賞、本屋大賞、2006年『ミーナの行進』谷崎潤一郎賞、2012年『ことり』で芸術選奨文部科学大臣賞、2013年早稲田大学坪内逍遙大賞をそれぞれ受賞。芥川賞、太宰治賞、読売文学賞、河合隼雄物語賞などの選考委員を務める。
『博士の愛した数式』は映画化され、大ヒットとなった。受賞作以外の代表作として、『薬指の標本』『人質の朗読会』『猫を抱いて象と泳ぐ』。

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