- Amazon.co.jp ・本 (464ページ)
- / ISBN・EAN: 9784101216317
作品紹介・あらすじ
あたしは絵師だ。筆さえ握れば、どこでだって生きていける──。北斎の娘・お栄は、偉大な父の背中を追い、絵の道を志す。好きでもない夫との別れ、病に倒れた父の看病、厄介な甥の尻拭い、そして兄弟子・善次郎へのままならぬ恋情。日々に翻弄され、己の才に歯がゆさを覚えながらも、彼女は自分だけの光と影を見出していく。「江戸のレンブラント」こと葛飾応為、絵に命を燃やした熱き生涯。
感想・レビュー・書評
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藤沢周平の次の時代小説の担い手は朝井まかてかもしれない。
私はまかてのファンでは無い。読了もこれが3冊目だ。1冊目は、直木賞受賞直前で、「恋歌」の読者モニターで感想を送ってサイン本さえ頂いてはいるが、ファンにはならなかった。もちろん傑作だったが、女性の情念には私はのめり込めない。
それでも、これは「恋歌」よりも更に一歩踏み込んだ傑作だと思う。一頁一頁の書き込みが、そんじゃそこらの他の作家の比では無い。「自分は親父どの(北斎)の才能を引き継いでいない」と自覚しながら、のめり込まざるを得ない美の世界への執着を、これでもかと描いている。ドラマでは美人の宮崎あおいが力演していたのだが、私は北斎美術館のリアルなジオラマのお栄を見ている。痩せていて顎がしゃくれてお世辞にも美人とは言えなかった。コンプレックスを情熱に換えて、彼女は焔の見せる緋色と闇の中の光と影に美を見出す。それを表現する。その過程の描写にやはり、私は藤沢周平を想起した。
冨獄三十六景。小説では、お栄は失恋し、北斎は孫の時太郎の不良化に悩み、板元の西村屋は大火事で焼け出され、それらが末の逆転劇として描かれている。大判錦絵。
「景色に金子を出す物好きなんぞ、いやしねぇよ。三代目は自前で打ってでるらしい」
「正気の沙汰じゃねぇな。葛飾親父も三つ巴印の泥舟に乗せられなすって、気の毒なこった。情に流されてとうとう一緒に沈みなさるか。なんまいだぶ」
事前の評判は最悪だ。けれど北斎が提示した10枚に魅力されて彫り師も、摺し師も、当時の名人が集った。西村屋はそれを見て三十六景を提案する。
最初の刷りは、神奈川沖浪裏。今や、北斎のアイコンである。錦絵は、版木は8枚使われる。北斎も、8枚に色指定をしながら描かなくてはならない。それを寸分違わず彫り、寸分違わず摺る。それを三十六景仕上げる。全て富士山の絵で、趣向を全て変えて。今でこそ、我々は文庫本(岩波文庫)で観ることはできるが、当時としては大博打で、しかし、北斎の天才がなければ無理の趣向だったことは間違いない。初板摺が二百枚だった「冨獄三十六景(実際は四十六景)」は、5年後には軽く万を超えたらしい(とは言っても重版出来で潤ったのは西村屋だけらしいが、北斎の名前は売れた)。そして、細かいところはお栄が描いた。
文庫表紙にもなっているお栄の代表作「吉原格子先之図」。安政の大地震で浅草の山之宿町に移った、新吉原の図とは知らなかった。西洋画の陰影も取り入れながら、浮世絵しか描けない真実を描く。「命が見せる束の間の賑わいをこそ、光と影に託すのだ」くらくらするような傑作である。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
なおなおさんの北斎本レビューおしゃべりで、みんみんさんからお勧めされてお取り寄せ。みんみんさんありがとうございます!
カバー装画 「吉原格子先之図」
時代小説読めるかなと心配してたけど、ページをめくるのが楽しくて夢中に。
章ごとにドラマをみているような臨場感。
お栄の生き様、枠にはまりきれない才能と心意気が格好いい。絵師としていろんな材料で色を創る場面が真剣勝負。酒が強いお栄と甘いものに目がない北斎親爺どのとの掛け合い。人たらしの善次郎(渓斎英泉)がとても魅力的。純黒朱「びろうどみてえな深い光」の話をしている善次郎との魂が通い合ったような時間。いちは三味線、ゆきは琴、なみは胡弓という三人の合奏を聞きながらの宴。夜桜美人画に対する善次郎の相対するような絵、「井のはたの、桜あぶなし、酒の酔」。シーボルトからの西画の依頼に対するやりとりに腕試しと呟く。馬琴の叱咤激励と柚子の卒中薬のお見舞いという粋な計らいと奇跡的な親爺どのの復活。富嶽三十六景の誕生の様子や日課獅子に向き合う親爺どのの姿勢を見つめるお栄。どの場面も生命力があって絵師としての生涯に疾走感があり、作品を途中調べたりして味わうことも楽しい。「その名にふさわしい絵をいつか、ものにするために。描こう。」-
2023/05/23
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こんばんは!
シーボルトについてよく知らなかったのですが、北斎の絵本で登場し、またここでも盛り上がり、親近感が湧いてきました^^;
なんと、...こんばんは!
シーボルトについてよく知らなかったのですが、北斎の絵本で登場し、またここでも盛り上がり、親近感が湧いてきました^^;
なんと、登場する小説があるとはっ!「先生のお庭番」も興味深いです(^_-)-☆
2023/05/23 -
2023/05/23
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楽しかったー。
葛飾応為こと、お栄の半生。百日紅は嫁ぐ前の話だったが、こちらは離縁したあとのお話。
数少ない(よく知らないけど)史実から、ここまで人物像を描けるなんて。
お栄は、しっかりと自分の絵の仕事に向き合う。口うるさい母親、介護、とんでもない甥っ子、恋心。心が乱れそうになっても、仕事と向き合う。現代の女性となんら変わりはない。かっこいいなあ。
そしてお栄を通して伝わる、画狂老人の偉大さよ。
北斎美術館にお栄の痕跡をさがしいにいこうかな。
まかてファンになりそうです。 -
北斎の娘の一生
派手な事件が起きるわけでもないのだけれど物語は起伏に富み、最後まで飽きさせない作者の力量が素晴らしい。 -
北斎の娘・お栄。父同様に絵の道を進む、彼女の熱い生涯を描く。
第一章 悪玉踊り 第二章 カナアリア 第三章 揚羽
第四章 花魁と禿図 第五章 手踊図 第六章 柚子
第七章 鷽 第八章 冨嶽三十六景
第九章 夜桜美人図 第十章 三曲合奏図
第十一章 冨士越龍図 第十二章 吉原格子先之図
参考文献有り。葉室麟による解説と対しての謝辞。
絵を描くこと、色彩に魅せられ、絵師の道を歩む北斎の娘・お栄。
家族との確執、報われぬ恋、老いた父・北斎の世話等、
ままならぬ生活の中での、彼女の生き様を描いています。
それにしても北斎の存在の重さ。独り立ちした者にも、お栄にも、
北斎の側にいた喜びと共に“本物の絵師”への憬れからは
逃れられない。絵師を辞めた善次郎。苦悩する五助。時太郎も?
人生ばくち打ちなのは“北斎の孫”が付き纏うからなのか?
悪事に手を染めるのも、自分を見て欲しいという愛への渇望か?
だからこそ、大地震の時の「姉ちゃんっ」の叫びは、本心と
思いたいです。
先に画集と評伝に接していたため、史料と作品の少なさは
知っていましたが、それらを創作に取り込み描いたお栄の姿。
なんて生き生きと動いていることか!
ラスト・・・どこでも行ける。どこで生きてもあたしは絵師。
60歳になっても絵師と言い切る潔さは、素晴らしい!
章も、応為の絵の題名や関連のある名称で、画集で観た絵を
思い出させてくれました。 -
杉浦日向子の『百日紅』でもお馴染み、北斎の娘・お栄ちゃんが主人公。以前テレ東の「美の巨人たち」で「夜桜美人図」が紹介されていた回を見たけれど、この文庫の表紙になっている「吉原夜景図」共々、本当に光と影の使い方というかライティング(照明の当て方)が絶妙で、江戸のレンブラントと呼ばれるのも納得、まさに天才の名が相応しい絵師だったのだと感心した。
主要登場人物はもちろん父で師匠の北斎、母・小兎(こと)と可愛げのない甥っ子・時太郎、そして渓斎英泉こと池田善次郎、たまに馬琴先生。北斎と馬琴は喧嘩ばかりしているが、北斎が病で倒れて死にかけているときに馬琴に罵倒されて蘇るあたり、偏屈頑固ツンデレじいさんたちの友情が胸アツで、ぐっとくる。
お栄の姉・お美与と北斎の弟子の柳川重信夫婦の子である時太郎(離縁後、お美与が死去して祖父北斎に引き取られる)が、どうしようもないクズで終始イライラ。お栄ちゃんのほうは同じく浮世絵師の南沢等明に嫁ぐも自分より才能のない夫を小馬鹿にしすぎて離婚、出戻りで生涯父である北斎に師事する。火事、飢饉、天保の改革による絵師や戯作者への厳しい取り締まり、ペリー来航、安政の大地震など、時代の波に翻弄されたり家族の不幸に見舞われつつも、とにかく絵のことしか頭にない似たもの父娘。でもこれがカッコイイんだよなあ。
一方で、お栄ちゃんにとって気の置けない絵師仲間であり、ライバルでもあり、ちょっと恋心を抱いちゃったりする善次郎(英泉)との関係はもどかしくも切ない。善次郎、一見女にだらしないようでいて、こういう男って絶対モテるんだよなあ。2017年にNHKでドラマ化したときのキャストは善次郎:松田龍平だったようで、ちゃんとチェックしておけばよかった・・・(見損ねた)(でもお栄ちゃんが宮崎あおいは可愛すぎると思う。百日紅アニメで声優やった杏ちゃんのほうが実写のイメージ近い)
やがて善次郎も父・北斎も死去、60才を過ぎてもお栄はひたすら絵を描き続け、女一人で生きていく。これ、と決めた生き様を貫くさまは男女問わずかっこいい。背筋が伸びました。 -
葛飾北斎の娘、葛飾応為(應爲)(かつしかおうい)のお話。
小さい頃から絵を描くことが大好きだった彼女、大きくなれば当然のように父の仕事を手伝い始め、自らも絵師としてのキャリアを積んでいく。絵にばかり夢中で母小兎(こと)からは結婚できないのではないかと心配される始末。なんとか結婚することができても家事もできない、絵にばかり夢中で結婚生活は破綻、早々に離縁して父の工房に舞い戻る。
ある日オランダのシーボルトから北斎へ依頼が舞い込む。非常においしい仕事なのだが条件が「西画でお願いします」つまり、西洋の画法を取り入れよ。と...この難題に北斎、応為は挑む。この辺りの北斎のプロフェッショナルな考え方が最高にかっこいい。
そして北斎の突然の中気(脳卒中)、右半身がやられて絵筆も握れずこれまでかと思われたがその後の奇跡的な復活。その後も母の死、己丑の大火、甥の借金問題、天保の大飢饉、その後の改革で絵などの規制が厳しくなるなどの凶事が重なるもなんとか切り抜けていく北斎親子。そして北斎の死。
北斎の出来事に寄り添いがちだが、応為自身の物語、心理描写もたくさんあるのでそこは問題なし。とりわけ浮世絵師、渓斎英泉こと善次郎とのライバル心、秘密の恋という不思議な距離感は良かった。ろくでなしの甥に対する複雑な心境なども味わい深い。絵師として「もっと良い絵を...」と懊悩する様は共感できるところ多々あり。
ストーリーを追いながらどんな作品が作られたかにももちろん触れられているので読んだ後画像を調べたりしてその絵と物語に想いを馳せたりすることで2倍楽しめた。となるとできれば本物を見に行きたい欲がばんばんでてくるわけで...笑 本物を見に行けたら3倍は楽しめるだろう。非常におすすめな作品でした。 -
葛飾北斎の娘、葛飾応為の生涯を描いた歴史小説。
朝井まかてさんの小説って近作を読めば読むほどに、名人芸の域に達してるような気がします。葛飾応為のことは全く知らなかったのですが、鮮やかに彼女の生き様が思い浮かんでくる。
天才葛飾北斎を父に持ち、幼いころから絵に親しみ、父の元で腕を磨いてきた応為ことお栄。口うるさい母親、つかみどころのない甥、気まぐれな兄弟子、そして偉大ではあるけれど、人間味のある父の北斎。そうした周りの人々の姿を生き生きと描き、そしてお栄自身の描写もとても生き生きと、それでいて心理は丁寧に描かれる。
父や兄弟子と比べての自分の絵の腕に対する葛藤、絵ではその兄弟子にライバル心を燃やしつつも、一方で想いを寄せる複雑な女心。結婚や女性としての生き方を口が酸っぱくなるほど説教する母に対する反発心。トラブルばかり起こす甥に対する苛立ち。
ちゃきちゃきで歯切れのよい江戸弁の中で描かれる、お栄の心理描写。それはまさに応為の絵の陰影のように小説に光と影の陰影を作ります。
そして様々なトラブルに遭いながらも、芸術に真摯に生きようとする人々の姿も素晴らしい。病気で体が不自由になった北斎に、滝沢馬琴が叱咤激励を言いに来る場面や、お栄の兄弟子の善次郎やその姉妹である芸者の妹たちの姿。
そして父の看病、母の死、甥の借金騒ぎ、火災にあったり想いを寄せた人との別れを経験し、徐々に自分の絵を極めていくお栄。
彼女の気づき、そして自分の生き方を見つける場面の爽やかさは特に素晴らしかった!
読み終えてから画像検索で応為の作品をいくつか見ました。彼女の作品の陰影の裏にあるドラマを勝手ながら想像し、勝手に胸を熱くしました。
第22回中山義秀文学賞 -
葛飾北斎の娘、お栄。絵を描くことが好きだが「北斎の娘」という肩書きが重い…しかし、あまりに偉大な父の影響を受けながら自分も絵師となり、父に負けない、いい絵を描こう…だが…父にはかなわない………と、もがくお栄。
兄弟子への恋情、納得のいく作品が描けないことへの苛立ち、借金の尻拭い…
地べたにはいつくばり、形のないものを形にしていく地道な生業に、身も心も捧げる…。
眩しく、愛おしい話です。