博士の愛した数式 (新潮文庫)

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  • 新潮社
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レビュー : 2827
  • Amazon.co.jp ・本 (291ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101215235

作品紹介・あらすじ

「ぼくの記憶は80分しかもたない」博士の背広の袖には、そう書かれた古びたメモが留められていた-記憶力を失った博士にとって、私は常に"新しい"家政婦。博士は"初対面"の私に、靴のサイズや誕生日を尋ねた。数字が博士の言葉だった。やがて私の10歳の息子が加わり、ぎこちない日々は驚きと歓びに満ちたものに変わった。あまりに悲しく暖かい、奇跡の愛の物語。第1回本屋大賞受賞。

感想・レビュー・書評

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  • なんだろう。この心が温かくなる感じ。
    小川洋子さんの紡ぎ出す文章の美しさと暖かさ。
    日々の生活に追われ殺伐とした心が真っ白で太陽の香りで満たされたシーツに優しく包まれていくような心地よさ。
    いくらでもこの文章を目で追っていけるような、そして文章から生み出されるこの美しき世界に取り込まれていくようなそんな感じがするのです。

    小川洋子さんの小説を読むのは『密やかな結晶』に続いてまだ2作目ですが、もう完全に小川洋子さんの生み出す文章の心地よさに身をゆだねてしまっています。

    『コンビニ人間』や『消滅世界』のような普通の生活をまるで異次元世界のように描くことができる村田沙耶香さんの小説にも中毒性がありますが、このごく普通の生活のなかにある美しい部分、それだけを抽出して読者の目の前に広げてくれる小川洋子さんの小説にもまた違った意味での中毒性があるのです。
    例えるなら、村田沙耶香さんの小説が日頃歩いている道がいきなり崩れ落ち、気がつくと全く価値観の異なったパラレルワールドに迷い込んでしまっているような気持ちにさせられるのだとしたら、小川洋子さんの小説は日頃歩いている道に落ちている石ころが実はダイヤモンドだったり、エメラルドだったりということを気づかせてくれるような小説だと言えば分かりやすいでしょうか。それくらい、何気なく過ごしている毎日の生活には小さいけれどかけがえのない美しいものが詰まっているということを小川洋子さんの小説は教えてくれるのです。

    それから、この『博士の愛した小説』を読む前に事前に(これは偶然ですけれど・・・)、サイモン・シン氏の傑作『フェルマーの最終定理』を読んでおいたことが、本書を読むときに非常に役に立ちました。
    本書は、ある自動車事故から「記憶が80分しかもたない」という障害を負ってしまった数学者である博士が主人公なのですが、自分が数学者であった時の記憶ははっきりとしているので、障害を負った後でさえ、数学への愛はまったく以前と変わっていません。そんな博士のお世話をすることとなった家政婦の「私」とその10歳の息子・ルート(これは本名ではなく、博士が息子に付けたあだ名です)との数学を通じた交流が描かれるのです。

    本書には、「友愛数」「完全数」などという数学の神秘がなんども出てくるのですが、これは『フェルマーの最終定理』を事前に読んでいたので「ああ、あのことね」と難解な数論の話もついていくことができました。『フェルマーの最終定理』には数々の数学者が登場するのですが、この主人公の博士も彼らのように数学の美しさに取り憑かれた一人なのだなと、本書を読みながら一人で勝手に納得していました。

    それからもう一つ個人的に良かったことは、この小説の舞台が1992年のことなのですが、ルートが大の阪神タイガースのファンだったこともあって、本書には当時の阪神タイガースの試合の動向や選手の名前などが頻繁に出てきたところです。僕も、ちょうどこの頃、阪神タイガースのファンとして一番応援に力が入っていた時期で、背番号00を背負った亀山やパチョレック、久慈、和田、ノーヒットノーランを達成した湯舟、メジャーに行く前で若手とした大活躍していた新庄などの名前と出会うたびに、学生だった当時の僕の記憶が色鮮やかに浮かびあがり、この小説を読むことで僕だけの楽しみ方が出来たことでした。
    そして、阪神タイガースが博士の数学と絶妙に結びつき、博士の記憶の中で燦然と輝く阪神の大投手・江夏豊の背番号の秘密とが相まって、このラストへの壮大な伏線となっているところは見事でした。

    本書は、記憶が80分しかもたない博士と、家政婦の「私」と、その息子ルートとの「大人の愛の物語」と言い切ってしまっていいと思います。
    そこには、ドロドロとした恋愛ではなく、あくまでも真摯で崇高な愛の姿が描かれます。
    数学への愛、尊敬すべき者への愛、家族愛、庇護されるべき小さき者への愛、そして秘めたる愛。いろいろな形の愛が描かれ、そして、その一つ一つが暖かな光となって、この小説を読む者の心の中に優しく灯っていくのです。

    小川洋子さんの描くこのような美しく柔らかで暖かな小説は、僕の読書人としての今後の人生に非常に大きな部分を占めていくことになるのは間違いないと思います。
    本当に素晴らしい読書経験でした。ありがとうございました。

  • 私がお仕事をしている市内では、良書巡回図書という、現場の先生と生徒からは 残念ながら、大変不評な(笑)事業が行われています。

    事業が決定されるまでのいきさつも、は?なにそれ?って感じでしたが、まあ、そこはおいといて、そんななかでもこれはよかった!というのが、

    中3で巡ってくる本のなかに、この本があったこと。中学生は、はっきりいって巡回図書なんて読みません。学校側も、じっくり読ませてるヒマなんてない。

    でも!ですよ。
    この本に関しては、受験で忙しい3年生が、本当によんで、おもしろいです!と、図書室に報告に来る。

    私が事前にオススメしまくってたのもあったでしょうが、やっぱり作品の力でしょうね。記念すべき、第一回本屋大賞受賞作品です。

    わたしは、学生のころから数学が 好きじゃなくて、ただ受験のために解く、ぐらいの意識しか持ってなかったんですが、

    この本を読んで、生まれてはじめて、

    無機質な数字が、温度をもったあたたかいものに、思えたんです。

    自然のなかに存在する、美しい法則みたいなもの・・・数学って、美しかったんだ・・・

    そして余談なのですが、博士が記憶を失くした日の日付というのが、わたしの誕生日と同じで。
    月と日までは、わかります。でも、西暦まで同じだと、さすがに5度見(笑)くらいしました。

    この本と、私が
    作中にでてくる 友愛数のように、
    つながっていた 気がしたんですね。

    というわけで、とても 思い出深い作品です。

  • 家政婦である「私」。
    事故により80分しか記憶が保てない元・数論専門の「博士」。
    その博士が「ルート」と名付けてくれた家政婦さんの「息子」。

    忘れてはいけない事柄を背広のそこかしこにクリップで留め、
    世の中のあらゆるものを美しい数式にあてはめ、
    瞬く星を線で結んで夜空に星座を描くように
    美しい作法で導き出した数字で人と人の間を結んでくれる博士。

    まだ空が明るい雲の切れ間から
    一番星に誰よりも早く気づくことができた博士。

    夜の準備はもう始まっている。
    一番星が出たのだから。

    博士の世界はいつも静かで敏感であったかくて優しい。

    こんなにも数式が、数字の世界が、美しいとは。
    あまりに美しくて、もうそれは下世話な意味ではなく、
    官能の領域にすら感じる。シャラシャラと音を立てて
    数字が薄い氷の上を滑るような透き通るような青く透明な世界。

    "なぜ星が美しいか、誰も証明できないのと同じように、
    数学の美を表現するのも困難だがね"

    確かにカタチがあるようでない"美"という観念を
    言葉で追うことは難しい。でもそれを1冊を通して
    いとも簡単なことであるかのように目の前に数字の美しさを
    取り出して見せてくれた博士たち。

    数字音痴で理数系の才能の欠片もない私が
    そこに広がる数式に、深まりゆく数字に、
    こんなにも静謐で美しい世界を感じられるとは。
    そんな魔法のような感覚を可能にしてくれる小川さんの
    筆力に驚嘆して、読後暫く茫然と呆けてしまった。

    3人で夕方に夕食をとり、ラジオで野球を楽しみ、
    今は見ることのできない江夏の姿に想いを馳せ、
    素数の中でも殊更に美しい素数「11」の誕生日を迎えた
    ルートの誕生日を祝い、ただただ穏やかで静かな時間を
    共有する3人の日々。

    どんな数字でも嫌がらず自分の中にかくまってやる
    寛大な記号「√ルート」。そのルートを広く自由で
    温かい数字の世界とともに育ててくれた庇護者、博士。

    連続した自然数の和で表すことができる完全数。
    数学、江夏、28。
    3人が証明してくれた美しい数式に涙が止まらなかった。

  • 約二時間ほどで読了。丁寧な文章で、特に大きな出来事がそうそうあるわけでもないのになんだか心にぐっと響いて、心理描写が細やかに描かれた作品。久々にこういうのが読みたかったんだというものに会えた気がする。一番感心したのは多分終わり方。博士が数年死ぬであろうことをさりげなく書いていた。よくお涙頂戴の小説なんかに描かれる葬式の模様や、彼がどんどん衰弱していくような様を書くじゃなくて、最後にルートとの触れ合いを優しく書いてくれたことがうれしかった。

  • 今さらなんて思わずに読んでみた名作。
    映画は公開当時に観たからストーリーも大体知ってたけれど、(映画もよかったけど)小説はさらに素晴らしい。
    小川洋子さんの小説って、読みやすくて押し付けがましくなくて心に残るっていう絶妙なバランスで成り立ってると思う。そして何より文章が綺麗。

    事故の後遺症によって記憶が80分しかもたなくなった数学の教授“博士”の家に家政婦として派遣され働くことになった“私”とその息子“ルート”の物語。
    説明すると本当にシンプルにただそれだけの物語で、その日常が描かれているのだけど、温かさと愛に包まれた物語だと思う。

    記憶が80分しかもたない博士にとって、新しい朝は全てがリセットされた状態なわけで、そこに毎日訪問する主人公とルートは毎日が博士と初対面ということになる。
    人と人は事実ではなくそれを捉える人間の記憶によって結ばれていて、とても儚く弱々しいのだけど、それを繋ごうと強く思う気持ち次第で、いくらでも強くしっかりしたものに出来るのだと思った。

    キーワードは“数学”と“阪神タイガース”というのも何か良かった。
    大人になったルートが選んだ道もまた心憎い。

    私は学生時代数学は苦手で今でも好きとは言えないけれど、公式を使って問題が解けた時の爽快感やその数字の美しさというのは理解できる。
    様々な数学用語も登場するけれど、苦手な私でもまったく問題なかったし、むしろ数学の奥深さに興味を抱いた。
    追究して壁にぶつかってそれでも追究をやめなかった過去の研究者によって、様々な定理が確立されたのだと感慨深い気持ちになった。

    新庄、中込、湯舟…って姉が阪神大好きだった頃の選手名も登場して、かなり懐かしい気持ちになりました。笑
    おすすめしたい一冊。

  • 宝探しの様な本だった。
    物語は家政婦とその息子、依頼元の博士でほぼ構成される。数字と阪神タイガースという異色のキーワードで関係が築かれ、読者はその様子を淡々と観察する。物語のどんな要素も三人の関係に波風をたてないが、同じように三人の関係を明瞭に定義しない。時には家族であり、友人であり、そしてまた敬愛の対象であったり、家政婦から博士へのわずかな慕情も汲み取れたりする。
    作者の意図に沿うかは別として、一つ一つの文言を拾い、目を凝らし…という時間は宝探しのようだった。静かに、楽しめた。

  • 記憶障害をもつ初老の数学者<博士>、家政婦の<私>と息子の<ルート>、3人が過ごす静かな時間のなかで、
    <私>の博士に対する深い敬愛とその背後に見え隠れする淡い恋愛感情が、丁寧に、慎ましやかに綴られる。
    こんなに静かなのに心が動かされ、一気に読んでしまった。
    大好きな一冊。

  • ずっと積読のままだったこの本を手にとったのが昨日のこと。寸暇を惜しんで読んでしまった。主人公の目を通して描かれる博士の人となりに惹きつけられ、また主人公とその息子の優しさに安心し、現在に生きることすら難しい博士の行く末を心から心配しながら読んだ。何度も涙がこぼれた。どうしたらこんなに優しい物語が書けるのだろう。数式を「美しい」といい、数字の並ぶ様子をレース編みと描写する。小川洋子さんは数学にも造詣が深いのであろうか?なのに私のレベルにまで降りてきて解説してくれて、数字アレルギーの私でもちょっと勉強してみたいなと思ったぐらいである。80分しか記憶が持てない人の悲哀は計り知れないけれど、記憶が残らないことで救われることもある。様々なモチーフが繋ぎ合わされて魅力的な物語となっている。

  • 80分しか記憶のもたない、数字にしか興味を示さない博士と、その家で働くことになった家政婦と息子の話。

    数学は苦手だから、大丈夫か不安だったけれど、映画が面白かったので、本でも読みたくなって手にとりました。
    意外とすんなり読めました。むしろ主人公と一緒に数字の不思議さや奥深しさに触れられて新鮮に思う場面も多くて良かった。

    博士の、もどかしいくらい不器用で、でも真摯な姿(数字に対しても、息子に対しても)がとても素敵で、読んでいてハラハラしながらも優しい気持ちになりました。
    文が上手だから、家政婦さんが博士と数学に対して愛情のようなものを持つ過程も違和感なく受け入れられたし。

    ちょっと疲れた時にふと読みたくなる本です。

    • ここ花さん
      はじめまして。

      プロフィールのタグ、‘怖がり’で
      あなたにたどり着きました。

      私もこの本好きです‥

      ここ花。
      はじめまして。

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      私もこの本好きです‥

      ここ花。
      2010/03/25
    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「もどかしいくらい不器用で、でも真摯な姿」
      寺尾聡がとっても好演で素晴しかった。映画を観なかったら小川洋子との出会いはなかったかも、、、
      そ...
      「もどかしいくらい不器用で、でも真摯な姿」
      寺尾聡がとっても好演で素晴しかった。映画を観なかったら小川洋子との出会いはなかったかも、、、
      そして今では、好きな作家の上位に位置してます!
      2012/04/13
  • 景色が美しくて、言葉も美しくて
    とても綺麗なお話だと思う。
    登場する人物にも 魅力があって、
    何度でも また読みたくなる作品。

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著者プロフィール

小川 洋子(おがわ ようこ)
1962年、岡山県生まれ。高校時代に文芸を志し、早稲田大学第一文学部文芸専修入学。在学中から文芸賞に応募。卒業後一般企業に就職したが、1986年の結婚を機に退職、小説家の道に進む。
1991年『妊娠カレンダー』で芥川賞、2004年『博士の愛した数式』読売文学賞、本屋大賞、2006年『ミーナの行進』谷崎潤一郎賞、2012年『ことり』で芸術選奨文部科学大臣賞、2013年早稲田大学坪内逍遙大賞をそれぞれ受賞。芥川賞、太宰治賞、読売文学賞、河合隼雄物語賞などの選考委員を務める。
『博士の愛した数式』は映画化され、大ヒットとなった。受賞作以外の代表作として、『薬指の標本』『人質の朗読会』『猫を抱いて象と泳ぐ』。

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