まぶた (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
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本棚登録 : 2484
レビュー : 270
  • Amazon.co.jp ・本 (221ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101215228

感想・レビュー・書評

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  • ページを捲っていると、わたしから切り離された魂魄が仄暗い湖の底に沈んでいくのが分かる。ああ、この感じ。最初は水の冷たさにぞわぞわするけれど、水中の色が濃くなっていくほど、とろりとした温かい何かに包み込まれたように心持ちになっていく。

    この短編集では、突然この世から切り離されたものが、まるで宝物のような秘密と煌めきを持って描かれる。たとえば「突然訪れる死」「ハムスターの切り取られたまぶた」「もげた背泳ぎの強化選手だった弟の萎えた左腕」「髪の毛が生えた卵巣」失ったものは、もう戻ってこない。それらは死の塊となって、そっと生きる人間の心に寄り添っている。きっと、わたしたちはすぐそばの「死」の気配に時折耳を傾けながら、生きていくのだろう。

  • 8つの作品が収録された短篇集で、幻想的で奇妙な出来事を交えながらも、人間という愛らしい存在を感じられたのが、印象的でした。

    また、奇妙な出来事を体験した後で、自らの人生を見つめ直すような展開が多いことに、人生とは、何をきっかけにして突然変わるか、分からないものだなとも思えました。しかし、不自然さは感じずに共感できたのは、小川さんの、上品でいて飾らない文体にあるのかもしれません。

    こういった上品な奇妙さと、私の人生観には、精神的な距離を隔てているのを感じ、逆に、読んでいて気楽な心地良さがあって、何となく旅行時に持って行きたい本だなと思いました。

  • 眠らなければ、誰かがおまえをさらいに来るよ。もうそんな脅しにおびえるような幼子ではないけれど。
    水音の響きに似た物語に耳を傾けていると、腕を囲って夜を導き入れるのがすこし恐くなった。まるで、他人の夢のなかに突然迷い込んだような漠然とした違和感を覚えて。頁を繰る音が、睫毛のかすかな震えが、誰かの夢を醒ましてしまうのではないかという不安に駆られて。けれども、目を閉じさえすればあなたのまなざしの遠路を端からたどりはじめることができる。行方を見失った二つの母音をみずからの中心へ連れもどすことができる。瞼に夢想の雨を。

  • 「まぶた」なのは表題作だけかとおもったら、収められている短編ぜんぶまぶただった、と解説を読んで気が付いた。すごい。
    静かなヨーロッパを感じる話が多かったように思う。

  • 自分からは遠いけれど、決して非現実的ではなく。世界のどこかで、ひっそりと紡錘がれているような奇妙な話。小川洋子の話を読むと、汽水域、の言葉が思い浮かぶ。海水と淡水がひそかに混じりあった、煩くもなく、落ち着いた世界。そこには海水で生きるものの淡水で生きるものとの生と死が静かに拮抗しつつ、微妙なバランスを保っている。作品の完成度でいうと、「海」の方が綿密で、魅惑的。

  • 小川洋子さんの短編小説の読後感は夢から覚めたときに「夢か…」と思う感じに似ている気がします。
    行間の読ませ方、心象風景や空気ですら感覚に響かせる表現が好きです。同じ言葉を使っているのに、なんでこんなに文章の雰囲気を変えられるんだろう…

  • 2021年 4冊目

    まぶたを巡る短編集

    1 飛行機で眠るのは難しい
    「飛行機は時間の迷路」
    飛行機で居合わせた老婆の死。嘘にまみれた手紙であっても彼女は幸福であった。手紙のなかに、二人だけの真実があったから。
    30ページ程度の付き合いだったが、私も彼女の最期に思いを馳せた。

    2 中国野菜の育て方
    光る野菜なんてあったら、すぐ手放すでしょう。夫婦はもうそれが食べられるかどうかなんてどうでもよく、捨てることができなくなった。
    はぐくむ、という字に違和感をもった。夫婦が中国野菜に「飼育」されているような感じ。

    3まぶた
    いつからか、少女はNの家から出なかったのだろうか。歪んだ関係がいいですね。

    4お料理教室
    軽快な感じと、若干の後ろめたさがあって結構好き。

    5匂いの収集
    「薬指の標本」と似た感じだけど一番気に入った。枇杷は人肉の味だと昔母から教わった気がする。小川洋子の分かりやすいメタファーが好き。センター試験に出てきそうだなぁなんて度々邪推する。
    自分を「保管」したあとは、昔の恋人の欠片は捨ててほしいな。

    6バックストローク
    肩を手放したことで、弟は解放されたのだろう。家族の絆とは引き換えに。


    7詩人の卵巣

    8リンデンバウム通りの双子
    二人の老人の、静寂とぬくもりを感じた作品。

  • 短編集です。
    えっ?という終わり方や、怖い、怖い!という終わり方や、やっぱりそうなるよね。という話があります。

  • 会いたいのなら今会えるだけ、と掌の中の死は物語っている。細く小さな銀色の愛くるしさに海老がぴょこっと跳ねてヤモリがキラっと光ったの。
    触れられぬものに触れようとするように、不確かなものを確かに感じていたい。埃降り積もる朽ちていく世界の片隅、君の香りだけ嗅ぎ分けた。
    君の瞼の曲線が、過去も現在も僕の心を掻き毟り溺れて奪っていったのさ。瞼を切られた相棒がカラカラと回し車を鳴らす音に、バイオリンの不規則で不安定な音階が重なり絡まり愛し合う。ほら、ハートの葉っぱが笑っているよ。いつまで待ち続けても来ない便りのように、物寂しく私は海の向こうに永遠を見る。

  • 【私がタイピストになった理由】

    私が通う専門学校はもともとタイピスト養成学校だった。今でこそ、IT専門学校などと名乗っているが、昔この場所には女学生が溢れ、溢れ返っているのに皆無口でひらすらに細かい活字の海を飛び回っていたのだ。

    小川洋子にタイプライターはとてもお似合いだった。それもとても古くそして、管理の行き届いた美しいタイプライターだ。適度に使い込まれ、それでも汚れてはいないタイプライター。小川洋子がタイプライターという七文字を打ち込む姿を想像しただけで、私は幸せな気持ちになるのだ。私にとってタイプライターは特別な存在になった。小川洋子の作品にはその描写がなくても、いつもどこかでカタカタとタイプライターの音が聞こえるように思える。新しく読む作品の中にその七文字を見つけた時は私は舞い上がってしまった。そして、この作品の中にも幸せな七文字はひっそりと紛れ込んでいる。

    私は思う。今でも、タイピストという仕事があったなら、私はなにを置いてもタイピストを目指しただろう。無口で言葉を愛せる仕事にもしもつくことが出来たのなら、とても幸せなのにと夢想した。

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著者プロフィール

1943年 鹿児島県生まれ
1974年 東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位
取得退学

主な訳書
テオプラストス『植物誌1』(京都大学学術出版会)
フィンレイ編著『西洋古代の奴隷制』(共訳、東京大学
出版会)
クラウト編著『ロンドン歴史地図』(共訳、東京書籍)
ストライスグス『ギリシア』(国土社)

「2015年 『植物誌2』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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