夜のピクニック (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (455ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101234175

感想・レビュー・書評

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  • 高校生活最後のイベント「歩行祭」を舞台に描かれる青春群像劇。

    「みんなで、夜歩く。ただそれだけのことがどうしてこんなに特別なんだろう」

    修学旅行の夜を思い出す青春の香り。歩く中で深く潜っていく心の動きも繊細に描いていて素晴らしかった。

    好きな言葉は融の「今は今なんだと。今を未来のためだけに使うべきじゃないと」とか、
    杏奈の「あたしも、人に、できるかどうか分からないようなお願いはしないし、人の記憶に頼ったりしないよ。でも、あたしは覚えている。あたしの記憶はあたしだけのもの。それでいいんだ」かな。

    それぞれにいろいろ抱えてはいるんだけど、その悩みやぶつかり合いはどこか爽やかで読み心地がいい。
    読むことで自分も並走して見守っているような感覚になって面白かった。これを高校時代に読んだらどう感じてたんだろうな。

  • ただ一定の間隔で歩くように、気付いたら読み進めていた不思議な小説。

  • 私にしては珍しい青春小説。ってか丸々一日走るってそんなこともあるのか。設定が恐ろしいwww私の友人でも栃木の男子高校でそのようなのはあると聞いていたが、共学でのこの設定はすごいなと思ったし、このような設定ならば確かに話も膨らむだろうと創造が生まれる。
    そして主なストーリーの核となるのは約束、決意、覚悟といったところだろうか。
    主題となるストーリーに加えてサブストがとても引き寄せられる濃い内容であるとことろはとても魅力的である。決して打ち明けられない思いそれを打ち明けることがいかに楽だろうか、その葛藤と逃避への懇願が絶妙である。良作であった。

  • ドラマチックな展開も謎もないけれど、高校生たちのキラキラとした青春劇という言葉だけでは片付けられない深く引き込まれる作品。
    読み手の自分も彼らと一緒に歩き、悩み、諦め、期待し、振り切ってゴールする感覚になってしまった。

    今だから感じること、感じられること、そして今は未来のためだけにあるんじゃないこと。そんなノスタルジックな気持ちを呼び覚ましてくれる。

    恩田作品はいつも丁寧で心地よい読後感がいい。

  • 予備知識なしで読んで、予想外に面白かった。

    殺人事件など、派手な出来事は無いが、ただ歩くだけでこんなにも面白い小説になるんだ。

  • 主人公2人の設定が面白い。よくある高校生の恋愛小説の要素がほぼなく、ただ歩いているだけのなかでの会話、心情にとても引き込まれた。忍が言っていた『しまった、タイミング外した』には共感。タイミングって大事だよね。

  • ★4.5
    一昼夜をかけて全校生徒が80kmを歩く、北高の伝統行事“歩行祭”。地獄のようなイベントで誰も彼もが文句を言うけれど、自らの意思で足を止めることは決してなく、むしろ「最後の時は誰々と!」と前向きで楽しそう。そんな中で、複雑な感情を抱き合う甲田貴子と西脇融。なかなか重い関係性で、互いが互いを避け合うのも分かる気がする。が、二人の周りの友人たちが良い人すぎて、ザ・青春!な感じがとても微笑ましかった。僅か1日の出来事とは思えないほど内容が濃く、まるで自分も“歩行祭”を完走したかのような達成感が味わえる。

  • 何だろうな~、こういう青春って普通に良いと思う。自分が学生の時にこんな行事があったら良かったな。

  • 一瞬のように短いのに、一生のように長い。
    早く終わってほしいのに、ずっとこのまま時が止まってほしい。
    そんな青春の1ページ、高校最後の大イベント。二日間で80キロを歩き通す歩行祭。
    貴子は密かな賭けを一人胸に抱いて歩く。
    ただ並んで歩き続けるだけの事が、どうしてこんなにも素晴らしいんだろう。
    純度百パーセントの青春小説。

  • こんな行事を学生の時に経験したかった。全山縦走という行事が高校の時にあったが、夜は歩かなかったし、ここまで疲労困憊になるような距離でもなかった。

    それぞれの登場人物の性格と特徴が、絶妙に影響しながら話が展開していく。そういう行事の最中の話なので、会話が主体で読みやすい。

  • 本文に登場した、隣の女子高出身なので、
    女子高生が妊娠した話にカチンときた!
    そんなフシダラな生徒はおりません。
    エリートな隣の高校からそんな目で見られてたのね。

  • 高校最後のイベント「夜行祭」
    ただひたすら80キロの道を歩き通すというイベント通し、高校最後の思い出をつくる主人公の貴子と融。
    今までしらなかった親友の一面や小さな賭、胸にひめる恋心、ただ歩いて目的地まで行くというイベントだけど、疲れがピークに達することで出てくる本音や、本心
    それぞれの思いが、垣間見える

    貴子の目線と融の目線から話されるストーリーで、まるで自分が夜行祭に参加しているような気分になった。
    初めは終わりが見えないスタートなのに、いつの間に終わりが見え始め、その頃には終わって欲しくない気持ちにさせられる

    何がやり残らそう残そうと思ってもつい今の辛さと戦ってしまう
    同じ辛さを共有するからこそ生まれる一体感や、本心
    高校最後の淡い気持ち
    読んでいて懐かしく、かつ羨ましい気持ちにさせられた

    腹違いの同級生、はじめての設定だった!

  • 恩田 陸さんの本始めて読みました。
    人物描写が上手くかつ、しっかりしているので読み進めていくなかでもぶれることがない。主役じゃない人物が発する言葉も、この人ならこの場面でこの言葉を使うなぁというのがしっくりくる。

    懐かしい青春の記憶を呼び起こしながら読んでいた。特段何かが起こるわけではないから、本を読む息継ぎの時間にはいろいろなことを考えていた。
    そのひとつが、この本を読んだ誰もが感じる、高校時代の異性に対する心持ちや友情の共感があると思うのだが、さてその感情の記憶は本当に自分の中に存在しているのだろうか?
    高校生という成長のステージでの感覚は失われていない。だって、この小説の世界に見事に反応しているのだから。ただ、リアリティがないのもそれ以上に感じている。この青春という感情の記憶は脳の神経ネットワークのあちこちに散りばめられて格納されていて、今この小説を読むことによって瞬時に反応し、寄せ集められている。
    青春時代を過ぎ、もう将来にわたってこの場に訪れることがないと判断した脳の記憶担当は、それを最大限に利用できるカタチ、サイズに分解してあちこちのポジションに配置し格納する。
    例えばこんな具合だ、部活での厳しい練習に耐えた記憶は社会での理不尽さに耐え、支える記憶として格納され、友人との喧嘩という思い出の記憶は、それまでに積み重ねられてきた自己主張という括りの中で、‘誠実さ’と‘生き残り戦略’というラベルを貼られて格納されていたりする。
    私には経験のない‘夜のピクニック’というイベントに参加し、太陽の傾き、見過ごしてきた星の数、街の風景、に心躍らせながら見つめる未知の世界が輝きを放たないわけがない。初めは傍観者として参加した夜間歩行なのにいつのまにか、この小説のストーリーと並行して流れる自分の物語を歩いていた。そして役割を終えたと思って散りばめられた感情の記憶が磁石に引きつけられる砂鉄のように高校生の私をこの夜間歩行のゴールに立たせていた。
    人間の記憶、いや脳という存在は素敵すぎる。

    貴子のかけも、杏奈のおまじないも、恩田陸の想像物だけど、それをフックに感情の記憶によって独自の世界を作るのは読む者の脳の無自覚な試行錯誤によるところなのだ。

    また、折りを見て恩田陸の描いた物語を歩いてみたいと思った。

  • よかったです。私は女子高出身なので、ずっと共学に憧れがあります。そんな気持ちをさらに強める青春ストーリーでした。

  • 初恩田陸。いやーいいと言われているものはいいもんだね。
    筋運びが巧みであることは言うも野暮だろう。

    あなたってこうだよねと見抜く会話が多い。
    それは、自分の不定形に怯えているから、他人を観察分析せずにはいられない。
    あいつらしいと思ったり、あいつにあんな面があるのかと驚嘆したり。

    きょうだいや父母という軸を物語に持ち込む。
    トリックスターたる弟。
    軸は、恋愛、友情、親子、というあったりまえのことだから、なおさら描くのは大変そう。
    (奇想を織り交ぜるほうがむしろ容易い)

    秘密だけでなく、秘密を知っているという秘密、もまた後で効いてくる。
    ここにはいない人が展開を実は牛耳っているという設定も、とても粋だ。

    一行アキごとに、きょうだいそれぞれに視点が移行するが、あと20キロこれから走るも歩くも各々選択せよというところで、視点が敢えて混合する。
    物語中の和解は、文体上の和解に予告されていたのだ。

    こんな分析は不粋なまでに、スムースな川のように流れに読者を乗せてくれる、さすがの作者だ。
    あーもっとちゃんと高校生やっとくんだったな、という感想は、彼だけでなくすべての読者の独白を代理している。

    果たして作中にピクニックという言葉は出た?
    歩行祭でなく、夜のピクニックとしたわけは?

  • 恩田陸の名作のひとつ。夜のピクニックで何が起こったか?というと、特に何も起こっていない。なのに、こうも惹かれて、ぐいぐい引き込まれて、かつての青春時代を思い起こさせる。読者に、こういう経験あったな、って思わせる。大切にしたい一冊。

  • ブクログのレビューを見て手に。

    良かった~。
    これぞまさに青春。読んでいてなんとも清々しい。青春の王道です。

    40歳目前のおじさんには、なんともほろ苦すぎて胸が痛い。
    高校生の時に読めれば良かったと悔やむ反面、今読んだからこそ。とも思う。
    もし、高校生の頃に読んでいたら、当時の自分と比べてしまいそうで。羨ましく思っちゃうんじゃないかなぁと。
    今なら当時の自分に、君だって十分青春してたよ。と客観的に思えるけれど(笑)
    うん。やっぱりこれは大人が読むべき本かもね。

  • ずっと読み続けていたい本だった。
    1人目の主人公西脇融、その父親の浮気によって
    産まれた2人目の主人公甲田貴子。
    異母兄弟は同じ年に生まれ、偶然同じ高校へ。
    高校3年で同じクラスになってしまい誰にも
    その秘密を話せずきまづい学校生活を送る二人。
    そしてお互いにお互いを気にしながらも言葉をかわし
    距離を縮めることのできない二人。
    もやもやとした気持ちのまま、高校生活最後の行事、
    「歩行祭」に参加する。

    この歩行祭(夜を通してひたすら歩く行事)での
    2人の距離が縮まるのか、彼らを含む級友との友情や
    色恋はどうなっていくのか、とても上手に描かれている。
    彼らの友達が皆魅力的で、歩行祭中の会話にも
    引き込まれる、そこに多少謎もからんで
    読み始めたらやめられなくなった。
    でも心地よい文章ペースだったので、大事に
    ゆっくりと堪能した。
    もっともっと読み続けていたかった。

  • 朝8時から翌日の8時まで歩き通す「歩行祭」を舞台に、主人公のふたり、甲田貴子と西脇融の関係を描いた作品である。作中はその「歩行祭」24時間だけで完結する。たった一日のお話にも関わらず、これだけ分量があり密度が濃い。ただひたすら歩く、それだけの事(物語なので当然それだけの事、ではないが)を、青春の1イベントとして光を当てるとこんなにも輝いてみえるのか。なにしろ退屈な場面が全く無い。あるのは主人公達のほんの少しの立場の変化と、大きな内面・関係の変化だが、話が終わる頃には切なくも包み込むような優しい感動を与えてくれる。

    丁寧かつ読ませる題材・文章で、一息に読めて、読後感もとても良い。歩きながら揺れ動く淡い心。瞳を見ては激しく揺れ、あるときは想うだけで浮き沈み、あるときは言葉を交わしても凪立つ事ない、そんな青春のおもいで。

  • 「歩行祭」夜通しあるく学校行事。
    実際歩いたら大変だろうけど、多感な時期に仲の良い友達と夜に
    いろんなことを話しながら歩くなんて貴重な体験だと思う。
    夜って普段話さないことも話やすくなるし。読みやすく良いお話。

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著者プロフィール

1964年宮城県生まれ。92年『六番目の小夜子』で、「日本ファンタジーノベル大賞」の最終候補作となり、デビュー。2005年『夜のピクニック』で「吉川英治文学新人賞」および「本屋大賞」、06年『ユージニア』で「日本推理作家協会賞」、07年『中庭の出来事』で「山本周五郎賞」、17年『蜜蜂と遠雷』で「直木賞」「本屋大賞」を受賞する。その他著書に、『ブラック・ベルベット』『なんとかしなくちゃ。青雲編』『鈍色幻視行』等がある。

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