人の砂漠 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
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レビュー : 58
  • Amazon.co.jp ・本 (524ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101235011

感想・レビュー・書評

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  • 2013.7.28読了。

    ジャンルとしてはルポルタージュ、ノンフィクションであるが 、その衝撃や感動、熱量といったものは小説をはるかに凌駕する。

  • 日本で生きる、
    様々な人たちの
    知られざる生活。

  • 再読なので評価無し

  •  このノンフィクション短編集に登場する人たちは、決して英雄じゃない。世間から弾かれた人たち、世間から目を向けられない人たちだ。
     「おばあさんが死んだ」は、孤独死した老人の話。著者の丹念な取材と見事な文章によって、一人の人間の人生の悲哀がこちら側にひしひしと伝わってくる。
     著者は老人を取材対象ではなく、ひとりの人間として見ている。その誠実なまなざしが物語に力を与えているのだと思う。決して社会的な問題を提起するわけではない。ただひたすらその人の人生を深掘りし、真実を汲み取ろうとする。それが沢木耕太郎というライターのいちばんの魅力だと思う。

  • 初めて沢木さんの本を読んだ。この当時が人間の砂漠だったのだから、今はもうその脅威は大方すべての土地に舞い降りているのだろう。
    人が目に付けないところに焦点を当て、それを足を使って調べあげて文章にする。そんな生き方もおもろいな。

  • 単行本は1977年の刊行。ルポライターとして活躍していた沢木さんが、昭和40年代を中心に取材してルポした8編がおさめられています。一体のミイラと英語まじりのノートを残して餓死した老女の過去を追った「おばあさんが死んだ」、屑の仕切り屋の日常を描いた「屑の世界」など、生きることや人生について、改めて考えさせられてしまうものばかり。登場人物がまた個性的な人ばかりで、どんどん引き込まれてしまいます。30年以上も昔の話なので社会状況はかなり変化していますが、今の世情と比較しながら読むのも一興。与那国島の海の向こうに見える巨大な島影が台湾だと聞いて“外国”を意識したという「視えない共和国」。深夜特急を読んだ人は思わず「これか」とつぶやくでしょう。

  • 枕元において一ヶ月ほど読み続けた。現在の沢木さんの文体とかなり異なる印象。読むのに苦労したというのが正直な感想。

  • 普段あまり読まないノンフィクション。とても引き込まれた。
    20代でこんなものを書いた沢木耕太郎という人物に興味が湧いた。なんだかかっこいいなぁ。

  • この本には、8編のルポタージュが収められている。俺は、その中の「不敬列伝」という、戦後、昭和天皇に対して、不敬をした人々の人生を追ったルポタージュに興味がありこの本を読んでみたのだが、「不敬列伝」以外のルポタージュも全て興味深く読めた。興味深かった幾つかを以下に書いていく。

    「棄てられた女たちのユートピア」、これは、千葉県の館山にある「かにた婦人の村」という、元売春婦達の養護施設、そこの入所者達と創設者で施設長の深津文雄のルポタージュである。入所者のほとんどが知的障害者であり、売春婦という仕事も関係してか、人間関係がズタズタになり絶望してやってくる。入所してもすぐ脱走して売春婦に戻ったり、会話も一晩に何人の客をとったとか、やっているとき膣痙攣をして困ったといった内容であったり、男性職員と二人きりの部屋で気絶したふりして、抱かせようと誘惑したり、と苦労は絶えない。施設長の深津は、「愛にはファーザーの愛というものもありうるんだということ」を彼女達に教えるべく悪戦苦闘する。苦労の連続であるが、一方で彼女達の微笑ましい一面や人間として不思議な力が魅力的だ。さっちゃんという入所者は、保護された時には自分の名前も生年月日もしらなかったという。語彙は少なく、どんな作業にも向いていなかったが、粘土を与えると立派な陶工になり、それと同時に、少しずつ知能の進歩が見られたという
    。かにた村には、製陶工場があり、彼女達はそこで縄文土器を作る。作者の沢木耕太郎も彼女達と縄文土器作りに挑戦したが上手くいかなかった。要因は、すぐに作り上げようとして壊れたり、急いで失敗と時間に耐えられなかったためだ。縄文土器は土ひもを少しずつ積み上げてつくっていく。あまり急ぐと上の重みでつぶれてしまう。彼女達は縄文人がしたであろう作り方をそのまま踏むことができる。時間に追われ、能率を求められるシャバの人間には、縄文土器は作れない。

    彼女達の元売春婦、知的障害者、棄てられた同然でのかにた村での入所、彼女達に翻弄される職員や施設長深津、とヘビーな要素に、子供のような彼女達の一面や不思議な能力を持っていたりするというほのぼの要素が奇妙に混じった不思議な読後感を覚えるルポタージュだった。

    「視えない共和国」は、北緯24度27分 東経124度0分那覇まで520キロ、台湾まで170キロという日本の最西端に位置する与那国島のルポタージュ。与那国島は、今でこそ人口は千人ちょっとと少ないが、戦後僅かの間人口が一万数千人に膨れ上がった事があった。台湾ー沖縄ー本土の闇物資の中継点として栄えたのだった。闇取引は、アメリカが目を光らせた事により、下降したが、依然、与那国の島民は台湾という日本と国交がない国に親しみを持っている。もちろん再び台湾と取引して一儲けしたいという気持ちもあるが、それに加えて沖縄より近い「島」として(「国」ではなく)親しみを持っているのだろう。また台湾は戦時中は日本の植民地だったため、与那国から豚・魚などの農水産物、台湾から日用雑貨品という具合に両島の交流は活発で、戦前に台湾へ出稼ぎに行く人も多かったという。島民の言葉がおもしろい。
    「沖縄は知らなくても、台湾は知ってますよ、この島の人は」
    その台湾への親しみ故に船の上で物々交換したり(禁止されている)、日本の警備艇が台湾漁船が領海侵犯しているのを取り締まりに行くという情報を隠密裏に伝えたりという事も行っているという。「遠くの身内より近くの他人」という言葉を思い出した。
    「与那国島の人たちの台湾に対する「親密な感情」は、戦後両島が異国としての国境線が画定されたのちも残っていた。それゆえに、政治上の国境線はひかれても意識の中の国境線はまだひかれなかったのだ」という沢木耕太郎のズバリな文章に納得。

    「ロシアを望む岬」は、北方領土に面する根室や歯舞の漁師達のルポタージュ。ニュースでは度々北方領土の事は取り上げられるが、ここに登場する漁師達は、望んでいない。
    歯舞の昆布漁の漁師は、北方領土が返還されるとその周辺は昆布の宝庫なので、昆布が採れすぎ、供給過剰となり、価格が下がっていくのを怖れている。
    根室の漁師は拿捕されるのを覚悟で特攻出漁している。大企業の大型船は、船を没収されたり、ロシアとのトラブルを怖れて入ってこない。もし返還されたら、「腕と度胸」で行っていた密漁が、大企業に全てかっさらわれる事を危惧していた。ニュースでは声高に北方領土返還が叫ばれるが、一筋縄ではいかない人間模様が面白く感じたのと同時に、人間のしぶとさを感じた。

    で、俺が最も楽しみにしていた「不敬列伝」。
    天皇陛下に不敬を働いてしまった人物を追うルポタージュ。皇太子ご成婚パレード(現在の天皇皇后両陛下の結婚式)の際に石を投げつけた中山建設、実家は村の名家であったが建設が起こした事件が基になり、建設の姉の縁談が破談、小学校の教師をしていた兄は責任を感じて辞職。その事件から何年経っても建設の下には、正月になったら刑事が現れ、職が変わったらまた刑事が現れ、英国女王エリザベス来日の日には警察から「どうしてる?」と電話がかかってきて、警察から執拗にマークされてしまう様になったのだ。若気の至りをエラいお方にぶつけてしまったばっかりにしゃれにならん代償がついて回ったという、なんとも哀れな話だ。この話はちょっと可哀想な話だが、他の人の話は結構笑える。
    例えば、京大天皇事件の首謀者は20数年経ってからの沢木耕太郎のインタビューでこんな事を言っている。「仕事の関係から農村地帯で、土地改良をやろうとすることがあるんです。すると、実にやりにくいんです。(中略)地主勢力がいなくなってリーダーシップをとる中心的な担い手が村に存在しなくなったためと思えるんです。名家層というか、篤農家という家々が、実は、水利とかの土地利用計画に大きな影響力があったのです。必ずしもすべての部分が否定されるべき存在ではない。集落の中には、外から見て非合理とみえてもそれなりぬ有効な民主主義があったわけですよ。そんな例にぶつかると、一概に天皇の存在を否定できないような気がするんです。(中略)タブーの必要性のようなものを感じてならないんですよ・・・」。 うーむ、生活の中から悟った天皇陛下の意義。この遠回りな感じと、大人になりました感がちょっと滑稽だ。

    皇居での一般参賀で天皇陛下がベランダに立った時に、「おい山崎!天皇をピストルで撃て!」と叫びながら、四発のパチンコ玉を天皇陛下めがけて撃った奥崎謙三。彼はそれ以前にも、仕事の取引先の相手が不正をやった事に腹を立て、殺害している。そんな彼が、知り合いが企業する際に送ったアドバイス
    「あんたは、商売というものがよくわかっていないのではないかと思うが、頭を下げるときにはしっかり下げなくては駄目ですよ」
    人を殺めた人間に、頭を下げるといった忍耐を要する行為について、とやかく言える資格があるのか、とツッコミたいのは、俺だけだろうか?

    皇居での一般参賀で天皇が登場した際に発煙筒に火をつけた当時齢63の大島英三郎は、アナキズム関係の出版の事業を行っている。その資金は、彼の家が営む農業で賄われている。そんな彼に対し、彼の長男の嫁は、こう語る。
    「じいちゃん(大島英三郎)に、家の者はいい感じ持っちゃいない。自分は少しも働かないで、家長だからといってそのあがりだけ持っていって使っちまう。これだけの田んぼがあれば、よそじゃもっといい暮らしをしてるさ。じいちゃんは好きなことしてるからいいだろうけど。ばあちゃんといつも喧嘩してる」

    うーむ。アナキズム=過激とか破壊というイメージなのに、なんとのどかな事か。国家を打倒する為にアナキズムの出版をしているのに、そんな高い目的とは似つかない牧歌的な空気。酒やバクチに走る困ったじいさんを健気に支える家族となんら変わらない構図。しかも、家族が額に汗した結晶を不当に搾取するじっちゃんこと、大島に天皇陛下を批判する資格があるのか、とまたしてもツッコミたい。

    長文すいません。ともかく面白いルポタージュ集だった。初版が昭和52年とだいぶ前なので、上記した状況とかなり変化していると思う。で、このルポタージュ集は、歴史的な資料というより、今も昔も変わらない、型にはまらない人間の営みを感じさせてくれた。(と、なんか型にハマった締めですいません)。

  • 母にすすめられて、初めて読んだ沢木さんの本。深夜特急を別とすれば、この本から入るというのは悪くないと思う。

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著者プロフィール

沢木 耕太郎(さわき こうたろう)
1947年東京生まれのノンフィクション作家、小説家。横浜国立大学経済学部卒業。大学卒業後、ルポライターとして活動、注目を集める。
浅沼稲次郎暗殺事件で刺殺された浅沼と、その犯人である少年を描いた『テロルの決算』で第10回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。以後、バックパッカーのバイブル『深夜特急』をはじめ、スポーツや旅などを題材にした多数のノンフィクション作品、小説などを発表。2000年に初めての書き下ろし長編小説『血の味』を刊行し話題となる。
2003年これまでの作家活動で第51回菊池寛賞、2006年 『凍』で第28回講談社ノンフィクション賞、2013年 『キャパの十字架』で第17回司馬遼太郎賞をそれぞれ受賞。

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