闇市 (新潮文庫)

制作 : マイク・モラスキー 
  • 新潮社
3.44
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本棚登録 : 85
感想 : 9
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  • Amazon.co.jp ・本 (407ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101215365

作品紹介・あらすじ

一枚の百円紙幣が語り手となり、闇屋、陸軍大尉などを転々としながら見た欲と情の光景を綴る太宰治「貨幣」。会社の命令で闇食糧の調達に奔走し、その最中に逮捕された朝鮮人の悲惨な運命を描く鄭承博「裸の捕虜」。平凡な会社員が電車内での突発事から闇屋として生き抜くことに目覚める梅崎春生「蜆」──終戦時の日本人に不可欠だった違法空間・闇市。その異様な魅力を伝える名短篇11作を収録。

感想・レビュー・書評

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  • 終戦の闇市を題材とした短編集。
    この本を読む人で、終戦を実体験している人は少なくだろう。

    太宰治、坂口安吾、野坂昭如。有名どころだけど、ちゃんと読むのは初めてなのだ。
    そんな私もあぁこれがとちょっと独特な部分に触れられた。

    闇市がなくて日本は回らなかった。
    そんなことは百も承知だが、生きるための食や犯罪が生々しい。
    全く知らない平成生まれでも、読んでいるとなんとなくその意味が分かると思う。
    そしてこの本は解説にキモがありちゃんと答え合わせが出来るから、ハテナのまま終わらないのも良い。

    世が世なら…ではあるが、ハラスメントだけど、どれも必死の生なんだと思えるどれもが良い短編集である。

    評価もう少し良くても良いのに…なぁ。

  • マイク・モラスキー編『闇市』新潮文庫。

    戦争末期および終戦直後の闇市をめぐる短編小説集。自分の持つ闇市のイメージは昔の上野のアメ横や東南アジアの市場、或いは東日本大震災の後の復興市場といった感じだ。日本人より日本をよく知るアメリカ人の著者が一体どんな短編をセレクトし、どのような闇市の姿を見せてくれるのか非常に興味があった。

    アンダーグラウンドの香りのするディープで、どこか懐かしさと憧憬を覚える11編を収録。セレクトされた短編も面白かったが、著者による解説が良い。相変わらずの日本通ぶりで、闇市の歴史と文化と共に作品の一つ一つを丁寧に解説している。

    太宰治『貨幣』、耕治人『軍事法廷』、鄭承博『裸の捕虜』、平林てい子『桜の下にて』、永井荷風『にぎり飯』、坂口安吾『日月様』、野坂昭如『浣腸とマリア』、織田作之助『訪問客』、梅崎春生『蜆』、石川淳『野ざらし』、中里恒子『蝶々』を収録。

    マイク・モラスキーと言えば、名著『呑めば、都』を読んだ時、自分が日本人であることに恥ずかしさを感じる程の日本の歴史・文化論、並の日本人を遥かに凌駕する語彙の豊富さ、論理的な展開と膨大な註釈による論理の補強と、日本人がお手本とすべき巧みな文章に驚かされたものだ。アメリカ生まれの早稲田大学国際教養学部教授で、ジャズピアニストの顔を持つということを知れば、納得がいくのだが……

  • 一般に、「闇市」といえば、日本では第二次世界大戦後、連合国軍占領下の混乱期に成立した商業形態を指す。
    統制経済の下、ものには1つ1つ値段がつけられた。だが政府による配給は、物資の不足からほぼ機能しないに等しく、都市部では特に食料や生活必需品が不足していた。正規のルートで物資を手に入れ生活することはほぼ不可能で、地方にこっそり買い出しに行くものも多かった。
    そうした中で、空襲や立ち退きの後の空き地に発展していったのが「闇市」である。何でもござれの不法市場。怪しいものも多く売られているし、値段も法外ではあるが、背に腹は代えられぬ。
    闇市の店の多くは、素人が商売を切り盛りしていた。ごった返す熱気の中で、人は時には買い手になり、時には売り手になり、日々の暮らしを立てていた。

    本書はそうした「闇市」を舞台に展開する11の短編小説を編んだもの。
    実際に闇市の時代を肌で知っている作家たちにとって、闇市は生活の一部であり、生き抜くうえで不可欠なものでもあったろう。
    「経済流通システム」として、「新時代の象徴」として、「解放区」として、さまざまな観点から、闇市がこの時代に果たした役割が見えてくる。

    編者のマイク・モラスキーは30歳で日本文化に興味を持ち、アメリカ占領時代を描いた日本本土や沖縄の文学作品の研究を皮切りに、ジャズの研究や居酒屋に関するエッセイなどを手掛けている。
    選んだ作品それぞれもおもしろいが、巻末の熱い解説も読ませる。

    「貨幣」(太宰治)は太宰らしい作品と言えようか。1枚の100円紙幣が自らの来歴を語る。男性名詞・女性名詞のある外国語では、貨幣は女性名詞であることから、太宰は紙幣に女言葉で語らせる。人から人の手に渡り、目まぐるしく流転する100円札。人間の汚い面をさんざん見た彼女がしかし、最後に目にするものは。
    「裸の捕虜」(鄭承博)は在日朝鮮人一世の作家による、実体験をモチーフにした小説。本作では、戦中から既にあった闇市が描き出されている。社員たちを飢えさせないために闇食糧の買い出しを命じられる朝鮮人社員。何かあったら会社が助けてくれるはずだったが、いざ捕まると掌を返すような仕打ちを受ける。捕まった彼はどこに連れていかれるのか。
    「桜の下にて」(平林たい子)の主人公は女学生。美しい校舎、明るい学生生活は戦争のために失われた。敗戦後、暮らしも厳しく、学友たちも1人、また1人と学校を去っていく。中には闇市で働くものもいた。自らは卒業まで学校を続けると決めた少女の心の揺れ。初出は、雑誌「少女の友」の姉妹誌である「新女苑」というのが頷ける(cf.『「少女の友」とその時代』)『田辺聖子 十八歳の日の記録』も思い出させる。
    「浣腸とマリア」(野坂昭如)。「焼跡闇市派」を自称した野坂。混沌として猥雑で、どうしようもないどん詰まりに、かすかに日が差し込むような。だがその光も縋りつくにはあまりに細い。とはいえ、人はどん底でも生き続けていく。異様な凄みを感じさせる作品。
    「訪問客」(織田作之助)。闇市そのものというより、闇物資を扱う人物が入れ代わり立ち代わり現れる。三人三様の身の処し方。人物造形の描き分けがおもしろい。
    「蝶々」(中里恒子)。敗戦は世の中の秩序を一度壊したが、あるものにとってはそれは新しい世界への道を開くこととなった。長官夫人であった主人公は、敗戦ですっかり腑抜けのようになってしまった夫に代わり、家計を支えることになる。持ち前の社交的手腕を発揮して、闇市に焼き鳥の屋台を出したのだ。店は繁盛したが、どこか満ち足りないものも感じ始める彼女。さて、その行方は。

    「闇」という名の通り、鬼が出るか蛇が出るかといった異界の雰囲気もあるのだが、一方で、そこは人々が生きていくエネルギーに満ちた場所でもあったろう。
    「闇」の先には「光」が指すのか。「闇」は「光」を孕むのか。
    余韻の残る作品集である。

  • 新たな時代を貫く感覚を象徴する場があると思わせてくれる短編小説集。編者は、闇市が「自負と気取りを捨てて、正直に生きようと決心する人間」(文庫版あとがき)の場であったとする。私も確かにここが新しい場だったと思った空間が70年代初期にのわが国はあったと感じている。梅崎春生の蜆を30年以上経って久しぶりに読み返し、蜆がぷちぷちと音を立ていることしか覚えていなかった私は、外套を巡る複雑な構成のこんな話だったんだと新たな発見ができた。

  • 闇市をキーワードに、いろんな作者の短編を楽しみました。
    恥ずかしながら野坂昭如の作品は初めて読んだが、なかなかアブな展開。戦後だとそんなにアブではないのかしら。。。別の野坂作品を読みたくなった次第。
    1番良かったのは平林たい子モノかな。時代と時代のクロスオーバー感がよろし。

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著者プロフィール

1956年生まれ。シカゴ大学大学院東アジア言語文明学研究科博士課程修了(Ph.D.)。現在、早稲田大学教授。専攻は日本の戦後文化史、日本近現代文学。
著書に、『戦後日本のジャズ文化』(青土社、サントリー学芸賞受賞)、『ジャズ喫茶論』(筑摩書房)、『日本の居酒屋文化――赤提灯の魅力を探る』(光文社新書)などがある。

「2016年 『日本文化に何をみる?』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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