エトロフ発緊急電 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (630ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101223124

作品紹介・あらすじ

1941年12月8日、日本海軍機動部隊は真珠湾を奇襲。この攻撃の情報をルーズベルトは事前に入手していたか!?海軍機動部隊が極秘裡に集結する択捉島に潜入したアメリカ合衆国の日系人スパイ、ケニー・サイトウ。義勇兵として戦ったスペイン戦争で革命に幻滅し、殺し屋となっていた彼が、激烈な諜報戦が繰り広げられる北海の小島に見たものは何だったのか。山本賞受賞の冒険巨篇。

感想・レビュー・書評

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  • ずーっと前(25年くらい前かな?)、NHKのドラマで見てから、ずっと原作を読みたいと思っていた。
     昭和16年の日米開戦前夜の話。
     1月、連合艦隊司令長官 山本五十六は、ある大胆な作戦を立てる。それは、もし日米開戦が避けられないことだとしたら、開戦初日に米国太平洋艦隊をハワイで撃滅するしか方法はないということであった。この決意を海軍大臣に対して手紙に書き、信頼出来る部下に手渡しさせる。そこから、秘密裏にハワイ奇襲攻撃の作戦は進めていたはずだった。
     しかし、秘密は微かな穴から漏れる。東京のある教会のアメリカ人宣教師の元へある日本人から「日本はハワイを奇襲攻撃するつもりだ。」という情報が伝えられる。愛国心によりアメリカとの戦争をどうしても避けたかったその日本人は、その宣教師が実はアメリカ軍のスパイであることを知っており、アメリカ海軍極東課の情報士官テイラー中佐とも知り合いだった。
     日本のハワイ奇襲攻撃作戦について複数のところから情報を得た、テイラー中佐は、ケニー・サイトウという日系アメリカ人に白羽の矢を立て、日本にスパイとして送り込む。サイトウはアメリカでは差別されて育ち、スペインで義勇兵として戦い、その後、殺し屋となっていた、アメリカにも日本にも帰属意識の無いアナキストだった。サイトウは日本語、日本海軍の艦船の見方、武闘、暗号解読などの訓練を受け、偽のパスポートを用意され、日本に送りこまれた。
     日本でのサイトウのスパイ活動を助けたのは、先に登場したアメリカ人宣教師(彼は、南京大虐殺で中国人の婚約者を日本軍に虐殺され、日本に恨みを持っていた)、それから「日本に全てを奪われた」という在日朝鮮人だった。アメリカ人宣教師スレイセンは、親しくなった日本海軍の技術者を騙して、暗号通信機を作らせ、サイトウに渡す。
     サイトウは海軍の要人の家に忍び込み、ある重要な海図を目にする。何処かの島の何処かの湾。日本地図を端から端まで目を凝らして見ると、それが千島列島の中の択捉島の単冠湾(ひとかっぷわん)だと分かった。
     ハワイ奇襲攻撃のために日本艦隊が集結するのが択捉島の単冠湾だと分かり、スレイセンの情報からも大体の時期が分かったサイトウは択捉島に向けて、暗号通信機を持って出発する。その頃、サイトウがアメリカのスパイだと察した日本の憲兵は追いかける。
     サイトウは追っ手を避けるため、わざと直通の汽車を使わなかったり、途中でヒッチハイクをしたり、家族連れのふりをしたり、最終的には舟を盗んだり(その過程で殺人を犯したり)して、足跡を残さずに単冠湾に到着する。一方、追いかける憲兵のほうは、サイトウの行き先も目的もはっきり分からず、偽装にも気付かないので、てんやわんやである。
     サイトウは択捉島では、駅逓(馬を交換する所)の美しい女主人ユキとその使用人、宣造の好意を受け、正体を隠して匿われる。ユキはロシア人との混血児で私生児、宣造はクリル人。どちらも差別されているので、サイトウとは通じる所がある。
     ある日、単冠湾に日本海軍の艦船が何隻も集結しているのを見た日から、サイトウは冬は稼働していない鯨の加工工場の発電機を利用して、暗号通信機を動かし、アメリカに暗号を送り続ける。そして、四日後、いよいよ出撃の様子。そのことを打電しようとした時、ようやく憲兵もサイトウに追いつき……。

     結局、アメリカ側は日本の真珠湾攻撃に関する複数の警告を無視し、奇襲攻撃は成功した。
     日米開戦の前、米国海軍情報部が日本国内に複数の協力者からなる諜報網を作り上げていたこと、「フォックス」のコードネーム(この小説でのサイトウのコードネーム)により、択捉島単冠湾から11月26日まで日本海軍機動部隊の出撃を報告する暗号電があったことは史実であったらしい。
     国という大きな組織が戦争に向かって動いてしまっているときに、愛国者とは言えないアウトサイダーのような人達が、その大きな流れを変えるかもしれない活動を陰で、日本の端っこで行っていたということが興味深く、ハラハラすることだった。それが善であったか悪であったかは、その当事者にも今の私達にも言えないのであるが。 
     サイトウの持つハードボイルドな雰囲気にうっとり。テレビドラマでのサイトウ役の俳優さん、かっこよかったんだけどなあ。今は全然見ないな。

  • めちゃ面白い冒険小説。よくあるプロットを戦争というフィルターを通すことで奥行きが増している。陰のある孤独なヒーローとうら若き女性の報われぬ恋、孤立無援の状況などハードボイルドの基本を忠実になぞっているので一見難しそうにみえてサクサク読める。また脇役も魅力があり細部まで丁寧なのが好感触。前作との繋がりがみえつつ全く新しい戦争スパイ小説として(しかもアメリカ目線)一級品であることは間違いない。特に斎藤が択捉島へ逃げていく所は良い。追う側と追われる側の描写の迫力でグイグイ入ってくる。

  • 第二次大戦秘話三部作の2作目。

    最初は本当に多くの登場人物が出てくるし、場所も東京、択捉島、アメリカと様々なので、どこで、どのようにすべてが繋がって関係してくるのかが分からないため、読むスピードが遅くなりがちなのですが、だんだんと関係性が見えてくると、スパイ活動を中心に描いているので面白くなっていきました。

    日本の情報をつかむためにアメリカから潜入する主人公ですが、様々な危険を潜り抜けながら逃げ回ったりするので、ハラハラ、ドキドキする場面がある一方で、日本の南京大虐殺の描写もあり、現在もまだ戦争を続けている国のニュースのことを思い出し、余計に戦争のむごさを感じました。

    この時代の愛国心、マイノリティ、そして人権とは戸言うことを考えさせられました。

    最後に、択捉島の場面で出てくる北千島にいたとされるアイヌ人、クリル人という民族がいたことを知れました。今では彼らの文化も言語も残っていないそうです。日本が強制的に彼らの住んでいた地域を奪ったという歴史があることも知り、もっと第二次世界大戦前後の日本についてまだまだ勉強不足だな感じました。

    *日本推理作家協会賞、山本周五郎賞、日本冒険小説協会大賞を受賞

  • 国際謀略小説のなかで、日本人が残した逸品。
    太平洋戦争の始まりに踏み込んだ作品。めのつけどころがさすがと。佐々木譲にはまることになったきっかけになりました。

  • 真珠湾攻撃と言う事で読了。佐々木譲さんの戦争三部作です。真珠湾攻撃の情報を掴む為、スパイとして採用されたケニー斎藤。

    アメリカ、東京、広島、択捉島、、、と場面が転換して行く中で日系アメリカ人のケニー、混血のロシア人、タコからの脱出者、宣教師、クリル人、憲兵達が複雑に絡んで行きます。

    中盤(北海道位まで)のスリリングさが終盤でややトーンダウンしてしまった印象を持ったのが少し残念だったかな。ベルリン飛行指令が良かった分期待値が上がり過ぎていたかも。

  •  太平洋戦争開戦前の日本、アメリカ、択捉島を舞台に繰り広げられるスパイ小説。真珠湾攻撃に関する諜報活動を取り扱っている。実際の歴史の結末の制限がある中で、ドキドキとするようなスパイものを描いている。最初は登場人物も舞台もあちこちに飛ぶことにちょっと戸惑ったが、だんだんと話の筋が見えてくる。登場人物も様々な背景を抱え、さらにまさに戦争が始まろうとする時代には民族の国籍の違いによる差別や弾圧も受けながら、それぞれに生きていこうとする姿が描かれている。映画に知れたらいいのにと思ったが、調べてみるとNHKでドラマ化はされたらしい。

  • 前回の読書会でお借りした本、その3。
    北辰軍盗録と迷っていたらどっちも面白いから、とおススメされたので。

    うん、どっちも面白かった!
    特にこちらはめちゃくちゃ面白かった!

    メインの時間軸としては、日米本格開戦の直前、真珠湾攻撃の作戦立案から決行までなのかな。
    最初はさまざまな場所、たくさんの登場人物がそれぞれにばらばらに動いているのからはじまり、その個々の事象が、大きく広がった風呂敷がだんだん畳まれていくようにだんだんと集約されていく様が圧巻。
    スパイ小説は読んだことがなかったけど、ここらへんは極上のエンタメ小説な感じがしてめちゃくちゃ面白かったな、
    追いかけられて追い詰められる夢をみてしまうくらい物語にのめり込んだ。
    それと同時に、史実とフィクションの境目がわからないなぁと思えば思うほど、だからこそなのか、登場人物に共感してハラハラしたり、興奮したり、憤ったり、悲しくなったりしながらも、感情に流されずに歴史的事実は事実としてしっかり認識しておくべき、詳しく知っておくべきだろうなと冷静になったりもしたので、感情の振れ幅が大きくて忙しかった。

    かなりの長編だけど、まったく飽きさせないし、エピローグまで小説としてすごく美しく纏まっていると思う。
    そして読後にもう一度著者のはしがきを読むとさらにいろいろと考えさせられる。

    内容はとてもハードだけどとても充実感のある読書になった。

  • まず、凄い長編だった。佐々木さんの本は警察小説しか読んだことがなく、ストーリーの重厚さ故背景の説明が長くなってしまうのは仕方がないのだが…。
    主人公がヒロインと出会うのが遅すぎた感は否めない。勿論、テーマはそこではないのは承知している。日本人の一人として過去の過ちを忘れてはならないという思いを新たにした。

    • kakaneさん
      chieさん、もし未読なら以下の本もおすすめです。同系統で私は続けざまにはまりました。
      藤田宜永「鋼鉄の騎士」
      船戸与一「砂のクロニクル」
      ...
      chieさん、もし未読なら以下の本もおすすめです。同系統で私は続けざまにはまりました。
      藤田宜永「鋼鉄の騎士」
      船戸与一「砂のクロニクル」
      逢坂剛「カディスの赤い星」
      参考まで
      2017/09/24
  • 初めて読んだ佐々木譲作品、これでファンになった。

  • 20年前に上梓された小説でいまさらという方も多いでしょうが、こんな面白い冒険小説があったのか!一気読みで読後にジーンと余韻が残った。文句無しに面白い冒険小説!こんな感覚は箒木蓬生の「逃亡」以来。
    最近警察小説で活躍し先日直木賞を受賞した佐々木譲の「エトロフ発緊急電」
    日米開戦前夜、日本のハワイ真珠湾奇襲をめぐる日米の情報戦争に意図せずに巻き込まれ、アメリカのスパイとなって日本に潜入したアナーキスト日系人の冒険物語。太平洋戦争のしっかりした史実をベースにまるでノンフィクションと錯覚するくらいのリアリティで緊迫感あふれるスリリングなストーリーが展開する。日本軍憲兵の追跡をかわして東京から北海道、択捉島に潜入する追いつ追われつの展開はスピード感に溢れ圧巻。登場人物は、アイヌ人、韓国人、アメリカ人、アナーキスト日系人の主人公に彼と恋に落ちる択捉生まれの日露混血女性と多様で、日米開戦という歴史の流れのなかで国家と個人、少数民族、差別と被差別などがからみあいそれぞれの運命を生きる。
    まあ解説はともかく、面白かった!
    「エトロフ発緊急電」はこの著者の太平洋戦争に取材した三部作の第二作目であり、他に「ベルリン飛行指令」「ストックホルムの密使」があるという。どちらも未読なので楽しみである。
    佐々木譲氏は近年警察小説で人気があり気にはなっていたが、まだ一冊も読んだことがない。警察小説で人気のある作家は何人かいて少しは読んだが黒川博行以外は世評のわりにはイマイチだった。こんな面白い冒険小説を書く人なら警察小説も面白いはずなので、そちらも楽しみ。

    • hs19501112さん
      この三部作、いいですね。
      自分としては「ベルリン飛行指令」が一番ですが。


      佐々木譲さんの警察小説・・・その後、お読みになりました...
      この三部作、いいですね。
      自分としては「ベルリン飛行指令」が一番ですが。


      佐々木譲さんの警察小説・・・その後、お読みになりましたでしょうか?

      黒川博行さんが好きならば、「警官の血」か「制服捜査」あたりから入るのがよさそうです。

      内容は薄めですが、エンタテイメントとして秀逸なのが「笑う警官」から始まるシリーズものも良いですよ。
      2014/01/06
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著者プロフィール

1950年北海道生まれ。79年「鉄騎兵、跳んだ」でオール讀物新人賞を受賞しデビュー。90年『エトロフ発緊急電』で山本周五郎賞、日本推理作家協会賞を、2002年『武揚伝』で新田次郎文学賞、10年『廃墟に乞う』で直木賞、16年に日本ミステリー文学大賞を受賞。他に『抵抗都市』『帝国の弔砲』など著書多数。

「2022年 『闇の聖域』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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