人の砂漠 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
3.75
  • (69)
  • (68)
  • (104)
  • (11)
  • (2)
本棚登録 : 693
レビュー : 58
  • Amazon.co.jp ・本 (524ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101235011

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • 久しぶりに出会った時間を忘れるほど熱中した本。
    どの話も実際にあった話であるためかぐいぐい引き込まれてゆく。
    いくつか真相がはっきりしない点があり、その部分が気になるがノンフィクションであることを考えると仕方がないのだろう(「お婆さんが死んだ」など)。
    また相場の仕組みをある程度把握していないとわかりにくい話もある。

    今回は図書館から借りて読んだが、手元に置いて何度も読み返したい本であるかも

  • ★格好良すぎるだろう★1977年の書籍だけに取り上げたトピックは時代を感じさせ、「ゆきゆきて、神軍」の奥崎謙三の取材があるのには歴史的な本とすら思った。だが、文章の書きぶりには古さを全く感じない。やたらと自分が出てくるノンフィクションは「格好つけ」に思えてあまり好きではないが、目の付けどころと違和感は今でも新鮮だ。たとえば不敬者の言動から反射させる天皇制の見えなさ、相場から逃げられない男に抱く(無責任な)共感。やはりうまい。

  • 窮乏者、元売春婦、辺境の孤島に住む人々、鉄くずの仕切り屋、革命家、詐欺師…。この本に出てくる人たちはいわゆる「日のあたらない場所」にいることが多いのですが、彼らを見つめる作者のまなざしが優しいです。

    つい最近知ったことですが、この本に書かれていることが映画になったんですってね。だからここで取り上げるわけではありませんが、この本には非常に思い入れの深いものがあります。窮乏者、元売春婦、辺境の孤島に住む人々、鉄くずの仕切り屋、革命家、詐欺師…。この本に出てくるのはそういうなんというのか…。いわゆるあんまり日の当らない世界に生きている人たちである。

    確か、僕がこの本をはじめて読んだのは大学時代のことだったと思うが、後に僕がなし崩しに社会人になってから身をおいていた社会のひとつが、この本の中に描かれている、日本橋蛎殻町の商品相場を舞台にした世界とそこに棲んでいる相場師を書いた『鼠たちの祭り』と作者が実際に廃品回収業者で仕事をしながらそこに出入りする「曳子」と呼ばれる人たちを見つめた『屑の世界』が僕のお気に入りです。

    僕はこの二つの世界を実際に目の当たりにしたのでずいぶんと思い入れがありまして。もう何十年も前に書かれたにもかかわらず。こうして僕が読んでも新鮮さを感じるのは、その世界に流れている時間がある時期からとまっているからでしょうか?そんなことを感じさせました。

  • それは、ワカモノが身一つで旅をする、現地の人や風土に飛び込んで騙されたり熱を出したり気にかけてもらったりしながら何かを(時には自分自身とやらを?)発見していく、「深夜特急」で有名になるずっと前。
    大学を出たばかりの、まだほとんど何者でもない沢木耕太郎が見つめていたのは、”普通の”人々だった。

    かなり初期の作品集。「おばあさんが死んだ」ほか全8本収録。
    当時はまだノンフィクションという言い方よりも、ルポ、ルポルタージュという言い方のほうがメジャーであり、それを書く人はルポライターと呼ばれるのが一般的だった。
    本多勝一さんらが牽引していたかと思うが、その多くは新聞記者やその出身者で、記事を書く取材方法や恐らく人脈や手法で書かれた、記事よりもっと深く突っ込んだ長いもの、という認識だった。政治やスポーツ、世界各地の風土や情勢、有名人など、どちらかというと変わったもの、ダイナミックなものに題材を求めているものが多かったように思う。

    それらに比べると、”普通の”人々のいかにも小粒な人生は、それまで、あまり光が当てられることがなかったのではないか。
    名もなき人々の、普通の毎日の中の小さなざわめきは、少なくとも、初めてこれを読んだ私には新鮮だった。

    小さなざわめき、小さな切れ端から、その人の人生の全体を掬い取ることにかけて、沢木耕太郎はほかに類を見ない巧さだったし、先駆者だったとも思う。
    どの切れ端を選ぶか、が、彼の嗅覚の特異さであり、それを元にどうアプローチし何を浮き彫りにしていくのかが、彼ならではの独特の手腕だった。

    そうやって彼に掬い取られた時、なんでもない普通の人生は、鮮やかな光と影を得て、物語として立ち上がってくるのだ。

  •  おばあさんネタ、2作が面白かったです。

  • 与那国島をみてみたくなった。

  • 期待の方が先に立ち、それほどでもという感想。しみったれている。

  • 記録。

    与那国島の話が結構後からじわじわくるな。

  • 84019

    事実から劇的要素をえぐり出す嗅覚の鋭さ。

  • 上品な老女の皮をかぶった天才詐欺師のあざやかな手口をあかす「鏡の調書」や、ゴミ屋敷に住む老婆がのこした奇妙な日記からその波瀾万丈な半生を紐解く「おばあさんが死んだ」ゴミをひろって生きる屑屋とホームレスの友情、かれらと行政との闘争「屑の世界」など、浮き世の荒波を浮遊する、すこし風変わりな人々をえがく傑作ルポルタージュ8編。とくに印象的だったのは社会復帰の望めない、元売春婦たちを収容する房総半島の養護施設「かにた婦人の村」を取材した「棄てられた女たちのユートピア」この村はいまも千葉県館山の切り拓かれた海沿いの丘にあり、創設者は亡くなってしまったが、奉仕女として施設で働いていた現理事長により、変わらぬ理念の元、運営されている。昭和40年の春に「かにた」がつくられてから現在まで、村は棄てられた女たちのために静かに営みをつづけているのだ。弱者が人間として存在できるような社会。「かにた」の創設者はそれを理想とした。そして、弱者の楽園を創ろうとした。だが、著者はそうしてあゆみはじめた「かにた」に対し「しかし」というおもいをいだく。その正体を確かめるために、かれはテレビクルーとして「かにた」へ赴く。そして、外部の人間の脆弱な「いいかがり」にすぎないと自覚しながら、創設者の深津に問う。彼女たちはほんとうに幸福なのだろうか_____。深津はいう「幸福であることと、幸福だとおもううことはちがう」のだと。「食べるものもなく、寝る家もなく、ただよいあるいていた時代より、女たちはあきらかに幸福だ。彼女たちがどうかんじようと幸福であることにちがいはない」確かにそうだ。しかし。結局、そのおもいをいだきつづけたまま著者は施設をあとにする。精神病 27名、精神病質66名、精神薄弱120名、身体障害25名、その他の病弱8名、精神病院入院27名、梅毒6名。これは本が書かれた当時(1977年)の「かにた」の入所者データだそうだ。施設では、入所したほとんどの者が一生をそこで過ごす。なぜなら「かにた」をはなれても、彼女らにいく場所などありはしない。でも、それをしって尚、脱走をくりかえす者がいる。逃げた女はふたび売春婦になるという。弱者の楽園なんて、所詮はうたかたの夢なのだろうか。確かなのは「かにた」は入所者にとって唯一の光であり、同時に闇だということだ。

全58件中 21 - 30件を表示

著者プロフィール

沢木 耕太郎(さわき こうたろう)
1947年東京生まれのノンフィクション作家、小説家。横浜国立大学経済学部卒業。大学卒業後、ルポライターとして活動、注目を集める。
浅沼稲次郎暗殺事件で刺殺された浅沼と、その犯人である少年を描いた『テロルの決算』で第10回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。以後、バックパッカーのバイブル『深夜特急』をはじめ、スポーツや旅などを題材にした多数のノンフィクション作品、小説などを発表。2000年に初めての書き下ろし長編小説『血の味』を刊行し話題となる。
2003年これまでの作家活動で第51回菊池寛賞、2006年 『凍』で第28回講談社ノンフィクション賞、2013年 『キャパの十字架』で第17回司馬遼太郎賞をそれぞれ受賞。

人の砂漠 (新潮文庫)のその他の作品

人の砂漠 単行本 人の砂漠 沢木耕太郎

沢木耕太郎の作品

ツイートする