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Amazon.co.jp ・本 (368ページ) / ISBN・EAN: 9784101235172
みんなの感想まとめ
困難な登山に挑む人々の姿を描いた作品は、読者に深い感動を与えます。特に、山野井泰志の壮絶な登攀記録は、7000メートルを超える高所での危険な状況や、極限の疲労感が生々しく伝わってきます。筆者の表現力に...
感想・レビュー・書評
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「深夜特急」最終巻を読む前に、沢木耕太郎作品の別系統のものを読んでみたくなって読んだ。
息が詰まる、息を呑む、描写が延々続き、山を登ってもいないのに、ただ大人しく座っていただけなのに、すごく疲れた。
手足の指を殆ど失ってもなお山に挑む、という状況は全く想像が付かない。自分の仕事の困難さなんて全然大したことないな、と鼻で笑い飛ばせる気がして来た。
自分は高尾山すら登ったことがないけど、GW中に山に登ってみたくなってきた。
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登山家山野井泰志さんを描いたドキュメンタリー。
最初からぐんぐん引き込まれてページを捲る手が止まらなくなりました。
筆者の文章表現力がすごい。実際に自分が雪山で窮地に陥っているような感覚になります。
またすごい本に出会っちゃった!
オススメ! -
壮絶なギャチュンカンの登攀の記録を読み、7000メートルを超える高所で、ただいるだけで生命の危険に晒されている状況が生々しく伝わってくる。
まして、70度の岩壁をよじ登り、ビバークして、
夜明けを待つ。
登頂後の体力が底をつきながらも、諦めずに夫婦揃ってクライムダウンする状況も凄まじい。
右足の指全てと両手の薬指、小指の重度の凍傷。
それでも、また登攀をしたい。という根っからの登山家の矜持は、素晴らしかった。
人は、諦めた者から死んでいくという言葉は、印象深い。
笹原稜平の山岳小説を読み漁ったおかげで、ヒマラヤ連峰の名だたる山の名称や、登攀の道具や言葉は
すんなり頭に入って、想像しながら読み進めた。
自分自身は、低山の山登りすらしないのだが… -
5年前くらいにこの本を読んで、沢木耕太郎さんにどハマりしました。
下手に感想が書けないくらい本当に凄い。
作中の臨場感に、ただただ圧倒されました。
ノンフィクションのお勧めを聞かれたら、先ず頭に浮かぶ作品です。 -
山野井夫妻のギャチュンカン登山
オススメ評価通り凄く興味深く読めました。
頂きを目指し過酷なルートを登る 今まで下山はどうするのか疑問に思っていました。心身疲れた状態での下山想像絶する過酷さにハラハラしてしまいました。
やりたい事があるって強くなれますね。見習いたいと思います。
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読み応え抜群の作品。
小説ではなくノンフィクション。
【本の内容】
「ギャチュンカン」という、決して大した勲章はないが非常に難易度の高い山を登攀した、日本人夫婦のノンフィクション・ストーリー
男女2人だけのアルパイン・スタイルで、夫婦というより「パートナー」である夫婦2人で登り、山野井泰史だけが頂上を踏み、2人とも凍傷で大怪我をしたが無事生還した、前後9日間にわたる不屈の戦い。
※「登攀」・・・登山で、険しい岩壁や高所によじ登ること。
【感想】
まず始めに、このギャチュンカン登攀に同行していない沢木耕太郎がここまで繊細にノンフィクションでストーリー化できるのが凄い。
なんてゆうことだ、一体どれほどの取材力をしているってゆうねん。あんなにリアルタイムで書けるのは化け物レベルだろう。
次に山野井夫婦について。
この人たちは一体何者なんだ?
あれだけ絶望的な状況でも一切うろたえず、客観的いうか落ち着いた状況で死も受け入れていらっしゃる。
なんでこんな極限状態で、危険な思いをしてまで登攀するんだ?
大した稼ぎにも名誉にもならない(むしろ出費になる)のに、何故生活の全てを「趣味」である登攀に賭けれるんだ?
凍傷して大きな手術を行ない、指もほとんど切断してしまったのに、何故また登りに行くんだ?
この夫婦の人生って何なんだ?
そもそもマトモな神経している人は、こんな危険な登山なんてしないのだろう。
本当に人としてスゴイと尊敬する反面、一切自分とは相容れることのない人達だ。
まぁ、納得できないというか到底真似できない生き方だが、何はともあれこの1冊の読み応えは専門的だが相当凄まじい。
沢木耕太郎の熱意も感じるくらい、面白い作品だった。
【初めて知ったこと】
・世界には8000メートルを超える山が14座ある。
・世界で初めて登られた山やルートには自身で命名できる。
・登攀前は、様々なデータを収集して複数名で解析し、アタックポイントをミーティングする。
【引用】
・ギャチュンカン
標高7952メートル。
ヒマラヤ高峰群の100の谷が集まるところにある雪山。
高峰群の中でも、とりわけ未踏の谷の奥深く。
登頂するのが難しいのに、8000メートル未満なので勲章を得ることが出来ない。
※世界には8000メートルを超える山が14座ある。
・ギャチュンカンの登攀費用は2人で150万円ほど。
航空費、ビザ代、現地近くまでの輸送費、一緒に行くコックの賃金、食料や燃料費、山岳協会への支払いなど
・2人の普段の生活は非常に慎ましい
→家は奥多摩の古民家で家賃2.5万円(近くにクライミングできる岩場があるため)
→家具はほとんど友人から貰い受けたもので、車は廃車同然のもの、食べ物は近くの山で採れた山菜ベース
→収入は山野井が冬の山場でする強力(ごうりき)作業と、妻・妙子の宿坊パートが基本。
スポンサー契約は自身が登りたい山に行けないため行なっていない。
登山用具メーカーとのアドバイザリー契約も少しだけしているが、決して多い額ではない。
p21
登れるかどうかは全く分からないが、分からないという部分に強く惹かれるところがある。
すべてが分かっており、全く安全だというなら、登る必要がない。
p?
その山を頂上まで登ったのなら、次はルートに視線が行く。
新しいルートを突くことが一番の楽しみ。
p169
登攀中は上しか見ないが、下降中は下が見える。
それは自分がどれだけ高いところにいるかを常に意識しなくてはならないということである。
「オマケが全くないなぁ。」
ギャチュンカンは「オマケ」を中々くれようとしなかった。
予想通りの、あるいは予想以上の難しさだった。
p?
頂を前にした自分には常に焦っているところがある。
決して功名心からではなく、そこに確かな山があるとき、その山を登りたいという思いが自分を焦らせてしまう。 -
勇気とは何か。恐怖心を生まれつき感じにくい人もいるようだ。
登山家の功績は勇敢さと結びついていると思っていたが、これを読むとむしろスポーツなのだと思う。
生まれながらに恐怖心が強いか弱いかある程度決まっているとすれば、自分より恐怖心が強い(ビビリ)人もいて当たり前だし、そのような人にも厳しく考えるのはやめようとも思えた。
山野井夫妻はそこをわかって尊重し合っていたのが良かった。
とにかく沢木耕太郎の読ませる力が凄まじく、他にも読みたくなった。ノンフィクションでここまでのめり込むのは久しぶりかも? -
「深夜特急」のような陽気なところが少なく、雪山登山らしい、辛く苦しい挑戦の話だった。
昔ウチに帰るまでが遠足だよと良く言われたが
山も下山してベースキャンプに無事戻って初めて登頂成功となる。
凍傷で多くの指を失っても、また登山に挑む姿は、呆れるを通り越して、諦めない姿勢が見事だと考えさせられた。
次はもう少し明るめの沢木作品を選ぼう。 -
信じられないほどの精神力。
他の方の言葉を借りるけれど、「圧倒」。
人生を賭けるほど、好きなものに出会えたこと。
好きなものを共有でき、命を預けられるほど信頼できるパートナーに出会い、壮絶な経験を経ても尚、挑戦し続けていること。
その事がシンプルに羨ましいと思った。
彼らを形作った幼少期からの話、山との出会いも興味深かった。
にしても専門外のことでもここまで簡潔に読みやすく客観的にまとめられる沢木耕太郎はやっぱり凄い。
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2年以上という月日を経て当時の出来事を思い出す山野井夫妻。それを根気よく聴き取り、躍動感ある文章で表現する沢木耕太郎。この作品は彼らの絶妙なハーモニーのように感じられる。登山というものがこれでもかっていうほど苛酷で危険だということを痛感させられた。この壮大かつ壮絶な物語は、ノンフィクション作品の極みと言えるだろう。感動させられた。
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ちょいちょい読み進めるはずが、半分を超したあたりから止めることができず、そこから一気読み。
作者の山野井夫婦に対する敬意が文章にとても現れていて、過剰なんじゃ・・とも途中感じる部分があったのだが読み終えてみて全然過剰じゃなかった。
私が想像できる人間の精神力、行動力
すべてを超越している。
その自分のリアリティーからかけ離れている状況を
まるでそこにいて見ているように感じられる文章。
怖かったけど素晴らしい。
どんな状況でも、一歩前に踏み出せば
いつかゴールにたどり着ける。どんなに歩みが遅くとも。
心にとめておきたいなと思う。
いつか山野井夫婦にお会いして握手できたらいいなと
本気で思う。
2018
イベントで山野井さんの講演を聴ける機会があり、
一目でもと行きました。
お会いできるだけでも幸せ。だったのですが
握手し、一緒に写真を撮って頂きました。
握手した手の硬さやごつさは一生忘れないと思います。
妙子さんにもお会いしたいなあ -
「自分が登ることで壁に一本のラインが引かれる。山野井にとっては、そのラインの美しさがなにより大事なことであり、ギャチュンカンはまさにそうしたラインを引ける山のようだった。」
岩壁に引かれるラインの後ろにはそれまでの人生が、隣にはパートナーの妙子さんのラインがあって、この本にはそれらを丁寧に、真摯に聴き取り書かれた文章のラインがある。そのどれもが美しかった。
読む前にはひとつの登山にフォーカスしたものだと思ってしまっていたけれど、生死をが伴う登攀にはそれまでの人生が凝縮されるのだろうし、それを描くことは人生の物語を書くことになる。そして、登山家という生き方はハード過ぎて憧れることも躊躇われるけれど、その人生の物語はとても魅力的なのだった。
登山家というか、彼らについて書かれたノンフィクションでは森田勝のそれが好きなのだけど、正反対のようにみえていた彼らの生き方、スタンスは、やはりどちらも、TRUEな登山家のそれなのだな、と納得できたりもして。HARD COREである。 -
山野井氏ももちろん凄いが、妻・妙子さんの精神力の強さ、肝の座りっぷりに驚嘆。
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ノンフィクションだから可能なリアルが詰まっている。夫婦で挑んだ死闘の果てに見えてくるものとは。ここまで引き出す著者の力量に感銘を受けた。掛け値なしの過酷さを追体験できる。山野井夫婦の生き方がなんと爽快なことか...。予備知識があるに越したことはないが、山登りに詳しくない人でも手に取ることをお勧めする。
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これノンフィクションなの!?
最強のクライマーと言われた山野井泰史さん。
夫婦で挑んだヒマラヤの難峰ギャチュンカンでの、極限の世界。
あまりに壮絶なクライマー夫妻の氷壁との闘いに茫然とするばかり。
でもそこにあるのは、悲壮感や絶望でなく、生きる希望と力であることに心を打たれました。
手足の指を凍傷で失うことになろうとも、
死に直面しようとも。
7000mを超える高山の世界。
氷壁。絶壁。雪崩。吹雪。
酸素濃度の低さ、低温。高山病。
高山で頭痛や吐き気、食べられない、
それでも登るとは?
6367mのクスム・カングル東壁にフリーソロで33時間まったく眠らないで登りつづけたり、高度7000m、下の氷河まで1000m、斜度70度以上の氷の壁で、50センチほどの幅の平らな部分を掘って作ってテントを張って寝たり、場所がなくて氷壁からブランコ状にして寝るとか、ひとつひとつ想像してみるけれど、想像しきれない!
「これでいいのか。
自分の人生は間違っていないのか。
しかし、残念ながら、あの山を見ると、登らざるをえない自分がいる。」
ギャチュンカンアタック前夜
「何を食べているかわからないほど緊張していた。」
「食後のコーヒーを、これが最後かもしれないと味わって飲みはじめるが、また上の空の状態になっている。」
「午前三時半、ビバーク地点を離れた。月は山陰に隠れ、空にはまったく明るさがない。ヘッドランプを照らしながら北壁の取り付き地点へ向かった。」
苦しくて苦しくて、何度も読む手を止めて深呼吸をしました。
私もその世界をリアルに見ているように、淡々と鮮明に綴る沢木耕太郎さんの文章がまた素晴らしく、心にしみました。 -
フリークライマーである山野井泰史と妻妙子が、エベレスト近峰にあるギャチュンカンを目指す姿を描いたノンフィクション。その壮絶な工程を、信じられない思いで読み進んだ。活字から想像するしかない世界で、どこまで沢木さんの文章についていけていたかわからないが、想像を絶する登山を追体験させてもらいました。渾身の力で生き抜こうとするふたりの姿が、とても美しかった。自由な生き方、自由なクライミング、かつて藤原新也がカンジス川で撮影した写真に「人間は犬に食われるほど自由だ」とコメントしたように、それを体現しているふたり。
美しいラインを描いて登ることへのこだわりは、生き方とか物事への向き合い方なんですね。
とても良い表現です。僕も美しいラインを描いて生きていきたい。 -
過去に山関連では植村直己「青春を山に賭けて」、著者関連では「深夜特急」を読んだ状態で読了。「青春を山に賭けて」では植村直己のとんでもない情熱と傾注力に触れて、深夜特急では不思議な旅を独特な文章で魅せられた。これら(題材×文章力)が掛け合わさるとどうなるかと気になりつつ読み終えた。
読み終えた率直な感想は、やっぱりこれが史実なのかと驚きを隠せない。幼少期からの過ごし方、今回の挑戦までの動機、山野井と長尾が結ばれた経緯などどれをとっても不思議さと想像できないことの連発だった。ただどこの点においても決意と達成しようとする情熱はすごかった。植村直己と同様、アクティビティであると同時に命をかけてやらないといけない山登りの性質かもしれない。
一番驚いたのは長尾の身体についてかもしれなかったが・・日本一優れた女性クライマーといっても過言ではないかも知れない。ディスアドバンテージを人よりも持ちつつも肉体面・精神面で勝てる人はいないのではないだろうか。
ただ、本作はすこしばかりの物足りなさを感じた。前述の「深夜特急」で綴られた文体がありながらも、万人受けするような読みやすさ重視の文章になっていた気がする。そして、臨場感やその情景を感じられない場面が多々あった。これはおそらく、著者の沢木氏の史実ではないからだろう。
ただ逆に言うと、この本はどのように書かれたのだろうか。ノンフィクション作家は基本的に自身の経験を書くものだと思ったが他人の物も書くのかと知らされた意味で、その概念が崩されたということで本作は良かった。それにしてもどのように書いたのだろうか。本作を書くことになったきっかけ、どのように書いたかが気になる。
山野井は本作の話の後も登山を続けているよう。未踏峰ルートも登ってるということで真似できないし尊敬する。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E9%87%8E%E4%BA%95%E6%B3%B0%E5%8F%B2 -
やー…すごい本だ。というかすごい人たちだ。自分が好きなものを知っていて、それに全力で取り組んだ人って、たとえ手足の指18本無くしても動じない。妙子さん素敵すぎる。二人とも世間からの要求や、「こうあるべき」姿、ピークハントから自由で、「次はどこがおもしろそうか」の軸で決めているから、誰のせいにもしないし後悔もしないんだろうな。ほんとすごい本。
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読んでいく内に、心が震えて、凍っていた何かが溶けていく感じがした。山野井夫妻のあり方、生き方が素敵だった。
この人だという人に出会えるのは、一生にあるのかな。早く忘れようとしてるのに、ふと思い出したり、何気ない一言を覚えていたり。ずっとひとりで生きていくって思ってたから、心配する対象ができて、こんなにも好きになったことがなくて、自分の普通の状態というか、チューニングがおかしくなってた。自分の器、そんなでかくなかった。壊れてしまってた。自分が回りに伝えてた言葉が悪い意味で繋がって、無意識に突きつけられた感じで、そんなことあるはずないのに、自分は死ねばいいとか、酷い愚かだとか、ごめんなさいとか、思ってしまってた。ほんとヤバい状態だった。やっとひとりで、と思ったのに、いまさらだけど、自分の生き方はどーなんだろうって考えるようになってた。
寡黙になったり、ときどき苛立ったり、そして、二人がスピリットを尊重し合っているのが、かっこいい。
なんとなく「へー」くらいに読んでいた一冊一冊が、すごい。やっぱり、君のセレクトする本はすごいなぁと思う。ぼくは、どんなに満たされて、安全地帯にいたとしても、好きな人が選んだ本を読んでいたいな。そして、そういう人を笑顔にさせられたらと思うけど。。。原点の山に、アタックして、ぼんやり自分の生き方を考えてみる。なにか違う景色に見えてくる気がする。人生の折り返しに新しい挑戦ができる。嬉しい。
今日は、大丈夫だ。ひとりじゃないよ。それは、ぼくじゃないのが哀しいけど。人を引き寄せて、相手の魅力を最大限に引き出す愛で溢れてる。君といることは、みんなの喜びなんだろう。独り占めしちゃいけないんだろう。
君と出逢って死ぬのが怖くなった。好奇心がわいてきたからなんだって、やっとわかった。
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